新たなキンセツの街へと向かう車内は、嫌な緊張間漂う……密な空間だった。
後部座席は広くゆったりとくつろげるはずの仕様だし、
ふたりは適度に距離をとって座っていた。
しかしホムラは……すぐ隣に、それも、ぴたりと肌がつくほど傍に男がいるようで、これは己の不安を煽り、試してるのだという、歪んだ思考に陥っていた。
対して男は正面を向き、穏やかな呼吸をしてた。
ホムラが横目で睨みつけても、気にもとめない。鍛え上げられた胸がすうっと盛り上がり、そして下がるを繰り返している。
男は常に、平常だ。
苦しんでるのは、自分だけ……。
この男を、おまえを……、
いますぐにでも、その息の根を止めてやりたい……、
どんなに感情を抑えても、ホムラの目は語ってた。
*『――どうしたら死ぬんだ』
*『――そう考えているんだろ』
「!」
とっさに男の手が伸びてきて、首を絞められた。
そのまま力ずくに押さえ込まれ、身体の自由は奪われた。
「……!!」
*『――ガキめ。元のお前は棄てろって、言っただろ』
*『――ちょうどいい機会だ。そろそろ俺がどういう奴か、解らせてやる…』
いま、男がにやりと笑った気がし、はっとした。
幻だ。
実際、男は動いてないし一言も喋ってない。
*「……」
闇の中でも、男の赤の目は燃えるように輝いていた。
男の目には、自分の虜となった憐れな者の寿命がみえるらしい。と、いうよりも憐れなその者との契約をし、仕事をやる。その際に、ひととして生きれる期間を決めてやるのだと。
いま、あの両目に揺らぐ赤は誰の命の残り火なのだろう。
壁に遮られた正面に座る運転手だろうか、いや…
フラッシュバックした一瞬の幻は、遠い昔に自分が経験したもの。
あの男の腕が伸びてきて、首を絞められ、そして……そして完全に、元の自分を失った時のものだった。
*「ずいぶんと、行儀良く待てるようになったな」
ホムラ「っ!」
到着すると、男はホムラへ向けて手を伸ばし……少し首元に触れたあと、顎そして上へ這わせ、やはり髪を撫でつけた。
*「良いね……食べたくなっちまう」
ホムラ「相変わらず、言葉のシュミまで悪い」
*「なら、どんな言葉が欲しい? 俺はもっと、お前と会話を楽しみたいんだ」
ホムラ「沈黙した方がましな人間もいる。だがな、自制の欠けてるお前は人間以下だよ――クズ」
*「じゃあ……自制の出来るホムラ、欠けてる俺の口を、うまく塞いでみな」
ホムラ「鈍いな。ずっと試みてるつもりだが……?」
街は巨大な城塞だ。
わざわざ見上げなくても分かる。
建物同士の間を流れる風がとても強く吹きつけてくるからだ。
すべて地の底で、そして僅かに地上で繋がった、禍々しくも聳え立つ、美しいビル群。これらをまとめて“ニュー・キンセツシティ”と、いうのだそう。
ホムラ「静かだな」
*「夜はな」
ホムラ「本当に明日がオープンか? 人の気配が、まるで無い」
*「ものは揃ってる。あとは明朝、人間の一斉入居を待つだけ」
ホムラ「だいぶ混乱しそうだな」
*「たとえそうであっても、お前に関係無いことさ」
ホムラ「……」
*「今夜は僅かな人間しか入れてない。まずはお前を正面から迎えたかったんだ…」
ホムラ「高い金を積んだ市民に、自慢しないとな」
*「残念だがいねぇよ、好きなだけ探検していいぜ」
ホムラ「いずれな。お前さえ横にいなけりゃ、存分にしたかった」
*「ついてきな……約束通り、うまいメシを食わせてやる」
ホムラ「何を食うかは、俺が決めることだ」
*「気に入ると思うぜ。中々に、“お高い奴”だしな」
男は含んだように笑うと、ひとつ前へ出た。
街へ続く正門が開くと、傷一つない真新しい石床が現れた。
式典のために敷かれた赤の絨毯の上を歩き、吹き抜けの天井を見上げた…風を感じたからだ。
しかし天井というものは、そこに無かった。
壁に思えた高い建物の群れ、その先の方に小さな空が見える――野外だったのだ。
摩天楼。何層にもなる居住区は、きっと市民に階級が生まれるに違いない。下層から羨望の眼差しで見上げる遥か彼方の小さな夜空……。広大な空が望めるのは、上層に生きる権利を持つ一部の市民だけ。
ただ、快適な暮らしができるであろうこの巨大都市にて。そんな不満をすぐに持つ人物は、現れないと思うし……、“表れない”とも思う……。
♪
短い口笛で呼ばれた。
*「……はぐれるな」
むっとしたホムラは無言で睨み返した。
気づけば内部が迷路のように入り組んでいた。綺麗に整備された新しい通路だが、“分からない”という感覚が押し寄せてくる。
男がいなければ、分からない。
親切にも至る所に地図が掲げられているが、分からない。
街へ入るのは簡単だが、来訪者はぐるぐると街を巡らないと駄目みたいだ。
だが……ふと、上空を見上げると便利そうな住民用の通路が掛かってる。あの特権を手に入れるには、この街のパスを手に入れる必要がある。
更なる上には、もっと快適な仕掛けがあるのだろう。
どんどん、どんどん、蜘蛛の巣状の魔窟に入り浸っていく。
ホムラ「……嫌いだ」
神経が疲れてくる所には、うまい具合に、嘘くさい森林や透明な水辺があった。
街を使う人間を癒すように配置されている。
良いおもいをさせて……騙し、惑わす。
絶対に、逃がさない、取りこぼさない、男のやり口。
それでもいいのだ、さびれた古い町は見事、大都市へと進化する。
だが……、
これがキンセツ……?
気の狂った世界に迷い込んだみたいだ。
つづく