王者A



【休憩中】


ダイゴ「僕さ、なんだか帰りたくなっちゃった」



ホウエン陣の控室である。

ソファに腰掛けたダイゴは、にっこり笑ってそう言って、

その場のスタッフ達を凍りつかせた。


南の王者は大層な気まぐれで、

ふと思い立ったらそのままどこかへ消えてしまう。

何気ない一言が、後の大問題に発展する事もしばしばなのだ。

ダイゴは構う事なく、軽く伸びして続けた。


ダイゴ「ワタル君はさ、真面目だよな。まあそれは僕もなんだけど」


ダイゴの笑みは、人を困らせる。

この嘘くさい微笑みには、過去に何人もの人間が騙され翻弄されてきた。


ダイゴ「さて。次はワタル君、いったいどっちの衣装を着てくるのかな」


そういうダイゴの衣装は、すでに変わっていた。

先程はアロハシャツを着ていってワタルをカンカンに怒らせてみせたが、

この休憩中に、フォーマル・スーツに着替えた。

これでワタルが、しぶしぶアロハに着替えてきてくれれば、

またしてもダブルチャンピオン、ちぐはぐ衣装の対談となるのだ。

"すごく愉快だろう…!"ダイゴはひとり、含んだように笑った。

これでもダイゴは結構、ワタルの事が好きだ。

ちょっと捻くれているのだが、ポケモンリーグの休暇中なんか、

嫌がるワタルの顔が見たくて、彼がどこにいるのか探りを入れたりする。

自分の事なんかすっかり忘れてオフシーズン過ごしてるワタルの前に、

偶然を装い…突撃訪問するわけである。

毎度毎度、自分を見つけた時のワタルの顔…!

"それが見たかったんだよね。"…ダイゴは楽しんでるのである。

今回のこの対談企画なんて、なんて!ワタルが嫌がりそうな仕事だろう。

リーグを通じて依頼が来た際、ダイゴは万遍の笑みを浮かべたものだ。

"僕と会ったら、たくさん困らせてあげたい…!"

これがダイゴの好意である。つまり今のところダイゴには、

ワタルとの対談やめて帰りたい気分など一遍も無いのである。


 カゲツ「入るぜ、チャンピオン。お呼びだよ」


そこで扉が開き、ホウエン四天王のカゲツが顔を出した。

ダイゴ「あ。ノックはいらないよ、うるさいからな」

カゲツ「もとから してねぇよ」

どうやら対談再開のようだ。

ワタルとお揃いの時計を確認する。

彼もきっと、同じ動作をして会場へ向かうのだろう。

…その際、ため息なんかついてくれないかなぁ…

ダイゴは立ち上がると上着のボタンを留め、にっこり笑った。


ダイゴ「じゃあそろそろ。僕らの対談、後半戦に向かうとするか」


カゲツ「機嫌良いじゃねぇかよ、チャンピン」

ダイゴ「え。 そうでもないよ?」

カゲツ「Σえ!それ困る」

ダイゴ「困るでしょハハハ」





【二部】


王者たちは再びホテルのサロンへ入室した。

日はすでに傾き、夕刻である。

ホウエンチャンピオンのダイゴが西側の扉から通されると、

同時に真向かいの東側の扉からセキエイチャンピオンのワタルが入ってきた。


ダイゴ「 あれ?」


ずかずか歩いて向かってくるワタルを見て、

ダイゴはにっこり笑ったまま、小首を傾げた。

…どうしたかな?

ワタルの衣装は休憩前と一緒、光沢あるタキシードのままだ。

てっきり、先程の自分があげたピンクのアロハだろうと思ってた、

ダイゴのアテが外れてしまったわけである。


ワタル「よう、ツワブキ!ようやく俺らの衣装が揃ったなァ」


首傾げて止まったままのダイゴに向かって、ワタルが不敵に笑ってみせた。

その背後に、セキエイ四天王のシバがこちらも同じく礼服姿で立っている。

ダイゴは察した。

…なるほど、入れ知恵。

恐らくシバだろう。

先程の対談 前半戦を終えたワタルがカッカしながら控室に戻り、

ムキになって自身のスーツを剥ぎ取ろうとした時に、

居合わせたシバが止めたに違いない。

ダイゴは頭でそんな様子を描いた。

いや全く、その通りなのだった。



先刻のシバ『止せ。そのまま桃色のアロハなんか着替えてみろ、

またしてもワタル、お前は相手を愉快にさせてやるだけだ』


先刻のワタル『Σなぬっ!!』



ダイゴの冷たい視線がチラりとシバに向けられた。

見つめられたシバは気まずそうに、顔を隅の方の壁へ移した。

…やっぱりな、お前か。

ダイゴはヒンヤリした笑顔でワタルに視線を戻した。

ワタル「なんだその薄ら笑いは! 腹立つわ!!」

ワタルが大きく怒鳴って身を乗り出した所で、

ダイゴは手を掲げてそれを制止した。

ワタル「ム…」

ダイゴ「まあまあ。とりあえず、着席して対談を再開しよう」

抑揚の無い声でダイゴがそう促すと、

不服そうな顔だったがワタルはシバを連れて自分達の席へ移動した。

 ワタル「 座る!! 」

 シバ「黙って座れ、ワタル」

ワタルが完全に背を向けた所で、

ダイゴは何気ない動作で自分の耳元へ手をやり、

そのまま… すぽん と、耳栓を外した。


カゲツ「…やな奴」





トレーナーの社会とは、完全たるピラミッド型構造である。

近所の草むらに入り、新品のモンスターボールを投げた瞬間から、

ひとは知らずのうちに そのピラミッドの底辺、土台部分に属する。

で、そのトレーナー社会の限られた頂点に君臨するのが、

全世界で展開されるポケモンリーグに関係するトレーナー達である。

ジムリーダー、四天王、チャンピオンといった公式のトップトレーナーだ。


本日この場に集ったのは、

本州中央・セキエイリーグからは王者のワタル、四天王のシバ。

南部地方・ホウエンリーグからは王者のダイゴ、四天王のカゲツ。


やはりポケモンリーグとは世のトレーナーの憧れで、

そこに君臨するトップトレーナーたちは、今生の神である。

そういうわけで本日集結した頂点トレーナーの4名たち、

この度の対談では、下々の手本となるその振る舞いを期待されてるのである。





対談、再開。


今度はサロンの中央に、先程のアームチェアが4脚配置されていた。

まず正面向きが2脚、ここには前半同様チャンピオンが並んで座った。


ワタル「まーたお前が横かッ!」

ダイゴ「そうそう。君の横、僕くらいじゃないと務まらないでしょ」

ワタル「まあ今回は、互いの服が揃ったから大目にみてやろう…」

ダイゴ「ああ。先程のちぐはぐな衣装は滑稽だったな」

ワタル「Σテメェのせいじゃねぇか!!」

ダイゴ「あれじゃあ僕ら、さすがに不仲説が飛び交っちゃうよね」

ワタル「一向に構わねぇよ!むしろ事実だがッ!?」


ワタルが怒鳴って、ダイゴが流す。

相変わらずのチャンピオン達の左右のチェアには、

シバとカゲツがそれぞれセキエイ・ホウエンの地域別に分かれて着席した。

こっちの二人も、巻き添えくらって礼服姿だ。


シバ「…うちのがアレで、すまない」

カゲツ「Σうお、イヤ、何かこちらこそ、ああいった人でスンマセン」

シバ「セキエイに代わって詫びる」

カゲツ「オイオイ、困っちまうよ!コッチこそホウエン代表してスンマセン」

シバ「…うむ。(彼は)」

カゲツ「…うん。(こいつは)」

シバ「…最近の調子は。(話せる)」

カゲツ「…ぼちぼちっす。(モンスターじゃねぇわ)」


シバは無言でコクリと頷き、カゲツはバチン☆とウィンクを飛ばした。

各地代表・四天王の二人は…何だろう、微妙に波長が合った。


ダイゴ「あれ、仲良くなっちゃった?」

名刺交換し始めた四天王の交流を見て、ダイゴがつまらなそうに呟いた。

ワタル「おいツワブキ、よそ見してんじゃねぇ…テメェの敵はオレだ」

ダイゴ「ワタル君、僕らも番号交換しようか」

ワタル「ん。スマン、してなかったっけ…」

意外にもダイゴが飛びついた。

ダイゴ「Σえ!してないよ、しようよ!!」

ワタル「Σえ!しねぇよ、絶対しねぇからな!!」

ダイゴ「…。だよね!」

テヘっと笑って流した、ダイゴだった。





シバ「ところで…、土産があるのだが」


一同『!』

なんと!最初に切り出したのはシバだ。

一同の注目が向くと、シバは静かにスタッフを呼び寄せて、

何だかやたらと渋い包装の箱を持って来させた。

…こいつは例の、菓子折りだ。シバの手にした物体を目にして、

ワタルはピンと"お約束のネタ"に構えた。

ワタル「Σまんじゅう出た」

そう、お饅頭。

しかし本州事情に疎いホウエン組の反応は穏やかなモノだった。

ダイゴなんか、道端に転がる石コロ見た表情だ。

ダイゴ「ん? 土産、僕らにかい?何それ」

カゲツ「あ!! …あー有名だよな。タイトルなんだっけか"コレ"」

カゲツは自分の頭をコツコツ叩いて思い出そうとしてる。

シバがいまホウエン組に差し出した箱の中身は、

本州のみならず全国的にも有名な"とある銘菓"である。


シバ「貴様ら知らんのか。これはだな、ジョウト地方チョウジタウン名物の…

ワタル「Σてめぇ等!"怒り饅頭"だ、覚えとけ馬鹿野郎ッ!!」


箱見てもピンとキテないホウエン陣ふたりに、ワタルが怒鳴った。

シバ「やかましい…」

ホウエンVIP達への、ここぞという大宣伝チャンスを奪われたシバは、

ムムッとふくれ面した。

ダイゴ「あ。 コレが、その"いかりまんじゅう"?」

カゲツ「あ。 あ〜!スマン、名前だけ知ってるぜ、有名だよな」

ワタル「…プハッ!」

小国、ホウエン勢め…ワタルが鼻で笑い飛ばした。

ワタル「上方の人間の血肉はなァ!この怒り饅頭で出来てやがんだぜ!!」

シバ「そ…!そんな訳があるか、そんなのは俺くらいなものだ…ふっ」

ワタル「Σうお。 滅多に見れねぇ、シバの優越感に浸ったツラ」

カゲツ「これがセキエイ系種のドヤ顔すか…!」

まんじゅうひとつで一喜一憂する、セキエイ四天王・シバである。


ジョウト地方チョウジタウンの銘菓・怒り饅頭。

町の北に位置する名所"怒りの湖"にあやかった美味しい和菓子である。

毎度、四天王シバが推奨するお馴染みの品として全国的にとても有名だ。


ダイゴ「そうなんだ?」

カゲツ「そうなんス!」

ダイゴ「中々嬉しいよありがとう、初めて見たな…いかれ…まんじゅう」

シバ「Σ貴様 初めてだと!」

ワタル「今のツッコめよ!イカレ饅頭じゃねぇよイカリ饅頭だ…なァ、ハゲ?」

カゲツ「ホウエンじゃ売ってないさ怒り饅頭…Σてか!カゲツ、ハゲてねぇ!!」

シバ「何ということだ…!怒り饅頭、未だ全国をみずか。俺も努力する」

ワタル「フッフッフ…案ずるな、シバよ」

ガクッと気を落としたシバの肩を、バシッ! とワタルが叩いた。


ワタル「ド田舎ホウエンは最果て過ぎるんだ」


これぞ核心と言わんばかりに、ワタルは高く顔をあげてホウエン側を見下した。

シバは ハ・・と、短くため息ついた。

シバ「またその話か、飽きないなワタル…」

ワタルがマイブームを語ると…長い!最近はホウエン地方に夢中らしい。

ワタル「いいかホウエンって土地はド田舎過ぎて、都会の物資がまわらんのだ」

ダイゴ「ああ、そうそう。そうなんだよ、すまないねハハハ」

カゲツ「Σオイオイ、栄えてる土地は栄えてるんだからな…!」

ホウエン庇おぜチャンピオン!…カゲツが慌ててフォローした。

ワタル「栄える!?所詮ホウエン規模だろ」

ワタルは踏ん反り返って馬鹿にした。

シバ「止せ、ワタル。お前の態度は本州のみならず、南の土地でも敵をつくるぞ」

ワタル「敵ィ…?上等だ、全員まとめてシメてやるッ!!」

ダイゴ「君って、引退する頃には全世界が敵になってるんじゃない?」

ワタル「ア? 臨むところだツワブキィ」

ダイゴ「え、ピンポイントで僕だった?ハハハ」

ワタル「今すぐにでも、お前を黙らせたいんだオレは!」

シバ「いい加減にしないかワタル!」


カゲツ「おっとっと、全員ちょい待ち…!」


ざわついたサロン内に、カゲツが手を上げてストップかけた。

全く、血の気の多いトップトレーナー達である。

ワタル「なんだハゲ」

シバ「ワタル、みなまで言うな…は、は、"禿げ"と正面きって言うのはまずい」

ワタル「うすらハゲ」

シバ「それもいかん!もっと衣をつけてやれ」

ワタル「衣ってなんだ衣って…ヅラか?」

シバ「ぬ、ぬう…俺の表現が上手くいかずにすまない」

ダイゴ「フフッ。カゲツ君、気にせず話続けて」


カゲツ「ホウエンの中でも、最も のどかな"フエン"って集落があるんだが…」


ワタル「なにフエン!?」

シバ「フエンだと」

ダイゴ「それがどうしたんだいハゲツ」


フエンと聞いて、ワタルとシバが反応した。

そのド田舎集落フエンとは、

ホウエン地方の穴場、フエンタウンの事である。

ここにちょっとした縁のあるワタルとシバは、

天井見上げながらそれぞれ記憶を掘り起こした。


…ワタル。

煙突山がそびえ立っている、ロープウェイでのぼる。

山の中腹くらいに、小さな温泉街とポソポソとした民家がある。

売り子の怪しいババアに煎餅を無理やり買わされる。

フエンジムなるものがあるが、ジムリはガチガチの新米。

ド田舎過ぎて誰にもこの本州覇者・ワタルに気づかない。

原住民の赤い珍装団は、まぬけかわいい奴ら。

オレ専用避暑地。

(16話、22話参照)


…シバ。

活火山煙突山の恩恵を受けた、温泉地である。

フエンとは全国的にも有名な温泉だが、

とにかくそのアクセスの不便さでも有名で秘湯の部類に入る。

野湯にはたまに、野性のバネブーが浸かってる。

これが中々かわいい。

ワタルがよく避暑に行く。

(33話参照)


ワタル「フエンタウンか、そりゃド田舎だ!!」

シバ「フエン温泉は名湯だ。知ってるぞ」

ワタル「フエンがどうしたフエンが!!煙突山爆発か!?」

シバ「ま、まさか…バネらが大量発生なのか!?」

あの田舎町に、何か事件だろうか!

セキエイ組ふたりは、それぞれフエンタウンの心配をした。

煙突山が爆発したのか、バネブーが大量発生して農作物を荒らしたか!

答えを待つふたりの表情は真剣そのもの!

ダイゴ「やだなぁ君ら、そんなわけないだろハハハハハハ」

ダイゴの乾いた笑いが響いてきたので、セキエイのふたりは我に返った。


カゲツ「"フエン煎餅"サ…」

ニヒルに笑いながら、カゲツは"フエンのブツ"を取り寄せた。

パッと見、地味というか垢抜けない包装…、

これは"フエン煎餅"という品である。

カゲツ「実はこの俺も、ローカル土産を持ってきたんよ…どうさ」


ワタル「事件は無いんか」

シバ「平和だったか」

カゲツ「? 何のこっちゃ!」


最近、やっと全国向けに売り始めた"フエン煎餅"。

町の名前をつけた、ホウエン内でも(ちょっとだけ)有名な焼き煎餅だ。

フエンの温泉街を歩くとアラ不思議、

どこからともなく醤油を焼いた香ばしいにおいが漂ってくる。

これは町をあげた、老舗煎餅屋の意図である。

フエン煎餅たる土産を観光客に刷りこもうと、

至る場所で焼きたてを販売させて醤油の香りを漂わせてるのである。

ちなみにフエン煎餅屋、クレジットカード各種は本店のみ扱いアリ。

その他地方のお客様、お買いお求めは全国各地のデパート売り場で!


ワタル「Σうお!せんべい出た!!」

シバ「フエン煎餅か…!温泉街の名物だったな」

カゲツが差し出したフエン煎餅。

いわゆるふつーの、何てことない在りきたりのフォルムの割に、

実は結構…うまい。

ワタル「せんべい寄こせ!」

シバ「ならば、俺にも一枚くれ!」

老舗秘伝のたまりタレ、門外不出のレシピだの拘りようで、

程々の最近まで、田舎町の隠れた逸品だったのだ。

全国展開を始めて、フエン温泉とともに少しずつ認知されてきた。


カゲツ「Σ押さない、駆けない、立ち食いしない!」


高級ホテルのサロンに、ローカルな焼き醤油の香りがひろがる。

ワタル「この、何てことない醤油煎餅がフエンぽいんだよな」

シバ「無駄に飾らん所だな、フエンの景観を思い出す」

ただし、食べた人々の感想は小ざっぱりとした、こんなもんだ。


カゲツ「褒めてくれてさんきゅ。一応、俺さフエンの観光大使なの!」


ショボイ感想でもカゲツは照れた。

ワタル「ハ」

シバ「ほう。そうなのか…お前が観光大使か」

ワタル「ハ」

シバ「どうした、ワタル」

ワタル「おいテメェ今、何とほざきやがった」

大衝撃受けたワタルが、カゲツを指さした。


カゲツ「フエン温泉の観光大使やってんよ、このカゲツが」


ワタル「フエン 観光大使 カゲツ だと」

ワタルはブツ切りで復唱してやっと意味を理解すると、

ワタル「お前は、クビだ」

バッサリと切り捨てた。

カゲツ「Σ何でっ!?」

想定外だったカゲツは ウヘッ!?と乗り出した。

ワタル「当たり前だ、てめぇ誰の許しを得て名乗ってん!」

カゲツ「Σな、何で怒ってんだ!町長だよ町長、任命式もやったぜ!」

ワタル「任命式だァ〜!?」

ワタルはグギギ・・と拳を握りしめて起立した。

ワタル「Σそんな町長、即クビにしろーッ!!」

今にも暴れ出しそうな勢いのワタルを、シバが押し止めた。

シバ「止せ、ワタル!」

ワタル「放せェシバ!!」

悔しそう…いや、むしろ恨めしそうにカゲツは睨まれてる。

カゲツ「Σ何で全否定されてんの、俺!?」

たかがフエンタウン、ただの温泉街じゃないか。

ワタル「フエン温泉観光大使は オレって決まってんだッ!

ダイゴ「それは誰が決めたんだい?」

ダイゴがのんきに尋ねた。

ワタル「Σオレが!!」

ダイゴ「オレか!!」

堪らなかったダイゴが、天井向いて噴き出した。

ダイゴ「楽しい!…君ってとっても愉快だよ」

カゲツ「Σチャンピオンが楽しそうで何よりだが…この状況!」

シバ「すまん、カゲツ。お前は公認大使なんだろう」

カゲツ「そうっすよ!」

ワタル「Σいいか!オレは非公認大使だッ!!」

カゲツ「Σ非公認のくせに超強気ッ!え…俺が常識間違えてんの!?」

ダイゴ「ハハハ何それハハハ」

シバ「すまん、カゲツ。お前は何も悪くない…!」

ワタル「ここらで対決だな。公式・非公式、フエンに大使は二人も居らねェ?」

カゲツ「Σあ〜俺、今日は大火傷しに来たのね。身に覚えの無い逆恨み…」


ダイゴ「つまりは互いにフエンタウンが好きなんだろ、…君ら」


こんな時でもダイゴは冷静だ。

炎上する男たちに左右を挟まれながらも、平然と座っている。

優雅に足を組んだリラックス・モードで助言した。


ダイゴ「てことは…敵ではなく、一周まわって友人?」


ワタル「Σハッ!!」

カゲツ「Σハッ!!」

ワタル「ハゲ」

カゲツ「ハゲてねーよ」

ワタル「同士だったかハゲ、これからもフエンを宜しくなッ!!」

カゲツ「やはりアンタもフエン・スキーか…ヤバイ、宜しくッ!!」

ビシッ!

公認・非公認共に確認が取れた模様で、二人は敬礼を交わした。

ダイゴ「双方納得で、良かったじゃない」

シバ「(俺も好きなのに。フエン温泉…)」


ワタル「ん。そういえばカゲツ、お前いつぞやフエンで遭ったか」


カゲツ「Σウへ!?」

このワタルの衝撃発言に、カゲツは椅子ごとスッ転びそうになった。

カゲツ「Σそれ今っ?!散々ハゲと言っといて、今更なのかよっ」

さすがにカゲツも抗議した、すっとぼけやがって!何と失礼な。

しかしそんなクレーム、王者ワタルは一切の無視。

目を瞑りながらアーデモナイ・コーデモナイと首を傾げてる。

そうする事で過去の記憶を掘り下げてるようで…本当に今、

ツルっとした頭のカゲツという男を思い出したのだ。

シバ「正直、カゲツを見たら鮮烈で…中々忘れる事は無いと思うぞ」

シバの声も呆れ気味だ。

ダイゴ「まあ、あんな髪型だからね」

カゲツ「俺の記憶だと、アンタ2回くらい会ってんよ!チョットォ〜」

ワタル「冗談止せよ」

カゲツ「冗談じゃねーよ」

ワタル「ハゲ」

カゲツ「分かった。アンタはハゲって言いたいだけなんだろ」

ワタル「ハゲ」

カゲツ「ハゲ語でイエスを返したな、覚えとけよ」

ワタル「やっぱ知り合いだよなァ……?」

カゲツ「ハゲ。」

…。

ワタル「せ、世間とは狭いものだなカゲツ、その…久しぶり…じゃねぇか」

カゲツ「Σちょっと恥ずかしそうに赤くなるのヤメてくれ…!」

ダイゴ「変だよ!」

ワタル「Σうるせぇな!!///」

シバ「しかしカゲツ、2度もこのワタルと遭うなんて不運だな」

カゲツ「そう思うっしょ、どっちの事件もマジで大変だったワケよ!」

シバ「この場で差し支えないようだったら、聞かせて貰えないだろうか…」

カゲツ「ああ、うちらの馴れ初め的な事?」

シバ「そんなに深く交流してたのか…」

ワタル「Σ誤解を招く! オレら慣れも染まってもねぇだろが!!」

カゲツ「コッチは慣れつつあるよ…耐性だ、耐性!」

シバ「理解者が増えたか、良かったなワタル」

ワタル「ゲテモノが多い」

ダイゴ「ふふ、妬けるなぁ。カゲツ、一分やるから話すがいいよ」


カゲツ「押忍!カゲツの回想、始まるよ!」





とある夏の夜の事である。

カゲツはオートバイをぶっ飛ばしてた。

否、実際は超がつく程の安全運転である。

ホウエンリーグはオフシーズン、気晴らしにちょっと田舎を走らせてた。

思い立ってフエン温泉迄、夜の露天風呂でも入ろうかなと。

鼻歌まじりの夜道をゆき、煙突山のふもとデコボコ山道に入った。

ここからは曲がりくねった道が続くし、それ以上に暗闇で危険。

ヘッドライトのみで照らされた山道をのぼっていった。

真っ暗な一車線の一本道、不気味である。

しかしここ、夜間はくだりの対向車なんていないので、

カゲツはやっぱり油断していたのだ。

その時である、何か飛び出てきた!

静かな夜道に突然、ぴょこっと跳ねブタが現れた。

デコボコ山道の野性ポケモン、バネブーだったのである。

カゲツの頭に ふとよぎった事…コイツにブチ当たったら、

ポケモン大好きクラブの連中に末代まで呪われる!

…って今、それどころじゃない!

その一瞬の保身シンキング・タイムがまずかった。

急ブレーキかけても間に合わず、

左に倒したら崖っぷちのガードに突っ込んでしまったのだ。

ドーンと落ちた…。


カゲツが意識を取り戻すと、辺りは明るくなっていた。

事故って落ちた崖は意外と段差がなかったため、彼は無事だった。

ただちょっと身動きとれない体勢だったので、

うまく抜けだすまで数日間かかった。

朝から晩そしてまた朝から晩また朝晩と繰り返して、

やっと自力で現場を脱出できるようになった。

九死に一生を得た!とばかりに民家を探して徘徊してたら、

なんと!フエンの地元民にお化けと間違えられて大騒ぎになってた。

月明かりの下である…事故→遭難を経て、

全身を真っ黒に汚したままフラフラと徘徊するカゲツ。

そして、そこで偶然にも遭遇したのが、

現地の某・友人達を連れだって肝試しに来たワタルだったのである。

(19話参照)


その珍事件から程なくして…

ワタルがサイユウに突撃訪問しに来たのが、二度目の遭遇。

そして今日のこの対談でワタルとカゲツ、三度目の遭遇となる訳である。

会うたびに「ハゲ」「ハゲ」「ハゲ」と言われ続けてきたのに、

まさか自分は忘れられてたなんて…!

だがさすがに三度も遭うと、ワタルの横暴っぷりに耐性がつく。

しょうがねぇな…カゲツはやれやれと首を振った。





カゲツ「とまあ、こんな感じですかね〜」


シバ「そうか、またしてもフエンか…よほどの縁だなワタル」

ワタル「そうだった」

カゲツ「アンタ思い出したか、当時は結構 絡んだのようちら」

ワタル「こいつ付近住民に、"火の玉"の化け物と勘違いされてたんだ」

シバ「火の玉?」

カゲツ「フエンタウンは高齢者ばかりだからな、夜目がきかねぇワケよ」

ワタル「過疎ってるしな」

カゲツ「フエンの過疎化は町上げて対策たててんよ!」

ワタル「うるせぇハゲ!テメェは、フエンの何だ」

カゲツ「公認観光大使です」

ワタル「Σオレは非公認観光大使だ…!!」

カゲツ「知ってる知ってる」

シバ「実は俺も一度、フエン奇談の"山男"と見間違われてな…」

そう、シバの場合はフエン伝説のUMA騒動である。(33話参照)

カゲツ「Σあ、煙突山の獣人が出たってヤツ!!アンタだったのか…」

ワタル「あれはケッサクだったぜ、シバ」

シバ「俺も驚いたが、住民たちのご愛嬌なのだろう。フエンは良い町だ」

カゲツ「住民がスローライフだから全てにおいて寛容なのよ」

三人『フエン…か』


フエン・スキーの三人は、温泉を想ってポッと浮上した。

まさか、あのド田舎フエンの話題で盛り上がる日が来ようとは。

三人はこのまま、しばし憩いのフエン・トークを続け……

続け……たかったが、どうしても視界に映り込む人物がその気をそぐ。

フエンに関して沈黙の男、静かに微笑み続けるダイゴである。


カゲツ「アイスイマセン」

まっさきにカゲツが折れて発言を譲った。

ダイゴ「もっと聞かせてくれよ、僕の知らない、…フエンタウン」

柔らかな口調だが、棘がある。

カゲツ「フフウ!」

つられて笑うカゲツだったが、苦しそうだ。

その顔面には物凄い量の冷や汗が流れ出てる。

ワタル「てめぇツワブキ、入ってくんな」

ワタルが不機嫌な顔を向けて睨んだ。

シバ「いや、フエンの話はもう止そう…」

カゲツ「そうだ、ストップ・フエン!」

ダイゴ「なぜ?構わないよ、…続けて?」

言葉は優しいが、顔は冷笑。ダイゴが圧力かけてくる。

カゲツ「…あわわわ…」

いよいよカゲツがテンパってきた。

ダイゴ「今度僕も行ってみようかな、凄く、面白そうじゃないか」

…ハイ、キタ!カゲツがピンと背筋を正した。

カゲツ「俺☆全然案内しますよ」

ダイゴ「それ、君が僕の前を歩くって事か?」

カゲツ「イヤ、滅相モ無イ!」

カゲツのエスコートは、ペンっと跳ねのけられた。

ダイゴ「僕、接待みたいなの苦手なんだよね」

カゲツ「やべぇ、マジどうしよう…民宿ばっかでスイートとかねぇから」

ダイゴ「ホテルが無いなら、君が建てちゃえ!」

カゲツ「景観問題あるからな…Σって!そうやって乗せんなよ本気にするゾ」

ダイゴ「僕、別荘欲しいな」

カゲツ「駄目だーッ!アンタ飽きっぽいんだから、すぐ売っちゃうんでしょ!!」


ワタル「お前らオレのフエンで勝手はさせん」


カゲツ「いつからアンタのものになったんよ」

ワタル「何か文句あるんか」

カゲツ「ヤ。むしろカゲツに文句があるならこの場でどうぞ…」

ワタル「おい!そもそも何でカゲツが観光大使やってんだ」

カゲツ「何ていうか、成り行き?フエン・スキーだから」

ワタル「Σオレもだボケェ!!」

カゲツ「Σ知ってますゥ非公認観光大使!!」

ワタル「チッ、公認め」

ダイゴ「フエンって町は、"中心からちょっと外した感じ"が好みみたいだね」

シバ「チャンピオン、特定の人物を指して言ったな。…だそうだカゲツ」

ダイゴ「ね、カゲツ。」

ダイゴとシバの視線が、ワタル→カゲツと移動した。

カゲツ「それ何よ、俺の反応待ち?」

ダイゴとシバは、コクっと頷いた。

カゲツ「Σ流されない・ポリシーあるとか、そういう表現使って頂ける!?」

ワタル「おい!お前らオレを無視するな!!」

ダイゴ「違うな、そこはカゲツで良かったと思うべきだよワタル君」

ワタル「なぬ」

ダイゴ「もし君がチャンピオン・ワタルとして大使に任命されてしまうと」

ワタル「…」

ダイゴ「もう二度と、君はフエンでのんびりと休暇を過ごせなくなるだろう」

ワタル「…」

カゲツ「とてもじゃねぇけど、アンタの高いギャラ出せねぇよフエンの財政」

ワタル「…」

ワタル「…」

ワタル「…」

ワタル「フ。観光大使か… 実に下らんな


ダイゴ「納得したみたいで良かったよ」

カゲツ「ほんとメンドイわ。もう決定事項を引っかき回すの止してくれよ」





ダイゴ「あそうだ、シバ君…これを君に」


シバ「は?」

突然ダイゴが何か思い立ったらしく、自身の上着の内ポケットを探って、

そこから手の平サイズの石を取り出した。

ワタル「なんだそのショボイ石は」

横からワタルが怪訝そうに睨んだが、

ダイゴは石をさし出したまま にっこりと笑ってる。

ダイゴ「君にはこの造形の奇跡がわからないんだろうか」

ワタル「ゾーケーノキセキィ?それ、そこらの石じゃねぇのか?」

ダイゴ「え〜!この眺めた感じ、そして触った感じ、解らないかなぁ」

ワタル「Σたかが石!触ってニヤついてんじゃねぇよッ」

カゲツ「まあまあ、ワタルさん」

そこにカゲツが すっとフォローに入った。


カゲツ「うちのチャンピオンってのは、珍しい石の収集家で結構有名よ」

ダイゴ「石が好き」


そう、ストーン・フリークだ。

ダイゴの趣味は、洞窟などに自ら出向いて石を採掘する事。

結構長くホウエンのチャンピオンをやってるが、それは二の次の趣味。

ダイゴがチャンピオンになった経緯とは、…まさしく、たまたま。

少年時代、父親をうまーく丸め込んではちょくちょく石集めの旅へ出向いた。

ダイゴ少年のバトル才能と快進撃は、そんな出先の成り行きである。


石好きは、ツワブキ家の父親譲り。

子供の頃から、カナズミの実家に飾られた石々に囲まれて育ったため…

ダイゴ「他のものは僕そんなに興味ないけれど、石が無いと落ち着かない」

この男、生きてく上で必要なのは便利な家具・家電よりも、石なのである。


ダイゴは現在、故郷のカナズミを出てホウエンのトクサネシティで暮らしてる。

トクサネとは遠浅に囲まれた緑の茂る島で、宇宙センターが有名である。

で。 まさかこんな穏やかな島に…、

ホウエン・リーグのチャンピオン・ダイゴが家持ってるなんて…、

ホウエン1の大企業デボンの御曹司・ダイゴが家持ってるなんて…、

穏やかな島民達はみな、夢にも思ってない。

なにせ、ダイゴの持ち家…外も中も、嘘みたいに質素なのである。


ワタル「ん。…実は値打ちもんなのかあの石…、サッパリわからん

ダイゴ「シバ君、ちょっとその手で持ってみてくれないか?」

シバ「わかった…、しかし、手で触れると何か効果があるのか?」

ダイゴ「うーん、そうだな。まあ、なごむと思うよ」

カゲツ「Σチャンピオン、リラックス効果っすか!!」

シバ「それはいわゆる、パワー・ストーンなのだろうか…」

ワタル「Σな!!ま、魔石だったのか…ゾンザイに扱うんじゃねぇぞシバ」


ダイゴ「そんな事は無いね、それ、僕の家の庭で今朝採れたやつだから」


ワタル「なんだその…庭の畑で採れた大根みたいなノリは」

ダイゴ「え。大根?」

ワタル「Σな、何でもねぇ!!」

ダイゴ「そうそう、地面に転がってた奴だよ。…で、魔石って何」

ワタル「Σ何でもねぇよ!!」

シバ「どうやら、ただの石だったようだな…」

カゲツ「Σちょ!なんすか、いま俺めっちゃチャンピオン持ち上げたんだぜ」

ダイゴ「僕、頼んでないよ」

カゲツ「ですねっ!☆」


シバ「この石、今日の記念に頂いておく」


ダイゴ「そう喜んでくれると僕も嬉しいよ」

ワタル「喜んでねぇだろ! シバは大人の対応をしたんだボケツワブキ」

ダイゴ「シンパシィだよ、ワタル君」

ワタル「?チンパンジー?」

ダイゴ「プッ…それ以上真顔で面白い事言うの止めてくれる?」

シバ「この何でも無いタダの石も、見つめていると何だか和むな…」

カゲツ「シバさんアンタ優しいな、無理なら無理って言っていんだぜ」

シバ「え」

その瞬間、シバが気まずそうにフイと視線を外した。

シバ「…」

カゲツ「あ…」

ああ、やっぱり無理だったんだ…。

カゲツは察した。

ワタル「見ろ!そんなチャチな石貰って喜ぶ奴はいねぇよ」

ワタルが手を叩いて大笑いした。

ダイゴ「そうなんだ。…そうそう、そういえばさ」

ダイゴが何か含んだように笑った。


ダイゴ「シバ。君の本、とても人気みたいだね」


シバ「!」

鋭い一言、またしてもターゲットはシバか!

シバはその一言でピクッと縦に反応し、左右に目を泳がせ、

手汗を拭い、何かに備え深呼吸した…明らかな動揺だ。


カゲツ「(あ〜あ…狙われちまったのね)」


こっちがダイゴの本題だ。

先程してみせた庭の石の話なんて、石だけに布石だったか。

…なんちゃって!

悟られない程度に、ひとり笑うダイゴであった。


一方。シバの変化に気づいたワタルは、怪訝そうに目を細めた。

ワタル「本だとォ…?」

シバ「いや、その…」

シバがうろたえてモジモジしだす時は、

大抵、順調なものを自分に隠してる時だ。

ワタル「シバ」

長年の付き合いのワタルには、思い当たる節があった。

そう、いつだったか…シバは執筆してる連載があると言っていた。

ある程度の量を書いたところで、まあ書籍化をしたんだろう。

あれのテーマは何だったか、毎度お馴染みの"怒り饅頭"ではなくて。

確か、温泉フリーク!…?だったような気がする。(33話参照)


ワタル「アレか、また温泉語りで小遣い稼ぎか」


シバ「Σう…」

図星である。

ワタル「観念して、さっさと白状しろ」

そう促してみたものの、シバは思った以上に言いずらそうにしてる。

ワタルは おや?っと小首を傾げた。

カゲツ「それって"温泉フリーク"だろ!」

モタついたところにカゲツが乗り出してきた。

カゲツ「知ってるぜ、温泉のコラム!大ベストセラーじゃん」

ワタル「Σベストセラー!?売れてんのかソレ!!」


ワタルとカゲツに追及されて、シバは「ゴホン…」と咳払いした。

シバ「今日は"ポケモン・ジャーナル"の取材だ、その話は出せない」


カゲツ「あ…。スマセン、配慮が欠けてたな」

ワタル「なに。お前の連載、ポケジャじゃねぇのか」

シバ「違う…別物だ」

ダイゴ「ポケモン・ジャーナルも、さすがに温泉までは扱ってないだろ」

カゲツ「アンタの連載って、確かゴシップ誌の"サンデー"だよな!」

ワタル「Σうお!出た、トレーナー・ゴシップ週刊誌」


シバ「お前ら…は…全く、みなまで言うな…困る」

シバはガクッと肩を落として、深いため息をついた。


カゲツ「Σアッ!またしてもスマセン、欠けた配慮!!」

ダイゴ「そうそう。ワタル君が暴れてよく載っちゃうやつ、いつも見てるよ」

カゲツ「Σえー!チャンピオン、あの低俗雑誌の読者だったのか!?」

ダイゴ「うん」


ポケモントレーナー業界。

なかでもポケモンリーグ・トレーナーは憧れの的である。

最近だと、バトル・フロンティア・ブレーンなんかも流行りで、

彼らの情報は多大な需要があり、飛ぶように売れていく。

またトレーナーに限らずとも、研究者や技術者だって特集される。

例えばカントー地方から人気を上げるとすれば、

オーキド博士やエンジニアのマサキなどが解かり易いだろう。


情報誌として、最も正統派とされるのが"ポケモン・ジャーナル"。

この雑誌が、本日のWチャンピオン対談企画の主催である。

そしてこのポケジャと真逆のもの。

嘘かホントか噂話のゴシップ誌、中でも最も低俗と称される"サンデー"。

その内容のあまりの下らなさは、逆に熱い伝説を生み、

根強い人気と、カルト的発行数を誇る驚異のおバカ雑誌である。


シバ「そういった雑誌で連載を頼まれたが、俺は真面目にやっている」


そしてゴシップ誌・サンデー!

トップトレーナーとして地位を築くと、この雑誌の洗礼が待っている。

人気あろうが無かろうが一度くらいは紙面に書き立てられているのだ。

内容と、反応は…

"勝手放題いい加減うそつけバカヤロー!"(※ワタル談)

"あなたの品性疑います…"(※シロナ談)

"ワシを好きにしちゃってちょ☆"(※シジマ談)

"子供に見せんな下らん雑誌、アホ育つ"(※ハヤテ談)

イヤイヤそんなんアリエヘンものから、思わず噴き出すマヌケなもの。

はたまたお下品極まりないものまで…、苦情歓迎・お叱り上等!

そんなナナメった根性のゴシップ誌こそがサンデーなのである。


本日この場に集結したトップトレーナー達だって、

少なからずサンデー誌には恨みを抱いてるはずなのだが…、

ダイゴ「この中でも、サンデー記事の常連といえばワタル君だね」

ワタル「いつか編集部に乗り込んでやろうと思ってる」

カゲツ「あ。その際は是非俺も声かけくれ」

ワタル「サンデー編集部の諸君、こうご期待ッ!」

カゲツ「Σワルそうに笑うな〜」

シバ「それは、…しかるべき制裁だと俺も思う」


ワタル「Σハッ!! シバよ!!」


シバ「何だワタル」

ワタル「お前、その雑誌で"トウキとデキてる"って書かれた、ろ」

シバ「そうだが…」

シバがゆっくり頷いた。

トウキといえば、ホウエン・ムロジムのトウキ。

そういえば一時昔、サンデーのこんな噂記事が世間を賑わした。

セキエイのシバと、ムロのトウキは、

往年の修業仲間であり、親友として契りを交わした間柄である。

…と。ちなみにその記事の見出しがコレ。

『離島の蜜夜、湯治場で荒く交わる獣道。』

つまりシバとトウキが、

人知れず温泉地で逢引きしてイチャコラしてるという、

大胆な大ボラ記事なのだった。(D話参照)


これを渡され、内容見た瞬間のシバといったら。

絶句して、戸惑い過ぎたのか…

思わず大事に荷物にしまい込もうとしたという。

お相手のホウエンのトウキはというと、

マッハでジムの床に叩きつけサラダ油とタウリンまいて燃やそうとしたらしい。

その後、ふたりは久方ぶりに連絡を取った。

電話のシバ『…変わりないか、トウキ』

電話のトウキ『オレ、お前を訴える事にした!』

電話のシバ『Σ何だと』

シバとトウキは、同じ格闘タイプのトレーナーだ。

剛の奥義を極めたシバと、柔の奥義を極めたトウキ。

現在は見た目も性格もかなりタイプの違うふたりではあるが、

結構古い付き合いで共に修業した仲だという事は、

格闘トレーナーの間ではレジェンド的な逸話とされている。

それがおもう存分脚色されて、煙のようにひろまっていく。

嘘か?ホントか?これぞたかが噂話のサンデー記事なのである。


カゲツ「Σそんな場所で温泉連載とは、古傷を抉るような行為だぜ」

シバ「だいぶ前の話だぞ」

ダイゴ「ワタル君がアサギ灯台からモーモー牧場に破壊光線打った頃…か」

ワタル「ん。何だツワブキ」

カゲツ「イヤ何すか、そのブラック・ジョーク」

ダイゴ「残念ながら、件の剛柔記事に隠れてしまったのさ」

カゲツ「あ…、ガチ情報なんすかそれ」

ワタル「そんな事もあった…牧場届くかなと思って試したんだっけか」

カゲツ「Σ届いたのかよ、のどかな日常の一コマみたいに語るな」

ワタル「納品前の牛乳ビン割ってやったぜ。次はジョウト横断だな」

カゲツ「幼稚だがスケールでけー どうして犯罪じゃねぇの?」

ワタル「王者だから」

ダイゴ「ケロっとした態度。こうやってゴシップ誌を喜ばせるんだね」

ワタル「喜ばせてねぇよ」

カゲツ「凶悪事件だが…ワタルさんの事だから、揉み消しだろ?」

ワタル「何事も無かったようにカタついてたぜ、笑える

カゲツ「世間体の事後処理か、凄ぇわ」

ダイゴ「桁違いのお金持ちって、恐いね〜」

ワタル「それを言うのかテメェ…」

カゲツ「アンタらの正義は、強さだな…」

ダイゴ「あ、"ここ"と"ここ"を一緒にしないでくれるかい?」

ワタル「? "オレの肩"と、"テメェの左胸"がどうした?」

ダイゴ「別々って事さ、なぁハゲツ」

カゲツ「ハイ、サーセン☆」


ワタル「で、シバ。お前の本ってどんなだ」

シバ「Σう゛…!」


一同の話の流れが自分から逸れつつあったので、

ひとり油断してたシバは、やたら低い声をつまらせた。


ワタル「シバの事だ、図体に似合わねぇ細かい字でビッシリ書いた地味なほ…

ダイゴ「オールカラーのフォトガイドだったね!」

ワタル「Σんあ゛…?!」

オールカラーのフォトガイドとな!

シバの著書だ。ワタルはてっきり、地味な白黒印刷の本文に、

なけたしのカラーページで温泉地図が載ってるくらいだと思ってた。

そんなもんだと思ってた。

ワタル「お前の本だよな?」

ワタル「どういう事だ、フォト・ガイド?」

ワタル「わからん、まったくわからん」

ワタルは素直に尋ねた。

ワタル「意味わからん」


シバ「ハァ…」





【温泉フォトガイド】 著・シバ


少し前、カントー編・ジョウト編の2冊が同時発売された。

ポケモンリーグのオフ・シーズン中、

セキエイ四天王のシバが修業地として選ぶのは、

だいたい湯のある場所。

一日の長い修業を終えたらそのまま湯治場へ赴き、

自身とポケモンのその日の疲れを癒すのである。

長年これを繰り返して、シバは温泉好きを自覚した。

最近の休暇は、ちょこちょこいろんな地域をまわってる。

本土の有名な温泉から、離島や秘境に近いところの野湯まで。

各地の温泉修業巡りの記録をつけてたら、

ある時「コラムにしませんか」と声をかけられた。

細々と書き続けてカントー制覇し、ジョウトも書き尽くしたはず。

連載してしばらく経って気づいた事がある。

自分のコラムが載ってる雑誌、どうやら"あのサンデー"らしい。

何て事だ!あのゴシップ誌、全トップトレーナーの憎き敵じゃないか。

契約の際は実に上手く伏せらたので、気づかなかった。

「まあ、しょうがない」…趣味だし、続けるか。

実はシバ、結構損する天然である。

これからホウエン地方の温泉連載が始まるので、

カントー・ジョウト編をそれぞれ本にまとめる事となった。

温泉フォトガイド…なんてタイトルつける程なので、

とにかく、ビックリするほど写真満載である。

注目すべきは、周辺の観光・風景写真、温泉写真になんと…!

"全てシバが、写り込んでる所なのである!"

温泉の紹介とともに、シバがやんわりと湯に浸かる写真…、

つまりシバの入浴写真が、各温泉ごとに1枚以上掲載されている。


驚く事に、これが契約。

そして、これぞ重要な策略なのである。


温泉コラムの連載始まってから、シバの女性ファンが急激に増えた。

連載当初は、先程のワタルが想像したように、

雑誌の端っこのほうに味気ない白黒の文章で掲載されていたのだが、

この温泉コラム、何気なーく読み始めるといつの間にか胸がキュンとする。

【あれっ 不思議 何だろうこの心地よさ… byマツバ】(※フォトガイド帯文)

それはシバの文章の、とても些細な事である。

書いた言葉にでる人柄というか…、

細かな優しさというか…、

隠しきれない若干の天然ぽさがにじみ溢れてるのである。

これを読み続けると、ほんわかした気持ちが続き、

いつの間にか、ぽかぽかした癒しを求めて定期購読してしまうらしい。


四天王シバといえば、一般にすでに定着したイメージ像がある。

大抵の人間は、TVで流れるセキエイの試合中継などでシバを見る。

そこに映るのはまさに格闘タイプのエキスパート、

身につけてるのはボロに着古した道着のみ。

いかにも剛、強さを求める孤高の男といった感じなのだが、

実は試合後のインタビューで見せる素の表情やコメント、

パパラッチどもに撮られた意外すぎる私服時の良センス。

オン・オフでの半端無いギャップ加減にハマってしまう人が続出し、

ここ最近、『シバのファン、大スキ』と公言する女性がグッと増加した。

そんな訳で、四天王シバのフォトガイド…もはやファン・ブックである。

本人にとっては何て事ない、季節と旅路に魅せるファッション。

聞き込んでまわった観光情報、食べた地元ゴハンのメモ。

ちょっと恥ずかしそうに湯に浸かるシバの写真がたまらなく可愛いと、

女性のみならず男性からも注文依頼が殺到しているというのである。

ちなみにシバが訪れた場所の、もれなく入った温泉の一角まで、

すぐにファンが後追いしてきては、キャッキャはしゃいで帰るらしい。


ワタル「Σその情報知らな過ぎた」


ワタルには、大衝撃だった。

まさかシバが、このシバがそんな大変な事になっていたとは!

シバ「知らんで構わん。一時の事だ、どうせすぐに下火になる」

さらりとシバが言った。

あ、なるほど!言われたワタルはすんなり納得した。

ワタル「冷静だなシバ。よし、お前の一生分のブームを楽しめよ」

ダイゴ「シバは凄く謙虚だね」

カゲツ「シバは人間出来てるわ」

つまり、そこが良い訳だ。

ホウエン組ふたりはシバにむけて拍手した。

シバ「Σ止せ…!////」

相手が褒めれば褒める程、シバはやめろと逃げたがる。

ワッショイされて赤面するシバを見て、ワタルがつまらなそうに脹れた。

ワタル「おい! 後でオレに一冊寄こせよ、チェックしてやる」

素直に「読みたいな」と言えないワタルである。

シバ「Σ読ま?!…いや、いやいい、そんなの駄目だそれはいかん」

ワタル「またそうやって遠慮しやがって、オレが寄こせと言ったら寄こせ」

ダイゴ「※言い方」

カゲツ「そういうワタルさんは、何かメガヒット著書の新作出さないのか」

ワタル「!」

ワタルにだって、著書はある。

何てったって、本州中央の王者様だ。

これをなんとなく訊いたカゲツだったが、

待ってましたと言わんばかりにワタルの目が輝いた。

ワタル「よくぞ訊いたハゲ、オレの著書列伝!!」

ダイゴ「ワタル君の語尾、ハゲかかってるよ」

ワタルの著書と言えば!

最も有名なのが、シリーズ展開中のポケモンバトル最強戦術…


カゲツ「でサァ、俺もヘアカタログ本の監修したんだ〜」


ワタル「Σ聞けよお前、オレの戦術本… ってヘアカタログ?」

カゲツ「そ。最旬のシャレオツなやつ」

 シバ「シャレオツ…」

 ダイゴ「少しだけ笑うの我慢してやるよ」

ワタル「お前が古今東西のハゲ模様でもレポートしたんか、ご苦労なこった」

ワタルが鼻で笑い飛ばした。

カゲツ「そろそろハゲから離れようぜアンタ、ワカラねぇかな…」

カゲツは無い髪をかき上げて、ニヒルに笑った。

その様を見て、ダイゴが真顔で噴き出した。

カゲツ「…オイ チャンピオン、そろそろイジメだからな」

ダイゴ「いや失礼、昔の君を知ってるからこそ」

ワタル「む。 …そういえばお前、昔は髪型違ったんだっけ」

カゲツ「まあ人並みにありましたよ…って、今もちゃんと内側に有るからな!」

カゲツは自分の脳天をポンポンと叩いて付け足した。

ワタル「うお。血行促進」

カゲツ「Σ違ァう!」

本日も散々イジり倒された通り、カゲツの髪型はとても特徴的だ。

ダイゴ「ハゲツ君さ、その髪型にしてからおかしな事になったよね」

ダイゴの好奇たっぷりの目が、突き刺さるようにカゲツの頭を見てる。

つまり、ガン見だ。

カゲツ「Σ何すかチャンピオン、俺なんかやっちった?」


ダイゴ「君さぁ、また髪の毛伸ばしなよ。君のイメージもリメイクしなきゃ」

カゲツ「は?リメークっすか??」

ダイゴ「君の頭ってさ、首元から頭にかけて綺麗なフォーム、Ωみたい」

カゲツ「ああ、記号のオメガ」

ダイゴ「で、なけたしの赤毛だろ。オメガルビー…なんちゃって!」

カゲツ「……チャンピオン、各方面に謝って下さい」


ダイゴ「君の髪も、秋口くらいには伸びてるかな?」

カゲツ「嫌だね!この髪型、流行らせるまで変えねーよ」

ダイゴ「なんだ、変化無しか。僕は残念だよ」

ワタル「おいカゲツ」

カゲツ「ワタルさん、アンタ"この髪型"どうかな同じ赤毛だろォ!」

ワタル「その髪型、オレに勧めんなよ腹立つ!!」

カゲツ「アンタほんといつもバッサリ切ってくわ」

ワタル「カゲツよ」

カゲツ「何!」

ワタル「ホウエンでお前に会ったのはだいぶ前だが…」

カゲツ「(どき…)」

ワタル「お前のその頭、流行る流行ると言い続けて…世の中に変化ねぇぞ」

カゲツ「Σい、今ンとこ布教中なんだ」

ワタル「お前は永久に布教、永久にその髪型だ」

ダイゴ「そう、ハゲツ君ずっとコレ!流行る訳無いよねハハハ」

カゲツ「アンタら、流行り物は追っかけないタイプだろ」

ワタル「お前程じゃねぇよ、Σいや流行ってねぇだろ」

ダイゴ「僕は追っかけちゃうタイプかな」

ワタル「あー… お前はそうだなツワブキよ。オレの"クォーツ"もパクるしな」

ダイゴ「君と僕は、感性が似てるよね」

ワタル「一度も感じた事ねぇよ」

カゲツ「フフン。まあお二人、言ってて下さいよ」

ワタル「涼しい顔だなハゲ。しかし、ブレねぇところは気に入った」

ダイゴ「そう!ハゲツってめげない奴なんだ」





ホウエンリーグ、四天王、一番目!


以前はカゲツがバトル・フィールドに立つと、

サイユウ・スタジアムに黄色い歓声がわき起こった。

『ようこそ、チャレンジャー!』

彼はいつもニヒルな笑みを浮かべて、挑戦者に自己紹介をした。

そして話す傍ら、いろんな仕草をしてみせた。

アンニュイに伸ばした前髪をかき上げてみせたり。

ハネさせた襟足の毛束にさりげなく指を絡めてみせたり。

これがカゲツ、実は嫌味なくらいカッコ良かったのだ!

その瞬間をぜひ見逃さないようにと前列席は争奪戦、

いつも若い女の子ファンたちが陣取っていた。

"ホウエンのおしゃれ番長!"

当時 四天王カゲツは、こんな風に呼ばれてた。(R話参照)

上から下まで全身のスタイリングに隙がない。

そのカッコ良さ、幾人もの挑戦者を怯ませ卑屈にした。

彼の批評はけっこう辛口で(でも四天王内ではマイルドな方で)、

やはり負けた挑戦者はボコボコにディスられる。

ちなみにカゲツ、評価するのはバトルよりも先に相手のファッションである。

『あばよチャレンジャー…ショップ巡って、出直しておいで』

彼はリーグに登場したての頃から特にその髪型が注目されてて、

マネしたい髪型bPとして世のオシャレメンズのお手本だったのだ。

とりあえず四天王カゲツと同じ髪型にしときゃモテる。…そんな感じ。


だがある年…!

ホウエンリーグ開会式に現れた彼は、会場をパニックに陥れた。

彼は…四天王カゲツは、衝撃の変貌を遂げて出てきたのだ。

その姿とは、

髪が… ナイ!

髪が… ナカッタ!

ほとんどスキンヘッドだった。

ファンは驚きすぎて失神…倒れてピクピク痙攣症状おこす人まで出た。

どこへいった、カゲツの髪の毛たち!

あれだけ新しい髪型を世に送り出してきたカゲツが、

髪型を放棄したというのか。

『いやいや、髪、あんだろちゃんと』彼は毛は残存してると主張した。

それは前髪部分に…なけたしの毛がチョコンと残ったのみだった。

一体、カゲツの頭部に何があったのか。

すぐさまインタビュアーが囲んで質問をぶつけた。『ハゲたんですか?』

勿論カゲツ、まだハゲ上がる年齢には猶予がある。

『これ?今年のスタイル』ビシッと、彼は確固たる答えを返した。

"おしゃれだったのか…!"とにかく全ホウエン人が、

顎外れるほど口開けてぶったまげた年だった。

気の迷い、失恋、狂気、反省、ストレスからの解放…報復説。

彼の頭について、さまざまな憶測が飛び交ったが、

髪だからまたすぐ伸びてきて元に戻るだろうと大衆は考えた。

健気な女の子ファンなんかは"元に戻りますように"と祈りを込めて、

ホウエン・リーグの彼宛てにドッサリと海藻類を送りつけた。

…しかし髪は伸びなかった。

当のカゲツが その"不思議スタイル"を気に入ってしまい、

以来ずっとだ…今日に至るまで同じ髪型を貫き通してきてしまってる。

自分が髪型変えるとすぐマネをされ同じのが流行るという、

おしゃれ番長としてブイブイいわせてたプライドなのか、

その"新しい髪型"もまわりに流行らせるまでは変えない!と、

半ば意地のようにカゲツは決意したようだった。


その後も憶測が独り歩きして、

カゲツの"あの髪型"は、『外見ばかり注目される事に嫌気がさし、

トレーナーとしての自分へ世間の意識を向けさせる作戦』だったとか、

『やっぱただのハゲかけ説』とか散々勝手に言われ続けたが、

最近ではその髪型、特徴的で覚えやすいとイメージ定着してきたらしく、

なんと!お子様層のファンが増えたという。





カゲツ「そういやワタルさん、アンタ元々は赤毛だよな」

ワタル「何だとテメェ」


一気に飛び火した。

今、ふと思い出したようにカゲツが口に出した事で、

全員の目が一斉にワタルの頭上に注目した。

ワタルの逆立った髪、いや、その根元の辺りをピンポイントにジィ・・と絞ってる。

ワタル「Σうお」

そう!髪…といえば、このワタルも妙な拘りを持っている。

みんな口には出さないけど、結構気になっていたことだ。


ワタルは何故か、

己の"髪の色"に関して「ピンク!」と頑なに言い張ってる。

しかしポケモンリーグの開催中は、常に"赤色の毛髪"で登場する。

これはワタルのスポンサー・シルフカンパニーとの契約事情で、

ワタルがチャンピオンとして仕事をする期間は…

"ポケモンリーグの歴史に初登場した頃のままの姿を引退まで保って下さい"

…と定められている。これはどういう事かというと、彼のイメージを守るためだ。

彼が初めてポケモンリーグに登場した少年時代、

恐ろしい程強くて滅茶苦茶暴れるドラゴン軍団を引きつれたトレーナー、

逆立った真っ赤な髪が強烈なインパクトで、誰の目にも恐怖として映ったのだ。

それが故で、ワタルとシルフのコラボ商品のカラーは赤!と決まっている。

リーグが閉幕してオフシーズンになると次回まで長い休暇になるので、

ワタル頭は途端に派手なピンク色にカラーリングされ変わる。

そして再びポケモンリーグ開幕直前になると、

渋々・・赤髪に染め戻して出場する、その繰り返し。

元は燃えるような赤髪のワタルなのだが、


ワタル「否、ピンクこそ俺の地毛!」


…と、近年は毎度こんな調子である。

いま力強く否定したワタルだったが、カゲツはマバタキひとつせず見続けてる。

カゲツ「オフシーズン中は自由にピンク色に染めてんだろ、元は真っ赤だな」

根元が赤い。動かぬ証拠。赤毛ナカマ。一緒一緒。

ワタル「Σ否、地毛は真っピンクだが!?」

若干ワタルがたじろいだ。

ワタル「俺のピンクに何か文句あるんかテメェ!!」

疑惑の目線を、勢いで払拭させてやろうとワタルが荒々しく立ち上がった。


ダイゴ「何て怒り方だよワタル君」

シバ「当人にとっては重要な事らしい」

ダイゴ「別に色なんて、今更どうでもいいじゃない」


カゲツ「イヤ、俺は解かるのよ…」

 ワタル「ハ」

カゲツ「赤毛ってのはさ、一般的に先入観もたれてちまってるだろ」


ワタル「先入観?あんのかそんなん」

カゲツはシンミリ頷いてる。…この様子だと、あるらしい。

ダイゴ「ホウエンだと"炎タイプのトレーナー"に多いね」

ダイゴが補足した。

シバ「炎? …もしや、赤の髪色から属性を連想させるのか?」

ワタル「つまり赤い髪…赤い色・・赤い炎…炎タイプか。アホか」

ダイゴ「そうそう、トレーナーごと炎タイプになりきるって事」

ワタル「そうか、お前は炎タイプのトレーナーだから赤毛…


カゲツ「俺、"悪タイプ"よ」


ワタル「そうだよな、悪だよな… Σなぬッ!!」

ダイゴ「そうそう、彼は"悪タイプ"のトレーナーさ」

シバ「あ、悪だったか。俺は今日一日てっきり炎タイプだと…」

ワタル「炎タイプにしか見えねぇ、炎だろお前」


カゲツ「だから赤毛はよく炎に間違えられるワケよ…

トレーナーやってると、どうしても自分の好みのタイプっぽくするじゃん。

性格とかの内面的なものだけじゃなくて、

外見も…それは髪型だったり身につけるものだったり。

物凄いなりきって激しい主張してる奴もいれば、マイルドな奴もいる。

でもさァ俺って…駆け出しの頃、まだ何も主張してないのに、

この見事な超赤毛ってだけでスゲェ炎タイプの奴と間違えられたのよ。

俺も一応"悪"なワケだし、結構 身なりには気を使ってきたワケだ、

それで俺は常に挑戦してんのさ…!」


ワタル「おお。確かに主張ハゲしい奴いるなトレーナー界」

ダイゴ「その筆頭は確実に君だと思うよ、ワタル君」

ワタル「ん。何故だ…」

ダイゴ「そういえば、ハゲツは炎タイプに間違えられる事多かったな」

 ワタル「Σいまの答えろツワブキィ…!」

シバ「確かに。その少ない髪、見事な赤色だ…」

ワタル「Σコラァシバ! ハゲにハゲと言うな心臓に刺さんぞ心臓に!!」


カゲツ「刺さらねーよ、俺ハゲじゃねぇもん」


ワタル「まじか」

ダイゴ「ああ、それで。君は炎タイプに間違えられたくないから、丸めたの」

シバ「なるほど。しかし、その髪型でもやはり炎タイプに見える」

ダイゴ「むしろその髪型が、炎に見えるハハハ」

ワタル「問題は髪の量じゃねぇ!色だ色、お前もピンクにしろ」

ダイゴ「いっその事、水色にすればいいと思うよ?」

ワタル「ハァ?水色だァー!?」


カゲツ「Σい、いや別に俺…髪色で困っては…


ワタル「テメェ、ツワブキ!ホウエンで頭を青にしたら、ややこしいだろ!」

ダイゴ「え、何で?」

ワタル「何で〜?って、リーグ始まったらテメェも水色、奴も水色!!」

ダイゴ「一緒に並んだら、仲良さそうに見えるじゃない」

ワタル「Σアホか!!テメェの地方、水色の頭が多すぎだッ

ダイゴ「え?」

ワタル「Σえ!?」

ダイゴ「…そうかな?」

ワタル「Σそうだろホウエン地方!!」

ダイゴ「水色か…。僕だろ、トウキ君だろ、ミクリだろ…そのくらい?」

ワタル「それであのハゲまで水色したら、若いニィちゃん水色だらけやろ」

ダイゴ「いいね。僕さ、一人っ子で。そういう経験ないんだよね」

ワタル「なに気色の悪い事ぬかしやが… Σハッ!!

ダイゴ「あからさまにどうしたの」

ワタル「やべぇ… オレの妹、頭が水色だ

ダイゴ「うん、そうだね」

ワタル「お、おう…」


カゲツ「でも水色の髪の毛してると、水タイプに間違われんぜ」


ワタル「そうか?うちのイブキは一回もねぇよ」

ダイゴ「僕も水色してるけど、一度もないな」

ワタル「な。」

ダイゴ「うん。」


カゲツ「Σあれっ?」


シバ「そうでもないぞ。トウキは、よく"水"のジムリに間違えられていた…」

ダイゴ「ああ、トウキ君か!」

シバ「あいつの場合は、海で波乗りもするしな…」

ダイゴ「ホウエンの水ジムは、"ふたつ"あるんですかってよく訊かれるね」

シバ「だが本人はさほど気にして無かった」

ワタル「だーァ!やかましい!!」

だんだん面倒になってきたワタルが立ち上がって一喝した。

ワタル「つまりあれだ、お前ら、世の中の認知度が足りてねぇんだ!」


カゲツ「Σ…と、言いますと」


ワタル「ツワブキ倒して、ホウエン・チャンピオンしろ!」

シバ「確かに、全国版で名が通るな」

ダイゴ「やってみろよハハハ」


カゲツ「話が飛躍したな、まあぼちぼち考えときます」


ワタル「そんでもって、次回までにピンクにするか水色にするか決めとけ!」

ダイゴ「ふふ。宿題もらえて良かったな、カゲツ君」

シバ「俺は正直、カゲツは今のままで良いと思うぞ」

ワタル「おい炎タイプでハゲだと、カントーのカツラのおっちゃんと被るだろ!」

シバ「ワタル。カゲツは"悪タイプ"だ…」

ワタル「Σなぬっ!?」

ダイゴ「そう、実は"悪"なんだよ。凄いね、ふりだしに戻ったよハゲツ」

シバ「すまんなカゲツ。ワタル含めジョウトの人間は3度くりかえすぞ」

ワタル「オレはピンク地毛やからな」


カゲツ「アイワカッタ。 つぎ、いきなよ…」


シバ「燃え尽きたか…Σ待て!それはお前の台詞じゃないだろう…」

カゲツ「バレた…?」

ワタル「おいハゲ!後でお前の"ハゲたカタログ"も寄こせよ!!」

カゲツ「セイ!…ヘアカタログな」

ワタル「シバは温泉珍道中読本だったな、必ず寄こせよ!」

シバ「…」

ワタル「Σ無視すんな!!」

ダイゴ「しかし今日は半年分のハゲを言われたね、ハゲツ君」

カゲツ「でも一番言ってんのアンタだからな、チャンピオン」

ダイゴ「え、バレた…?」


カゲツ「そういや、チャンピオンは書籍出さないっすよね」


ダイゴ「うん、出さないよ?」

カゲツ「あ、やっぱり。どうもアンタの物って見ねぇなと思ってたんよ」

ダイゴ「僕は…そういうのは、ちょっとね」

ワタル「そういうのって、どういうのだ」

ダイゴ「僕は伝えたい事は、インタビューくらいで十分かな」

ワタル「デカイ自信だなツワブキ」

ダイゴ「そうさ。僕には信頼するポケモン・ジャーナルさんがついてるからね」

そう言って、ダイゴは綺麗な笑顔をふりまいた。

ワタル「Σお前のゴマすり、嘘くさいにも程がある」

カゲツ「ズルいんだよなぁ、うちのチャンピオン…」

シバ「見習え、ワタル」





つづく