新春フスベB



ワタルが家の玄関扉あけて入ると、後に続いた人々は驚愕した。

例の巨大ルネ芸術だ、素っ裸の美少年像が客を見おろし微笑んでる。

ホウエンの富裕層だと、ああなるほどお宅もルネですか〜…くらいの事である。

しかし、そのルネ的なものに免疫無いジョウトの人々にとっては、

全くの不意打ちである。


ヤナギは怒った「何で男やねん」、真っ先に。


ワタル「ホウエン地方のルネ芸術だとよ」

ハヤト「なぜ、玄関に置いたんです…」

マツバ「……。 高かった?」

イツキ「凄い成金趣味ですね」

ワタル「うちのジーサマとイブキが買い漁ったんだと、家じゅうこんな調子だぜ」

ヤナギ「お前んとこ稼いだ銭、他地方もってかれとるやないか地元還元せぇボケ」

ワタル「Σオレは知らねぇ!!」


 ハヤト「これだ…。」

ポツリ、とつぶやいた。

少年像を見上げるハヤトの様子が変わってる。

 ハヤト「ルネの人に…頼めば造っていただけるんでしょうか…」


…。

いま一瞬、静寂な間があった。

ワタル「Σおーいハヤト!恍惚したツラしやがって、何か良からんこと考えてんな」

ハヤト「あの、ぜひ、うちの父の像を…!」

危ない!目が爛々と輝いてる。

ワタル「Σでたー !だめだろ絶対だめだろ!!」

マツバ「……いいな。 ハヤテさんの像なら僕も欲しい」

ワタル「マツバ、便乗したらマズイ一線てもんがある」

マツバ「……じゃあ手乗りサイズで。」

ハヤト「張っ倒しますよマツバそんな、そんな手乗りサイズなんて…か、可愛え…」

ワタル「Σ想像して赤くなった!!」

イツキ「でも確か、ルネの美術品は凄く高価だったと思う…よ」

ヤナギ「ほんまか、…なんぼ。」

ワタル「まだ領収書をみてないのだが、我が家の出費は…」

マツバ「……おく。」

ハヤト「Σ億!?」

イツキ「Σいや有名な物ではなさそうだから、絶対そこまではいかない!?」

マツバ「……おく。」

ハヤト「これが視えたようです、ワタルさん」

イツキ「じゃあ騙されましたね」

ワタル「Σヌあにィー!!またボッタクられとったか実家一族!!」

ヤナギ「頑張れや、ワタル。お前なら払える」

ヤナギが冷たく笑って言った。

ワタル「いまは良いぜいまは、オレが稼げなくなったら路頭迷うわ実家一族…」

ワタルはゲンナリと頭を抱えた。

ハヤト「うちでよければ来て下さい」

マツバ「……うん。 エンジュには

イツキ「一回、破産させちゃいなよ」

ワタル「Σだめや…チャンピオン・オレのメンツってもんが…」

イツキ「ふーん (ワタルさんかわいそう)」

ヤナギ「おい、正月やで。やめろや、縁起でもねぇ」

ワタル「ひ、人ごとやと思って…」

ヤナギ「そや、人ごとや。(お前らなら大丈夫や)」

イツキ「Σ厳しい」

 ハヤト「いや。素直じゃない」

 マツバ「うん。素直じゃない、むしろ凄く気にかけてる」

ヤナギ「Σやかましい」

ワタル「ジジイ〜。オレの面倒みてくれ、チョウジに生まれたかったな…」

ヤナギ「別に構わんが、チョウジの儂のもとやろ?」

ワタル「おう、ジジイのとこの門下生か!」

ヤナギ「ドラゴン使いが、"こおり使いのワタル"…になるで」

ワタル「Σうわっ 死ぬほどダッセェ!?」

ヤナギ「Σださいとはなんや!!」

ハヤト「キキョウに移住したらどうです?」

ワタル「鳥使いのワタル!!」

ハヤト「うーん…やっぱ鳥使いならハヤテ。かハヤトですね…ふふ」

マツバ「……エンジュ

ワタル「ゴーストか。妖術使いのワタル…ダセっ

マツバ「……には、来ないで」

ワタル「Σ来ないで!?」

イツキ「どうしよう、どうしよう…じゃあ超能力の…」

ワタル「エスパーワタル」

ヤナギ「フッ 死ぬほどダッセェ…」

ワタル「Σエスパーワタル!!エスパーワタル!!」

イツキ「あ、気に入ったんですか…サイコの技マシン、使います?あるよ」

ワタル「やべェ、サイコソーダの業者っからギャラ入るわ」

イツキ「…入りません。」

ヤナギ「おめぇ、エスパーってガラか?」

ハヤト「ワタルさんエスパー、一番きびしいとこですね」

マツバ「エスパー…ワタル…」

ワタル「だがな!破壊光線、キマらなくなるだろ やっぱ嫌だ!!」

ハヤト「なら。コガネさんのノーマル、どうです?」

マツバ「……ノーマルワタル。 クス」

ヤナギ「そりゃあかん、いやええわ、ノーマルワタル…フッ」

イツキ「ノーマルワタル…ひ弱い。でも衣装はマントありでね、 フフフ、フフ」

一同、声を押さえて堪えてプスプス笑い出した。

ワタル「…。」


 長老「ワタルはやらんぞ、フスベの名誉市民じゃからの〜!」


ワイワイやってる声に気づいて、奥からフスベの長老がでてきた。

ワタル「お! これ、うちのジジイだ。 イツキは初めてだろ」

ワタルが親指グィっと上げて紹介した。

イツキ「Σワタルさんのお爺様ですか!?(やっぱり身長高いなあ…)」

長老「そうじゃ。わし、ワタルのお爺様じゃ(可愛えぇ子じゃのぅ…)」

ヤナギ「待て待て、まず揃って挨拶や」

ヤナギが指差しながら、立ち位置の指示を出した。

長老「おお、ヤナちゃん!相変わらず若いのぅ、元気しとったか」

ヤナギ「テメェ、待てつってるやろが、ジジイ!」

長老「Σこらー!ジジイとはなんじゃ!!」

 ワタル「…なんやかんだで一番言葉遣い酷ぇの、ヤナギのジジイだ…わかるか」

 イツキ「…みたいですね」

 ハヤト「…ワタルさん昔からヤナギさんっ子でしたから、もろに影響でとりますわ」

 マツバ「……うん。 言葉遣い似てるよ」

 イツキ「…でもセキエイでは標準語だよ、ワタルさん」

 ハヤト「…フスベのド田舎出身、必死で隠しとるんですよ」

 マツバ「……うん。 そういうトコかわいい」

 イツキ「…確かに、ご実家…驚くほど山奥だもんね。可愛いね」

 ワタル「お  お前ら〜?ど〜にも言葉が過ぎるんじゃねぇか!?」

 一同「Σ…しっ。 (閉口)」


ヤナギ「フスベさん、おめでとうございます」


ヤナギは一連の流れを無視して合図を出した、

ハヤトマツバイツキがそれにあわせてお辞儀した。

一同『おめでとうございます!』

長老「うむ…」

長老はもの欲しそうな顔で、ヤナギの頭の上の方をジーっと見てる。

顔を上げたヤナギがそれに気づくと、長老はサッと視線を変えた。

ヤナギ「?」

長老「じょ、ジョウトの若い衆は礼儀正しくてええ子じゃの〜」

ワタル「だろ!!」

ヤナギ「あほ。お前んこととちゃうわ」

ワタル「ジジイだってジジイだろ」


長老は、心のそこで思ってた。

ふさふさで… えぇのう。


ワタル「ジジイ、ハヤトから土産もらったぞ土産!!」

ワタルがドーン!と風呂敷包みの物を見せびらかした。

ヤナギ・長老『どっちのジジイや!?』

ワタル「う、うちのジジイの方…」

 イツキ「Σ(ワタルさんが怯んでる…)」

先程、ハヤトが到着してすぐ手渡したキキョウ年賀で、

中は重箱なのだが、ワタルがずっと持ってたため、

ズレたり引っくり返ったり、ヘコんでたりした。

ハヤト「…俺、中に寿司入ってるって言いましたよね?」

ワタル「食えるだろ?」

ハヤト「実はそんな事もあろうかと、もひとつ有りますんで…」

マツバ「……僕も。 隠して持ってきた」

イツキ「僕ケーキもってきたよ、ワタルさんの好きなの」

ヤナギ「みんな分かっとるんや、お前のガサツさな」

ワタル「お前ら全員、ブチ負かしてぇ…」

長老「物騒な孫が、今年も迷惑かけると思うんじゃが、宜しくしてやって下さい」

ヤナギ「適当にな」

長老「ヤナさん、今年も伊達っぷりやの」

ヤナギ「アンタは何や、自分んとこの玄関にあんな気色悪ィ男の像、置きよって」

長老「あれな!ルネ芸術なんじゃよ〜せれぶりてぃ じゃろ!」

ヤナギ「あほ、金額いうてみい。ボッタクられたようやないか」

長老「ヤナギ、ありゃ転がすんや。ワタルの実家飾った美術品やで価値上がるわ」

ヤナギ「おめぇは!ワタルで商売すんの、ええかげんにしろや!」

長老「Σワタル〜おじいちゃん、怒られてもうたわ」

ワタル「Σジ、ジジイ〜!!オレの心の代弁ありがとう!!」

ヤナギ・長老『どっちのジジイや!?』

ワタル「Σヤナギのジジイ方のだよ、もう面倒くせぇな!!」

イツキ「ジョウトって疲れる…」

ハヤト・マツバ『よくあるよくある』





【客間のコタツ】


ワタルの家の中、案内され 一通りルネ見てぶったまげた所で、

一同は、客間に通された。


ヤナギ「ようやくまともな部屋あったわ」

ハヤト「やはり和作りが落ち着きますね、うちもそうですけど」

マツバ「……ハヤトの家。 鳥くさい」

ハヤト「Σえ そうですか…!?」

ヤナギ「あれでも香焚いてごまかしとるんや、悪くいうなや」

ハヤト「ヤナギさん…それ言うたら元も子もないですわ…」

イツキ「でもワタルさんのご実家って、意外でした」

ワタル「なにが?」


今度は客間のコタツでゴロっとしてるワタルが顔を向けた。


イツキ「Σこ、こんなくつろいだワタルさん初めて見た!!」

ハヤト「ワタルさん、イメージダウンやそうです」

ワタル「いいんだよ、正月正月」

マツバ「……シャキッとしないと。」

ワタル「は!? お前だけには言われたくねェ」

ヤナギ「まあ外おる時は、気ィ抜けん奴やねん。家くらいは勘弁したってや」

イツキ「ハ、ハイ…」

ワタル「なんだイツキ、オレの隣が良かったんか?」

イツキ「いやー・・別に」

ハヤト「それやったらワタルさん、俺が隣じゃ不満でしたか」

ワタル「ん? まさか〜 ハヤト、ひざ貸せ膝」

ハヤト「はい」


膝枕。


ワタル「寝るぜ」

ハヤト「おやすみなさい」

マツバ「……じゃあ僕も。 寝る」

ヤナギ「ほんなら儂も、横なるか…」


全員が、ゴロっと寝そべりだした。





ZZZZZ…


イツキ「え っ」





ZZZZZ…


イツキ「なにこれ」





ZZZZZ… !!


ジョウト一同『Σはよ起こせやボケ!!』


イツキ「Σえええええ!?わからないけど、何か怒られた!!」


ワタル「まず、"なんで膝枕"って突っ込めよっ!!」

ハヤト「それから、"膝枕しちゃうのハヤトさん"って突っ込めっ!」

マツバ「そして、"マツバさんあなたもですか"って突っ込んで…」

ヤナギ「最後に、"ヤナギさんお前もかぃ!!"って突っ込めやっ!」


イツキ「待って、待ってメモしますからジョウト初心者なんで…」


ワタル「ふー…、冷や汗かいたわ。にしてもハヤト、柔らけぇな」

ハヤト「はっ、そんな動かんで下さい。ワタルさん髪が硬い…」

マツバ「……うん。 ハヤトは柔らかい」

ヤナギ「ほんまか、若ぇ頃の儂と一緒や。どえらいこっちゃな」


イツキ「…! …!」


ジョウト一同『 いまッ!! 』


イツキ「だめだ、わからない!!もうやだ!!」


ワタル「…イツキ、何でうち来たん?」

イツキ「いやまさか格式高いジョウト地方がこんな場所だと思わなかったので…」

ワタル「お前、土産でケーキ持ってきたんだろ?食おうぜ」

イツキ「ハイ、どうぞ」

ヤナギ「お。切り替えは早い子やな」


イツキ「ワタルさん御用達のヤマブキのパーラーで用意させました」


ワタル「…わかってるな、イツキ」

イツキ「多分、5個くらいワタルさんが食べちゃうから…足りるかな?」

ワタル「全部でもいいぜショートケーキ、つかホールで買ってこいよ

ヤナギ「高そうな洋菓子やわ…。今日、何人来るん?」

イツキ「やっぱ足りなかったかな… ワタルさんフォーク使って下さい…」

ハヤト「あ、そうだ俺のも開けて下さい。寿司なんですけど…」

マツバ「……八つ橋。 ソーダ味」

全員の目線がマツバの手元に集中した。

ヤナギ「Σなんで生八つ橋が青色なんや!!」

マツバ「……これ。 修学旅行で来る学生に人気で」

ハヤト「何で全てソーダ味にしたんですか、色々いれて貰えばよかったのにマツバ」

マツバ「……うん。 それお店の人にも言われた」

ハヤト「自分で用意したんですか…」

マツバ「……いや。 置き屋 の小さな女の子にお遣い頼んだから」

ヤナギ「おめぇな、新年早々ハメ外しとったんやないか?」

ハヤト「そうです!大晦日元旦 飲み歩きですよ!叱って下さい、ヤナギさん」

ヤナギ「マツバお前、ええ加減にせ…

マツバ「Σでも! 昨日は確かワタルさんも一緒だったけど…」

ここで想定外の名前がでた。

ワタル「Σギクッ !」

ワタルが飛び起きて、マツバの肩を抱えて連れてこうとした。

ワタル「マツバ君、オレの部屋が離れにあるんだがどうかね…」

マツバ「……?」

ヤナギ「はあ〜……」

ヤナギが深いタメ息をついた。

ヤナギ「ったく、おめぇら悪ガキ2人はどうしようもねぇな…」

逃げるタイミングが合わなかったワタルとマツバは戻ってきて、

ヤナギの前に揃って正座した。

イツキ「Σ(ワタルさんが正座してる…)」

ワタル「さあジジイ、何とでも言いやがれ!!」

マツバ「昨夜は楽しかったね、あんまり覚えてないけど」

ワタル「いや、お前最後は見境なくババァの大女将口説いてたぞ」

マツバ「……僕が? そんなばかな」

ワタル「窓からわめくは、机返すわ障子破るわ階段からコケるわ…大損害だぜ」

マツバ「……ワタルさんが。」

ワタル「Σお前だ!!」

ヤナギ「何をわめいたんや、迷惑な…」

ワタル「えーと、ゴホン。… "おばけ〜" って」

客間が静まり返った。

ワタルはちょっと赤くなった。

マツバ「……はてな。」

マツバがカクンと小首を傾げた。

ワタル「Σお前のアタマが はてな だ!!」

ハヤト「…あ。さっきイブキちゃんが疑っとったのこの事ですか」

ワタル「イブキには言うなよ。正月帰るのやだから、エンジュ寄って一泊したんだ」

マツバ「……うん。 いつの間にかワタルさん消えてたね」

ワタル「Σ潰れたお前の介抱面倒だから、置いて帰ったんだよ!!」

マツバ「……記憶に無い。」

ワタル「タチ悪いわ…酒癖も悪い」

ヤナギ「トレーナーはもっと自己管理せぇ!!」

ワタル「スミマセンデシター。でもオレは呑まれてねぇからな!」

マツバ「今年は気をつけます、呑んでも呑まれるな」

 イツキ「ソーダ味、ふしぎな味がする…」

ワタル「喰ってる」


 長老「でもな、ヤナちゃんも昔はハチャメチャやったぞ」


客間に長老が入ってきた。

再び、その手に電話の子機を持っている。

長老の後ろから、フスベの家の使用人が一人ずつ点てた茶を持って入ってきた。

ヤナギ「抹茶か」

ヤナギがつまんなそうに眺めた。

長老「ワタル、ヒワダのガンテツさんからお前に電話や」

 ワタル「オレ?」

ワタルが立って電話を受け取った。

 ワタル「何でみんなオレが帰省しとるって知ってんねんや… もしもしジジイ?」

ブツクサ言いながらワタルは廊下へ出てった。


イツキ「うわー… あのワタルさんが普通のお兄さんになってる…」

イツキは信じられない顔してワタルの背中を見送った。

ヤナギ「セキエイおるときはクソ生意気やろワタル、すまんな…」

イツキ「Σあ、いえ…ケ、ケーキ食べて下さい!!」

ヤナギ「うん、いただく」

抹茶みた時とは一変、機嫌よさそうな表情だ。

イツキ「(洋風好みなのかな…)」

ヤナギ「ああ、そうや。」

イツキ「Σ伝わった!」

長老「…そやそや、ちょっと話すかの」

ワタルの代わりにやってきた長老はヤナギの傍に腰をおろした。

ヤナギ「なに話すんや」

長老「ヤナちゃんの事な。ジョウトの娘3世代、ヤナギストっていうやろ」

イツキ「ヤナギスト?」

ヤナギ「ジジイやめろや、そんなアホみたいな話」

長老「婆さん母さん嫁はん娘はんのジョウト3世代な」

ハヤト「それ4世代なっとります」

長老「若ヤナギのブロマイド。娘さんらは皆、タシナミとして持っとるんじゃ…」

ヤナギ「んなもん、破り捨てろ」

イツキ「僕もそれは知ってます、雪みたいに白い美男子ヤナギさんでしょ」

ヤナギ「…そら写真、当時は白黒やからな」

長老「照れんなや」

ヤナギ「Σ照れてねェよ」

長老「わしも持っとる」

ヤナギ「なんでやねん、おめぇジジイやろ」

長老「…昔はのぅ、可愛ぇかったんや」

ヤナギ「なんでシンミリしてんのや」

イツキ「Σわかります。わかります、面影ありますもん」

長老「ただ顔可愛ぇのに性格キツイわ、口悪いわで…まあそこも魅力やったな」

ヤナギ「…何十年前の話やボケ」

長老「フスベとチョウジの昔話じゃ…って、なんべんボケって言や気が済むねん」

ヤナギ「まだ言い足りんわボケ」

マツバ「……ブロマイド。 僕も持ってるよ、というより家にある」

ハヤト「実は俺の家にも!ただ、…父がすっかり落書きしとりました。すいません」

ヤナギ「チッ ハヤテの野郎!」

長老「キキョウのハヤテか、元気しとるかのぅ…」


ハヤト「Σぐはっ !」


イツキ「ん?この人どうしたの」

ヤナギ「放っとけ放っとけ。どうせ不意に父親の名前聞いて心臓が驚いたんや」

 ハヤト「父さん…」

イツキ「それが、お約束なんだね」

マツバ「……ハヤト。 現世に戻っておいで」





ワタル「ジジイ! 何で オレの注文 作れねぇん だ!!」


廊下でワタルがドでかく怒鳴った。

電話の相手は、ヒワダのボール職人ガンテツさんだ。

ボングリ木の実から丹念な製法でモンスターボールを作り出す人である。

腕利きの職人で、顧客にはオリジナルに拘るトップ・トレーナーが多い。


ワタル「何でだよ、正月明けのリーグから新しいボール使うって決めてんだぜ」

電話のガンテツ『わしかて、カッケェのこさえてお前に使うて貰いたい!』

ワタル「ならイイじゃねぇかよ、オレのポケモン入れてやるよ」

電話のガンテツ『お前のスポンサーのシルフがな、NG出してきよった』

ワタル「ハア!? シルフ製品使えってか!?」

電話のガンテツ『しがない職人やねん、大手企業には勝てんねや』

ワタル「諦めるんか、人間国宝!

電話のガンテツ『よせやーい、まだ人間国宝ちゃうわ〜』

ワタル「オレ、ボングリのボールが使いたいぜ 日本一の職人のな!

電話のガンテツ『よせよせよせ〜、その手にゃのらんわーい』

ワタル「参ったな、シルフのボールじゃ個性が無ェよな…」

電話のガンテツ『持ちもん、よう拘っとるもんなぁワタル』

ワタル「オレが試合で使ったもんがその年流行るねん、当たり前や!」

電話のガンテツ『まあ、作っとく。から、リーグ終わったら取り来てくれや』

ワタル「おう…」

電話のガンテツ『あ、そや。 "ツクシ"に代わるわ…』

ワタル「ん? 」

電話のガンテツ『ちょっと待ってや、せっかくやから坊の家まで呼び行ってくるわ』

ワタル「ん? 」


5分経過。


電話のツクシ『も、もしもし…! ヒワダのツクシです…!』

ワタル「ん… 何でツクシと電話してんねん」

電話のツクシ『ワ、ワタルさん…!ワタルさん…!!』

ワタル「オレ」

電話のツクシ『ワタルさんだぁぁぁぁ!』

ワタル「うん、オレ」

電話のツクシ『あの…、ごめんなさい!今日、フスベに行けなくて!!』

ワタル「あ、そうか。お前は今日、来ないんだな?」

電話のツクシ『僕、行きたかったです!!!!!!!!!!』

ワタル「あ…いや、いいんだ。」

電話のツクシ『本当は行きたかったんですけど、お正月だから親がダメって…』

ワタル「しょうがねぇよ、オレの家フスベだぜ?」

電話のツクシ『えんきょりだ…僕とワタルさん』

ワタル「え…」

電話のツクシ『大人はいいなぁ…自由で。僕も、ワタルさんに会いたいです』

ワタル「そうか? じゃあ、今度ヒワダに顔出すな!」

電話のツクシ『本当ですか!えーと、じゃあ次の日曜日がジム休みなので…』

ワタル「Σいや、リーグ終わったらガンテツの所に行くから…その時…

電話のツクシ『ぼ…僕は゛ ついでですか!?』

ワタル「Σあ、Σいや、もう一番に行くなお前のために!」

電話のツクシ『ほんと!?ワタルさん、絶対来てね!!帰らないでね!!』

ワタル「う… うん」

電話のツクシ『ガンテツさん、ワタルさんが来てくれるって!!』

ワタル「(約束しちまった…)」

電話のツクシ『いつ? いつくるの?明日ですか?』

ワタル「待て待てツクシ、ちょっとガンテツに代わってくれるか?」

電話のツクシ『いやだ』

ワタル「頼む、な、いい子だな〜?」

電話のツクシ『子供扱いしないで下さい!』

ワタル「あ。 じゃあ、行かねぇ〜!!」

電話のツクシ『う… うう… ガンテツさ〜ん…代わる』

ワタル「よしよし」

電話のツクシ『はい、一瞬代わった!』

ワタル「…。」

電話のツクシ『ワタルさんどうしたの?』

ワタル「お前、オレのこと好きすぎだろ」

電話のツクシ『子供の頃からだいすきです!』

ワタル「プッ 子供・・! わかった。ガンテツに代われ」

電話のツクシ『いやだ』

ワタル「あ。 じゃあ、ヒワダ行かねぇ〜!!」

電話のツクシ『う… うう… ガンテツさ〜ん…代わる』


エンドレス!





イツキ「うそ… ワタルさん… うそ…」

イツキの見慣れたワタルとは別人だった。

セキエイで踏ん反り返ってる王者の姿が、嘘みたいだ。

ハヤト「そうなんです。実は子供によう好かれんですワタルさん…」

マツバ「……うん。 僕も好きだよワタルさん」

ハヤト「…あれ。じつは俺も」

マツバ「…おや。君も」

ハヤト「…気ぃ合いますね〜」

マツバ「…そう、どすね〜」

気の抜けた地元ジムリーダーの会話に、イツキはイラッときた。

イツキ「ジョウト人めんどくさいんですけど」

ハヤト「…うるせぇ、戦力外!」

マツバ「…君、ノリがわるい」

イツキ「もうやだジョウト」

廊下で電話するワタルの様子を、客間の入口から3人はヒョコっと顔だして見てた。

ワタル「!」

ようやく3人の視線に気づいたワタルは、

慌てて電話を切るや否や、子機を思いっきり床に叩きつけた。

ワタル「なに見てんだよ!」

電話の子機はバラバラに砕けて飛び散った。

だがそんな光景、見慣れてる3人は無反応だった。

イツキ「ヒワダのジムリーダーだよね?虫タイプの男の子だっけ」

ハヤト「ツクシは、ワタルさん懐いてますから…」

はっ と、その時マツバに視えた。

マツバ「……そう。 ヒワダのお年賀も届いてる。"ヤドンのしっぽ"…

ワタル「え 」

ハヤト「え 」

イツキ「ヤドンのしっぽ?」


ワタルが真っ先に駆けて、客間に飛び込んだ。

ハヤトとイツキも続いた、マツバはとろとろ歩いて追いかけた。


ヤナギ「なんや? 埃たつやないか、家ん中走んなやボケ」

長老「元気やなワタル」

ワタル「ジジイ!ヒワダの年賀って届いたか!?」

長老「届いとるぞ。この桃色の包み紙のやつじゃ、ヒワダ…

ワタル「貸せ!」

ワタルが長老の手から、ヒワダ年賀の箱をブン取った。

ヤナギ「お前なぁ…」

ワタルの表情は険しい。

ヤナギが何か言う前に、ヒワダ年賀の包装をビリビリ破いていった。

長老「…なんじゃなんじゃ」

ヤナギ「…よう分からん」


 パカッ (開けた)


ワタル「うそ… だろ…」


ワタルは箱の中身を愕然と見下ろした。

グロテスクな内容物だった。

ネットリとしたピンク色の…厚みのある物体がまるまると入ってる、

高級珍味・ヤドンのしっぽ。

これはつまり、ヤドンというポケモンの切断されたナマの尻尾である。

…直接的ではないが、ワタルとはちょっとした因縁がある。


ハヤトがすっと横に立って、ワタルの手元を覗いた。

ハヤト「くっ、 酷い…」

目で確認すると、顔を背けた。

ワタル「ヒワダでな。ヤドンの乱獲で一時期、問題になったろ」

ハヤト「ヤドンは鈍感で、尻尾切られても痛みがないので良いと勝手な理由で…」

ワタル「…あったよな事件が」

ハヤト「ヒワダに尻尾の揃わんヤドンが多いのもその名残とか…」

ワタル「その後もバカな奴らが、ぶり返した騒ぎがあったよな」

ハヤト「ロケット団とその残党ですね」

ワタル「ふざけてやがる…」

ちなみにマツバはまだノンビリ廊下を歩いてる。


送られてきた、ヤドンのしっぽ。

これは先程、電話の繋がってたヒワダタウンのものである。

ヒワダの街中には、そこらかしこに野性のヤドンがあふれてる。

ヒワダのヤドンは朝から晩まで・・そのまた翌朝まで道路に寝そべってて、

ポカンとした顔で通行人をみつめてる。

みつめられた通行人は、立ち止まって脱力する…。

とてもおとなしいポケモンでヒワダの街のシンボルなのだが、

数年前、このヤドンを巡って騒動が起きた。

街中のヤドンがごっそりと消えてしまい、

なんと!町はずれの大きな古井戸の底で発見された。

一見、無事かと思いきや…発見されたヤドンたち、

その尻尾は、ほとんどが切り取られ無くなっていた。

ポケモンを攫ってきて、売る。金儲けのためである。

実はヤドンの尻尾、高値で売買されるれっきとした食材なのだが、

まず一般人としては、あの間の抜けたヤドンの姿形を思い出てしまい、

食べれない。どちらかというと"ゲテモノ"の部類である。

ただし、癖になる噛みごたえと独特の甘味が広がるその食感は、

病みつきになるらしい。探究心の強い美食家達の間で支持されている。

ヤドンは野性界に沢山いるけど、その尻尾を切ってくる・・というのは中々困難だ。

トレーナーに人気のポケモンで、愛着もって育ててる人が多い。

つまり、人々の目が厳しいという事である。

食用として尻尾切るためだけに飼育してます…なんて事はもっての外だ、

ポケモン愛護団体・大好きクラブなんかが出てきて、散々抗議されるだろう。

そんな事情があって中々市場に出回らず、値の張る食材とされてたのだが、

ここに仲介者というものが出てくる、限りなく黒である。

こういった場合、ポケモン密漁者などがいたりするのだが…

それを闇の商売として組織ぐるみでやってた集団があった。

今なお悪名高い、…ロケット団である。

ある日。どこかの街に、黒装束の人が現れてこれが数人で歩いてる。

翌日になるともう居なくなるのだが、街にいたポケモンまで姿を消している。

そしてその翌日あたりには、金持ちの家にお望みのポケモンが増えてたりする。

ロケット団とは、おもにポケモンを違法に売り買いして商売してた、

大規模な構造をもった史上最悪の組織である。

数年前、事実解散したと報道されたが…幾つかに勢力が分散して残った。

そのロケット団の残党たちは、今でも、どこかで暗躍してるという。

解散前のロケット団がまだ活発だった頃は、

ヒワダのヤドンも随分と攫われていったものである。

…そして解散後、再び残党一派に狙われその"ヤドンの井戸の事件"が起きた。

当時ワタルはこの件の詳細を聞いて、非常に憤慨した。

腸が煮えくりかえった。

「"ロケット団、見つけ出して片っぱしから後悔させてやる"」

新聞握りしめて、そう決め込んでいた。

実際 そのあとすぐに機会がやってきて、

ワタルはロケット団と対峙する事になった。

その結果、待ってましたと大暴れ・・どっちが悪だかわからない程に、

あまりにも悲惨な目におとしめたので、

報道後、そのロケット団の残党達には世間の同情が多少なりと集まった。

「"やつら、まだ病院から出れてないと思うぜ"」

その時の事を思い出したり 自慢して語ってやるたび、

ワタルは凶悪そうに歯をみせてニヤーっと笑うのである。

一方、被害にあったヒワダのヤドンたちは…

自分の尻尾が切られてしまった事もわすれ…、

そのあと、尻尾がはえて戻った事もすっかりわすれ…、

なぜいま、ヒワダの道路に寝そべってるのかもわすれ…、

日々、通行人をポカンとみつめて平和に暮らしてるのである。


ワタル「そんなオレに向かって、しっぽ送りつけるなんていい度胸じゃねぇか」

ヤドンの件…もう過ぎた事だし、

ワタルにはあんまり関係ない事…だが!怒ってる。

みるみるうちに、ワタルのボルテージが上がってきた。

長老「ワタル、なんじゃどうしたんじゃ…不穏じゃ」

ヤナギ「家、壊すなや」

ハヤト「ひ、避難しましょうか?」

イツキ「僕、状況がのめてないんですけど」


 マツバ「……の、お菓子だよ」


やっと。

マツバが、ワタルの傍へ立った。

ポン。とワタルの肩に手をのせた。

ワタル「えっ 」

ピタッと、ワタルが止まった。

マツバ「ヒワダのお年賀"ヤドンのしっぽ"…の、お菓子だよ」

ワタル「菓子」

マツバ「かし」

ワタル「かし?」


 ハヤト「は、はやまったか…」


マツバ「……成分表。 見な」

ワタル「成分表」

ワタルは、言われるがままそのまま箱をひっくり返して裏面を見た。

べちゃっ…と、ヤドンの尻尾は床に落ちた。

 ヤナギ「うおっ、見てらんねぇ…」

見かねたハヤトが拾い上げた。

ハヤト「真空パックてのに包まれとるんで無事です」

ワタル「これはチーズケーキ だッ!!」

ワタルがでっかく読み上げた。

ワタル「信じらんねぇ、ヤドンのしっぽチーズケーキ!!」

マツバ「…ヒワダの街おこし、推奨商品だそう。」


 ヒワダ の おいしい ヤドン の しっぽ は ▽

 ほんのり サクラ あじ ! ▽

 「かわいく って、 おいしい よ !」 ▽

 ジムリーダー ツクシ くん も おすすめ ! ▽


少年ジムリーダーを起用した紹介文までついてた。

ワタル「ヒワダぶっ飛ばす」

ハヤト「ヒワダ、冗談キツ!散々な目に遭うてきたんに…」

イツキ「悪趣味だし〜…まるまる一本似せて作るなんて信じられない」

ワタル「待て諸君、ヤドンのしっぽエキスという成分が入っとる」

マツバ「……あ。 本物入ってた?」

ワタル「見ろ、成分表。ほら、ヤ・ド・ン・の・しっぽエキス!!

ワタルをグルっと囲んで、みんなその手元の成分表をのぞき込んだ。

ハヤト「わっ そんなんヒワダで推奨商品にしてしまってええんですか?」

マツバ「……エキスって。 なに」

イツキ「別にエキスだけなら…、ヤドンの尻尾切らなくても出るよ」

マツバ「……出るの?」

イツキ「うん。ヤドンの尻尾からは、常に甘い体液が分泌されてるからね」

ヤドン育てたトレーナーを代表して、イツキがフォローした。

ワタル「尻尾切ってない」

イツキ「う、うん…多分」

ワタル「尻尾絶対切ってない」

イツキ「いや分からないけど、どう考えても、その方が効率いいでしょ!?」

ワタルが全員に目配せした…。

ワタル「諸君、 喰おう!!」

ハヤト「食べてしまいますか、高級珍味」

マツバ「……いただこう。 高級珍味」

イツキ「Σなんだよ、結局食べたかったんじゃん!!」


 ヤナギ「ようやく、カタついたんかぃ」

 長老「ヤナちゃんの土産も、ありがたく頂くの」

 ヤナギ「ヒワダの欠席者にインパクト負けしてもうた…ケッ、つまんねぇ」


ヒワダの年賀、ヤドンのしっぽ。

容赦なく等分されて配られた所で、ワタルがガラっと窓開けて大声を出した。

ワタル「イブキーーー ヤドンの尻尾 喰うかァ!?」

遠い庭先にいるイブキに向かって訊いたのだ。

イブキ「 バーーーーーーカ !! 」

すぐにワタルより数倍でかい声で返ってきた。

ワタル「いらねぇってよ、あいつ損な性格だぜバーカ」


(いまのフスベ兄妹の爆声やりとりを、ものの例えにしてみる。

こちらからミサイル積んだ戦闘機がマッハで飛んでって、

庭先にいる破壊光線打つ怪獣に突っ込み、爆発した感じである。)


長老「ちょっとゲテモンな見かけじゃからの〜、イブキは見んでよかったわ」

ワタル「あのイブキがたかが尻尾の切れ端にビビるとでも」

長老「イブキ女の子じゃ」

ワタル「まじか。初耳」

ワタルは桜色のケーキ(元・ヤドンのしっぽ)をぱくりと食べた。

ワタル「うめっ。 試食終わり」

フスベの人間たちはケロっと会話してたが、

他の…客人一同は耳を押さえて机に伏していた。

ヤナギ「あかん…耳が…」

ハヤト「頭クラクラします…」

マツバ「……うるさい。」

イツキ「…。」

フスベ慣れしてないイツキだけ回復が遅いようで、小刻みに震えてる。

マツバ「……大丈夫?」

イツキ「…。」

イツキは首を横に振った。

マツバ「…。」

マツバはちょっと辺りを気にすると、ゆっくり動いた。

マツバ「……僕がそばに、いるよ。 だから…

ハヤト「Σはいー、そこまで、正体ない子にセクハラはいけません!!」

するっと伸ばしかけたマツバの腕を、ハヤトが パシっと掴み取った。

マツバ「……まだしてない。」

ハヤト「Σしたらだめです!!」

ワタル「おーい、オレんちで変な気おこすなよマツバ」

マツバ「……大丈夫!」

ハヤトが横目でジッと睨んで、マツバの手の甲をつねった。

マツバ「……なぜ。 僕はつねられてるのだろう」

ハヤト「マツバの隣には、そうですね、ワタルさん座ってもらいましょう」

ワタル「Σえっ 」

ヤナギ「それがええ、しっかり見張っとけ!」

ワタル「Σえっ オレ?」

ワタルが立ち上がって、席替えした。

その、ちょうど空いた席をつめると…

 イツキ「…じゃあお前と隣だね」

 ハヤト「…そうやね、お前とな」

 フン!! (そっぽ向いた)

ヤナギ「そこ。 隠れてイガミ合うなや、分け分からん」

長老「なんじゃ二人、仲悪いんか」

ワタル「まあ、席替えした事だし、大人しくしとけよマツ…


マツバ「あ! これは、チョウジの地酒だね…!!」


この日一番、マツバが輝いた瞬間だった。

一同が アッ!と気づいた時にはもはや遅し。

机の上にのってた一升瓶にマツバが手をかけ取り寄せ、

クルッと栓をあけて…なみなみと注いで、愛おしそうに口へ運んでた。

器は、だいぶ前にフスベの使用人がお客にだした茶器の、空になったものである。

ワタル「Σおい、マツバが呑んだぞー!!」

隣のワタルが慌ててマツバから茶碗を取り上げようとした。

しかしマツバはのみほしてしまい、ハァ・・と天井を見上げた。

手遅れだ。

ヤナギ「もうええわ、呑めや」

ハン!とヤナギが鼻をならした。

長老「結構、離して置いといたのにのぅ…開けてもうたわ」

ハヤト「人様んちの酒まで勝手に拝借してまうなんて…情けな」

ジョウトの人々は、一同ガクッと肩を落とした。

ワタル「まじで呑んだ」

ヤナギ「呑んだな」

ハヤト「…対処せんと」

ワタル「それでは、初めてのイツキ君」

イツキ「ハ、ハイ…ジョウト初心者です」

ワタル「このマツバの豹変ぶりをご覧してくれ」

イツキ「Σえ! この人、豹変するタイプなんですか…!?」

マツバ「そ〜んなことは、ちょっと楽しくなるくらいだよ!」

イツキ「突然、饒舌になった…」

酒の回りが、はやい。

マツバ「今日は…なんだか楽しいね!」

マツバがヌラァ…っと笑った。

笑顔のふりして細めた目から、ちょっかいだす獲物を探してるのだ。

ジョウト組は、なんとかして収拾しようと動いた。

ヤナギ「おい、目ェ離すなや。何すっか分からんで」

ハヤト「マツバ、眠くないですか?寝ときませんか、ワタルさん子守唄…!」

ワタル「Σう、歌!」

振られたワタルは大きく息を吸い込んだ。

ワタル「Σヒツジー なぜ鳴くのーーーー!!!!」

イツキ「Σ酷過ぎる」

ヤナギ「それカラスや、しかも子守唄ちゃう」

長老「ワタル、おじいちゃん恥ずかしいわ…」

ワタル「何でオレに歌わすんだよ、オレ歌だけはダメなんだよ!!」

ハヤト「どさくさ紛れて弱点吐いたわワタルさん…」


マツバ「ヘッタな歌だな」


ワタル「Σはう…!(グサッ)」

まずワタルが狙われた。

マツバ「どヘタなんワタルさんか、ほれ、もっと歌ってみ〜♪」

マツバが手拍子しだした。

ワタル「Σやめろやめろ、皆見てるじゃねぇか…」

マツバ「ほら、ヒーツジさ〜ん、なぜ鳴くの〜♪」

ひとりで笑いながら、マツバは手拍子を続ける。

マツバ「ほら、ほら〜!」

ワタルの目を見つめながら、じりじり近づいてくる。

マツバ「ほら、なぜ鳴くの〜?」

ワタル「Σヒツジの勝手だろーーーーー!!」

マツバの手拍子は終わらない。

マツバ「ヒツジさん、メェ〜って!」

ワタル「な、なにを…」

マツバの手拍子のテンポが上がってきた。

マツバ「メェ〜、ほら、メェ〜って」

ワタル「め、めぇ〜… Σはっ!!」

マツバ「可愛い、音痴っ!」

ワタル「Σよし、合格!みたいなツラしてんじゃねぇよ」

マツバ「ふははは!楽しいね!!!」

マツバは勝手にワタルの両手をとって、にぎにぎ握手した。

ワタル「触んなちくしょう」

ワタルは赤くなってふてくされた。

ハヤト「はあ…出てきてもうたわ…この品ないマツバ」

途端にマツバの矛先が移った。

マツバ「ハヤト!」

ハヤト「はいはい、おります…」

マツバ「ハヤト〜」

ハヤト「Σなに!触らんで下さい!!」

マツバ「さっきの続きだ、おいで」

ハヤト「さ…さっきとは何ですか、さっきとは…」

マツバ「何って、行きの空で。まだ途中やった…

ハヤト「Σあ!あんなん絶対、続かんわ!!」

ハヤトは怒ってマツバの胸倉に掴みかかった…が、

なぜかそのまま…ぎゅっ…と腕の中に抱きしめられたので、

ハヤト「はっ…」

ゲンナリ脱力したハヤトはソロソロと脱出して、部屋の隅に辿り着いた。

ハヤト「父さん…」

元気の無い声でピヨっとないた。

それ見たマツバは、指差して大笑いした。

ワタル「これがエンジュ市民に ひた隠しにされとる、裏マツバだ…」

イツキ「う、裏…」

 マツバ「いいうなじだ」

ワタル「…。」

イツキ「ワタルさん、めっちゃ背後から見られてますよ…」

ワタル「反応したら負けだ、分かるな…  ぐ。

ワタルになにかがノシかかった。

マツバが背後からくっついてきて、ワタルのうなじを撫ではじめた。

手はワタルだが、目はイツキを見てる。

 マツバ「羨ましいだろ」

イツキ「あの、ワタルさん、背後に…」

 マツバ「羨ましいだろイツキ」

イツキ「Σなんで…

ワタルが首振って遮った。

ワタル「反応したら負けだ、2回言わせるな。こいつがお前の所いくぞ」

イツキ「ハイ。ワタルさんの言う通りにします…」

マツバ「ワタルさんの背中、落ち着くなぁ」

マツバが、ワタルの肩に顔を埋めた。

ワタル「…そこで寝んなよ」

マツバ「ワタルさん…このまま横にならない?」

ワタル「Σ絶対ならん!!」

イツキ「把握しました。どうしようもない、セクハラ人格ですね…」


ヤナギ「さ。 面倒なってきたら、帰ろか…」

長老「ヤナさん、とんでもない置き土産じゃ…」

マツバ「あ〜!ヤナギさんだ〜!!」

マツバが、ワタルの髪をぐしゃっと潰して立ち上がった。

イツキ「Σワ、ワタルさん…!ワタルさん、頑張って…!」

そのまま床にうずくまったワタルを、イツキが必死で慰めた。

ワタル「屈辱」

ヤナギ「ではな、おめぇら。また今度…!」

マツバ「ヤナギさん帰るなら、ついていくよ……チョウジ家の中まで」

ヤナギ「…と思ったが、やめとこ」

長老「ふん、ふん!…劣勢やな!」





チョウジの地酒は、ヤナギからの年賀だった。

ヤナギ「ったく、おめぇの呑み方…ありがたみも何もねぇな」

マツバ「ヤナギさんに叱られると、僕は嬉しい気分になる」

ヤナギ「Σ触んな!!」

ワタル「呑め呑めマツバ、そんで、さっさと潰れろ」

マツバ「今日は楽しいから、いくらでも呑めそうな気分なんだ」

えー… と、全員がうんざり感を顔に浮かべた。

ワタル「ハァー…、ジジイが酒なんか持ってくるから」

ヤナギ「こいつに呑ませるために持ってきたんとちゃうわボケ」

マツバ「好きなひとたちに囲まれてると、安心する」

ワタル「Σわかったわかった、いちいち絡んでくんな」

マツバ「あ、本気にしてないね。僕がどれ程みんなを好きだって事」

ワタル「Σわーかーったーかーら!!いちいちくっ付くな!!」

マツバ「邪魔だな、そのボタンを…僕に外させてよ」

ワタル「Σ外すかボケーッ!!」

マツバ「じゃあ、そのベルト…」

ワタル「もうお前、帰ってくれ…」

ヤナギ「なんやお前、ベタベタしよって。寂しいんとちゃうか」

マツバ「さみしい? 僕が?」

キョトンとした顔でマツバは考えた。

マツバ「…僕は さみしいのかな」

ハヤト「あの、俺はさみしいですよ…」

部屋の端っこにいたハヤトが寄ってきた。

マツバ「そうか。じゃあ僕もさみしいよ…」

マツバがギュイっと引っ張ってハヤトを傍に座らせた。

ヤナギ「所帯もて、以上」

マツバ「Σ単純」

ハヤト「Σ明快」

マツバ「脱げ」

ハヤト「Σ脱がんわ!!」

ハヤトがバシッとマツバの横面殴った。

マツバ「バードショック」

ワタル「つってもジジイが独身だろ、説得力ねェわ」

ヤナギ「儂は、ええんや」

長老「足腰立たなくなったらどうすんじゃ〜、ひとり大変やぞ」

ヤナギ「そないな生き恥じ晒さんわ、すっと死んだる」

長老「なんでそんな淡泊なんじゃ、執着ない奴だから"残る"んじゃろか…」

ヤナギ「? 何の話しや?」

長老はため息ついて、ヤナギの頭上を見上げてる。

ワタル「(あ…毛根…か)」

悟ったワタルは机に頬杖ついて、なんとなく頷いた。


マツバ「なんで…そんな寂しい話するんだよ!」


ワタル「Σうお何だ、何か怒ってる」

バンバン!と、マツバは激しく机を叩いた。

マツバ「絶対、僕のが先に死ぬからな!」

ヤナギ「? どうぞお先に…」

そっけなくヤナギが返したので、マツバは立ち上がって机の上に登った。

マツバ「死んでやる、"おばけ"になって皆とり憑いてやる!!」

片手に酒瓶持って、天井向かってそれを つき上げた。

ワタル「Σでた、これだ!昨日叫んでたくだり、"おばけ〜"!!」

マツバ「化けて出てやる、おばけ〜!!!!!!」

ヤナギ「やかましい、降りんか、行儀悪いわボケ」

マツバ「Σあ、おばけ!!」

ヤナギ「Σ誰がおばけや!何いうとんねん!!」

さすがにヤナギがゲンコツしようと構えた瞬間、

ガタっと…、

真っ青になったハヤトが、手に持ってたグラスをガチャリと落とした。

ハヤト「と、父さんが…どっかで野たれ死んどったら…」

ワタル「Σうお何だ、今度はハヤトか!?」

ハヤト「このまま、俺、逢えず仕舞いやったどうしよう…!」

ハヤトは口もと押さえて、顔を伏せた。

マツバ「ハヤトが泣いてる、泣け泣け!」

ハヤト「Σ泣いてへん!」

マツバ「ピヨっ?」

ハヤト「Σ鳴いてねぇよ!」

ワタル「ハヤト、お前弱いんだから止めとけよ…」

ハヤト「Σ鳥使いが雷でイチコロやて、もっぺん言ってみ!!」

ワタル「Σ言ってねぇよ!酒のことだよ!!」

ヤナギ「やめろや、キキョウのキレ芸」

ワタル「Σ仕込みじゃねぇだろジジイ」


イツキ「やっぱりジョウトって変だよ…」


ワタル「何だ、居たんかイツキ」

イツキは呆れて物が言えなかったのだが、ようやく持ち直してきた。

イツキ「ジムリーダー同士でここまで仲良いのも珍しいですよね」

ヤナギ「他地方は知らねぇが、世襲多いからなうちは」

長老「まだジムリーダーいう言葉が無かった時代から、代々家業やからな」

マツバ「羨ましいだろイツキ」

ハヤト「や、皆さん。こいつ、世襲批判の奴ですよ」

イツキ「そうですよ、僕。世襲のトレーナー嫌ってるんです」

ワタル「いま言わなくてもいいだろ、ハヤトもイツキもよ…ここは世襲の巣窟やで」

ヤナギ「しかしそうなると、おめぇ四天王やろ。修業はどうやったん」

イツキ「我流です」

ヤナギ「ほんまか。骨あるわ」

長老「ほぅ!四天王はちゃうわ。才能ある子は偉いのぅ、立派じゃのぅ…」

ヤナギ「セキエイの四天王までのぼりつめんの苦労したやろ」

イツキ「とにかくツテが無いので…世界を回ってひたすら試合で名を売りました」

ヤナギ「ご苦労なこった、世襲のガキども聞いてっか」

ハヤト「なんや俺らが、ヌクヌクと何も知らんと育った言い方やないですか?」

マツバ「ハヤト週刊誌に書かれてたね、"鳥籠育ちの観賞用"って」

ハヤト「そうですよ。ただし観賞は、父に限る!」

マツバ「ちなみに僕は、"存在する幽霊"。嬉しくも悲しくもない!その通りだからね」

長老「なんじゃ、いつぞやのジョウト酷評記事が載った時んか?」

ヤナギ「ケッ、ちなみに儂は"大正凍えるロマネスク"…大正生まれちゃうわボケ」

ワタル「おい、話が激しく脱線してるぜ。これだからジョウトはよ…」

ハヤト「何の話でしたっけ」

長老「忘れてもうたわ…」

ヤナギ「世襲なんたらや…」

ワタル「それや!」

イツキ「ハイ。身近な所に有名トレーナーがいる環境はやっぱり、有利ですよ」

ワタル「見ろ。イツキのこの、冷めた目を!」

イツキ「大丈夫ですよ…普段はリスペクトしてますからね、ワタルさん…」

長老「見かけによらんとイツキちゃんは、たくましい子じゃと分かった!」

ワタル「プッ、イツキちゃ…」

長老「ワタルと掛け合わせたら最強じゃ、イツキちゃんフスベに嫁にこんか!」

イツキ「よ、よ、嫁ですか…?」

長老「嫁じゃ、フスベの嫁じゃ!ワタルの嫁じゃ…

ワタル「ジジイ、イツキは男や」

長老「男じゃって構わん!」

ワタル「えっ 」

イツキ「えっ 」

長老「… えっ」

ヤナギ「そりゃねぇわ、ジジイ」

長老「Σん!? イツキちゃん、男か!!」

イツキ「男です、なので婿で〜す」

ハヤト「目が笑ってません、これ怒ってますよ」

マツバ「かなりプライド高いからね、イツキちゃん」

長老「いや〜…婿じゃったか。ワタルの婿か…ワタルに婿か」

ワタル「なぜオレ」

イツキ「丁重にお断りします、ハヤト君にゆずります」

ハヤト「俺にはキキョウがあるんで、すみませんワタルさん…」

ワタル「Σオレ…本気で断られた。ハヤトが嫁なら可愛がったろうと思ったんに…」

ハヤト「はぁ。残念です、代わりと言ってはなんですが、このマツバをどうぞ」

マツバ「ご紹介にあずかりました、エンジュのマツバです末永くお幸せに」

ワタル「Σお前だけは、ねぇよ!!」

長老「エンジュか。うち来たらな…ワタル秘蔵のワインセラー、のみ放題やで」

マツバ「洋酒を。…どこに判押せばいいのかな?」

ワタル「Σワイン!あれはオレの宝や、絶対だめだぞ!ジジイも触んなよ!!」

マツバ「けち」

ワタル「お前な…それでいいんか。…ったく酔っ払いはどうしようもねぇぜ」

マツバ「だって。ワタルさんと一緒ならいつも楽しそうだ」

ハヤト「あ、それは分かりますマツバ」

マツバ「ハヤトとなら、主に夜が楽しそうだ」

ハヤト「Σお断りや!!触んな!!」

ワタル「はああ… 勝手にやれよもう、空いてる部屋使え」

ハヤト「Σワ、ワタルさん…!」

マツバ「妬くなよ、ワタルさんも好きだよ。あとでな…」

ワタル「Σお前本当、いい加減にしろよな!!

長老「ワタル。おじいちゃんに はよ曾孫みせたってくれや…」

ヤナギ「そりゃええわフスベも安泰、ジジイも安心していつでも逝けるわな」

長老「Σわし、まだピンピンしとるがな!」

イツキ「…全員男です、妄想はやめましょう。なにも生まれません…」

ワタル「イツキ、うちの妹どうだ…半分弟だがな」

イツキ「冗談やめてよ」

ワタル「一言で破談だ、ジジイうちのイブキはどうなるん」

長老「イブキはええんじゃ、それよりお前じゃ!」

ワタル「Σオレ」

長老「元日はな、一族総出でお前の縁談企画もって待ってたんじゃぞ!」

ワタル「うお、元日避けて本当に良かったぜ…」

ヤナギ「困ったジジイどもめ、そんなんやからワタルが実家寄りつかなくなるんや」

ワタル「そーだそーだ!」

ヤナギ「お前もはよ、ジジイども安心さしたれ」

ワタル「Σおーい、どっちの味方やジジイ!!」





イブキ「シバ〒ΔΩΩΩ――――――――(ン)!!」





キィィィン。 (耳鳴り)


ワタル「川や…花畑や…」

長老「小舟が待っとる…渡ってまうわ…」

ついにフスベがダメージ負った。

ヤナギ「天女がおる…あ、昔のオンナか…」

ハヤト「ご、ご先祖さまや…よかった、父さんはおらんわ…」

マツバ「あれ。マフラー捲いてる僕がいる…」


イツキ「…。」


いまの爆声、フスベ語で直訳すると=シバタ(ン)。

真冬の正月、振袖着てイブキがずっと待ってた人物がついに庭先に現れたようだ。


ただ新たな客人、無事…生きてるかは謎である…。





つづく