王者@



カントー地方、ヤマブキシティ。



ワタル「おっ かしくねェかァ…!?」



大都会、超高級ホテルの一室。

トレーナー界のV.I.P、ドラゴン使いのワタルは、

控室で延々と待たされていた。


"ポケモンジャーナル"という一流誌の企画で、

本年度もチャンピオン防衛を果たした、

中央・セキエイリーグチャンピオンのワタルと、

南のホウエンリーグのチャンピオンとの大物同士の対談が、

今日この日、この場で、極秘にとり行われる予定であった。


ワタルは、取材慣れしてる。

四天王・チャンピオンと上りつめ長年トレーナー界に君臨してきたので、

トップのトレーナーとして、巷で流行りの戦術や、その年の傾向、

業界に対しコメントを出すのは義務である…と思っている。

しかもこの"ポケモンジャーナル"という歴史ある雑誌、発行日には

全世界の家庭で、朝刊より先に読まれる程トレーナーのバイブルなのである。

もちろんワタルもこの一流誌との付き合いは長く、

"ポケモンジャーナル"にはしっかりとしたコメントを出す事と決めている。

…の、だが。

ポケモンリーグを通して、ワタルのもとに依頼がきたとき、

…今回、かなり渋った。

なにせセキエイリーグのワタル…


ワタル「オレ、ダイゴが大っ嫌いなんだよ」


…なのである。

しかし、ダブルチャンピオン夢の対談!

まわりに熱心に口説き落とされ、渋々この企画に承知したのだが、

なんと!…実は、ホウエンリーグのチャンピオンの方が、

もっともっと渋ってて!やたらと面倒な条件をつけてくるので、

現在進行形で交渉中との返事だった。

そんな状況聞いたワタルはもの凄く悔しがった、

セキエイリーグとホウエンリーグ…どちらも難関なのだが、

やはり中央の2地方からなるセキエイがリーグとして格上とされる。

その中央のチャンピオンに恥をかかせるという事は、

…あのツワブキの奴、絶対にワザとだからな!!

腸が煮えくりかえるワタルだったが、グッと堪えて待ち構えた。

そしてようやく話がまとまり、

この、夢の紙面対談企画が実現するのである…!


さて。

当日を迎え、やはりワタルは先手をとられた。

ダイゴ率いるホウエン陣が、大遅刻をかましてきたのだ。

わざわざ南の果てから公式に出向いてくれたわけなのだが、

午前11時からの予定を2時間まわった。

さすがの一流スタッフ達も、ワタルのご機嫌とりで必死だった。


そんな中、悠々と現れた

ホウエンリーグのチャンピオン、ダイゴ。

この日の流れを自分に持っていくつもりなのだ。


やっと向こうも控室入りした、とワタルのもとに連絡が入った。

ワタル「!」

爆発寸前だったワタルは鏡の前に立つと、キュっとタイを締めた。

ホテルでの対談、ダイゴが提示した条件の1つ…ドレスコードなのである。

ワタル「う〜わ…気障でムカつくツワブキダイゴめ」

ワタルはフン!と鼻を鳴らして、映る自分の姿を眺めた。

ワタル「オレの勝ちだな」

そして鏡の中の輝く自分へ、不敵に笑ってみせた。

まあ、ようするに…ワタルのロングマントが暑苦しいので見るに忍びない…

という、向こうからの遠まわしな嫌味なのである。


控室のドアが開いて、セキエイ四天王のシバが顔を出した。

シバ「決まったか、ワタル?」

ワタル「満タンだぜ!」

シバ「…」

シバなんか、とばっちりだ。

ダイゴの提示した条件2つめ、互いにひとりづつ友人を連れて来る事。

もちろん、身近なトップトレーナーを・・という意味である。

問答無用で「シバ!」とワタルは答えた。

シバ「突然、俺が黒のスーツを来て…読者は驚かないだろうか…」

シバはお洒落だ。本来は。

しかし格闘トレーナーのイメージというのがあって、

ポケモンリーグ開催中のシバは見事に剛を体現してる。

ワタル「今後逆に、服が着やすくなるんじゃねぇか?」

シバ「もっと他に適任がいたはずだ…」

ワタル「親友ったらシバだろ、衣装くらいでウジウジすんな!!」

シバ「う…わ、わかった」

ワタル「じゃあな。先に行ってるから、呼ばれたらすぐ来いよ!」

シバ「ワタル、くれぐれも暴れるなよ…」

ワタルの背中に、シバが心配そうな声をかけたので、

クルッと振り返って、ワタルはドアにもたれ掛かりポーズを決めた。

ワタル「このオレに、問題なんて無…

シバ「それは履き替えた方がいいんじゃないか?」

シバの鷹のような目が、ワタルの足元をジッと見てる。

ワタル「何…。   Σハッ!!!


ワタルの足元、リラックスした室内履きのスリッパのままだった。





【一部】


日当たりの良い、ホテルのサロン。

セキエイチャンピオンは東側の扉から、

ホウエンチャンピオンは西側の扉から、同時に入室をした。


セキエイのワタルはハイブランドの光沢ある礼服。

ホウエンのダイゴは…


ダイゴ「プッ… なにその暑苦しいタキシード」


なんと!

青地にハイビスカスのアロハシャツと、白の短パンという衣装だったのである。

足元なんかビーチサンダルだ。

ワタル「え…」

さすがのワタルも目眩がした。

この南のチャンピオン、日本の一流ホテルを馬鹿にしてんのか。

ダイゴ「長旅で、疲れちゃってね」

にっこり笑って、団扇で胸元を仰いでる。

ダイゴ「カントー地方も蒸してて暑いね」

ぱたぱたぱた…

面食らったが、ワタルも反撃に出た。


ワタル「よ… よぅ、ツワブキィ。育ちの悪さが滲み出てんな!」


ワタルは鼻で笑って見下した。

ワタル「ホウエンのドレスコードってのは、そのペラペラの花柄かァ?」

ダイゴ「ワっタル君、久しぶりだね。君の正装姿…惚れ惚れするよ」

ワタル「ハァ?」

ダイゴ「試合以外の君の姿が見たかっただけなんだ…うん、良いね!」

ダイゴは寄ってくると、右手をすっと差し出した。

ワタルは一瞬、大いに嫌そうな表情を浮かべたが、

すぐに とり澄まして、握手に応じた。

ぎゅっ。 握手が交わされる。

その直後、ふたりは絶妙なタイミングで、顔だけ取材のカメラへ向けた。

パシャリ。 とシャッター音が鳴った。

両者の衣装の差に難アリだが、一応OKが出ると、

ふたりの顔は さっさと素に戻る。

ワタル「ツワブキ。オレを待たせるなんて、いい度胸だな。覚悟しやがれ」

ダイゴ「ん?」

ワタル「Σん!?」

ダイゴ「ああ。失礼、ほんのセレブ遅刻だよ」

ワタル「アーーーー?!」

ワタルは交わしてる握手にありったけ・渾身の力を込めてギリギリした。

ダイゴは爽やかに笑いながら困っちゃう声をだした。

ダイゴ「そろそろ放さない?僕はどこへも行かないからさ」

ワタル「え…」

ダイゴ「いやだなぁ、そんなに僕に会いたかったなら、早く言ってくれよ」

ワタル「Σだ、誰がだ!!」

ダイゴ「ほら、そんな大声しなくても届く距離にいるからね…!」

ぽんぽん、とダイゴは なだめるようにワタルの肩を叩いた。

ワタル「き、気色悪ィ事ぬかすなや!対談だ対談!サクッとやって 帰る!!

ダイゴ「まあ、いいよ。うん、座ろうか」

ダイゴはニッコリ笑いながら、さりげなく絹のハンカチーフを取り出し…

ワタルの目の前で、綺麗に 右手 を拭った。

ワタル「…おい?消毒用のアルコール液を持ってこい。ここだ、この右手にな」

それ見たワタルも、部屋の隅に立つホテルマンに言った。





ダブル王者の対談用に、

サロン内には立派なアームチェアが2脚、

予め 少しだけ向き合うようにセッティングされていた。

しかし、各々の席を指定されたチャンピオン達は、

すんなり着席はしなかった。

ワタルは、このホテルの高級チェアを足で蹴っ飛ばして向きを変え。

ダイゴは、すっと手を上げホテルマンを呼ぶと、こちらも角度を指定した。

互いにそっぽ向くような角度に決まって、ようやく腰をおろした。

こんなで対話がしやすい訳が無い。

雑誌取材陣は、さすがにこれはどう紙面に載せたら良いものか、

ちょっと困惑の表情を浮かべた…。しかし、

そんなのはチャンピオン達にとって、知ったこっちゃナイのである。


対談が始まった。


ダイゴ「何の話だっけ」

ワタル「何を話すんだ、っておい、台本みたいなの貰っただろ…

ダイゴ「まあ、自由にやろうか…ワタル君、恋人いるの?」

ワタル「Σいきなり低俗だなオイ!!」

ダイゴ「あ、すまない。僕らそんな気安い仲では無かったね」

ワタル「ゴホン!」

ダイゴ「こうしてセキエイのワタル君と対話できるなんて、嬉しくて、ついね」

ワタル「ハン。心にもない事を」

ダイゴ「ところでワタル君」

ワタル「ハ」

ダイゴ「この椅子の向き、この僕らの体勢、喋りづらくないかい?」

ワタル「…お前のツラ見なくて済むのは助かるが」

ダイゴ「こっちを向けばいいと思うよ …まあ僕もあんまり君の顔見たくないけどね

ワタル「Σじゃあ椅子の向き、すぐ直そうか!?」

ワタルが勢いよく立ちあがると、

ダイゴ「そうくると思ったよ」

ダイゴはにっこり笑って手を上げてみせた。

その合図にホテルマンがふたり、機敏にやってきて、

両者の椅子を当初のように やや向き合うように直した。


ワタルは着席すると足を組み、偉そうに踏ん反り返ってダイゴを睨んだ。

ダイゴは背筋を伸ばしやや足を開いて座ったが、衣装の割にどこか優雅である。





ダイゴ「さて。何の話だっけ」

ワタル「ひとつ訊くが、」

ダイゴ「ひとつと言わず、訊いてくれ」

ワタル「予め 今日の台本を渡されたろ、目を通さなかったのか?」

ダイゴ「そうだね、僕はそういうの目を通さないんだ」

ワタル「つまり、アドリブで」

ダイゴ「僕はね、インタビューは、事前に用意しない主義なのさ」

ワタル「ほーう。意外だな、ツワブキ」

ダイゴ「うん、そう思うでしょ」

ワタル「お前ってのは事前に、緻密にやらしい回答を幾つも用意してるかと」

ダイゴ「計算ぽいって事かなハハハ。逆にワタル君、きみは正反対みたいだね」

ワタル「お前の逆にって、シャクだな」

ダイゴ「破天荒そうに見えて、実は型を気にするよね、そうだろ?」

ワタル「Σ (どき)」

ダイゴ「どうして君って分かりやすい人だねハハハ」

ワタル「Σひ、ひとの顔を覗き込むな!!」

ダイゴ「ワタル君は、凄いよ。チャンピオンとして崇高な理想を守ってるよね」

ワタル「な、なんだよ…褒めてんのか?気色悪ィな…」

ダイゴ「あの むさくるしいマントとかさァ」

ワタル「(…ブチ)」

ダイゴ「何か"切れた"ようだから、僕が繋ぎとめておくよ」

ダイゴは微笑んだまま すっと腕を伸ばすと、なんと!

ワタルの無防備な額に… ぴしゃっと、デコピンした。

ワタル「え…」


☆ミ


ダイゴ優勢だ。

どうもワタルは後手にまわってる。

ダイゴは飄々としてどうも掴めない、喋ってる言葉に本心がみえないのだ。

逆に、ワタルは直進する人間なので根本的に、あわないのである。

ワタル「く…。 (オレはいま積んでんだぜ、戦で言うなら"りゅうの舞だ")」

ワタルは、横で目を細めて笑ってるダイゴを睨んだ。

そういえばこのダイゴ。

やたらと自分らの衣装に話しをもっていくではないか、

という事は、ワタルもそこに乗っかるべきか。

話しに乗ったようにしといて、そこから徐々に自分優勢に持ってこうと決めた…


…が!


ダイゴ「そうそう、実はワタル君にお土産を持ってきたんだ」

ワタル「Σ土産だァーーー!?」

話題は、移った。

ワタルの腹の中を、ダイゴは見透かしたらしい。


ダイゴが目配せすると、

トロピカルな紙袋を持ったホウエン陣のスタッフがソソッと近寄ってきて、

ダイゴの手前で中身を取り出し、それを仰々しく手渡した。


ダイゴ「僕としたことが、事前に渡しそびれてしまったね…さぁ、君に」

改めて、ダイゴからワタルに贈り物が手渡された。

包装に、サイユウシティとか印刷されてるから、

きっとホウエンリーグの物販もんに違いない。

ワタル「お前、金持ってるわりに身近な所で済ませやがったな…」

そんなの貰っても ひとっつも嬉しくないので、ワタルは思いっきり包を破いた。


ワタル「な…なにぃ」


ダイゴ「ふふ。色違いだけど僕のとお揃い。サイユウのアロハだよ」

プレゼントの中身は、本日ダイゴが着用してる青地のアロハシャツの色違い。

ワタルのは、ピンク地に白抜きしたハイビスカス柄のアロハである。

更にダイゴはご丁寧に、

色違いの黒のハーフパンツと、全くお揃いのビーサンまでつけてくれた。

ワタル「…」

ワタルは、憂いた目でダイゴをみた。

ダイゴ「これ着てくれないかなぁ、今」

ワタル「あのなァ、ツワブキ…」

ダイゴ「そしたら僕ら、もう少しは仲良さそうに見えるでしょハハハ」

サロン内に、ダイゴの乾いた笑いが響いた。

ワタル「オイ!お前、お前だよ!!今日はスーツって注文つけただろッ!!」

ダイゴ「まあそうなんだけど、」

ワタル「なにヘラヘラしてやがる、お前がスーツを着てこい!!」

ダイゴ「まあまあ。チャンピオンだってラフにするんだよ、ワタル君」

ワタルの反論を のらりくらりとかわしながら、ダイゴは提案した。

ダイゴ「ようは僕らのオフショットさ。世のトレーナーに、見せてやろうじゃないか」

ワタル「Σオフじゃねぇだろ! 今日は公式通した仕事だアホ!!」

さすがにガツンと言ってやると、ダイゴの表情がほんの僅か…ちょっとムッとした。

ダイゴ「何か…ずいぶんと真面目だな」

ワタル「セキエイの評価を、オレは背負ってんだ」

ダイゴ「うーん」

ワタル「Σう?! うーん…って何だよ!!」

ダイゴ「いやぁ?どうぞ続けて」

ワタル「お前、来季はボロ負けしろ、そんでもって引退しろ、それが世のためだッ」

ダイゴ「ハハハ!君って本当に面白いよ…!!」

ダイゴは手を叩きながら爆笑した。

ワタル「オレは常々、いや…かねてからそう思ってんだよッ!!」

ワタルはカッとなって立ち上がった。

ダイゴ「ふふ。やだなぁ、万が一でもだよ、ワタル君…!」

ワタル「クソっ…!お前んとこ、オレの刺客を送り込んでやる」

ダイゴ「え〜!無駄だよ、無駄無駄。返り討ちになると思うよハハハ」





ここで、

さすがに見兼ねたポケモンジャーナル側から注文がきた。

[ポケモンリーグ、チャンピオン防衛おめでとうございます]

スタッフが遠慮がちに"カンペ"を掲げている。

高いギャランティ払って、このふたりを雑談させるために呼んだんじゃない。


ダイゴ「うん、いいよ。ポケモンリーグについて語ろう」

ワタル「ア?今季か? 弱かった!!

ダイゴ「短いっ!」

ワタル「来季の挑戦者に期待する!!」

ダイゴ「セキエイリーグはなんだか、来季もトップは変わらなそうだね!」

ワタル「ハアー?そういうお前んとこ、ホウエンリーグはどうなんだ」

ダイゴ「ま。平和だよ」

ワタル「Σ短っ!! お前も短っ!!」

ワタルが右手を突き出して立ちあがった。

ダイゴ「だってサイユウって天国みたいなんだ」

ワタル「あんな最果てド田舎リーグに挑戦者なんて来るんか?」

ダイゴ「来る来る。結構いてさ、僕も今回は数人相手したかな」

ワタルは静かに着席した。

ワタル「…ほーう。」

ダイゴ「実は今回ね、楽しかったんだ」

ワタル「なぬ」

ダイゴ「ちょっと気になる子が……あ……教えないよ?」

ワタル「えっ!」

ダイゴ「知りたい?」

ワタル「べ、別に… Σいやぜんぜンーーーー!?

ダイゴ「だよね」

ワタル「なっ……にぃ

ダイゴ「でも知りたいんだろ」

ワタル「フ、フン! ホンのわずかに引っかかる挑戦者がいたってことだろッ!!」

ダイゴ「え?」

ワタル「Σえっ!?」

ダイゴ「結局、負かしちゃった僕なんだけど、うん、来季も挑戦してほしいな あの子」

ワタル「くそッ!なぜ勝てなかった挑戦者!!」

ダイゴ「それは僕が強いから。結局、僕が今年も一番なんだよね」

ワタル「ケッ、南の小島でな!!」

ダイゴ「ええ?良い島だよサイユウは」

ワタル「…ん。住んでたか?」

ダイゴ「誰が」

ワタル「Σお前だよ!!」

ダイゴ「いや、まさかだろ。僕はトレーナーだけど、それが全てじゃないからね」

ワタル「何言ってんだコイツ」

ダイゴ「僕はトレーナーである以前に、ダイゴっていうひとりの男なんだから」

ワタル「トレーナーってのは寝ても覚めてもトレーナーだぜ!」

ダイゴ「その考えはワタル君、きみの実家がトレーナー稼業だからでしょ」

にこやかな顔の割に、ダイゴの声は鋭かった。

ワタル「Σな、何でフスベを出すんだ関係ねぇだろ!」

ダイゴ「僕の実家はね、しがない商社さ。いわば"一般家庭"だよ」


ワタル「 」


ちょっとワタルは、言葉が出なかった。

ワタル「いやお前ん家って、成金だろ。ホウエン経済の柱・デボ…

ダイゴ「ああこういう感覚、職業トレーナーの家に生まれた君には無いだろうね」


いまワタルの言葉は途中で遮られたのだが、

ダイゴの触れないでほしい部分だったようだ。

つまり、秘密だ。


ホウエンリーグのチャンピオン・ダイゴの情報は少ない。

サイユウでポケモンリーグが開催されてる間だけ、チラっと世間に現れる。

実はホウエンリーグ、全国的に珍しくなぜかチャンピオン戦のTV中継がないのだ。

プロフィールなんか完全非公開だ。

ただ、鋼タイプのエキスパートであること。

常にハイブランドのスーツを身に纏っていること。

下々の者は滅多にお目にかかることができないため、

"鋼の貴公子"なんて呼ばれたりするのである。

(本人公認済)


ホウエン地方のカナズミシティには、

デボン・コーポレーションという大企業の本社がある。

ホウエンの住民の全ての生活を支える様々な商品を出してるグループで、

お膝元のカナズミを中心にホウエン全土に多くの従業員を抱えている。

創業者のツワブキ氏はカナズミ出身、このデボンを一代で興し発展させた。

ところでダイゴの伏せてる自身の経歴というのは、

姓が、ツワブキ。生まれは、カナズミ。

つまりツワブキダイゴとは、ホウエン1の大企業・創業者一族の御曹司なのである。


ワタルなんかはポケモンリーグに長いので内情に精通してるわけだが、

さすがにこれを知った時、驚いた。

というより、元々ホウエンチャンピオンになった時点で、

このダイゴというトレーナーをチェックしてたのだ。

ワタルは強いトレーナーが、好きだ。

ダイゴの戦いぶりは一般に公開されないが、

ポケモンリーグが記録として残してるチャンピオン戦のフィルムを見た。

…純粋に、戦いたいと思った。

…の、だが。

ダイゴのトレーナーとしての腕は最高なのだが、

どうも人格というか、人柄というか…

本当に、ワタルとは あわないのである。

王者として君臨するくせに非公開型なんて理解できないのだ。


セキエイリーグのチャンピオン・ワタルとは、

ご存じの通り、オンオフともに完全公開型(自称)である。

フスベの家に生まれた時からトップのトレーナーになる宿命を負ってきたので、

育て方、トレーニング方法や、戦術攻略ヒントまで結構オープンにしている。

ただ、ワタルが手の内を公開してやっても、

それを平凡トレーナーが真似てこなせるかというと、

間違いなく不可能である。

ワタルの信者の数知れず、この唯一神たるカリスマ性を崇拝し、涙こぼすのである。


ダイゴ「ワタル君はさ、どうやってモチベーションを保っているんだい」

ワタル「修業」

ダイゴ「ひとりで?」

ワタル「王者ってのは、孤高なんだよ」

ダイゴ「僕が付き合ってやろうか」

ワタル「え…」

ダイゴ「僕もたいがい暇しててさ」

ワタル「僕"も"ってなんだ僕もって…オレは忙しいんだよ!!」

ダイゴ「ああ、今年は忙しそうだね。休暇中はホウエンには来ないの?」

ワタル「勿論 行きてぇが!お前が対談渋ってたせいでタイミング逃して…

ダイゴ「逃して?」

ワタル「Σって、お前!何で 知 っ て ん だ よッ!!」

ダイゴ「だって君、いつかサイユウに来たじゃない」

ワタル「おー…行った行った。 文句あるか?





ワタルは本州中央のチャンピオン、ダイゴは南の地方のチャンピオン。

互いに離れた地域で活躍しているわけだが、

ポケモンリーグのオフシーズン中、たまーにバッタリ遭遇したりする。

ワタルは都会が好きなので基本的にジョウト・カントーで過ごすのだが、

そこにふらっと、スーツでキメたダイゴが現れる。

…。

過酷な環境で修業するため、ワタルは人里離れた秘境に潜ることもある。

なぜかそこにもふらっと、アウトドアファッションでキメたダイゴが現れたりする。

「Σうお!?お前ツワブキか、何故ここに居るんだ!!」

「石掘ってた!」

だいたいダイゴが嬉しそうに寄ってくるのでワタルは顔を歪ませながら対応する。

…。

ダイゴは全国どこでも神出鬼没なのだ。


ここ数年のワタルは、

休暇をホウエン地方の田舎でのんびり過ごすという傾向があり、

ごく内密に滞在したりしているのだが、一度だけ…

うっかりとサイユウ島に上陸してしまった時があった。(21話参照)

名前は知っていたが、サイユウシティ…ホウエントレーナーの聖地である。

初めて足を踏み入れたが、おだやかな風が吹き一面に花が咲いていた。

弁当でも食うか…と、ワタルはそこで立ち止まったのだが、

…なんと!

警報が鳴った。

ワタルは、ポケモンリーグから出てきた警備員たちにグルっと囲まれた。

『ポケモンをモンスターボールに収め、おとなしく投降しなさい…!』

拡声器で警告された。

なんとワタル、トレーナーのくせに正規のルートで入島しなかったため、

ポケモンリーグの規定に"違法"した挑戦者と疑いをかけられたのだ。

ちょっとズルしたにしても、サイレン鳴らして取り囲みはやりすぎな気がする、

いや、警戒されてたのだ。

このトレーナー(ワタル)の顔がとても凶悪、

そしてそのドラゴンポケモンなんか、やたらと凶暴そうだ…!

どちらも暴れる前に、対処せねばならない。

まさに一触即発…!警備員たちは、もしもの時に備えて増員した。

ありえない事である。なんとサイユウ…

本州王者(ワタル)の顔を知らない程の最果てだったのだ。

…これはもはやホウエン地方のお約束となりつつあるのだが…

しかし当時、そんな南の事情知らないワタルは ハァ?とふてぶてしく答えた。

なんてったって、ワタル様である。

『忠告に従わないと、我々は実力で君を制止する』

この、拡声器で喋った内容が"引き金"だった。

ワタルはついにプッツンした。

ホウエン滞在はお忍びだったが関係ない、

いま目の前の邪魔な奴らをぶっ飛ばすのみ!

ワタルはすっと腕を上げ、上空を指した。

サイユウは快晴である。

日差しがワタルたちを照らしてる。

「破壊、光線だ」

ワタルが静かに下した瞬間、

あたりが真っ白になった。

ワタルのドラゴンが、天空めがけて破壊光線を打った。

衝撃と爆風圧で警備員たちはふっとび、海に落ちた。

サイユウの地に咲く花々は存在ごと消し散った。

さて。

なにも無くなった島に、ようやくホウエンリーグのスタッフが現れ…


ひれ伏した。


ワタルはようやく身元が割れたのだ。

正体判明してから、ワタルはサイユウにのさばった。

ウサ晴らし・・と言わんばかりに我儘放題・威張り放題。

これがニッポン代表・セキエイの王者なのである、

一方ホウエンリーグは、セキエイ本部から厳しいお叱りを受けた。

『何としてでも機嫌をとり続ける事、そうしないとサイユウ島が消えますよ』

ホウエンスタッフは顔面蒼白でゴマすったが、

タイミング悪く、実はこの時、

サイユウには休暇中のホウエン四天王が揃ってた。

この四天王の一同、えらくご立腹だった。

セキエイだろうが、ヨソモノが好き放題暴れたわけだ。

しかもワタルが踏みにじったサイユウの花畑、

ホウエンリーグの可憐な象徴だったのである。

『ワタル vs ホウエン四天王』

のちに語り継がれる、伝説のタイマン勝負である。

ホウエンリーグは、終わりだ…サイユウは、消える。

この対立を、冷静にみてホウエン不利と判断した人物がいる。

ホウエン四天王のひとり・カゲツである。

このカゲツ…実はほんの少し前に、

ホウエンの田舎でワタルと偶然遭遇したばかりだった。(R話参照)

本州のワタルってのは、とても人間の話しが通じる相手じゃない。

究極の人物には、究極を…カゲツは とある大物に連絡とった。


ダイゴ。


ダイゴは休暇という事で、秘境に潜って石掘って遊んでたのだが、

ちょっと電波の入る場所で休憩してたらサイユウから連絡が入ってた。

普段ならムシする所だが、どうもジョーカーオブホウエンの勘が働いた。

『チャンピオン、いまワタルさん来てるんだが…』

「え、本当?嬉しいな、すぐ行くよ…3日くらいかかるから繋いでおいて!」


おいしいワインと、甘いケーキでワタルのご機嫌とり続けてはや数日。

ついにダイゴが爽やかに笑ってやってきた。

ダイゴはカゲツに「でかしたぞ!」と言わんばかりにウィンクした。

寒気がしたが、カゲツはニヒルに頷いてみせた。

ダイゴはワタルの占拠した特等部屋に入っていくと、

入れ替わりで即ワタルが出てきた。

「帰る!」 怒鳴った。

ワタルは帰り支度してサッサとどっかに帰ってしまった。

不機嫌そうに去ってくワタルの背中に、ダイゴはサヨナラ〜っと手を振った。

このワタルのサイユウ襲撃事件は、後日

週刊誌などに面白おかしく、散々取り沙汰される事になる。


ダイゴ「びっくりしたけど、僕は楽しかった。そういえばあの時以来か」

ワタル「オレのホウエン滞在で、唯一つまらん出来事だった」

ダイゴ「サイユウの花畑なら心配いらないよ、あのあと全部植え直したから」

ワタル「ハナー? それがどうしたバカヤロウ!」

ダイゴ「君のそういう無神経な所、良いと思うよ」

ワタル「そういやあの時は確か… お前、復帰直後だっけか

ダイゴ「そうさ。だから君がチャンピオン復活を祝いに来てくれたんだと思…

ワタル「んなワケがあるか」

ダイゴ「時期が違えば、対応したのは僕じゃなくミクリだった訳だ、危なかったね」

ワタル「いやどっちもどっちだろ」

ダイゴ「天と地の差だよ。僕が天上で、奴が地獄なハハハ」

ワタル「興味は無いがお前さ、何でチャンピオン辞めたんだよ」

ダイゴ「いや凄く興味あるだろ?」

ダイゴはにっこり笑って、少し首を傾げた。

ダイゴ「でも今はだめだ、オフレコの時に教えてあげるよ」

NG。つまり、プライベートに深く関わる事らしい。

ワタル「Σオフレコになったら、テメェと話しなんかしねぇよ!!」

ワタルは フン! とそっぽ向いた。





ワタルが話しを蹴ったので、ここで触れておこう。

サイユウ襲撃事件より少し前のことだ。

ダイゴは、チャンピオンを辞めちゃった。

その年のホウエンリーグが閉幕し、盛大な打ち上げパーティの場だった。

チャンピオン防衛を果たしたダイゴは関係者にこう言った。

「僕、来年は来ないから」

凄く笑顔だったので、シャンパンの酔いがまわったのかな?と、

誰しもがそう思ったのだが、パーティの途中、ダイゴは忽然と姿を消した。

それから次のリーグが開幕する秋まで、消息不明だ。

ホウエンリーグが慌ただしくなった時、チャンピオンは意外な形でやってきた。


「ダイゴに私は頼まれた」


ダイゴは現れなかったが、代わりにお友達を寄こしてくれた。

当時ルネシティ・ジムリーダーのミクリだった。

ホウエンリーグは絶望のどん底に落ちた。

それはまかり通るのか。

しかもミクリだ。

よりにもよって、ミクリである。

盛り上がりに欠けるが、事情によりチャンピオン辞退なら辞退で、

王座空白のままポケモンリーグが進行する事だって可能なのだが。

現役チャンピオンが勝手に自分の代打を呼んじゃうなんて、前代未聞。

しかもミクリだ。

よりにもよって、ミクリなのである。

『僕とミクリ君は年齢が一緒だし、背格好も似てるし、バレなきゃ大丈夫でしょ』

ダイゴ曰く。

とんだイリュージョンじゃないか!

ミクリは崇高そうな表情で、今日の身支度品の領収証を並べた。

なんという金額。…これをホウエンリーグに払えというのである。

"ルネ系だけは、決してチャンピオンにしてはならない。"

ポケモンリーグには、各地方ごとに暗黙の掟が存在する。

ホウエンの場合、それは"ルネ"。

ルネ島に優雅に生息する原住民である、誰が呼んだか"通称・ルネ族"。

麗しを尊ぶ種族で、壊滅的なまでに金銭感覚がズレている。

その一族筆頭がミクリである。

このミクリには成人するまで後見人がついていて、

かの有名な生きる伝説・旧ルネジムリーダーのアダンである。

ミクリとアダンはルネジムにおいて師弟関係でもあり、

アダンはミクリの開花とともに引退し、ルネジムリーダーを託した。

アダン先生は、ようやく表舞台から退いたかと思いきや、

たかが数年で舞い戻る。

ルネジムにアダンが戻ってきたので、

ミクリはジムリーダーとして非常にやりずらさを感じていたらしい。

そんな時、ダイゴから『チャンピオンやってよ』と言われたので、

「まかせたまえ!」と胸を叩いて、飛び出てきたのである。

ルネジムはしょうがないから旧ジムリーダー・アダンが、

のんびり留守番してる状態となった。

そんな訳で、サイユウにはミクリが君臨したのだが、

ホウエンリーグは低迷の暗黒期を迎える。


ミクリがチャンピオンごっこをしてる最中。

ダイゴは、なんと実家に戻ってモメていた。


ツワブキ家の食卓、たったふたりの家族会議である。

家業の会社をやるのか、トレーナーをやるのか、

決断を迫られていた。

ダイゴの返答は「うん、どっちも」

結局、父ツワブキ氏との話し合いはダイゴがうまーくかわした。

でもちょっと考えがあるらしく、

ダイゴはこう言った「そろそろダイゴも、デボンに貢献すべきかな」

ツワブキ氏は訊き返す「一体どうするつもりだね」

ダイゴはにっこり笑って、父を見つめた。

「デボンで僕の商品をリリースしましょう」


しばらくして、再びホウエンリーグの開幕季節となった。

秋空の下、ミクリは静かにダイゴに王座を返還した。

ダイゴは何食わぬ顔で、サイユウに戻った。

そして以前と変わらぬ強さでチャンピオン防衛に成功し、

久しぶりにインタビューなんか受けた。

その際、ダイゴが使用してるアイテムがクールすぎると話題になった。

いったい、どこのメーカーのものなんだろう。

…慌てることはない。なにせホウエンリーグ、スポンサーは…

"デボン・コーポレーション"

それからホウエン・チャンピオンのダイゴは、デボンの広告塔である。





ワタル「さっきから気になってたんだが…その腕時計」

ダイゴ「え、これかい?デボンのクオーツだよ」

ワタル「や…シルフのだよな?」


ワタルはワタルで本州の大会社・シルフカンパニーと長年スポンサー契約してる。

広告モデルを務めたり、試合の際は実際に身につけて出場する、

高級ラインのワタル限定商品をも大ヒットさせている。

…ホウエンのデボンというのは、

どうも歴史あるシルフ商品のパクリ行為を行っているのでは、と

疑惑の目を多々向けられる事でも有名だ。

ほぼ同じ見た目の商品、名前だけ変えていたり。

似たような商品、使ってすぐ壊れたらデボン製とか。

カントーの人間は、やたらそうやって批判する。

逆にホウエンの人間はデボン商品が全てなので、

シルフなんて知らないし、デボンがあればどうでもいいのである。


ここにシルフ派のワタルと、デボンの申し子ダイゴがいる。

スポンサー背負っても宿命のライバルなのかもしれない。

ちなみに先程ワタルが目をつけたデボン高級クオーツ。

ちょっと前に、ワタルのためにデザインされたシルフの限定クオーツにそっくりだ。

ワタルもいま着用しているので、腕を少し・・まくってみせた。

ワタル「どうだ。動かぬ証拠だろデボンよ」

ダイゴ「あれ、奇遇だな」

色違いで全くソックリである。

シルフのワタルカラーは情熱のレッド。

デボンのダイゴは冷たいクリアブルー。

ふたりは腕時計をかざして、不敵に笑って対峙した。


ワタル「ふざけた時計してんなァ…どうせスッカスカのメッキだろ」

ダイゴ「これはとても軽量化された設計だけど、絶対壊れないんだ」

ワタル「Σテメェ、いい加減にしろよ!疑惑の会社のボンボンが!!」

ダイゴ「おっと、いやだなぁ言いがかりは…ずいぶん前から売ってるものだよ?」

ワタル「製造年いってみろ!シルフに遅れて出したはずだ!!」

ダイゴ「そういうのは会社を通してもらわないと」


まずい、喧嘩になる…!?

自由にやらせといたが、対談は失敗だった!!

ワタルが勢いよくダイゴに掴みかかったところで、

ポケモンジャーナルは、クールダウンをはかった。

[しばし、ご休憩]

ワタルはチッと舌打ちして、ダイゴを放した。

ダイゴ「昼休みか、ワタル君ランチでも行こうよ!」

ワタル「ΣOLかっ!! 嫌だッ!!」





つづく