残酷な表現があります。
――暗い室。
男はかがみ込み、じっと床を眺めてた。
黒い鉄がどくどくと流れていて、その中心に動かないモノが横たわっていた。
『……やりやがった』
ホムラが現れると、男はため息まじりに小さく嘆いた。
『…こいつは気に入ってたのに残念だ』
男が残念がるなんて珍しい、中々に肩入れしてた人間だったのかもしれない。
ちらりと確認したが、若く、整った顔をしてたようだ。
いや、そういえば。
どことなく、見覚えがある……。
何とか仕事をとりつけようと、商談を持ってきては、男の良いように弄ばれ……事が済めば、突き返され。挙句の果て、こんなざまに。
何があったのか。
火は消え熱も感じない終わった駒。
自分の記憶の中では、碌な仕事も与えられなかった、ただの小物だ。
『仕事(ゲーム)の才能は無いからって、馬鹿が…イカサマしやがった』
どうせ、そんなところだろう。
どん底まで落ちてない奴は、忍耐が足りない……。
痺れを切らせ、楽な逃げ道を作りだすのだと、男は言った。
まやかしだ。
『苦労知らずは、顔見りゃ解る。ほら、綺麗な顔をしてただろ』
悪魔め……。
心を読める男は、振り返り、鼻で笑ってみせた。
悪魔め……。
さっきまで、悲観してたのだと思った……。
そうでは、無いのだ。無いのだ。無いのだ……。
こうすればいいのか。
本当の心のうちは推し量れないが、少なくとも……、
これを真似れば残酷なふりは、出来るだろう。
『……来い』
呼ばれた。
だろう、と思った。
腰を掴まれ、強引に前へと立たされた。
すぐ下には……、
「 」 無いんだ、感情は。
どん底、地獄。
男の腕が、這ってくる――
“それ”は、街の至る所に隠されていて、その入り口は、街並みへ完全に溶け込んでいた。特別な印も、特別な監視も何も無く、誰かがそこにあると知っている……それだけだった。
それは、極僅かな者しか使用出来ない秘密の通路。
男の棲まう大都市の地下へ降りるため造られたものである。
ふたりが入ったのは、メイン通りの一角にある店の…裏口だった。鍵を差し込み解錠し、ホムラを招き入れると男は再び施錠した。内側からも“鍵”を使うらしい。何でもない店の裏口のはずだったが、入ってきた扉以外に、出入り口は見当たらない。
ホムラ「箱か」
非常に似た仕掛けを知ってる。
しばらくすると部屋ごと真下へ降りていくのが分った。ホムラの予測通り、ここは深淵へ下るエレベータであった。
*「“地下のカギ”欲しくても、やらねぇぞ……?」
男が指紋の無い指でちらつかせたのは、まるで玩具のような鍵だった。
――指?
『そう、俺の指。どれでもいいから持って来いって無茶言われたんだと』
――恨みを買いすぎ、なんだよ、
『恨み、ねぇ……』
――床に転がってる奴にそんな真似、出来ると思えない。
『そうね。土壇場になって、俺の身体のどこかしらも欠けたら嫌だって……泣き喚きやがった』
――通りで。好き勝手撫でつけてくる指は、5本揃ってる訳だ。それで?
『もう俺を、殺すって』
――ちっ、殺せてない。
『でもやっぱり、俺を殺したくないから、テメェで死ぬってさ』
――っ、事のてん末か、一体どこの指示なんだ?
『どこ……もはや、個人の私怨だぜ。あいつ、綺麗な面してしつこくてかなわねぇ。俺はもう、とうの昔に……では、無い、……ってのに……、 なあ?』
――っ 、はっ、 きゅうに、揺さぶるな、
『フフッ、懐かしいな、あいつ、俺を誘ってきた最初の男なんだ』
やがて、到着を知らるベルが鳴った。
そして開かれた、キンセツ地下空間の扉。
洗礼された品のよいフロア、床には紅の絨毯が敷かれている。
そして横幅のある緩やかな大階段を下った、その先に広がるもの……。
真新しい、闇のカジノ。
いや……男の言葉で、“ゲームコーナー”か。
昔、地上にあったものだ。
男が、旧キンセツシティで出していた店……それが、相当な規模になった。
*「褒めろよ、ホムラ。地上には、厳しい規制下で二店舗。と、このゆとりある地下クラブ…計、三店舗」
ホムラ「昔のキンセツの店は良心的だったな」
*「お前が、遊びで、小遣い全てスッちまった時は、死ぬほど笑ったな」
ホムラ「……忘れろ」
高く天井をとったメインの遊技場と、それを望めるよう囲むバーのテラス席。
カジノが目当てでない者はこの場所から様々なゲーム模様を観戦し、時に賭けては“何か”を待つのだ。
カジノフロアを下った先に、豪華絢爛な劇場がある。
ナイトクラブのフロアとなり、夜毎ショーを披露させるらしい。
ここには、かつて男が抱えていたマジシャン、グレート・バトラーのようなスターを配置するはず。
客を大いに魅了させ、長く足止し金を巻き上げるための存在か。もしくは……かつて、悲運なバトラーにさせたように、ショーの興奮冷めやらぬ舞台で、闇の品々を売り捌くつもりかもしれない……。
どうやらまた誰かが、悪意の犠牲となりそうだ。
だが舞台上でライトを浴びるのは、バトラーではない。
そのはずだが……、
バトラー以上の適任は存在しないのでは…?
ホムラの見間違いでなければ、“どこかで見たような”遊園地の乗り物が内装に組み込まれていたからだ。
ホムラ「――懲りねぇな」
*「あれは、良い商売だったからな」
地下街に広がる裏家業への暗黙のサイン。
カジノだけでない、もっと、隠れたものも取り揃えたという……地上の都市は、大規模だが世間を欺く表の顔。
この地下に広がる秘密の世界こそ…本性だ。
街は乗っ取った、大掛かりにやらかすつもりだ。
ところで、男が手招きしてる。
仄かな灯篭が目印となっている飲食店へ入るらしい。
ここからは更に入場が制限される、V.I.Pのためのエリア。男が手動で丁寧にレバーをまわすと、折重なって閉じていた門が開いた――本来は従業員がすべき事だが、無人だろうか……?
いや、営業はしているようだ。
*「さあ、卓を回そう! うまい飯は、取り分けないと……!」
その先に見えたもの……ホムラは、大いに顔をしかめた。
なるほど、ホウエン地方も真っ黒だ。
ホムラ「もう一匹、いたんだな……」
ダイゴ「やあ。待っていたよ」
中にいる、悪魔の事だ……。
つづく