夏の終わり。
少し涼しくなったあたりのこと。
鬱蒼とした黒い森の中だった。
夜露に濡れた香りのする草の上に、ホムラは寝かされていた。
見た事ない森、ここはどこだろうか。
*「お前はこんな穏やかな夢をみるのか」
低い声がした、
はっとした、横たわる自分の傍にいる男。
背中を向けて、同じ草むらに座りこんでいる。
*「おはよう。よく寝てたな、お前の憎たらしくも愛しい寝顔を見ながら、俺は堪えるのに必死だったぜ」
広く大きな肩幅から背中、ぎゅっと引き締まった腰。
それがシャツ越しにみえる……この美しい肉体のシルエットは、過去嫌気がさすほど見てきた。
この体が、大昔のマグマ団服を着ていたのかと思うと、さぞかし映えただろうと思い出すたび嫌になる。
*「お前が目覚めたら、どんな酷い事をしてやろうと思ったか。でも俺はお前に甘いから、お前の目を見ちまうと、手が出せなくなっちまう」
ホムラ「……ホムラ」
*「あ〜……ダメダメ。その名前は、“ヤメたの”」
ホムラ「現実……? テメェがいるとは悪夢だな」
*「悪夢。お前と同じ夢の中ならば、敢て抜け出そうなど考えない、ずっと居座りたいくらいだぜ」
男はフフッと鼻で笑って、振り返った。
ホムラも身体を起こした…。
月の光しかない、森。
薄い光が木々の間から差し込んで、うっすらと形…髪、顔、体を照らす。
二人は向かい合ってるわけだが、よく似てた。
たとえば双子のようなうり二つ、…という種類の容姿ではなく、髪型も違うし、顔だって様子が全く違う。
ただ、どことなく雰囲気というか、他人のようには見えないのだ。
*「どうして俺は、こんなにもお前が愛しいのか…十年考えてるわけさ。な、お前もそうだろ」
ホムラ「ハア?どうしてそう誤解したまま十数年も生きてられんだ」
*「お前、大人になっても、俺の姿を真似し続けてるじゃねぇか」
ホムラ「真似ては、ない。…その方が、都合が良い」
*「いまの時代、そんなハッタリでお前に注目する奴らなんて消えただろうに…」
男はホムラに向けて長い腕を伸ばした。
ホムラは嫌そうにそれを避けたが、グッと首を掴まれ引き寄せられた。
*「いま、俺しかいねぇから…。ガキの頃みたいに、素直になんな」
ホムラ「テメェの前で素直だった事なんざ、一度もねぇよ」
二人の過去は、少し複雑で。
二人とも互いの事を100パーセント把握してるわけではない。
でも、昔、ホムラがまだマグマ団に入団する前、ホムラはこの男のもとから送り出されて、フエンタウンへ向かったのだ。
当時の旧体制のマグマ団…。
昔の幹部達が動かす薄暗い組織の中へ潜っていった。
男の手は、首から耳、後頭部と勝手に這っていき、いつしか髪を撫でられてた。
*「昔みたいに、髪、伸ばせよ」
こうして正面から顔を突き合わせると、無力だった子供の頃を思い出す。
近づき、取り入って、気に入られなければ成らなかった。
この男に依存する人間が多い。何でも首を縦に振れば、良い思いを出来るからだ。
しかし……その人間の持てる魅力を吸いつくすと、男は途端に冷たくなる。
子供の頃から、繰り返し“それ”を見てきた。
*「そんなに構えるな。全く、俺に挑むのに、お前はどうしてそう、無鉄砲なのか」
ホムラ「……」
*「ウチとの取り引きを突っぱねて、俺との交際もやめちまった。この上、どんな我が儘されるかと思いきや……非力で脆い、だいじなバトラー博士を助けて下さい……だと?」
ホムラ「ああ。分かってんなら、お前の用事を言えよ」
*「まあ、そうね。焦る事はない、食事の約束してただろ――行くぞ」
ホムラ「? してない」
*「俺はした。腹減ってるの俺、小さな事で反抗するなよ」
赤い目が、じっと見つめる。
*「なあ、優しく出来なくなっちまうだろ」
つづく