新春フスベC



【庭】


仰向けに引っくり返ってたシバは、のそっ・・と起き上った。

シバ「俺の名前はシバだ、シバタじゃない」


シバの私服は今日もかわいい。

イブキがポワンとした顔で見下ろしてる。

イブキ「おめでとう…新年」


シバは辺りに散らかった荷物を拾って、確認した。

毎度おなじみの"怒り饅頭"の箱である。

すっ飛ばして散った全てを 手さげ袋に戻すと、シバはイブキを見上げた。

このシバが、本日のフスベ最後の客である。

イブキ「…☆…」

イブキの方は期待を込めた瞳でシバを見つめてる。


シバ「ワタルは帰ったか?」




イブキの顔が急速に曇った。

イブキ「バカワタル」

シバ「こらこら。兄の事をそんな風に呼ぶんじゃない」

イブキ「バカワタル、居るわよ。朝からずーーーーーーっとね!!」

イブキは フン! と、そっぽ向いた。

しかしシバは、特に構うことも無く立ち上がると、

そのままイブキを通り越して庭を歩いていった。

イブキ「あ…! シバタ…」

素通りされたイブキは、えっ…と振り返ってシバの背中を見た。

シバ「やはり俺が最後だったか、家の方が騒がしいから解かるぞ」

シバはフスベの兄妹と家族ぐるみの付き合いなので、遠慮はない。

勝手に庭園を進んで、母屋への道をどんどん上がってく。

イブキ「(待ってたのに…)」

イブキはショボンとして、シバの後を追いかけようとしたのだが…


シバ「つらくないか?」


ふと、シバが振り返った。

イブキ「え… ううん」

シバ「そうか?草履…、鼻緒が痛そうだぞ」

イブキの和装の足元の事だ。

滅多に履かない草履の、鼻緒がずっと当たってて痛いのだ。

イブキは根性で、朝からずっと晴れ着姿で庭先に立ち続けてたため、

胴は帯に締めつけられるは、足は鼻緒が喰い込むはで結構疲れてた。

やはりシバは、見てる男で、イブキが我慢してるのを察してた。

シバ「歩けるなら、いい」

シバは再び歩きだした。

振袖褒められるより、心配されるほうが断然嬉しかったイブキは、

なんと走って追いかけた。

イブキ「全然平気よ!アタシはフスベの女だから」

シバ「イブキ、元気だな」

イブキ「アタシはいつだって元気よ!」

シバ「お前、俺を待ってたんだろ」

イブキ「そうよ」

シバ「お前に土産だ」

イブキ「Σぅえ!? な、何かしら…」

シバ「お前の分の、怒り饅頭 だ」

ドサッと渡された。


イブキ「やだ………普通…。」





【玄関】


イブキとシバが家の玄関扉あけて入ると、そこは惨事の後だった。

イブキが思わずギャァァ!と悲鳴を上げたが、シバの手前すぐに口をつぐんだ。


マツバ「やあ。イブキさん、シバさんー…が、服着てる!!」


玄関真正面に新設した、ルネの噴水。

その水溜めの所に、衣服を着たままマツバが浸かり込んでて、

こちらに向かってヒラヒラと手を振っている。

イブキ「な、な、なんで?」

その噴水の脇にそびえ立ってたはずのルネ美少年の彫刻が、

ダイナミックに横たわって倒れてた…所々、ガシャンと砕けてる。

大損失である。

シバ「あけましておめでとう…相変わらずだな」

マツバ「おめでとうシバさん、お正月は楽しいね!」

イブキ「なにがあったのよ、ちょっとアンタ!」

イブキはビシッと指差して怒鳴ったが、

当のマツバは自分で思い出して大笑いした。

イブキ「Σ笑うな!!」

マツバ「ごめん、あの男の子の像、登ろうとして倒してしまった〜!」

マツバは大きな酒瓶を水底から取り出して栓をあけ、

それを飲もうとして持ち上げたのだが、力が入らず口からそれて…

酒は、顎から首筋から胴を流れて…浸かってる水溜まりにただ流れた。

イブキ「最低ー…」

そこに一緒に浸かってたタッツーが、迷惑そうにマツバに向けて墨を吐きかけた。

マツバ「アハハハッ!黒い〜!!」

マツバがタッツーを抱き上げて、頬を擦りよせた。

シバ「皆はどこに居る?」

シバは冷静だった。

マツバ「お客間〜…と、イツキちゃんは風呂だよ…一緒に入ろうか?」

シバ「遠慮する。 イブキ、行くぞ」

イブキ「アンタ弁償よ、絶対弁償しなさいよ!!」

マツバ「は〜い、いつか出世払いで!」

イブキ「Σいつだよ!!」


マツバを取り残して、イブキはシバと客人一同揃ってるという客間に向かった。

シバ「すまんな、俺が皆にフスベへ集まるよう声をかけた訳で…」

イブキ「いいわよ別に、兄貴になんとかしてもらうから!」

シバ「またワタルか…(大変だな)」





【客間】


家の中、酔ったマツバの被害に遭ったのは玄関だけかと思ってたのだが、

客間に近づくにつれ、どうもフスベの家の使用人達がせっせと床を掃除してる。

イブキが怪訝そうに近づくと、使用人はサッと端にはけ道をあけた。

シバは特に気に留める事なく後に続いて歩いた。

イブキ「なぁに…床、濡れてるじゃない…」

イヤー…とイブキが顔をしかめたので、使用人達は申し訳なさそうに頭を下げてる。

シバ「(酒臭い…)」


イブキ「客間よっ」


イブキが客間の戸を、スパンと勢いよく両手で開け放った。

シバ「(兄妹そっくりだ…)」

その振動がシバに伝った。

イブキ「シバタ来たわよー…って、 あら。」

シバ「居ないぞ」

客間にお客の姿は見えなかった。

その代わり、やはりここでもフスベの使用人達がせっせと掃除をしてる。

使用人達は、イブキの姿を確認するとハッとして頭を下げた。

イブキは恐れられてる…!

イブキ「やだ、和室が水びたしじゃないの!!」

シバ「(酒臭い…)」

先程までこの和室、コタツ机囲んでジョウトの皆が団らんしてたのだが、

誰も居ない。一体どこにいったのだろう。

イブキがジーッと睨むと、使用人のひとりが申し訳なさそうにやってきて、

ヒソヒソと耳打ちした。


イブキ「Σ洋間に移動!!」


シバ「なんだ、上の階か」

イブキ「ごめんシバタ、ここでバカマツバが酒瓶をひっくり返したみたいで」

シバ「一同は場所を変えたのか、洋間の場所なら俺も分かる…行くか」

イブキとシバは客間を出て、廊下を引き返した。

シバ「あまり怒るなイブキ」

イブキ「呆れてるのよ」

シバ「あまり呆れてやるなイブキ」

イブキ「だって!兄貴もいたのに何やってんのってカンジ!!」

シバ「ワタルだってせっかく帰ってきたんだぞ、もっと優しくしてやれ」

イブキ「無理」

シバ「無理をしろ…」

イブキ「絶対無理!!」

シバ「なら知らん」

イブキ「Σ…頑張る」


二人が再び廊下を歩いてると、

前方から 辺りを警戒しつつトコトコ歩いてくるイツキと出会った。

しかしイツキの雰囲気が…、ちょっと爽やかに変わってる。

そういえば風呂に入ってたとか。

風呂…何故だろう。


イブキ「アンタ、何してんのよ」

イブキがドン!と出てって、道を塞いだ。

シバ「イツキか、どうしたその格好は…」

イツキ「Σあ…!!」

その時のイツキの顔といったら…!

迷子になってた小動物が、心底懐いてる飼い主にやっと逢えたような表情だった。

イツキ「シ、シ、シバさーーーん…!!」

イツキが走ってきて、シバの足元に崩れた。

イツキ「ひ、酷いんです、もう嫌だよ…!!」

シバ「お前、その格好は…」

イツキがすがってくるので、シバは引っ張られて中腰になった。

シバ「お、落ち着け…」

今朝、イツキはいつも通り派手派手な自分好みの服を着てきたはずだ。

それがいま、イツキの着てるものと言ったら…

ダボダボに大きいメンズの白いシャツ一枚だった。

湯冷めして、ちょっと寒そうな。

シバ「お前、服はどうした、服は…」

イブキ「やだ。 なんか可愛い…もしかして、うちの兄貴のシャツ?」

イツキはキッと、イブキを睨んだ。

イツキ「Σそうだよ! ばかでかいの、この体格差、純粋にショックです!!」

シバ「…。」

イブキ「ところでアンタ、何でうちでお風呂入ってるのよ」

イツキ「Σそ、それは…」

シバ「ところでお前、下は…」

イブキ「下…」

 イツキ「…。」

シバ「下…」

イブキ「下…、 えっ」

シバとイブキが、イツキの白い両足をジーッと見つめてる。

イツキはハッとして、シャツの裾を握りしめた。

イツキ「ズ、ズボンを盗られました…」

シバ「盗られた?」

イブキ「ちょっと待って、お風呂よね。そこからここまで歩いてきたの?」

イツキ「あの、迷ってしまって… それで…」


 マツバ「あ〜イツキだ〜!」


イツキ「またあの人に出くわしてしまって… Σって、うわ出た!?」

シバ「また出た…」

イブキ「わかったわ。アレね、またあいつのせいなのね全部」

イツキ「あの、…ハイ」


先程まで玄関で水遊びしてた酔っ払いマツバだが、

風呂上がったもののフスベの家の回廊で迷ったイツキとバッタリ出くわしたので、

出会いがしらの挨拶代わりに、逃げようとするイツキの、

引きずってたズボンの裾をグイッと踏んでみたら、

なんとイツキが転倒して、するっと脱げてしまったようだ。

イツキは退避したが、借りて着てた大きなズボンはそのまま没収されてしまい、

いま、マツバの手が握っている。


マツバ「ズボン忘れてやんの〜!」


マツバは大笑いして反り返ったところで、トスンと転んで尻餅ついた。

マツバ「アハハ!天井は高いな〜!」

シバ「大丈夫か…」

マツバは自覚無いようだが、

噴水プールに浸かって全身びしょ濡れだし、顔の半分は墨をつけられて真っ黒だ。

しかもその顔を汚した墨は、水分と混ざって墨汁となり衣服を流れポタポタと、

先程 使用人が掃除したばかりの床に落ちて、廊下に跡をつけている。

イブキ「あの男ぶっ飛ばす…!」

イブキが ズンズンズン と近づいてって、

マツバ「あれ〜?イブキさんだ、さっき会ったっけ?」

ニコーっとしてるマツバの頭を、


 ボカッ


…と、上からブン殴った。

酔っぱらったマツバはそのまま廊下の床に伏した。

イブキ「さ、行きましょ。イツキちゃん、アタシの服でよかったら貸すわよ」

シバ「…。 (イツキちゃん…)」

イツキ「あ、あの…僕は」

イブキ「その方がイイでしょ?」

イツキ「ハイ」


シバは、停止したマツバを担いでやった。

シバ「先へ行け」

イブキ「Σなにしてんの? 服、濡れちゃうわよ…」

シバ「別に構わん。俺はこいつを、風呂へ落としてくる…」

マツバ「……。」





【屋根の上】


空を見上げて、ワタルが大きく伸びをした。


ワタル「眠たくなってきた」

その横にはハヤトが座ってる。

ハヤト「眠れば」

ワタル「わかるか?実家帰っても、やる事ねぇんだよ… 膝貸せ」

ハヤト「どうぞ」

ワタルはドサッと倒れ込んだ。

ワタル「来年からは正月、フスベ戻らねぇでお前んとこ行こうかな」

ハヤト「それで構いませんよ、俺の方は」

ワタル「フーン…」

ハヤト「何ですか」

ワタル「オレの年間居候スケジュール」

ハヤト「?」

ワタル「正月キキョウ」

ハヤト「うん」

ワタル「春までセキエイ」

ハヤト「はい」

ワタル「春からフエン」

ハヤト「え?」

ワタル「夏もフエン」

ハヤト「う…ん?」

ワタル「秋がフエンからセキエイだろ、で、冬もセキエイで正月キキョウ」

耳慣れない"フエン"に、ハヤトが戸惑ってる。

ハヤト「ワタルさん…フエンって?」

ワタル「ん? ホウエン地方のド田舎」

ハヤト「Σホウエン! って、はあ…」

さすがホウエンの秘境。

ハヤトが良い反応するので、ワタルはちょっと得意になって教えてやった。

ワタル「温泉地でさ、すげぇ田舎なんだが、そこでちょっとした出会いがあり」

ハヤト「…ふうん。」

ワタル「…な、何だよ」

ハヤト「自由でええな」

ワタル「自由でええだろ」

ハヤト「ここん所のオフシーズン、忍んで通ってはった場所はそこでしたか」

ワタル「そー 他の野郎には秘密だからな」

ハヤト「ド田舎って言いましたね…田舎同士、妙に波長が合うんと違います?」

ワタル「それオレとフエンタウンの事かよ オイ」

ハヤトは会話に笑ったが、ふと それを止めた。

ハヤト「そうやって…ジョウトに帰らんようになるんです」

ワタル「何だよ…そんなツラしやがって」

ハヤト「俺、寂しいって言いましたよね」

ワタル「え…」

ハヤト「寂しいんです…」

そういえば先程、皆いる所で"寂しい…"とか言っていた。

ワタル「もしやオレに当てつけた言葉だったんか…全く可愛い奴だよお前は」

ハヤト「俺の膝で寝といて、そういう事いいます…?」

ワタル「あ、オレ…その顔すきだ」

ハヤト「俺もです、ワタルさん…」

ワタル「よしよし、オレのもんだからな。今日からフスベ姓を名乗れ、お前」

ハヤト「…冗談を」

ワタル「Σえっ 」

ハヤト「俺の籍は、父ハヤテと一緒のキキョウですので」

ワタル「…あ。 ハヤテ>>>>>>∞>ワタルですか」

ハヤト「そうですけど、 何か」

ワタル「あ、 うーん…! すんませんでしたー」

ハヤト「いいえー」

…。

ワタル「バカヤロウ!」

ハヤト「Σはい!」

ワタル「オレだってお断りだバーカ!!」


ガラっと。

窓の開く音がした、遠くの洋間からヤナギが顔だしてる。

ヤナギ「そこのガキども、シバがついたで」


ワタル「お! シバか!!」

ハヤト「チッ …邪魔が

ワタル「おいハヤト、オレは シバ>∞>ハヤトだからな!」

ハヤト「はっ…。寂しいこと…」

ワタル「Σだァー!! ヤメロその顔、オレ、昔から、それに弱いんだよッ!!」

ハヤト「ふふ。 (まーた弱点吐いたわ…可愛い奴)」


ワタルとハヤトが居たのは"離れ部屋"の屋根の上で、

母屋とは、中庭を隔てた 長い渡り廊下で繋がってる。

この離れの建物は、実家でのワタルの私室である。

屋根の上には、部屋の窓からヨイショと よじ登る事もできるが、

母屋の2階の窓から、渡り廊下の平らな屋根上づたいに移動できたりもする。

元々は"離れ"なんか存在しなくて、母屋の隅の方の一部屋だったのだが、

過去のとある年、ワタルが帰省したら…実家がいつの間にか大改築されていて、

留守中のワタルの部屋だけ勝手に切り取られて"離れ"として残ってたのである。

当時はワタル…国士無双でだいぶ荒れてたので、

怒って暴れて新しい家を半壊させたのは…地元では有名な話である。





【洋間】


イツキ「……と。いう訳です、散々な目に遭いました」

今度はイブキにお花柄のおべべを借りたイツキが、一連の被害を報告していた。


一同は席につき、洋間の豪勢なテーブルを囲んでいる。


ヤナギ「しっかし、災難やったなイツキ」

イツキ「いきなり襟元を掴まれて、そこからお酒を流し込まれるとはね…」

長老「可愛い子をいじめるとは悪い奴じゃ、全くエンジュはしょうもないのぅ」

みんな優しい。

あまりにも本日のイツキが可哀想なので、

イブキがあげた お花柄ものについては誰も言及しなかった。

イツキ「でも、凄いバスルームでした…ヒノキっていうんですか?」

長老「そう、檜風呂じゃよ。2階のはルネ洋式の風呂じゃ…どうじゃ、入るか?」

イツキ「Σも、もうお風呂は結構ですので…」

長老「蒸し風呂もあるで!」

ヤナギ「なんで風呂場が複数あるんや、無駄なもん造りよって」

長老「ヤナちゃん、一応うち、大所帯やから…」

ヤナギ「あ…」


そこに、ワタルとハヤトが屋根をつたって戻ってきた。

窓から室内に入る際、ワタルがシバの姿をみつけて手を上げた。

目が合ったので、シバも軽く手を上げた。


ワタル「おめ!」

シバ「でとう」


親友同士の気兼ねない新年挨拶に、シバの傍にいたイブキがムカッとした。


ワタル「いよう!シバー!!」

シバ「ご機嫌だな、ワタル…」

ワタル「何だよ、お前もフスベ来るって知ってたら…」

シバ「出迎える準備でもしてくれたのか?」

ワタル「いいや全く」

シバ「お前に期待してない。 そもそも俺が今日の会…ジョウト連中へ声かけした」

ワタル「この騒ぎはお前の仕業か」

シバ「お前が正月帰ると言ってたからな、元日は外すだろうと読んで今日にした」

ワタル「よ、余計な世話を…」

シバ「そうか?皆、ジョウトの昔馴染みだろ…お前を気にかけてるはずと思い」

ワタル「一名部外者」

ワタルがビシッとイツキを指した。

 イツキ「Σわ!!」

シバ「そういう事を言うな、あいつは正月ひとりだとショボくれてたんだ」

ワタル「ショボ…?」

 イツキ「Σ別に!!シバさんが行けって言うから来ただけですー!!」

シバ「そういう事だ」

ワタル「その割には大幅に出遅れたな、声かけ人」

シバ「こ…この"土産"を買いに行ったら、そのまま店先を手伝わされた」

ワタル「あー… なるほど広告塔」

シバ「ワタル、土産だ。 あと他の人も、これはチョウジ銘菓の…


ジョウト一同『怒り饅頭だな』


シバ「Σな、なぜわかった」

ワタル「お前、まんじゅう以外を持ってきた事あったかよ?」

シバの目が泳いだ…。

シバ「お、納めてくれ…」

ワタル「お、どうも」

長老「ヤナギが年賀で"怒り饅頭"はずしたんは、シバタのためかぃ」

シバ「シバです」

ヤナギ「別に。そんなんやない」

ハヤト「これは…うちにまで、ありがとうございます」

イツキ「もう飽きたよ怒り饅頭…」

シバ「なんだと貴様」

ヤナギ「そや、飽きた。なんで儂まで、地元の饅頭 貰わなあかんのや…」

シバ「Σこれは頭首どの、そうおっしゃらず…」

急にシバが、かしこまりだした。

ヤナギ「頭首やめや、普通にヤナギと呼べ」

ワタル「ニンニン」

ハヤト「ニンニン」

イツキ「Σニンニン?なにそれ…」

イブキ「忍者よ」

ワタル「忍者の話題がでたら、鉄則だろ!!」

ハヤト「ワタルさん、戦力外には言っても無駄です」

イツキ「Σジョウト初心者なのでー、説明をいただけますー!?」

ワタル「説明もなにも、忍者だろ」

イツキ「ニンジャ?」

イツキは小首を傾げた。

イツキ「サムライとかゲイシャとかですか?」

ワタル「まじかよ発想がガイジンだな オイ」

イツキ「Σこ、国外暮らしが長かったので…」

イブキ「"ようこそ にんじゃの さと へ"…って知らないの?」

…イツキはポカンとしてる。

ハヤト「忍者や。両人差し指を立ててあわせてみ。そうや、それでニンニン」

イツキ「ニンニン」

イブキ「やだ、可愛い…」

堪らなかったイブキが、ワタルの腕をバシッとブッ叩いた。

ワタル「痛っ !!」

 ハヤト「俺やったら手羽骨折や…」

シバ「イツキ、便乗する必要はないんだぞ」

イツキ「Σ思わず…。 それで、キョウさんはどこにいるの?」


ジョウト一同『は ?』


イツキ「Σえっ 。」


イツキの問いかけに、ジョウト一同は凍った。

それからジョウトの人々はソワソワと不安そうに一番奥のヤナギの様子を伺った。

イツキ「な、なにか僕はマズイこと言っちゃいました…?」


キョウ。

セキエイ四天王・キョウのこと。

もとはカントー地方セキチクシティのジムリーダーであり、毒タイプ。

"忍者"の末裔との素性を明かしており、その一家は代々トレーナーとして、

全く忍ばず現代社会にて活動している。

トレーナー界、忍者といえば…このセキチクのキョウ一家のことである。

ちなみにイツキはセキエイのいわば同僚なので、名前をスッと口に出したのだ。

しかし、このジョウトでは非常にまずい。

実はイツキの目の前に、歴史的に途方も無く有名な、忍者の末裔がいる。

チョウジの人…ヤナギである。


ヤナギ「おめぇ、よう言うたわ」


ワタル「ジジイ、イツキは部外者や。事情を分かってねぇからさ…」

シバ「キョウは呼んでない、絶対にだ。つまりあれだ、混ぜるな危険…」

ワタル「Σそれだ、うまい!混ぜるな危険!!」

イツキ「え。それ…忍者に関することですか?」


ヤナギ「あれは本当か知らんが、風魔や。 俺は、甲賀の末裔」


さらっと、ヤナギが口に出した。

イツキ「?」

見かねたフスベの長老が、助け舟出した。

長老「チョウジタウンはな、忍の里なんじゃ。ヤナギの実家が代々頭首でな」

ヤナギ「そうや、まあ隠す程でもないんやが…今はな、儂はトレーナーやから」

長老「ヤナちゃん、わしに仕えとったんじゃぞ…」

ヤナギ「Σなっ…!」

 ワタル「なんだそれジジイ」

 シバ「初耳です…」

 ハヤト「そうですよね、父から聞いた事あります」

 ワタル「Σそうなんかジジイ!?」

長老「まあ、先祖の昔話や、わしら生まれる前のな」

ヤナギ「当たり前や、なんで儂がテメェなんぞに…」

長老「まあまあ、教えたろうや」

ヤナギ「まあ、フスベがええんなら別に…」


長老「フスベの龍の一族に、チョウジの一族が影として仕えてたんじゃ」

ヤナギ「補足しとく。フスベの龍神を、儂の一族も信仰しとったんや」


長老「"怒りの湖"あるじゃろ、あれをチョウジの一族にまもらしとったんじゃ」

ヤナギ「律義にフスベと主従関係しとったらしい、アホなことや、いまコレやで?」

長老「ヤナギ…子供ん頃は、フスベ様ご機嫌麗しゅうとか言うとったんに…」

ヤナギ「アホか、昔のならわしで言わされとったんじゃ」

長老「そんでわしを見上げる目が気ィ強そうで、可愛かったんじゃ〜…」

ヤナギ「おめぇの昔の渾名を思い出したわ、フスベのバカ殿や」

長老「Σわしかて昔は美男子で名ァはせとったんじゃ、覚えとるかヤナギ!」

ヤナギ「んな化石が生きとったほど昔のことは、記憶にねェわ」

長老「む、無念じゃぁ…」

ヤナギ「はよ成仏せぇボケ」


 ワタル「何てことだ。オレは今日からどうしたらいいんだ」

 シバ「…どうもしないだろう」

 イブキ「ヤナギさんが異様にお若いのも、絶対忍法よね…」

 ハヤト「門外不出の調薬の書があり、不老長寿のものと父が言っとりました」

 イブキ「Σやだ、やっぱり本当…!?」

 ハヤト「や、本当かどうか知りえませんが…」

 ワタル「シバ!オレが、ヤ、ヤ、ヤナギのジジイの主やった」

 シバ「…いまは現代、お前は関係はなし」

 イブキ「アンタは家を出たんだから無関係」


ヤナギ「そうや。おめぇらみてぇなガキに仕えるかボケ」

長老「そや!ヤナギはやらんぞ、わしの忍者じゃからのー!」

ヤナギ「ハア?おめぇにも仕えねぇよ、カネ勘定もろくに出来ねぇジジイが」

長老「だそうじゃ。ボロクソじゃ、おじいちゃんショックじゃ…」

ヤナギ「それに、儂は高ェで」

長老「な、なんじゃて…?」

ヤナギ「ジジイのセコイ小遣いやったら、てめぇでジム開いとった方が銭なるわ」

長老「だめじゃ、おじいちゃん口じゃ絶対ヤナギに勝てんわ…」


イツキ「ちょっと休憩させて下さい、今日はジョウトを詰め込みすぎてます」


ワタル「まあお前には関係ねぇ事だから忘れて構わん」

イツキ「Σそうかな」

ワタル「だってお前が四天王クビになったら、フスベなんか関係無ぇだろ」

四天王、クビ…!

雷がイツキの脳天貫いた。

イツキ「Σクビになんかなりませんよ!僕はのぼり詰めますからね…!!」

ワタル「のぼるだァー?はァー??」

イツキ「い、いらつく。…セキエイですよ」

ワタル「なにセキエイ!…この、王座までか?」

イツキ「も、勿論です…」

ワタル「お前がオレに勝てるとでも?」

イツキ「そのつもりです…」

ワタル「…!」

イツキ「…!」

ワタル「ていうかお前、オレのやった服どうしたんだよ!」

イツキ「Σわー! また話が飛んだ!!」

ワタル「マツバに酒ぶっかけられて、オレが着替えを貸しただろ、その服は!?」

イツキ「あの…」

ワタル「あの じゃ分からん!!」

イツキ「お風呂上がった所で、またあの酔っ払いに遭遇して…不具合が…」

イブキ「アンタの服、デカイのよ!だからアタシの服、あげたの!」

 イツキ「Σ突然 入ってこないでよ、耳が壊れそうだよ!!」

ワタル「何でそこでイブキが出てくんだよ、余計な事すんな!」

イブキ「だってアンタの服、サイズ合ってなかったから… から…」

から…

イブキがモニョりだした…

ワタル「何だ、急に失速すんなよ」

イブキ「か、"彼シャツ"みたいだったわよ…」

ワタル「えっ 」

シバ「ワタル…耳を貸せ」

ワタル「えっ 」


ヒソヒソ…「マツバがイツキのズボンをブン盗った」…ヒソヒソ


ワタル「マツバが イツキの ズボンを ブン盗った」

聞いたままを、ワタルがデカい声で復唱した。

イツキ「Σ !!!(ガーン)」

シバ「なんで口に出すんだお前は…」

ジョウト一同の、憐れむような目がイツキに集まった。

イツキ「こわれた、心がこわれた…」

またしてもメンタル崩れたイツキは脱力しつつもヨロヨロと立ち上がって…、

ワタルの腕をパソパソ殴りはじめた。

しかしワタルにとってはそんな拳、

テロンテロンと撫でつけられてるくらいの感覚だ。

ワタル「彼シャツって何だ」

ハヤトが手を上げた。

ワタル「ハヤト君」

ハヤト「旦那様の着物を、こっそり嫁が拝借する趣向のことです」

イブキ「なんか違うわ、時代錯誤」

ワタル「それ父親の服借りて喜ぶお前の事か」

ハヤト「Σはっ そんな…なんで知ってんや…!!」

イブキ「みんな知ってるわよ、 次ッ!」

ワタル「シバ君、彼シャツ」

シバ「アイロンしすぎの枯れたシャツ」

ワタル「なるほど、それで枯れシャツかー… んなアホな

イブキ「なんと、シバタは真顔よ…!!」

ワタル「ジジイわかるか」

長老「ボーイフレンドのシャツ着たガールフレンドやろ!」

ヤナギ「なに嬉しそうなツラしとんねん、ジジイ。腹立つわ」

長老「Σヤナギがキツい!」

イブキ「そうね、それが正解よ。…やぁね」

ワタル「ほー… Σって、それ正解か!!

ハヤト「彼…シャツ…。父さんの…は、俺のもの」

ハヤトがグッと拳を握った。

シバ「戻れ、ハヤト」


イツキ「無神経すぎる…」


イツキはついに、ワタルの腕にボスっボスっと頭突きしはじめた。

ワタル「何だよテメェ、あ〜…鬱陶しいな!」

ワタルはイツキの頭を掴んで、強引に引き剥がした。

イツキはそのまま机に伏せると、ズーンと落ち込んで動かなくなった。

シバ「そっとしておく。 なにか上に掛けてやれ、心が冷えきってて寒そうだ」

イブキ「アタシのマントとってきなさい!」

イブキが大声出すと、使用人がサッとイブキの部屋から適当なものを持ってきた。

ワタル「何でイブキのマントなんだよ、オレのマントもってこい!」

今度はワタルが大声出したので、

別の使用人が素早くワタルの手元へマントを届けた。

イブキ「なぁによ…それ!」

ワタル「お前のこそ、なんだそれ…!」

イブキとワタルは、互いに自分のマントを握りながら睨み合って対峙した。

イブキ「アンタちょっと貸しなさいよ」

ワタル「お前のも、ちょっと羽織らせろ…」

イブキとワタルは つかつかと歩み寄ると、

イツキの事なんか放り投げて、互いのマントを把握しはじめた。

イブキ「革、あったかそう… ねぇ、強そうでしょ!!強いけど!!」

ワタル「お前のなんだこれ、ヘロヘロじゃねぇか ダッセ!」

イブキ「バーカ、軽いのよ!」

ワタル「バカだけ余計だバーカ」


シバ「…。」

兄妹のやり取りを、シバは無言でみつめていた。

ハヤト「あの…これでよければ」

イツキ「…!」

ぱさっ・・と。

ハヤトが自分の羽織りを一枚、イツキにかけてやった。

イツキ「…なんで」

沈んでたイツキがヒョコっと顔を上げた。

ハヤト「俺が寒がりだから、一枚余分に持ってだけや」

イツキ「…。」

シバ「これは。…役に立てず、すまん」

イツキ「薄っぺらい着物の割には、あったかい。借りとく…ね」

ハヤト「あっそう。」


ヤナギ「見よったか、ジジイの孫ども役立たねェ」

長老「孫どもがすみません、マント会議ええ加減にせぇお前ら!」

長老が注意すると、盛り上がってた兄妹はキッと睨んでドでかい声出した。

イブキ「話しかけないで、今は!!」

ワタル「トレーナーのアイデンティティに関わる事だ!!」


イツキ「その事なんですけど」

すたっとイツキが立ち上がった。

イツキ「ワタルさんのご実家って!意外でした…純・和風で」


ワタル「ア?」

イブキ「アって何よアって、ほんとガラ悪くて、やぁだアンタ」

シバ「持ち直したかイツキ」

ハヤト「…そういえばさっき、何か言いかけてましたね」

イツキ「ハイ」

長老「何じゃイツキちゃん、フスベの家がどうかしたんか?」

イツキ「ここの…ご実家の外観とか造りとか、まさしく日本の城ですよね…!」

ヤナギ「…そうや」

さぁて!文句つけたろ・・と、ヤナギが横目でフスベの長老を睨んで言った。

ヤナギ「あの趣味悪ィ、ルネなんちゃらが無かったら本来は見事なものや」

長老「Σちょ、ちょ、ちょっと待ちや。聞き捨てならんわ」

ヤナギ「何やジジイ?てめぇに聞く耳あったんかい」

長老「ル、ルネは高級インテリアや…!分からんかの、和洋折衷なのじゃ」

ヤナギ「和洋が折衷!」

長老「そうじゃ!」

ヤナギ「は。大層なこった。おめぇん家のセンスは、カス以下や」

長老「Σカ …ス」

イブキ「Σカス 以下。うそー…」

ワタル「Σほらみろ、やっぱルネ買い入れてどうすんだって話」

イツキ「…。」

シバ「皆。どうか、イツキに最後まで喋らせてやってくれ」

イツキ「シバさん」

シバ「お前も早く続けろ、ジョウトの人間はそう長くは待ってくれないぞ」


イツキ「実は僕、ワタルさんのご実家はもっと西洋風だろうと思ってました」


西洋風!

ジョウト一同はポカンとした顔でイツキを見た。


イツキ「ていうか、悪魔の城、ドラゴン城だと思ってました」


悪魔の城!

なんでか、ハヤトとシバが納得して頷いた。

しかしヤナギと長老は首をまだ傾げてる。


イツキ「それが、日本庭園ある和風のフスベ城ですよ…このギャップ!」


ヤナギと長老が顔見合わせた。

ヤナギ「なんでや?ここ、ジョウトのフスベやで…和風で当たり前やろ」

イツキ「あ、あの…ワタルさんの衣装とか…の雰囲気が」

ヤナギ「衣装? ああ…試合ん時の洋装の事か」

長老「イツキちゃんは、若い世代だからワタルのハッタリに騙されとるんじゃな」

ワタル「王者に向かってハッタリとは何だハッタリとは」

イブキ「最近多いのよ、ハッタリ・ドラゴン使い」

ワタル「えっ 」

イブキ「ジムに修業しに来る子とかが、皆アンタの影響受けてるの」

ワタル「ん?それってもしや…」


マント…?


イブキ「そうよ、みんな真似っこしてマントつけて来るのよ…困る!」

ワタル「言っとくが、そいつら全員オレの真似だぜ…な、イブキ」

イブキ「ハ?」

どき…

ワタル「オレの真似だよなァ、イブキ?」

イブキ「何言ってんの?」

ワタル「オレのパクリ第一号のイブキ」

イブキ「誰が誰の真似ですって、やぁね自意識過剰の男」

ワタル「プッ。 ほらみろ、イブキのこのツラ…!」

ワタルが、ガッとイブキの両肩掴んでクルッと振り向かせた。


イブキ「Σ真似 て なん か ない わ よ !!」


ハヤト「まあまあ…。(めっちゃ、顔、汗流れとる…)」

シバ「真似か」

ヤナギ「なんや、真似とったんか…てっきり兄妹で揃え合わせてん思っとった」

イツキ「なるほど!謎が解けました」

イツキがポンと手を鳴らした。

イツキ「この国のドラゴン・トレーナーが、やたらめったらマント羽織ってる謎が」

イブキ「Σやだ。そんな風に思われてたの!?」

イツキ「だって国外出ると違うんですよ、例えばイッシュのソウリュウとか…」

長老「イッシュ地方のソウリュウシテーか、フスベの国際"姉妹都市"じゃよ」

ワタル「えっ 」

イツキ「ああ、そうなんですか…やっぱり珍しいドラゴンの街ですもんね」

イブキ「そうよドラゴンタイプ、どんどん交流して互いに鍛え合わないとね!」


ワタル「ちょっと待て…」


イブキ「待たないわよ うるさいわね」

ワタル「Σオレは聞いてねェぞ!何だ姉妹都市って、勝手に決めやがって!!」

長老「1年・2年くらい前かのー…むこうの市長から申請あってな話進めとるんじゃ」

イブキ「フスベもついにグローバル化よ、ちなみにアンタ、親善大使よ!!」

ワタル「Σえっ 」

長老「そうじゃワタル、お前が親善大使じゃからな。リーグ終わったら…飛べ!」

ワタル「何だそりゃ、ますます聞いてねぇぞ」

イブキ「あっちで適当に愛想ふって回って、フスベを刷り込んできなさい!」

長老「ついでにコッソリ不動産みてきてや〜」

ワタル「Σ王者をフスベのパシリにするなよ!?」

ヤナギ「また銭か。ぼちぼち ええ加減にせぇよ、フスベのおめぇら…」

ハヤト「でも楽しそうで…ええなぁ国外か。キキョウは上が頑固やからな…」

シバ「しかし大変だな、お前に"愛想"はハードルが高いぞワタル」

ワタル「畜っ生。強欲ジジイどもに先越されたぜ…」

シバ「?」


ワタルは決めてたのである。

ワタルお気に入りの地ホウエン・フエンタウンと、

ワタル出身の地ジョウト・フスベシティで姉妹都市させておいて、

更に!自分が掛け橋する観光大使に就任しようと勝手に企んでたのだ。

まあ、企んでただけで…ただのワタル・ジョークなのだった。


長老「国際的な大使じゃからの、そん時のワタルの衣装はジャポンで和服やな」

ヤナギ「ジジイの妄想が止まんねぇな」

長老「最近はのぅ、ワタルもイブキも全く着物を着んようになってしもうた…」

イブキ「ちょっと。今日着てるわよ振袖」

長老「特にワタル」

ワタル「和服は小せぇ。丈と裄が無ぇから、もう着ねぇよ」

 ハヤト「俺はワタルさんの和服姿…久しぶりに拝見したいです」

ワタル「ほらみろハヤトがー…   」

…と、言いかけてワタルがハヤトの方に顔向けた。

ワタル「え。 …まじで?」

ハヤトも じっと見つめてる。

ハヤト「凛々しくて…、」

二人のあいだに、なんとも微妙な間があった。

ワタル「ひ、久しぶりに着ようかな…」

ワタルが照れて視線を外した。

ハヤト「では。 キキョウの呉服屋にてお待ちしてます…」

ワタル「Σなんや…地元の営業か…シメるぞハヤト」

ハヤト「でも、子供ん頃はよう着てはったやないですか!」

ワタル「飽きたっ!!」

黙って聞いてたイブキが、プハッ!と噴き出した。

イツキ「いや、でもワタルさんに和服のイメージって わかないなぁ…」

ハヤト「えっ、とても似合いますよ?」

イツキ「えっ、そうなの?」

ハヤト「ただ、そん時にはこの桃色の頭は、地毛の赤へ戻してもらいます!」

ビシッと、ハヤトがワタルの頭髪を指した。

ワタル「嫌だっ!!」

長老「残念じゃの〜残念じゃ、フスベの若者なんに…ワタルめ」

ヤナギ「別に好きなもん着てりゃええやろ、いちいち干渉すんなや」

長老「ヤナギが洋装好みやから、うちの孫そそのかしたんじゃろ…」

ヤナギ「Σなんでや」

長老「フスベの後継者が洋装なんて、無いわ〜…」

ヤナギ「Σてめぇ、さっき和洋折衷などとホザいとったのは誰や!」

長老「ふん。もうルネ収集は止めじゃ、次は和の極みじゃ!大改装するぞぃ!!」

イブキ「えー…アタシ、ロココがいい」

長老「Σろこ、な、なんじゃてイブキ…?」

 ワタル「ろ、ろここ…?」

 シバ「なんだそれは、うまいのか」

イツキ「ロココですロココ調、びっくりした意外と乙女だ…」

イブキ「でもロココをつめると、ルネ式になるのよねー…」

イツキ「ルネだね… ア!ワタルさん達、ルネはルネでもルネサンスでは無いよ?」

イブキ「無駄よ。わかる訳ないじゃない華やかなロココやルネ」

 ワタル「?なあ、ろここ…?」

 シバ「?ろここ…るね?」

 ワタル「?ろこ…煮詰めると…こるね?」

 シバ「?こるね…ころね…!」

 ワタル「ああ、コロネ」

 シバ「なんだ、菓子パンか」

イツキ「ふー…。ワタルさんはメダカの学校、何の主席だったの」

イブキ「ごめんなさいね、こういう部族なの」

イツキ「ハーイ、大和男児ご立派だね」

ハヤト「まあ実体はこんなで。確かにフスベを知らん人からすれば誤解するでしょう」

イツキ「ワタルさん達の、あの衣装が西洋風なだけだったんですね…」

長老「イツキちゃんも、ワタルにドラゴンのイメージ植えつけたられたひとりやな」

イツキ「ええ?」

シバ「ワタル以降、ドラゴンのトレーナーが増えたし…マントもよく見るようになった」

長老「昔に比べりゃ増えたかのぅ〜」

ヤナギ「ジジイん所のジム、儲かってるんが証拠やろ」

イツキ「しかしドラゴンのトレーナーって、雑魚でもやたらエラそうにしてるよね」

 シバ「雑魚…"でも"…!」

イツキ「だってセキエイに来ても、我がモノ顔で道のド真ん中歩いてるし!」

ワタル「それオレの事か?」

イツキ「Σわっ、雑魚だよ。雑魚トレーナーの奴ら!!」


ワタル「確かにドラゴンは増えたが他のタイプに比べりゃ少ない」


イブキ「ドラゴンのトレーナーって、頂点か底辺の二極なのよホント」

ワタル「誰が頂点だってェ?」

イブキ「アタシよ」

ワタル「ハァ? 無理無理、笑えすぎて腹痛ェ〜!!」

イブキ「あら痛いのお腹? 叩けば治るんじゃない叩けば?」

ワタル「Σぐお」

シバ「…。」

イツキ「なんて冷めた目なんだシバさん…」

長老「ドラゴンを育てようと思っても…だんだんと持て余してくるようでな」

ヤナギ「うちのジムにもドラゴン連れてくる奴たまにおるねんけど…駄目やな」

ハヤト「ヤナギさんのジムなら氷ですよね、タイプ的に不利やから…」

ヤナギ「そういうんと違う。儂も見てて思う、育ってきたんと心が繋らなくなっとる」

イブキ「それはトレーナーがヘボイのよ

ワタル「真理だ」

ヤナギ「そやな。やっぱ一般やったら、ある程度いったドラゴンはついてこねぇわ」

長老「レベル上がってくるとな、どうも主人が見限られてしまう」

ワタル「半端な野郎は、ドラゴンの方に捨てられちまうって訳だ!!」

ハヤト「…別にドラゴンに限った事やないですよ、鳥だってそうです」

ワタル「鳥っ!」

ハヤト「Σなんで鳥で笑うんですか!」

ヤナギ「まあ勿論、氷かてそうやが…ドラゴンは少し特殊や思うで」

長老「なんじゃ、ヤナギに持ち上げられると気持ちが悪いのぅ…」

ヤナギ「ドラゴンの事や。テメェの事を持ち上げたんとちゃうわボケ」

長老「…照れんなや」

ヤナギ「Σ照れてねェよ!!」

イツキ「エスパーは…あの、あんまり無いかな」

ハヤト「Σお前。この、流れ…!!」

イツキ「僕らエスパーはね、主とポケモンの波長が合ってるケースが多いんです」

シバ「エスパータイプのトレーナーは、自身もエスパーの潜在者である率が高いな」

イツキ「そう、シンクロする。有名なのがヤマブキ…カントーのナツメだね」

シバ「…。」

ワタル「お、シバの苦渋の表情」

イツキ「あ、ヤマブキジムの因縁ですか!」

シバ「昔の事だ」


カントー地方、ヤマブキシティ。

エスパータイプ専門のヤマブキジムがあるのだが、

ひと昔前には もうひとつ、"格闘タイプ"のヤマブキジムというものがあり、

何故だかひとつの街にふたつ、ポケモンジムが存在していた。

両者互いにヤマブキのジムはこちら!と、看板を立てていたのだが、

ある年、この長年の対立についに決着がついた。

エスパーと格闘、両ジムのジムリーダーがバトルで対決した所、

…あっさりエスパータイプのジムが勝利した。

エスパーの方のジムリーダーの名前はナツメ。

スプーン曲げなど、強力な超能力を持つ事で有名な少女だった。

こうしたわけで、現在 ヤマブキジムとはエスパータイプである。

一方、敗者の"ヤマブキ格闘ジム"であるが、

敗北以来 ポケモンジムとの看板は出せなくなったものの、

今は"ヤマブキ格闘道場"と名を改めて格闘修行の場として残っている。

四天王シバとは親交がある。

シバは修業時代、一時期身を寄せてた事もあったので、複雑だった。

真剣勝負である。成るように成っただけ…と解かってはいるのの、

自分がその時動けなかった事を…未だにちょっとだけ、心残りにしてる。

これは余談だが。

現在シバは、オフシーズンになると格闘ジムに顔を出す事があるのだが…

実は"ヤマブキジム"と"ヤマブキ格闘道場"、

両者の立地がなんと…目と鼻の先である。

よって、シバが道場目指して通りかかった時に、

お隣のエスパーのジムの方から偶然ナツメが出てきて、

これが鉢合わせなんて事がよくある。

そんな時、シバは苦手意識からか…思いっきり固まるので、

それではいかんと、それを何とか改善したいと思ってる。

…実はナツメの方に偶然なんてことはない。

その日シバが、そこを通りかかるのなんか何年も前から知っていたので、

予知したタイミングにあわせ、珍しくフラッ・・と外出を気どるのである。

何せシバ、ナツメを見て固まった様子が何とも可愛いのである。

本人知らずのうちに、毎度毎度ナツメにからかわれているのである。

というわけで昔、シバがジム同士の対決に一枚噛んでたとしても…

多分結果は変わらなかったと推測する。


イツキ「ナツメは強力なサイキックだから…彼女はエスパー界随一だと思う」

ワタル「エスパー界」

イツキ「あ!いま小馬鹿にしましたね!!」

長老「なんじゃなんじゃ、怪しい集会みたいじゃのぅ」

ヤナギ「黙れジジイ」

シバ「イツキ、続けるんだ」

イツキ「ハイ。ナツメの場合、とても珍しいサイ能力者で、PKとESP両方を持って…


一同『…。』


イツキ「ダメか。エスパー界の事情はやめとこうか…」

マツバ「……他に。 例えばイッシュのカトレアさんなんかは強いPKの持ち主だね」

イツキ「そうだね、彼女は自分の能力を制御できないケースがあって…Σあ!!」

マツバ「……ちなみに僕は。 ESP…超感覚の人間だそうです」

イツキ「そ、そうですね…千里眼ですよね」

マツバ「……で。 君は?」


ワタル「君は?じゃ、ねぇよ…いつ湧いたんだマツバ」


ジョウトの面々の中。

その場の誰も気づかなかったが、

いつの間にやらマツバが混じって溶け込んでいた。

確かシバが担いで風呂場に置いてきたのだが、

酒が抜けたようでシラフな状態に戻ってキョトンとしてる。

マツバ「……え。 結構前からこの場にいたよ、チョココロネあたりから」

シバ「ろここ か!」

マツバ「あ。 シバさんか、あけましておめでとう…」

シバ「先程、すでに会った」

マツバ「……会った。 記憶にない」

ハヤト「ほんまに誰も気づかんかった…マツバ、存在感無さ過ぎます」

マツバ「……うん。 よくいわれる、幽霊みたいって」

ヤナギ「おめぇ…なんや風呂浸かってきたんやろ?」

マツバ「……はい。 なぜか、気づいたら湯船に服のまま落ちてました」

ヤナギ「にしては血色悪ィな…顔」

マツバ「……そして。 何故かあたまが重い、ずきずきする」

イブキ「あら、なんでかしらね」

マツバ「……こちらの家の、着物をいただいたので着てますありがとう」

長老「それワタルの着なくなった着物やな」

シバ「ワタルの部屋の箪笥から拝借したぞ、許せ」

マツバ「……なぁんだ。 ワタルさんのか」

イブキ「世話焼きね、シバタ」

ワタル「Σお前らそんな勝手に…! おい、ありがたく着ろよ!!

マツバ「……。 似合う」

ハヤト「はい、似合う。品があります」

ワタル「な…」

ハヤト「マツバ、黒似合いますね」

ワタル「Σそ、そうか!?そりゃあ良かった良かった…フ ン!!」

シバ「何だか悔しそうだなワタル…」

ワタル「シバ君、オレはリーグの後半期間、和服キャラでいこうかと思うんだが」

シバ「無理をするな」

イツキ「どこの層のウケ狙いですか、ハヤトですか」

ハヤト「え?」

マツバ「……僕も。 釣れるよ」

ハヤト「ワタルさんが着れば、トレーナーの間で和服ブームがきそうや…と、なると」

ワタル「Σそう!その通りだ凄いだろう!!」

マツバ「おおきに」

ハヤト「おおきに、どうも」

ワタル「…ん?」

マツバ「うちの地元産業がうるおうよ」

ハヤト「ワタルさん、エンジュの呉服ばっかやなくて、ぜひキキョウにも…!」

ワタル「な…にィ」

ヤナギ「おめぇはどこ行っても金づるやな、ワタル」


ワタル「Σやっぱ和服は着ねェ!王者ワタルといえばマントだ!!」


ワタルはでかい声で怒鳴ると、踏ん反り返って荒っぽく着席した。

イツキ「ドラゴンタイプとマントのご関係は今日の授業でよーく解かったよ」

マツバ「……そう。 ワタルさんは、この国にドラゴンを定着させてしまった人」

長老「良く言えばな。悪く言えば、フスベの伝統ぶち壊しにした男じゃよ」

ワタル「Σうお。 なんだジジイ」

ヤナギ「また和服の話か?執念深いジジイやな」

長老「元来フスベは和の龍(りゅう)の一族じゃ。竜(ドラゴン)は輸入もんじゃ」

ワタル「確かにタイプの総称、"ドラゴン"は海外から入ってきたのだが…」

イブキ「別にいいじゃない、グローバルの時代よドラゴンドラゴン」

ワタル「ドラゴンのが、カッコイイ!!」

イブキ「同感、カッコイイ!!」


マツバ「……きみたちは。 それでもフスベの民なのか」


ワタル・イブキ『Σげ』

なんだかマツバが静かに怒ってる。(気がする)

マツバ「……龍の一族に生まれて。 それでいいのか」

長老「全くその通りじゃ、もっと言ったれエンジュの」

マツバ「……龍神信仰の聖地フスベは、きみたちの代で終わりだな」

ワタル「まーたその話か、うっとおしいな坊主」

マツバ「……鳥神たちの秘密を、きみたちは受けついでいくのに」

イブキ「そんな恨めしそうな目で見ないでよ…アンタには協力する約束したでしょ」


イツキ「ちょっとみんな。待って下さい、どうしたんですかこの人…」


ヤナギ「ホウオウとルギアって知っとるか?マツバが熱中しとる伝説や」

マツバ「……そのために僕は生きている」

イツキ「ジョウトのホウオウは分かりますよ、ルギアというのは確か…」

マツバ「……知っているのか、きみ」

イツキ「ルギアってエスパーの巨鳥でしょ、少し前に映画にもなったし…」

ハヤト「それは創作、ジラルダン氏の小説ですよ」

マツバ「……む。」

ジラルダンと聞いて、マツバがあからさまにむくれた。

ワタル「龍だぜ、龍!」

イツキ「存在するんですか?昔話の伝説のポケモンって、ほぼインチキじゃん」

マツバ「……。」

イブキ「Σアンタ四天王のくせに、一般人並みのコメントね」

ヤナギ「まあ、ちゃんと実体おる本物なんか、米俵ん中の米粒程度やねんから」

長老「なんじゃその例え…」

イツキ「あ…そういえば偶然にも、ジラルダンはルネ系の人だよね」

長老「ジラルダン…!そうや、ルネ出身のコレクターじゃ」

イブキ「実はうちのルネ芸術、ジラルダンに仲介してもらったのよ」

ワタル「Σなぬ。 (ま、またオレの知らぬ間にあれやこれやと…)」

長老「少し昔のことや」

しかく。かく。しかく。かく…。

長老はジラルダン氏の、奇妙なモミアゲの形状を思い浮かべた。

長老「あのルネの文豪な、どこで聞きつけたんかルギアの件で取材に来たんや」

イブキ「ちなみにその頃…もうアンタは、フスベの家を出てたわよ!」

ワタル「だろうな…オレは全然知らねェ…」


長老「ほんならちょいと、ルギア-爆誕- 教えたろうかのぅ…!」





つづく