フエン温泉七夕祭り@



-さあ、恋の花火を打ち上げよう!-

              書・マツブサ



極太の毛筆でこう書かれた横断幕の下で、

バンナイは生粋のフエン育ちの美男子の告白を受けていた。


バンナイ「…え、え?!」


ここはフエンタウンの最深部、フエン神社の境内。

今夜ここでフエン温泉の"七夕祭り"が開催される。

街の入口、商店街のメイン・ストリートからこの神社へと繋がる参道は、

歴史を感じさせる古い石造りの一本道で、

いまは祭りに出店する屋台がズラリと並び商いの準備をしている。

ここ境内では舞台ややぐらの設営が行われて、

作業を担っているのが温泉商店街の青年団と、

地元の名士であるマツブサのところの若い衆・マグマ団員だった。

一生懸命お祭りの準備する下っ端連中を冷やかしに来たバンナイだったが、

ここで思わぬ人物に呼び止められ、ひと気のない拝殿の方へ誘われた。


バンナイ「若旦那さん、どうしてこうなった?」


バンナイに真剣に恋の告白をかましたのは、

田舎町の奥様方が親衛隊を組むほどの"すーぱー・あいどる"、

フエン生まれの銘菓"フエンせんべい"屋の本店跡取り息子である。

家業の代々続く"フエンせんべい"という商品を、

最近全国のみならず世界進出まで一気に果たしたその立役者で、

由緒正しいフエン名家のお家柄と地元一の和装色男の強みを武器として、

国内デパートの行脚から始まり広い海をも渡ってせんべい売り込んできた、


『フエン温泉名物、フエンせんべい。しんけん美味しいですけん!』


何万回とこのフレーズを商品と共に刷りこんで有名に仕上げたのだ。

(…はいはい、どうにもご立派な跡取りさんですよ。)

バンナイはフエンに来た当初からこの完璧な若旦那が鼻もちならなくて、

ちょっとしたイタズラをしかけた事をきっかけに、(8話参照)

長期に渡ってずーっとからかって楽しんできた。(32話参照)


若旦那「突然すまないね、でも真剣に考えてほしい…」


とびっきり美形の切ない表情ってのは、

世界の不条理を変えてしまう程の効果がある。

設営準備で賑わう入口の方に比べてひと気のない拝殿だったが、

それでもまばらにフエンの老人はお散歩してて、

じじもばばもみんなポッと頬を染めて立ち止り、恋の成就を見守った。


若旦那「今夜は七夕祭り…もし良い返事をきかせてくれるなら再びここへ来てくれ」


バンナイ「は、はあ…考えときます」


本気モードのイケメンに圧倒されて気の抜けた返事をしてしまった。

若旦那は繊細そうに微笑むと、「じゃあ、頼みます」とその場を去った。

こいつはついに、いたずらのツケの清算日のようだ。

飽きっぽくて、昔からひとつの場所に長く居座る事が珍しいバンナイは、

こういう何でもない一般の人との繋がりを持つのが略々始めてだ。

しかし先程はけた若旦那、彼はもっと時と場所をじっくり選ぶべきだ。

告白見守って「禁断の恋!」と興奮し血圧上がってきた近所のじじばばの他…、


バンナイ「やい、下っ端の野次馬ども。せせら笑ってねぇで出てきて助けやがれ!」


なにせお手伝いで来てるマグマ団員がそんじょそこらに居たワケで、

一連の珍事をずっと垣間見られていたのだ。

 遠くから見物する団員1「やだね、助けるもんか。日頃の行い」

 遠くから見物する団員2「だよな、悔い改めろ。日頃の行い」

 遠くから見物する団員3「満場一致、無理。お前の日頃の行い」

 団員一同『バハハーイ!』

言うだけ言って、下っ端たちは持ち場へチョロチョロ戻っていった。

バンナイ「…。」





【フエンタウン温泉街】


-さあ、恋の花火を打ち上げよう!-

              書・マツブサ



奥の神社から参道を下ってきて、ここはフエンの温泉街。

近年できた比較的新しい温泉宿は手前に、

昔ながらの古い湯治場はメイン・ストリートより外れた場所に存在する。

マツブサ「や〜、イマ風に言うとチャラい(?)ってのかな…今年のスローガン」

ぱりぱりの煎餅を片手にマツブサは見事な直筆の横断幕を眺めてた。

過疎化が進み、お年寄りの多いフエンタウンだが、

今年のテーマはセカンド・ライフに湯の花が浮き乱れそうな予感がする。

マツブサ「Σは、破廉恥ですよね…///」

アスナ「そうかなぁ、ナゥくてステキだと思いますよ!」

フエン・ジムリーダーのアスナも煎餅片手に横断幕を見上げてる。


 ぱりっ


同じタイミングで"フエンせんべい"を頬張った。

マツブサもアスナも、ともに町内会の"七夕祭り実行委員"。

のほほんと並んでるがアスナといえば、フエン屈指のチャンネー(ギャル)だ。

ポケセンのジョーイすらチャンバー(シルバー世代)であるフエンの絶対的希少種で、

並んで座ってお茶するなんて、フエン住みの若者だったら、

給料叩いてでも買いたい権利である。

マツブサ「ちょっと書体、堅すぎたかなぁ…どうですか?」

アスナ「Σそんな事ないと思いますよ、マツブサさんの字、ごいすー!(スゴい)」

マツブサ「まあギャップがイマの流行…つまりトレンディなのかなと」

アスナ「わ!すごいすごい都会の人みたい、マツブサさんの感性ぶっとび〜!」

マツブサ「まあフエンのような町にはナゥさが必要か!これでバッチグーかな!」

アスナ「あ、それ都会の方言だと何て言うんだっけ超ベリーグッドかな!」

マツブサ「まじイカす?っていうんですかねブキヤマ(ヤマブキ)辺りだと…はわわ」

アスナ「Σ凄い!都会の方言ってすご、あ、ごいすー面白いね!」


都会の人は、冷たい。

とくに流行遅れや死語とされるものに敏感でバッサリ斬り捨てる。


バンナイ「何なの?フエンなの?田舎なの?バブル崩壊まだなの?20世紀なの?」


フエンが仕入れた最先端ワードで田舎の少女と中年がキャピキャピしてた所に、

神社の方から移動してきたバンナイが通りかかって冷たい言葉を吐いた。


マツブサ「Σすいませんフエンでいよいよ流行るかなと思ったんです…」

アスナ「Σととと都会の人コワい…」


バンナイ「あ★ごめんね!マツブサさんブイブイ言わせてた最中だった?」


これはさっき下っ端連中に小馬鹿にされた腹いせだ。

視界の端に見えた何の罪もないマツブサに絡みにきたのだ。


バンナイ「お邪魔しちゃってごめん …ハイ、バッハハーイ!」


しかし急に都会の古語で話を振られて固まったマツブサと、

明らかに都会に対して免疫の無さそうなアスナの怯える顔を見て、

バンナイはさっき仕入れた昭和の別れ言葉を寂しく伝えて去ってった。


 チリーン (風鈴の音)


都会の冷たい人種に凍えたふたりだったが、風鈴の鳴る音でハッとした。

マツブサ「な、夏ですねー」

マツブサは横断幕よりもっと上の、お空を見上げた。

マツブサ「今日は晴れて良かったですね〜」

綺麗な青い空に夏の雲が浮いている。

アスナ「まだ梅雨明けしないから心配だったけど、いいお天気!」

マツブサ「昨日まで雨でしたからね」

アスナ「Σでしょ!だ、だ、だから照る照る坊主作っちゃった!」

マツブサ「Σ奇遇ですね!僕もだよ〜!!」

この純朴な会話こそ、フエンの民である。

本でみた、バブリィとかブルジョワとか言って無理すんのをやめた。





【フエンタウン商店街】


-さあ、恋の花火を打ち上げよう!-

              書・マツブサ



温泉街から更にメイン・ストリートを下ってフエン商店街へ。

ここがフエンという町の入口である。

商店街にはフエンせんべい屋の本店や漢方屋など、

昔造りの店舗や家屋が軒を連ねている。

全国的にみても暇なフエンタウン・ポケモンセンターもここにある。

他の地域の人がこの町に立って360度見渡してみると、

殆ど高い建物がないのでフエンの景色は壮観だ。

今日のように天気が良いと、煙突山の山頂まで望めるのだ。


さて。

恋の花火がなんちゃら〜って、マツブサの。

三度目の登場でいよいよハナについてきた横断幕のスローガンだが、

商店街のこれを暇そうにキョトンと見上げてるのがホカゲである。


ホカゲ「おお…なんつー小っ恥ずかしい我らがリーダーの書」


とりあえずホカゲは両手をくっつけて「アーメン…」と拝み供養した。

実はこの横断幕…、

マツブサが事前に“何枚”も書きまくってストックしといたはずのものだった。

しかし、最後の一枚を書き終え「さあ完成!」と大きく伸びした瞬間、

作業をしてた執務室の扉がサーッと開かれた。

まさに完成を見計らったようなタイミングで、

非常に恐い顔したホムラがグラエナを連れて入ってきた。

“何かを狩りたてに来たのだろうか…!?”

「え、え、どうしたんですか」オロオロするマツブサをガン無視して、

ホムラは室の中を行ったり来たり、大きなグラエナと一緒にウロウロ歩きまわった。

“何かの追跡捜査なのだろうか…!?”

その時の執務室の状態は、床を広くとって書道をしていた。

書き上げた横断幕もそのまま床に広げて乾燥させてた…。

ホムラは言った。

「グラエナの散歩だが、…何か?」

ついでにギロリと睨んできた。

一通り歩きまわって気が済んだのかホムラは何事もなかったように出て行った。

「祭りか、抜かりねェよな…?」

物凄く、ワルそうにニヤリと笑って、だ…!

床に残され蹂躙されたマツブサの横断幕は、

成人男性の大きいサイズの足型とワンコの肉球跡が…

幕の上で行ったり来たりとクッキリペタペタ残されてた。


マツブサは

めのまえが まっくらに なった! ▼


その一連の出来事を執務室の床にコロっと寝そべってホカゲは見ていた。

見てただけで、とくに何もしなかった。

その後、マツブサは奇跡的に被害のなかった横断幕を見つけ当てて歓喜した。

結局それが本日掲げられた3枚で、商店街・温泉街・神社に振り分ける事に。

ホムラの散歩さえなければこの恥ずかしいスローガンの横断幕は、

フエンの町の至る場所に飾られる予定だったという…。

(ホムラ、ぐっじょぶな…!)

ホカゲは密かに親指立てた。

ここ最近ホムラは忙しくしていたようだが、(38話参照)

地元の祭りも惨劇にならぬようしっかり様子見てくれてたらしい。

筆頭幹部、流石である。

何せマツブサをマグマ団代表として町内会関連一任させといたら、

すべてトゥウィンクル・トゥウィンクルで、

マグマ団服のような現実性ないファンタジー化してしまうのだろう。


ホカゲ「Σうお。グラエナの足型はっけん。見落としてら…」


なんと!

夏の日差しのもと商店街の横断幕に肉球跡を見つけてしまった!

ホカゲ「みなかったことにしよう…」

ホカゲは辺りをちらちら確認してからコクリと頷いた。


 ウウウ…ウウウウー… (年季の入った時報の音)


ここでフエンタウンに正午を知らせるサイレンが響いた。

ホカゲ「おお!そろそろか…」

時計とか紛失してひさしいホカゲは田舎役場のサイレン音で行動する。

町の入り口で、今日、お昼に待ち合わせをしているのである。

ホカゲはメインストリートをてくてく歩いて、移動した。





フエンタウン正門前。


ホカゲが到着すると、まだお目当ての人物は辿り着いてなかった。

いつも時間に正確な人なのに珍しい。

ホカゲはポケットからチューイング・ガムを2コ取り出して口へ運んだ。

バナナスイカあじ!

…はむはむはむ。はむはむはむはむ。

この、微妙なまろやかさと水っぽい野菜みたいな薄味がたまらんです。

山間のフエン、緑に囲まれて夏でもひんやり涼しい。

ホカゲは時を忘れて正門前で、ガムをはむはむしていた。

…ガムを風船には、ホカゲは出来ない。

…ホムラとか、バンナイとかは上手に膨らませるのに不公平だ!

マグマ団幹部中、一番ガムを消費してるホカゲが出来ないなんて。

なんて残念なんだろう。

ホカゲ「つーかほんとに不条理な世の中だよな」

というか本当にマグマ団のホカゲってのは、ド暇な悪の組織の幹部である。

正門前に座りこんで変な香りの風船ガム噛んでる金髪の若者を、

七夕祭りにあわせてやってきた観光客は怪訝な目でみて通りすぎた。


ホカゲ「およ?」


しばらくのち、ホカゲは遠くに知ってる人影をみつけた。

ちょう有名な奴だ、その人物はホカゲに気づいてハッと手を上げてみせる。

ホカゲもつられて手を上げてヒラヒラさせた。

そいつが近づいてくる…が、眩しい!

煙突山に降り注ぐ太陽光がそいつの一点に集中、そして反射して眩しい!


カゲツ「おっす!」


通りすがりのマブいカゲツである。

一応ホウエンの四天王とかしてる凄い人である。

フエンタウンにちょっとした縁があって(19話参照)、

そのあと地元ジムリのアスナを差し置いて、

なんとこのフエン温泉の観光大使に就任している。(37話参照)

今日は七夕祭りのためだけにスケジュールを空けて、

わざわざフエンまで足を運んでくれたのだ。

カゲツンはフエンの安っいギャランティなんか気にしない!

物凄く懐深くて気前の良い男なのだ。

ちなみにホカゲが待ってる相手…ではナイ。

ホカゲ「まばゆい光がカゲツンに集中する…フラッシュ!」

カゲツ「山肌照らしちゃったァ!?……Σってオイ!髪型イジリやめなさい!」

ホカゲ「こんちわす。」

カゲツ「あ、こんにちは。七夕祭り開催オメデトウさん」

フレンドリーなカゲツがお祝いのコメントともに握手を求めてきたので、

しょうがないからホカゲも立ち上がってフエンを代表して握手に応えた。

ホカゲ「ありがとうございます、よ!フエンの観光大使」

そう言いながら、ホカゲはできもしない風船をクチャクチャ作って失敗してる。

カゲツ「そう、観光大使の仕事しに来たぜ!出迎えはお前だけかい?」

ホカゲ「ん?オレちげーぞ」

カゲツ「あれ?俺呼ばれてきたけど、どこ行けばいいんだい?」

ホカゲ「Σオレが知ってるワケねーだろ!人を見て尋ねてください!!」

カゲツ「Σす、すんません!!…え、何で俺が怒られ!?」

ホカゲ「まあ、そのうち誰か来んだろ…ゆっくりしてってください」

カゲツ「最近どこ行っても俺の扱いってこんなでサ、なんか酷くねぇかい」

ホカゲ「おお。最近そうだよな、カゲツン昔はかっけーイケメンだったのに」

カゲツ「始まりは、この髪型にしてからか…」

ホカゲ「それな〜」

納得。

ホカゲがポン!と手を打ったのを見て、カゲツはギッと睨んだ。

そしてホカゲを正門の柱に ドン! と、打ちつけた。

イケメンだけに許される秘儀・壁ドンならぬ柱ドン!をしたのだ。

ホカゲ「Σやばい。ちょっとキュンとしました…」


カゲツ「もう今年のホウエンリーグはこの髪型イジらせねぇから…覚悟しな」


ホカゲ「☆☆☆ミ」

ホカゲは顔の前で手を広げて、自分の視界からカゲツの髪型を消してみた。

ホカゲ「Σうおおお 開眼した。カゲツン まじ イケメン」

カゲツ「…まじか。それか。そろそろ俺も髪、のばすか…!」

…しーん。

ホカゲ「ほぼほぼ他人のオレの意見なんか参考にしねーほうがいいぞ」

カゲツ「そして、突き放されるカゲツ」

ホカゲ「なんかオレごときが意見とかすいません…」

カゲツ「ちなみに、お前って名前なんだっけ…」

ホカゲ「Σすいません、ホカゲともうします…うおお」


この即席CP、カゲツ×ホカゲ(笑)という…世にも珍妙な柱ドン図を、

山道の遠くから運悪く目撃してた人物がいる。


山を歩くトウキ「Σちょ…え…ええ!?」


本日「七夕祭りだぜ全員集合〜」などとホカゲに適当に呼ばれて、

わざわざジムを休みにして離島から定期船に乗り、

フエンに向かって煙突山登りをしてきたムロジムのトウキである。

ゴール直前で、こんなん見せつけられて硬直した。


トウキ「あれ…あの頭って…まさか?」


待て。ホカゲに絡んでるあの頭、トウキは知ってるぞ。

ていうか知人だぞ。

あ、あいつ…何しにきやがった…!

トウキは拳を握りしめると再び歩き出した。


トウキ「ヤッホー!」


「ん。」反応した。遠くから聞こえる、この声!

カゲツの腕をくぐり抜けてホカゲはこだまで返した。

ホカゲ「ヤッホー、トウキさんー!」

カゲツ「なんだなんだ」

煙突山の登山道を手を振りながら登ってくるトウキを見つけた。

ホカゲも両腕振ってそれに応えた「トウキさんーひさしぶりー」

カゲツ「Σあれはジムリのトウ…!?」

意外な人物の来訪に驚いて身を乗り出すカゲツの横をすり抜けて、

ホカゲはトウキの元へ駆けてった。


一方トウキは…駆け寄ってくるホカゲと、

驚いた表情で立ち止まってるカゲツが同時に視界に入ってきて…

直感で動いてた、

その場で立ち止まってバッ!と両腕を広げてみた。

ホカゲはなんの躊躇もなくトウキの胸に飛び込んできた。

ホカゲ「お元気だったか!」

そのままぎゅう〜とハグされて、トウキは両腕広げたまま停止した。

イヤイヤこんくらいのハグなら以前に何回としてきたじゃないか!

ハッと思い返して、トウキはガシッとホカゲを抱きとめた。

トウキ「会いたかったぜ!」

ホカゲ「おれもおれも…最後会ったのいつぶりでしたか」

トウキ「忘れちまった!…ていうかガム食ってんのか?」

ホカゲ「うん。トウキさんも食うかバナナスイカ味だけど…」

トウキ「Σうわ!相変わらずへんな菓子食ってるなー…」

ホカゲ「久しぶりすぎてちょう緊張します…どどどどうしますか」

トウキ「え、なんだろ」

ホカゲ「遠いところをお疲れだろ、温泉にする…メシにする…ホカゲにする?」

トウキ「…。あれこの会話は前にも…デジャビュだ」

むかしトウキが初めてフエンに招かれた際、

しゃしゃり出てきたマツブサにされた提案である。(7話参照)

ホカゲ「そろそろマジでマグマ団に婿入りしねーかトウキさん」

トウキ「うーん、そうだな。そろそろ既成事実を作っとくか」

互いに見つめ合って、ニヤリと含み笑いを交わしたふたりだった。


カゲツ「この業界たまにある事だから大丈夫だぜ、俺は応援すっから!」


このフエンのお約束みたいなノリを全く知らないカゲツが歩み寄ってきて、

半分本気・半分冗談(半分トウキ・半分ホカゲ)に向けてグッと親指立てた。

トップトレーナー業界に対する爆弾発言だという事はふれないでおこう…。

ホカゲ「まじめに言われると照れますな…///」

トウキ「あ?そういやカゲッさん何で居るんだ」

カゲツ「Σカゲツ、フエンの観光大使!公式で七夕祭りに呼ばれたのさ」

トウキ「へぇーそうなんだ」

珍しくトウキが抑揚ない声をだした。

ホカゲ「カゲツン。トウキさんも来たしオレら町に入るが…運営まで案内しよか?」

カゲツ「おっす!助かる〜!!」

トウキ「Σえ゛!!」

カゲツ「Σな、なんだよ!」

思いっきりトウキが睨んできた。

ホカゲ「よっしゃーでは出発します。オレについてこいー」

エイ・エイ・オーとホカゲがユルめに気合を入れた。…が!

ちょっと歩いてさあ町へ入ろうとしたとこでトウキが足を止めた。

トウキ「ホカゲ君、悪い。すぐ追いつくからちょっと先に歩き始めてて…!」

ホカゲ「お? わかった…」

小首を傾げたホカゲだったが、のんびり町へ入っていった。


カゲツ「…で?」

トウキ「で?じゃねぇよ…!」

なんと!今度はトウキがカゲツに勢いよく柱ドン!をかました、

トウキ「頼むから邪魔すんなよカゲツさん」

カゲツ「誤解してねぇか、応援するって言っただろ」

トウキ「そう言って俺が新人の頃、片っ端からかっさらってたろ」

カゲツ「やれやれ、面倒なことになっちまったよこりゃ」

トウキ「物凄く大切にしてる子なんだ、絶対にちょっかい出すんじゃねぇぞ」

カゲツ「とりあえず、一旦落ち着こうぜ…野郎だろアレ」

トウキ「Σそういう問題じゃない!」

今にでも掴みかかってきそうなトウキをなだめながらカゲツは困った。

カゲツにしてみれば誤解もいいところなのだが、

トウキをこんなにも駆り立ててる原因は自分にある。

強いトレーナーってのは相当モテる。そいつが格好良かったら尚更だ。

じつは過去に様々な浮名を流してきたのがこのカゲツなので、

トウキが怒涛の忠告を入れたくなる心情は理解できるのだ。

トウキ「二度と近づくなよ」

爽やかジムリーダーも本心剥き出しにする事あるんだなと、

カゲツは目を伏せてニヒルに笑った。

ちなみにカゲツがモテ男の頂点に君臨してたのは、

髪の在った昔の時分である。





ホカゲが商店街に戻ってくると、

そこの"例の横断幕"の下で手を併せて必死に拝み倒してる人物がいた。

さっきホカゲがポカンと見上げてワンコの足型を見つけた例のアレだ。

あの、凛とした和服姿…間違いない!


ホカゲ「も、もしやフエンせんべいの若旦那すか」


若旦那「はい。そうです、いらっしゃいませ」

ビンゴ、この商売っ気。

この横断幕、フエンせんべい本店の真向かいに掲げられてるのだ。

若旦那「あなたは確かマツブサさんのところのお若い衆…」

ホカゲ「そうです、ホカゲです。マツブサがいつもお世話になってます」

若旦那「こちらこそ。ホカゲさん、フエン煎餅はいかがです?」

ホカゲ「Σこの台詞!ロープウェイ乗り場の売り子のおババと全く一緒!」

若旦那「あ、ばあやの方のお客さんでしたか…いつもご贔屓にして頂き」

ホカゲ「Σばあやとな…なんてお育ちの良い…良家のオーラまじパネェ」


長くフエンに住んでるホカゲだが、この若旦那とお話ししたのは初めてだ。

フエン憧憬の人として地元紙に繰り返し取り沙汰される人気者。

気ままに店番してお客や業者と談笑してる時なんかは、

親衛隊の奥様方がファンと観光客の線引きで交通整理したり大変なのだ。

しかしホカゲは知っている。

この素晴らしい若旦那さんの身に起きた、悲恋の顛末を。

…全て、あやつの悪戯の所為である。


ホカゲ「…バンナイくんめ」


若旦那「バンナイ?」

ぼそっと呟いたホカゲだったが、若旦那は反応して眉をひそめた。

バンナイ…今しがた彼が想いを告げてきた相手ではないか!

そうえばこの目の前でボケッとしてるホカゲも想い人のバンナイも…、

ともにマツブサの世話になってるていう若者じゃないか。


ホカゲ「もしや、うちのバンナイがまた何かやらかしましたか…?」

若旦那「え?いや、いいんだ、いいでんす…今は何も」

若旦那は赤くなって咳払いした。

ホカゲ「あいつが何かしかけてきたら言って下さい、オレがガツンと成敗します!」

若旦那「あれで結構、やんちゃなんですかね…まあ愚連隊の一員だもんなぁ…」

ホカゲ「Σはえ!?」

ホカゲはびっくりした。

地元ではマグマ団、若者集めた愚連隊っていわれてたのか…古いな。


 カゲツ「さあ、恋の花火を打ち上げよう!…なんだこの横断幕」

 トウキ「うわ。カゲッさん読み上げんなよ」


ここでカゲツとトウキが追いついた。

例のマツブサのアレを指差して…ドン引きのリアクションだ。

ホカゲ「うちのマツブサがほんとにすいません」

若旦那「なっ…、これはカゲツ様!とトウキ様!」

お金持ってそうな有名人を発見して、若旦那が商売モードに切り替わった。

ホカゲ「そうです。カゲツさまとトウキさま」

若旦那「わざわざご足労頂いて光栄です、フエン温泉七夕祭りへようこそ」

しょうもないホカゲの代わりに、若旦那さんが感謝の意を表した。

ホカゲ「…。なんて立派な大人なんだろう」

若旦那「特に観光大使をして頂いてるカゲツ先生にはフエンを懇意にして頂いて…」

カゲツ「堅苦しい挨拶は抜きだぜ、何か俺の商品を考案してくれてたみたいじゃん」

トウキ「え、カゲッさんここの観光大使だったのかー」

カゲツ「ま、ちょっとした縁でな。ここの金髪の…えーと」

ホカゲ「ホカゲです」

カゲツ「ホカゲもその時な、俺を助けてくれたんだよ」

トウキ「Σそうなのか、凄いなホカゲ君!!」

ホカゲ「怪奇現象・光玉な。カゲツン、フエンで化け物騒動起こして迷惑でした」

そこまで言ってホカゲは若旦那をみた。

若旦那は黙って頷いた。(19話参照)


カゲツ「もう時効にしてくれ。それより、"カゲツの商品"っての見してくれよ」


若旦那「ではとりあえず、手持ちのもので…」

若旦那は和服の袖の下から、包装されたお煎餅を取り出した。

若旦那「カゲツ先生がフエンを訪れ観光大使に就任して下さった記念に」

なんと!フエンせんべい・花月という、本店限定商品である。

白焼きの貴重なフエン煎餅に、濃い赤色の唐辛子味噌が"あの形"で塗られた品だ。

若旦那「悪タイプの第一人者・カゲツ先生にあやからせて頂きました…」

トウキ「すげえ!いちトレーナーが名前を菓子に使われるなんて…出世したなあ」

カゲツ「こりゃ嬉しい…!ここ最近の俺の髪型・不遇の霧を晴らしてくれたよ!」

ホカゲ「だがカゲツン、この煎餅…確実にその髪型を描いてるぜ…」

カゲツ「だろう!!ついに流行がくるぜ!!」

ホカゲ「いやいや…、考えよう。これでついに"髪を生やす"機会を失ったぜ」

トウキ「あ。これでスポンサー契約か…」

カゲツ「いいサ、こんな商品作ってくれたんだ…この髪型を生涯通すよ」


若旦那「Σえ゛…」


カゲツ「え?」


若旦那「あ、いえ。以前のように御髪、戻して頂いて結構ですよ?」


ホカゲ「…プフ」

トウキ「…ていうか、もういい加減に髪を生やせって事だろ」

若旦那「Σあ、いえ決してそんな!!今のおはつも個性的で十分、十二分にお似合いで」


カゲツ「あ…ハイ…髪型ね、そうね、そろそろ決着つけようかな」


若旦那「そ、そろそろ店の方へ戻らないと…ではホカゲさん後を頼みますよ」

若旦那はいきなり忙しそうになって、パタパタと着物を正したりし始めた。

そしてトウキにお名刺を渡して店へと戻った。

ホカゲ「じゃあ若旦那も、今夜の七夕祭り楽しもうな!」

若旦那「Σあ、はい/// そうですね」


若旦那は正念場だ。

慌てて振り返って返事した後に、店先のガラス戸に額をぶつけた。


ホカゲ「意外とあわてんぼうさんな…行動パターンがトウキさんに似てんのな」

トウキ「そ、そうかな?」

カゲツ「ありゃあ、恋だな…」

トウキ「Σへ!?」

ホカゲ「何言ってんすかカゲツせんせー、若旦那はこの前失恋したばっかすよ」

トウキ「Σそうなのか、あの人も大変だったんだな!?」

カゲツ「ホカゲ、もう次の恋さ。あの感じ、今日が大舞台だぜ…」

ホカゲ「Σなんと!色男は恋の切り替えはえーな!」

そこでホカゲは思い出した、自分が声かけるまで若旦那はずっと横断幕に念じてた。

ホカゲ「あれか…恋の花火ってやつか…マツブサよ」

ホカゲは横断幕を見上げた。マツブサの顔が浮かぶ。

トウキ「恋の、花火… か」

さっきは引いてしまったトウキだが、改めて横断幕を見上げた。

トウキ「…って、やっぱよくわかんねぇな」

そりゃそうだ。

浮いた話のひとつもないマツブサの書で恋だってもご利益なんか無さそうだ。

ホカゲ「マツブサの書よ…若旦那に愛と勝利を。…アーメン」

おや。

なんだろうこの二回目感…。

そういえば、さっきホカゲは同じように拝んで供養したんだった。

ホカゲ「…んー…だめかもしんねぇ…すまん若旦那」

トウキ「うわ。やっぱだめじゃないか恋の花火…」


カゲツ「Σん! なんだあれ、犬の足跡か!?」


カゲツが目を見開いて横断幕の一点を見つめてる。

そういえばカゲツもグラエナの主人だ、足型の特定は早かった。

ホムラの所業、ついに横断幕の不具合が身内外に発見されてしまった。


ホカゲ「だまらっしゃい、黙らん先生の口にはバナナスイカ味の投入!」


若旦那さんの手前、ここで騒がれるとマズイので、

ホカゲはカゲツの開いた口にポン!とさっきのガムを詰めた。

ホカゲ「それではトウキさん、カゲツ先生。こっちですこっち」

ホカゲは手招きで誘導して、その場から離れることにした。

トウキ「それ、うまい?」

カゲツ「…。」

カゲツはなんか、苦そうな顔をした。





【フエン温泉街】


ホムラ「マツブサ」


マツブサ「あ。ホムラ君…お出かけですか?」

マツブサが茶屋で水ようかん頬張ってるところの前をホムラが通りかかった。

アスナ「あ。マツブサさんところの顔恐い方のお兄さん、こんにちは〜」

引き続きアスナにも奢ってあげちゃってる。

この二人はさっきから、おサボりだ。

さほど運営の仕事しないで菓子ばっか食べて休憩してる。


ホムラ「…テメェ、ここで何してやがる」


開口一番に名前を呼び捨て、

お次は今にもブチ切れそうな青筋立てた顔でこう訊いた。


マツブサ「Σはい、七夕祭りの各地区の下見ですね」

アスナ「Σ物凄い汗が…マツブサさん…て、手拭いです!」


ホムラ「…観光大使の出迎えはどうした」


マツブサ「あー…もうそんな時間ですね!」

アスナ「Σ大変、カゲツさん迎えに行かなきゃ!」

マツブサ「やっちゃったねーすみません、ただいま向かいます」

アスナ「くぅ…先輩を待たせてしまった。これからば、ば、挽回をば…!」


ホムラ「…ア?」


マツブサ「Σ凶悪な顔で睨まないで…!!」

アスナ「Σはうあ…!!」

マツブサ「Σアスナちゃん!ビビりだから魂抜けちゃったよ…!!」


レスキュー!レスキュー!!

マツブサが立ち上がって、茶屋のなかのお医者様を探した。


ホムラ「…チッ。」


まあ、放っておいても観光大使は辿り着くだろ。

その後詫びでも入れとくか。

考えながらホムラは実行委員のふたりを放置して歩き出し…

…。

ふと、マツブサのあの横断幕が視界に入った。

…。

ホムラは茶屋まで戻ってきて、水ようかん乗った皿を拾い上げた。

マツブサ「え…それは僕の食べかけだから。新しいの頼むよ?」

ホムラ「…黙れ」

ホムラは皿を右手に持ち、左手はビッと横断幕を指した。

次の瞬間、高い位置にある横断幕に猛るスピードでヒットした。

まんまるだった水ようかんはその瞬間、平面に潰れ広がって張り付いた。

ホムラ「…打ち上げ、完了」

物凄く、ワルそうにホムラが笑ってみせた。

いまのマツブサには、涙を堪え心を殺して拍手するしかなかった。


↓こんな感じになりました↓


-さあ、●の花火を打ち上げよう!-


ホムラはその場を後にした。





【フエン商店街】


ホムラの目的地は呉服屋だった。

だが先の方から歩いてくるホカゲが見えたので、仁王立ちして待ち構えた。


ホムラ「…。」


ホカゲ「Σうおビビった…何してんすか」

ホカゲがトウキとカゲツを率いてたので、ホムラは良しとした。

トウキ「あ、ホカゲ君のお兄さんお久しぶりです」

カゲツ「兄弟なのか、へー…Σいや、嘘だろ」

トウキ「彼ら兄弟なのに嘘みたいに似てないんだよ、」

ホカゲ「Σトウキさんまだそれ信じてたんですか…」


ホムラ「…兄弟じゃねぇ、悪い」


トウキ「Σな、何だってーっ!?」

ホカゲ「すまねぇトウキさん、Σていうかホムラが謝罪した」

カゲツ「…ホカゲん家、複雑なんかね?」

ホカゲ「そ、そうれはもう。言うも涙、語るも涙」

カゲツ「それじゃあ聞き手がいないぜ、ホカゲ大先生」


ホムラ「観光大使の迎えだが…マツブサだ。抜かった」


ホカゲ「そんな気がしてました」

カゲツ「気にすんな、祭り楽しみに来ただけだから」

トウキ「じゃあ代わりにお兄さん、カゲツさんの案内引き受けて貰えるよな」


ホムラ「…悪い」


ホカゲ「ホムラ。マブダチたるオレにお任せしてくれ」

ホカゲがドーンと胸を張った。

ホカゲ「なんか今日のホムラはご機嫌で素直でカワイイな」

 カゲツ「あれでそうなのか?」

 トウキ「わからないや」

ホカゲ「カゲツ先生は、我がマグマ団で超絶すてきな接待します!」

カゲツ「Σま、まじかー!」

トウキ「いや、まじかは僕の台詞だよ」


ホムラ「違ぇだろ。遊びじゃねぇ、実行委員の本部へ送り届けろ」


ホカゲ「おお!じゃあカゲツさん送って、トウキさんとじっくり遊びます」

トウキ「うん、さっさと行こう!さっさと!!」

カゲツ「…。」

トウキが前へ出て、ホカゲの腕とカゲツの襟を掴んで歩きだした。


ホムラ「道を真っ直ぐ行けば、神社だ。そこの団員に口訊きゃわかる…」


三人を見送ると、ようやくホムラは呉服屋の暖簾をくぐった。

ホムラ「すまない、連絡を入れた者だがすぐ着れる浴衣は残ってるか…」

曇りガラスの引き戸をガラガラ開けると…


ホムラ「な…」


ワタル「お。ホムラじゃねぇか オレだよオレ

シバ「久しいな、赤ずきんの団体の筆頭よ」


 ガシャン!


ホムラはマッハで戸を閉めた。

いや待て、何か居たぜ…。

戸の奥に一瞬見えた光景はホムラを一気に嫌な気分にした。


 ガララ


今度は内側から優しく戸が開いた。

ワタル「気持ちの整理はついたか?俺様に逢いたかったろ〜…」

まずい…どう見ても、これはあのワタルだ。

セキエイのリーグチャンピオンでドラゴン使いで、

手違いでフエンタウンに避暑に来て、

それを毎年繰り返すようになったワタルだ。

ウンザリするマグマ団の夏の風物詩となりつつあるワタルだ…。


ホムラ「何故、居る」


ワタル「今年は仕事が忙しくてよ、出遅れちまった!」

ホムラ「忙しいのなら、こんな片田舎まで来る必要はない」

ワタル「田舎だからイイんだろ!今年もオレを癒し倒せよマグマ団ども!」

ホムラ「…断る」

ワタル「断れない!よし!なんだ!浴衣だったなオレも調達にきたんだ」

ワタルがグイッとホムラの腕を引っ張って呉服屋の畳へ上がらせた。

シバ「今日は、七夕の祭りなんだな…おめでとう」

ホムラ「なんだ、観光で来たのか?」

シバ「俺は温泉と祭りの取材だ。用が済めばすぐ帰る…」

ホムラ「あんただけか?できれば…」

シバ「ワタルは、頼む」

ホムラ「…勘弁してくれよ」

ワタル「そんな喜ぶなよ…///」

ホムラ「どこに、貴様が浮上する要素があったのか」

シバ「今日、ワタルがどうしても祭りに浴衣で出ると聞かんのでな」

ワタル「おう、ホムラ!揃いで作ろうぜ!!」

シバ「仕立てる時間は無いと思うが…聞かんのでな。困っていたのだ」

ホムラ「断る、俺らマグマ団の浴衣はもう、うちに揃ってる」

ワタル「Σな、なにィ!?」


そこへ呉服屋の主人が奥から真新しい浴衣を何着か出してきた。

畳へ並べられたそれをみて、ワタルが身を乗り出した!


ワタル「女物か!」


主人がせっせと動いて随分と可愛らしいものを数点持ってきた。

フエンはお年寄りが多いので、これが精一杯の在庫である。

ワタル「そういうもんなのか…相変わらず寂しい集落だな」

シバ「そんな事言うならば貴様が空を飛び、エンジュで仕入れ配達しろ」

ワタル「やめろパタパタ飛ぶのはダセェだろ!!」

ホムラ「あんたジョウトの人間だろ」

ワタル「おう」

ホムラ「みた感じでどれが良いとか、無いのかよ」

ワタル「Σ無茶振りすぎだな」

ホムラ「無ぇのか、使えねぇな」

ワタル「何だと…オレを試すつもりなら後で泣きをみる事になる」

シバ「そうだ、冷静になれ…ワタルという男の装いを知ってるだろう」

シバの言葉は的確だ。

公式でマントをなびかせたワタルの姿をホムラは思い出した。

ホムラ「……だな。」

ワタル「何に対して納得した」

シバ「このレトロ柄はいいと思うぞ」

ワタル「オレはこの紺のが…紺だよな?黒か?知らね」

シバ「それはつまらん、だめだ」

ホムラ「では、この白いのを」

シバ「…。」

ワタル「…。」

シバ「いいだろう、ワタルのやつよりマシだ」

ワタル「美人が着てそうな浴衣だな」

シバ「白地に淡い彩りの花か、確かに色っぽいな」

ワタル「でもガキが着てそうな気もする」

シバ「確かに…」


ホムラ「では、勘定を」


ホムラが立ち上がった瞬間、ガラス戸が開いてマグマ団員がひとり入ってきた。

ホムラ「領収書はマツブサで」

団員は手早く封筒からお現金を取り出し支払いした。

会計が終わり商品を受け取ると同時に、その団員はささっと退出した。

ワタル「よく訓練されたイヌだな」

シバ「まるで気配を感じぬ黒子のようだな」


ホムラ「そうだ、うちの浴衣が余ると思うんだが…着るか?」


ワタル「でかいか?」

シバ「すまんな、ワタルのサイズがなくて困っていたのだ」

ホムラ「あんたは着ないのか?」

シバ「俺は着ない、ワタルの分だけ頼みたい」

ホムラ「ああ…サイズは大丈夫だろう、あとで宿へ届けさせる」

ワタル「宿?宿なんかねーよ」

ホムラ「…は?」

ワタル「このオレがフエンに来て宿なんてヤボだろ」

ホムラ「言ってる意味が、わからん」

シバ「すまん、俺は宿泊施設を取ってあるからそこへ頼む」

ホムラ「あんたの方が…うちに滞在するってなら世話するぜ」

シバ「その気持ちだけ、頂く」

ワタル「ん…。あんたって、シバの事か?」

ホムラ「当たり前だ」

ワタル「何でいつもオレを差し置いてシバなんだ!!」

シバ「いつか分かるようになってくれ」





【マグマ団本部】


バンナイ「ただいまー」

大方の団員は祭りの準備で出払っている。

残ってる団員は中庭に集まって、これまた祭りの準備をしてる。

祭りの〆で踊るフエン音頭の太鼓の練習したり、踊りの練習したりと楽しそうだ。

お散歩から戻ったバンナイが「はあ」とため息ついてそんな様子を眺めていると、

突如背後からラグビー選手みたいに駆けてきた団員とぶつかりそうになった。

さっき呉服屋でホムラの会計した団員だ。

片手に呉服屋の包を持っている、浴衣だ。

これを届けるため本部まで走って来たのだ。


バンナイ「てめぇ、どこ見て走ってんの!」


バンナイはそいつの胸倉掴んで引き寄せた。

でも、そいつが呉服店の包みを腕で守るように庇ったので、

バンナイは面白がってパッと取り上げた。

団員「え、あ、あれ!?」

バンナイ「これ?」

団員「返せ!」

バンナイ「わ〜!女物じゃん、どうしたこれ?」

団員「いいから!急ぎなんだ」

バンナイ「ちょうだい!」

団員「Σ駄目に決まってんだろ!!」

バンナイ「欲しいー★」

団員「Σ可愛く言っても駄目!!」

バンナイ「ケッ」

バンナイは悪態ついて団員へ投げ返した。

団員「Σあぶねぇ!もう怒られたらお前のせいだからな」

バンナイ「なに、マツブサさんに頼まれたの?」

団員「それは秘密」

バンナイ「さっきアスナさんと居たから、買ってあげたのかなと」

団員「黙秘」

団員はバンナイ無視して歩きだした。

バンナイ「何だ?この男だらけのマグマ団にこんな浴衣…誰の趣味だよ」

団員はなお無視続けてエレベーターへ乗り込んだ。

バンナイも同乗した。

バンナイ「4階だって?」

団員は4階で降りるとそのまま北のエリアへ向かった。

バンナイはピンときた。

バンナイ「わ、わ−!そういう事か!」

なるほどね。

団員は4階北端の部屋の前でようやく立ち止り、扉をノックした。

ガチャ、ガチャリ、ガチャと複雑な解錠音がして扉がギィィと開いた。


バトラー「やあ、ありがとうございます。衣装は見つかったようですね」


中から綺麗な微笑みを浮かべたバトラー博士が現れた。

団員「は、ハカセェ〜/// 浴衣です!」

態度をコロっと変えて団員は呉服屋の包みを差し出した。


バトラー「OK,入って…あれ、きみはバンナイ?手伝ってくれるのですか」


団員「あ、こいつはすぐさま帰ります」

バンナイ「帰んのはテメェだよ、オラオラどきな三下め」


バトラー「入って!」

バトラーの私室へ招かれた。


なんて良い香りなんだ…。

ワルツの放送が聴こえてきそう…。

アンティークの洋家具が並んでフエン町だって事実を忘れてしまう空間だ。

マグマ団でネコ足のお上品なテーブルが似合う人はバトラー博士だけだろう。

…とかなんとか、団員が手のひらを合わせて語りだした。


バンナイとバトラー博士はそんなの無視で会話を進めた。


バンナイ「バトラーさんて、いつ目覚めたんですか?」

バンナイが尋ねた。

バトラー「今日の午前ですよ」

何事でもないようにバトラーが答えた。

バンナイ「へえ…」

バトラー「よく眠ってたみたいです…寝坊すぎたかな」

バンナイ「回復してくれて良かった、あ、素直な気持ちですよ」

バトラー「…。」

バンナイ「浴衣着るんだろ、それさ男物に直してやるよ」

バトラー「そういう事が出来るんですか?」

バンナイ「うん、すぐ出来る。博士も七夕祭りへ行くの?」

バトラー「行きます、というかステージでマジックする事になりました」

バンナイ「 え!」

浴衣を出して広げてみたバンナイが驚いた。

バンナイ「あの…お身体、大丈夫なんですか?」

バトラー「さあ」

バンナイ「うわ、危ないなぁ…」

バトラー「まあそういうわけで、ですね…」

バンナイ「ちょっと、そのまま!」

ぱさっと、バンナイがバトラーに浴衣をかけた。

バンナイ「すげぇ、…綺麗」

バトラー「マグマ団の浴衣だと衣装映えしなそうなので用意してもらいました」

バンナイ「Σあはは…ああ、あの芋ですか」

バトラー「Imo...?」

バンナイ「お願いがあんだけど…支度を、俺に任せてくれねぇかな」

バトラー「それは…、まあ良いですよ。どのみち誰かに着せて貰うつもりでしたので」

バンナイ「Σやったァ!ついにバトラー博士と組めるぜ」

バトラー「君はもの好きだね、こんな外国人の酔狂に付き合ってくれるの?」

バンナイ「綺麗なものには関わりたいんですよ、積極的に」

バトラー「そういうきみも、こういう趣向は似合いそうだけど」

バンナイ「俺はマグマ団のヘボイ浴衣で足りてますよ、もう改造したんで★」

バトラー「そう言われると、そっちの方が楽しそうだな…」

バンナイ「わー。欲しがりだなー」


団員「構って下さい」





【大広間】


徐々に団員が戻ってくる。

一旦帰ってきて、祭りの身支度してまた出て行くのだ。

地元の呉服屋に頼んだ白とえんじの地味めなもので、

数日前の納品時には芋色!芋色!と影で散々言われていた。

幹部のホムラだって「なんだこのさつま芋」とぼやいた程だ。

しっかし、今日!

袖を通して集合した団員達の姿は、

そのホムラですら目を覆いたくなるほどの惨状だった。

団員達が、各々で大改造してきたのである。

お前ら学園祭の学生仮装じゃねぇんだぞ!

ホムラは注意しようとして、ゾッとした。

なんと幹部のホカゲと、幹部風のバンナイが…

おぞましい程の改造して自慢げに胸張って立ってるのである。

きっちり分かれた。

正統派に格好良く芋色着てるのはホムラ派の団員。

大改造してジャラジャラしてる金髪がホカゲ派の団員。

もちろん改造して肌けさせたり短くしたりとかはバンナイのオマケどもだ。


ホカゲ「ん。何だホムラよ…我らマグマ団エンジョイ勢の心意気に完敗か」

バンナイ「ホムラさん、地味にカッコいいよ。まじめか!」

マツブサ「あわわ…みんなそれ絶対、団服でやらないでよね…!!」


ホムラ「黙とう!」

 マグマ団一同「Σ!」


マグマ団、解散スルカ?

ホムラは無言の圧力で団員達の行いを後悔させてやった。


トウキ「フエン音頭、難しいな…」

団員達の後方では、トウキが覚えたてのフエン音頭を練習してた。

はっきり言って、へんてこ舞いのホカゲが伝授したので…

振りつけは合っているのか定かではない…。


マツブサ「あ、違いますよ。今のところはトトンとパ!ですね」

トウキ「へ?そう??そうだよなあ、リズム合わないと思ったんだ」

ホカゲ「Σそうなん?がんばれ、トウキさん!」

バンナイ「トウキさんに正解覚えてもらって、あんたが習った方が早そうじゃん」

ホカゲ「なるほどそれならいける!」


ホムラ「…。」





つづく