新春フスベA



だいたいワタルは一年にいっぺんでも実家に帰ってくれば良い方だ。

だいぶ昔に出て行ったので、そこまで家に対して執着はないのだが…この、

帰ってくる度に、どこかしら改築・増築されてるのが気に触る。


まず今年は実家、ホウエンのルネ調に買い漁ったらしい…、

玄関の扉あけたら巨大な美少年の白い彫刻と噴水があった。

室内水路があった。

水中で実家のタッツー・ミニリュウがニョロニョロしてる。

ワタル「…これ、要るか?」

ワタルの脳は一瞬のうちに査定して、己の口座から引き落とされるビジョンを見た。

イブキ「ルネ芸術よ、ルネ芸術!!」

長老「世界のワタル・生家じゃからのぅ!のちに国指定で保管されるじゃろ!」

イブキ「そうよ、アンタ。勝って勝って勝ちまくってよね!!」

物凄くよこしまな理由で担がれてる。

ワタル「Σバカヤロウ!ワタルの生家にルネ買い入れてどうすんだ!!」

全くもってその通りである。





【居間のコタツ】


ワタル「ところで何だ、他の家族はどうした…」


久方ぶりの家の中、案内され 一通り見てぶったまげた所で、

居間のコタツに落ち着いた。

イブキ「みんな出払ってるわよ、実質休みなんて元日だけよ」

ワタル「イブキ、おまえ暇だな」

イブキ「Σアンタに言われる筋合いないわよ!」

ワタル「フスベジムはどうだ、儲かってるのか」

イブキ「さあね」

ワタル「じゃあ、筋の良さそうな弟子は?」

イブキ「さあね」

ワタル「み…見所ある挑戦者は、来てないか?」

イブキ「さあね」

ワタル「さあね ばっかじゃ解からねぇだろ!」

イブキ「いたとしても、アンタなんかに教えないわよ」

ワタル「何で!!」

イブキ「アンタに、将来株の周りをうろつかれたら迷惑だからよ」

ワタル「あー クソ。つまらねぇ、どっかに強者はいねェかー」

イブキ「いるわよここに」

ワタル「お前か」

イブキ「アタシよ」

ワタル「お前じゃダメだ、相手にならん」

イブキ「…。」

ワタル「おっ 。 黙った…」

イブキ「…外行く。」

ワタル「そ、外?」

イブキ「外行くわよ、思いだしたのよ、外にいなきゃいけないのアタシ!!」

イブキは、フン! とそっぽを向いて立ち上がると、

不機嫌そうに、居間を出て行った。

ワタル「Σぐお!!」

しかし…コタツに座ったワタルの背中に ゲシッ と蹴りを入れてから。


ワタル「年頃の娘とは思えねェ…」

背後からの襲撃により、ワタルの顔面はコタツ机にメリ込んだ。


PPPPPPPPPPPPPPP (でんわの音)


大きな音で電話が鳴った、

広い家に響いたが廊下あたりですぐ長老が取ったようだ。

長老「もしもし。わしフスベの長老じゃ… ん?ん?おぬしだれじゃ??」

長老の声が困惑している。

長老「Σちょ、ちょ、ちょっと待ってな、家のもんに代わる… おい誰か〜」

長老が慌てた様子で、廊下を駆けている。

長老「た、大変じゃイブキ!」

長老は電話の子機を持って、居間へやってきた。

長老「イブキはおらんのか…ワタル、大変やポケモンさんから電話や…!!」

ワタル「…うん。」

それで理解したワタルは、長老の手から電話の子機を奪い取った。

耳にあてた。

ワタル「ワタルだ」


電話の声『こんちわ!ぼくポケモン……!』


プッ (切断)


ワタルは電話を切った。

長老「Σ切ったんか、おまえ!!」


PPPPPPPPPPPPPPP (でんわの音)


すぐにリダイヤルしてきた。

ワタルは無言で、電話に出た。


電話の声『えらいすまへん、ワタルさん!ぼくポケモン…って、ちゃうわ!』


ワタル「おまえはマサキ、人間や」


電話の声『そや! わいはマサキ、人間や!!』

ワタル「お前な、毎度毎度いい加減にしろよ」

電話のマサキ『ワタルの兄さん、明けましておめでとうさんです』

ワタル「切るぞ」

電話のマサキ『Σどひゃー、堪忍な!切らんといて下さいよ〜!』

ワタル「うちに何か用か、イブキならいま外…

電話のマサキ『いやいや兄さんでっせ、正月帰ってるって聞いたんで』

ワタル「オレ?」

電話のマサキ『わいも今、コガネの実家帰ってるんやけど…』

ワタル「それがどうした」

電話のマサキ『Σ冷た!!せやから遊びきませんかいう誘いですねん』

ワタル「行かん」

電話のマサキ『Σ冷た!!わい会いたいんです、たまには喋りましょうや』

ワタル「行かん」

電話のマサキ『えー…そうでっか。ほんならポケモンに戻りますさかい』

ワタル「おう、じゃあなポケモン」

電話のマサキ『全くつれへんわ、ニシキ君に慰めてもらお』

ワタル「Σ友達いるのかよ、勝手にやってろ!!」

電話のマサキ『ほな、さいなら…』

ワタル「おう、じゃあな…」

電話のマサキ『そんでね!わい、さっき近所に散歩行ったねんけど!』

ワタル「Σまだ続くんかい!」

電話のマサキ『青空見上げたら、キキョウの跡取りおるでしょハヤト君』

ワタル「ハヤトがどうした」

電話のマサキ『飛んどったんですよ』

ワタル「空を?…うわ、ダッセェ…」

電話のマサキ『やっぱ兄さんそうなりまんな、まあでもそこはキキョウのですから』

ワタル「まあまあ、続けろや」

電話のマサキ『わい、手ぇ振って呼んでみたんですよハヤピー、そったら兄さん!』

ワタル「なんだよ」

電話のマサキ『これからエンジュ寄って、そっからフスベ行くいうんですよ!』

ワタル「Σは !?」

電話のマサキ『わかりまっか、ハヤト君、エンジュ寄って、そんでフスベ…』

ワタル「まさか…」

電話のマサキ『マツバ君を回収して、そっから兄さん所行くって話』

ワタル「ほんまか」

電話のマサキ「ほんまですやろ、本人聞いたねんから」

ワタル「いま外で、イブキが振袖着て何かを待ってんだよ…」

電話のマサキ『Σえー!ほんまですか、イブキちゃん!!写メール下さい』

ワタル「やめろやめろお前、イブキの振袖なんか目ェド腐るぞ」

電話のマサキ『ほんなら兄さん、目はド腐ったんですか?』

ワタル「Σえっ 」

電話のマサキ『ええなぁ、わいもたまにはフスベ行きたいねんけど…』

ワタル「来るのは構わんが、ハヤトとマツバが来るんだぞ」

電話のマサキ『Σあっ… そや遠慮しときますわ。ニシキ君でも構っときます』

ワタル「よくわからんがそのニシキ君てのに宜しくな」

電話のマサキ『ああ、そりゃもう!ニシキ君喜びますわ。ほな、これでさいなら…』

ワタル「はいはい、さいなら…」

電話のマサキ「ほんでな兄さん!!! さっきテレビでシジマのおっさ…


プッ (切った)


ワタル「…ジジイ、次からポケモンの電話は繋ぐんじゃねぇぞ」

長老「えらい長電話するポケモンさんやったの」

ワタル「ったく、ジョウトの連中はどいつもコイツも…」

ワタルは持ってた電話の子機をポイッと宙に放り投げた、

その行動を予測してた長老が、パシッとキャッチした。


いまのはマサキ。

ジョウトのコガネ出身・カントー在住で、自称・ポケモンマニア。

実はあの"ポケモン転送システム"を若くして開発した天才で、名のある男だ。

ちなみに独身。

マサキは全世界共通の転送サービスの最高管理者であり、

ワタルの所属するポケモンリーグとも深く関わりがある。

そのためリーグ主催のパーティやイベントなどで、よく見かける。

ひとつ、ワタルと妙な共通点がある…"ミルクが嫌い"。

ワタルは過去に公の場でモーモーミルクの瓶を蹴り割った事があるのだが、

大々的に報道されてバッシングされた。本人はケロッとしてたが。(24話参照)

それ以来、この男がやたら馴れ馴れしく接してくるので、

ワタルの方も「マサキは牛乳嫌い」と認識してる。

なんとなく。それだけだ。





 ?「たのもーーーーーーーーーう!!」


突然、遠い庭の方から呼び声がした。

それが男の声だったので、ワタルはギクッと肩を上げた。

先程の、マサキからの不吉な知らせがよぎる…。

ワタル「なあジジイ、今日これから客が来る予定って…あるか?」

長老「客か、そんなら…


 ドッカン


一瞬、窓の外が白く光ったのち、どでかい爆発音がした。

そして家の中に振動が伝わってきた。

ワタル「Σ外か!?破壊光線か!?」

長老「ワタル、何事かちょっと見てきなさい」

ワタル「おう、ジジイはコタツで茶でもすすってろ!」

長老「イブキかの?正月から破壊光線とは景気良いのう!」

ワタル「オレのだったら家中のガラス窓吹き飛んで木っ端微塵だったぜ!」

長老「わしのやったら家消し飛ぶがな」

ワタル「半世紀前の話だろ、オレが本気出したらフスベ消えるからな」

長老「おじいちゃんがワタルの歳の頃やったら、日ノ本消滅じゃ」

ワタル「アホか、外行くわ」

長老「はよ行け」





【庭】


庭の様子に、とくに異変はなかった。

門のところに、イブキが仁王立ちしてて空を見上げてるだけだ、

そのイブキの隣には、ムッキムキのキングドラがやはり空を見上げてる。

確かに声がして、客が訪ねてきたはずだが…姿が無い。

ワタル「…なんかやらかしたな」

ワタルもつられて空を見上げた。


イブキ「あら、来たの?もう始末しちゃったわよ」


…イブキがワルそうな顔でニヤリと笑った。

ちなみにこの表情は、破壊光線を打った際にワタルもする。

ハタから見るとソックリなのだ。やはり血を分けた兄妹である。

フフン!と鼻を鳴らすと、イブキは勝ち誇った顔でキングドラをボールに戻した。


ワタル「何を始末した、一応聞いておくが…"お空の鳥"じゃねぇよな」

イブキ「はぁ? お空??いまのは、しつこい道場破りよ」

ワタル「道場破り」

イブキ「そうよ、最近よく来るの…弱っちいくせに 馬鹿みたい

ワタル「正月だぞ」

イブキ「正月でも関係無いの、常識ずれちゃってるから…」

ワタル「このご時世に道場破りか…ジムの挑戦者じゃなくてか?」

イブキ「看板かけて勝負しろって、ここのところ毎日来てるわ」

ワタル「熱心だな。 Σまさか!!きゅ…きゅ… きゅう…」

イブキ「きゅう…?」

ワタル「Σ 求 婚 か っ !?」

イブキ「冗談じゃないわよ!!あんな貧相なドラゴン使い!!」

ワタル「Σなにっ、ドラゴン使い!?」

イブキ「言うだけならタダよ。ホウエンで修業したって言ってたから一門じゃないわ」

ワタル「ホウエン地方…?」

イブキ「そうよ、そのくせ勝負して勝ったら看板と嫁を寄こせって、ふざけんじゃ…

ワタル「え 」

イブキ「Σはっ !!」

ワタル「やっぱ求婚じゃねぇかよ、ケッサクだなぁオイ!!」

イブキ「あり得ない」

腹を抱えてギャハハと大爆笑するワタルの横で、イブキは無表情に言った。

イブキ「やれやれ・・って感じ。そいつの外見ね、ほぼアンタの真似、コスプレよ」

ワタル「な、なんだって…?」


イブキ「名前もそうよ、"ドラゴン使いのタケル" ですって、やぁね…」


はて、ちょっと待ちたまえ…。

ワタルは小首を傾げた。

タケル、タケル…どっかで聞いたような…。

ワタルは必死に記憶を絞った。

 ホカゲの声「ドラゴン使いの… タケル?」

Σ違ェよ!!

ピン!ときた、ホウエン地方で "流星の滝"だ!!(16話参照)


ワタル「思いだしたぞ、"ドラゴン使いのタケル"!!!」

イブキ「Σ何よ、知ってたの!?」

ワタルがとんでもなく悔しそうな顔をしたので、イブキがギョッとして聞いた。

ワタル「そいつ オレの 偽物商売 してる 野郎ッ!!」

イブキ「…何それ、涙でそう、笑えちゃうわね!!」

ワタル「おい、イブキ!どこにいやがるその野郎は!!」

イブキ「なに怒ってるのよ、もうブッ飛ばしちゃったから しばらく来れないわよ」

ワタル「本家にまで来やがって、ここらで きっつくシメてやる!!」

イブキ「野蛮ねぇ、うちと関わりない場所でやってよね、迷惑だから」

ワタル「次、奴が来たら絶対知らせろ、ぶっ飛んでくるからな!!」

イブキ「空飛んで来るの?」

ワタル「空、飛んで来るッ!!」

ワタルはビシッと指差した。


空…ッ!!


ピカッと、ワタルが指差した空の一点が、銀色に光った。


ワタル「Σん!?」

イブキ「ひ、光った?」


その空の不審な一点を、兄妹は並んでジッと凝視した。

何か浮いてる?

ううん、高速で飛んでる、…飛んで 来るッ!

ここに、ここに向かって…大きな鳥だ!!


ワタル「あれはッ!!」

イブキ「やだ、こっち急降下してくるわよッ!!」

ワタルとイブキは、互いを引っ張りあった。

ワタルは右に、イブキをかばってやろうと引っ張り、

イブキは左に、ワタルを連れて避けようと引っ張り、

すったもんだしてる内に、二人のピッタリ10cm前に、

巨鳥の鋭い口ばしが突き刺さるように落ちてきた。


ワタルイブキ『…』 (絶句)


続いてバビュンと、あとからきた物凄い風圧がこの兄妹にふりかかった。

ワタル「イブキ」

イブキ「…いるわよ」

爆風圧だったが、それでもフスベの兄妹は両足で立っていた。


巨鳥はたくましく育ったピジョットで、その背中からひとり、

和服をライダース風に着こなした青年がスッと飛び降りてきた。

タンッと地面についた足は、青の袴と黒のブーツで、

その間にグッと締めた和装の脚絆が のぞいてる。

着物の上から、ファー付きのジャケットを羽織ってる、

青年は、顔にかけたゴーグルをクィっと上げて挨拶した。


ハヤト「フスベさん。明けまして、お目出度うございます」


ワタル「殺す気かお前は」

イブキ「可愛いけど、何て格好してんのよアンタは」


ハヤト「すみません、何となく、うちの父の物を借りてきました」


ワタル「でた、父親ネタ」

イブキ「まず本日一回目の、父親ネタね」


ハヤト「あの、お玄関先ですみませんのですが…こちらを」


ワタル「お! 土産か!?」

イブキ「お年賀でしょ、アンタと大違いで偉いわねキキョウさん」


ハヤト「あの、地元のなんですけど お寿司とあとお漬物を…」


ワタル「これだけか、甘いもんはねェのか。ハヤの息子のほう!」

イブキ「そんなのウチにあるわよ、恥ずかしいから本当ヤメテ」


ハヤト「あ…、気いきかんですみません」


ジョウト地方キキョウシティのジムリーダー、ハヤト。

ひこうタイプのエキスパート。

フスベもそうだがジョウトのジムリーダーは世襲が多い。

このハヤトの父親も元キキョウジムリーダーであり、皆と顔馴染みだった。

名前はハヤテ。 しかし数年前、息子に「少し、飛んでくる」と言い残したまま、

ふらっと居なくなってしまい…ずっと失踪人となっている。

ジムリーダー長期不在でペナルティを受けたキキョウジムは運営停止になり、

当時はとにかく大変だった。

周りの人の推挙の末、仕方なしに修業途中だったハヤトが後任へ。

ずっと断わり続けていたハヤトだったが、いざ就任してみると、

これが立派にジムを運営してる。しっかり軌道にのって賑わってるのだ。

一方、父・ハヤテの失踪に関しては一切が謎のままである。

"旧家のお家騒動"などと、散々紙面に書き散らかされたりしたが、

独特の繋がりを持つポケモンリーグのジョウト支部、これが一体となって、

キキョウジムとハヤトを支えた。

まだ記憶に新しい。

就任当初はやたらその父親と比較されたハヤトだったが、

自身は父の跡を継いで、しっかりとジムを守っている。

どちらかというと、父親の方が奔放な性格で周囲を振り回してたため、

真面目でひた向きなハヤトは、評判良い。

周りのお墨付で重宝されている。

だがしかし…。

ハヤトには…、どうしようもない事がある。

行方知れずになった父親を敬愛してる。 と、いうよりも…

極度の父親好き、しかも暴走するタイプのファザコンという奴なのだ。

ジムに正式就任して日が浅いうちから おや?と思う事が多々あり、

すでに奇行が…紙面にすっぱ抜かれている。

ジムリーダーとして"ひこう戦術本"を出しませんかと話を持っていく、

仕事ならばと頷くハヤト、出来あがったのは"父親のひこう戦術本"である。

毎年、父親が失踪した日付が近づくと体調を崩してしまうらしい、

その惨めな日から一週間程、ジムに立てなくなるという。

おいたわしや若…と、キキョウの住民は不憫な彼を気にかける。

ある時、日本画の巨匠宅にふっと現れた。

ジムに先代の絵を飾りたいので依頼できませんか、とハヤト。

巨匠の妖しい勘が光ったという、

興味心をそそられたので引き受けてしまった…、

それからハヤトは毎夜訪ねてはその進行具合を眺めてたという、

特に注文をつけるわけではない、無言でじぃっと、

巨匠の手元を、自分の父親の描かれてく平らな世界を、

夜通し一睡もせず食い入るように見つめ続けたという。

その目の奥の悔しさ哀しさと・・深い愛執を読み取った巨匠は、

すっかり やられてしまったらしい。

画の完成とともにハヤトはぴたりと来なくなったが、

以来、巨匠の方は全く描かなくなった。

実はその画家、ほんの少し前に死んだのだが、

閉ざされた自室を整理した所、未発表の晩年の絵が大量に出てきたという。

それが全部ひとりの人間、何千枚とハヤトを描いた画だったという狂気の話。

キキョウの当代は魔性で惑わすなんて囁かれたりしてて、

全くどこまでが真実か疑わしいが、ハヤト絡みでこんなような噂が何件かある、

普段から控えめでおとなしいが、ハヤトは突然、

ポチっと・・静かにスイッチが入る事がある。

それが仄暗くて、妖しいので、

必ず、気まずい事になる。

誰もが知ってる、ジョウト地方の暗黙の了解である。


ハヤト「イブキちゃん…、振袖きれいですね」


そんなハヤトがやっと、フスベ娘の異変に気づいた。

ワタル「振袖は な」

イブキ「黙れ。 お正月なので」


ハヤト「ようお似合いです、空の高い所からも良い着地の目印になりました」


ワタル「め、目印…!!」

ワタルが堪え切れず、噴き出した。

イブキ「…。」

いつも和服を着る人にそんな風に言われたので、

今日のファッション、なにかいけなかったのだろうか・・と、

イブキが着物の袖を持ち上げてショボンと眺めた。


ハヤト「空から見ても華やかできれいで、ようイブキちゃんやとわかりました」


ハヤトは なめらかに言葉を訂正した。

ワタル「…。目、大丈夫かハヤの息子の方」

イブキ「ねえ、褒められたの?いま褒められてたのアタシ…?」

ワタル「褒められたんは、振袖だ安心しろイブキ、…ところでハヤト!」


ハヤト「はい。さぶいです」


ワタル「寒いんはわかってる、"連れ"はどうした」


ハヤト「は、 はあ…」


ワタル「さっきポケモンオタクから電話あってな。コガネ上空飛んでたんだろ?」

ハヤト「はあ、確かに。途中コガネでオタ・・、マサキさんに…」

ハヤトが引き吊った笑いで誤魔化した。

その表情から察するに、だいぶ・だいぶ・長く…

ワタル「捉まっちまったんだってな、正月早々ツイてねェなお前も」

ハヤト「もう電話来はったんですか… (あんな喋りよったのに…)」

ハヤトはため息ついただけだったが、

ワタルたちには しっかりその心が聞こえた。

ハヤト「せやったら恐らく、ぜんぶ筒抜けでしょうね…」

ワタル「いらん事までよう喋ったわあの野郎。それで、エンジュ行ったんだろ?」

イブキ「あら、ハヤトさんが迎えに行ったの?」

ワタル「Σおいイブキ、今日こいつら来るなら、あらかじめオレにも言っとけよ!!」

イブキ「言ったでしょ」

ワタル「言ってない」

イブキ「絶対言った!!」

ワタル「Σ絶対言ってない!! …痛ででッ!!」


ハヤト「…。」


ハヤトは少しばかり唇を噛みしめた。

ギリリ・・とイブキに頬をつねられてたワタルは何かを察した。

ワタル「あ… 、落ち着けハヤト、別に話さんでもいいぜ…」

ギリリ・・ムギュっとワタルの頬をつね上げた所でイブキも察した。

イブキ「Σやだ、何かあったの!?」

 ワタル「 痛ぇ…」


ハヤト「…事故です。」


ハヤトはキッと空を睨み上げた。

ワタル「アチャー…」

イブキ「飲酒してるの、やぁね…」


ハヤト「マツバ だけ 足がないんで、フスベさん行く前に迎えに寄ったんです…」


淡々とした口調でハヤトは語りはじめた。

ワタル「だけ? だけって何だ、まだ何か来るのか!?」

イブキ「うるさいわね、男、皆来るわよ!!

ワタル「Σハァ!?」


ハヤト「マサキさんに呼び止められたんで、少し遅れてしもうたんですが、

そこから飛ばしたんで、…まあ丁度の時刻に着いたんですエンジュのジム前へ。

そないしたら… だめですもう、べろべろで…。

地べた座って、寝とりましたよ…。ご丁寧に女もんの着物かけられて、

近所のお姐さん方に囲まれて、頬つっつかれたりして遊ばれとりました。

けど本人、マンザラでもない寝顔しとって…はあ。

同業者として情けな…腹立ちましたわ」


ワタル「本当ろくでもねぇな…あの坊主は」

イブキ「修験者よ」


ハヤト「揺さぶって、起こして問いただしてみたんですが、

どうも大晦日からぶっ通しで飲んでたようで、寝正月。

ゆんべです、夜になって起きてきて、花街界隈また遊びいって、

正月休みんとこの店をわや言うて開けさせドンチャン騒ぎ、

どうせそこの女将さんが、ええよって招き入れたんですわな。

マツバ・・あれでもてますから、里帰れんかった芸舞妓さんらも大集結して、

そりゃもう、ど派手にやらかしたみたいです……ワタルさん、叱って下さい」


ワタル「あー… そうか、うん、そりゃいかんな」

イブキ「…。」

ワタル「イブキ、何だその目は」

イブキ「アンタも、元日帰ってこなかったわよね…何してたの

ワタル「大人の事情で。 ハヤト君続けたまえ」


ハヤト「いや… その… 」


急に歯切れが悪くなった。

ハヤトはばつ悪そうにちょっと肩をすくめてから、続けた。


ハヤト「ダランとしてたんで、抱えて起こして後ろに乗せたんです。

本当ならその場で殴って水かけたろと思う所ですが、正月くらいは…。

とにかく、放さないようにって俺のここらへん、そう、わき腹辺りを。

そこにマツバの手を置かせといたんですが…

あの……

すいません、イブキちゃん、お耳塞いでもらえます?

はい、それで大丈夫です……ええですかワタルさん、

フスベ向かってくうちに、だんだんその…マツバの手が上がってきまして…」


ワタル「ちょっと待て、それ、オレが聞かなきゃならんのか!?」


ハヤト「この、前衿んとこから…入ってきて、懐中をまさぐられました」


ハヤトが自分の前衿を掴んでゆるめ、右手を軽くさし込んでみせた。

ゆるんだ襟元から白い肌やくっきりとした鎖骨がすっと見えたので、

思わずワタルも、お! と身を乗り出した所でおっとっと・・冷静に返った。

ワタル「まさぐられた」


ハヤト「そりゃもう、しつこく。まだ指の感触が残ってますわ、気色悪い」


ワタル「お前その、胸ん中、もちろん何も無いよな」


ハヤト「はい。ありません、平らなもんです。せやからビックリしてつい、

後ろにいとったマツバん身体…きっと鳩尾らへんやったと思います、

この肘で突いた所、均衡崩して落としてしもうたんです…」


ワタル「なるほどそれで事故か うん正当防衛やオレが保障する」


ハヤト「でもマツバなので、自力でこちらまで登ってくると思うんです」


ワタル「だろうな、落ちたついでに川でも潜って、正気戻ってくれてりゃいいんだが」


ハヤト「ワタルさん…」


ワタル「Σそ、そんな目で見んなよ…」


イブキ「あら。 あれマツバさんじゃないの?」

先程の、小者の道場破りのせいで開けっぱなしだった門の外。

その先をイブキが指差してる。


ワタル「Σもう来たのか!?」

ハヤト「 はやっ」





不思議と、辺りが明るくなった。

白い陽差が木漏れ日となり さっと降りそそいで、一本道を照らしはじめた。

山道の下の方から、キンキラした白っぽい金髪の男が歩いてくる。

なかなか急な斜面だが、まるで平らな道を歩いてるように楽々な足取りだ。

繰り出す歩幅は少しなのに、その一歩で進んだ距離が異様に長く、不自然だ。

あっという間に、こちらまで登ってきた。

エンジュシティ・ジムリーダーのマツバ。

いま、話題にしてた男である。

肌の色が白くて、背が高くすらりとしている。

淡い金の色の髪が長くて、肩に垂らしてる。

なんだか存在が静寂で、幽玄な美を感じる …しらふなら。

まるで世間のしがらみから、浮いたような人間である …しらふなら。

3人は考えてる。こうして遠巻きからみると、実に儚く美しい生き物だ。

……しらふなら。


マツバ「皆さん、明けましておめでとう」

マツバが頭を垂れて、ゆっくりと会釈した。


ワタル「…大丈夫そうじゃねぇか?」

イブキ「…大丈夫そうね、良かったじゃない」

ハヤト「…醒めてますね。おかしいな」


こちら側の三人は、アレー?と首を傾げた。

それを見たマツバも、三人につられて同じ方向に首を傾げた。

目と口元が微笑んでる、状況がよく分かってないようだ。


しらふな様子なら説明しよう。

マツバは厳しい修業のもとに身を置く修験者であり、

奇跡の目を持つという。幼い頃 開眼し、神童とされた。

血筋を辿っていくと、エンジュの古い とある一族にあたる。

古都エンジュシティのジムを任された縁もそこにあり、

ジムリーダーをやりながら、決まった期間は、

山中で修験道の修業を積むという半僧半俗の特殊なジムリーダーである。

あまり表に出てこないトレーナーだが、こっそり垣間見てるファンが多く、

ランキング調査では女性票を集めて、かなりの人気を誇る。

一見、物静かで穏やかそうだが、芯は強く、やや独善的な所がある。

…その半生は少なからず血筋に翻弄されている。

ジムリーダーをしているのも、ただそれを突きつけられたからで、

自分が望んで得た、という事ではないらしい。

本当の所はどうなの?と誰しもが尋ねてみたいのだが…

ちょっと。 腹が読めなくて、難しい。


マツバ「……。」


ハヤト「あの…、マツバさん」

ハヤトが恐る恐る前へ出た。

しっかりと衿元は締め直してる。

ハヤト「どこか、怪我などしてませんか」


マツバ「……僕が? なぜ」


ワタル「お前、鳥から落ちたんだってよ」

イブキ「でもちゃんと立って歩いて来たわね…平気そう」


マツバ「……鳥から。 不思議な事だね」


ワタル「涼しいもんだな。一切覚えてねぇってよ、揉まれ損だなハヤト」

ハヤト「Σやっ、やめましょう」


マツバ「……京の友禅だね。 大柄の見事な牡丹ですね」


イブキ「お正月なので」

イブキが得意げに胸を張った。

ワタル「赤えらぶところが、ガキっぽいよな」

てっきり桜かそこらだと思ってたワタルは慌てて茶化した。

ハヤト「何て事を言うんですか、お兄さん。古典でよう似合ったええ色です」

まずい、絶対ハヤトも目利きだ。

イブキ「いいじゃない、お嫁に行ったらもう着れないのよ」

ワタル「Σお前、嫁に行くのかッ!?」

イブキ「行かないわよ」

ハヤト「Σい、行かないんですかッ!?」

イブキ「アタシが婿を貰うの」

ハヤト「はあ、それがええです。イブキちゃん継ぐのが一番やと思います」

ワタル「ゴッホン!!」

ハヤト「おや、おったんですか長男のワタルさん…」

ワタル「Σ視線きつい! …ったく、ジョウト連中が集まると話が辛気くせぇ!!」

イブキ「まあ、家飛び出したアンタには御縁の無い話よね」

ハヤト「俺たち別に、そう難しく考えて無いんですよ。ね」

イブキ「家だ家だって、アンタが一番辛気くさくて、古臭いのよバカワタル」

ワタル「そ、そうかな…」


マツバ「……。 うん」


ワタル「Σマツバ、お前のとろい一言ズキッとくるんだよ心に!!」


マツバ「……。 イツキ君」


眩しそうに ぼんにゃりした顔で、マツバは唐突に上空を指した。

一同『ん!?』

どこ…


マツバの神託から、10分くらい経ったか。

みんなで お空を見上げることしばらく…

パタパタパタ・・と、かたい洗濯物が風にたなびくような音がしてきた。

なにか、不自然なものが向かいの山を越してやってくる。

ネイティオだ…直立したまま、羽だけ動かして奇妙に浮いている。

山肌背景にそれが滑稽すぎて、一同はやっぱり揃ってアレー?と首を傾げた。

…普通のネイティオは、こんな飛び方はしないし・出来ない。

その珍妙な羽ばたきをするネイティオの背後に、

もたれかかって立ってる人影が見える…ドギツイ原色の服を着た人物。

遠目からでも分かる、ネイティオの主人・イツキである。

片方の手をこちら地上に向けて、愛想良く振っている。


イツキ「こんにちわ〜」


ネイティオはラストスパート頑張って、パタパタ地面に着陸して…

力尽きた。

イツキは優雅に庭に降り立つと、ゴテゴテに装飾されたボールを取り出して、

ぐったりしてるネイティオをおさめた。

続いて、胸元からスッと鏡を取り出すと、後ろ向きになり、

風に煽られた髪とか服とかの乱れををテキパキ整えた。

最後に、鏡の中の可愛い微笑みをチェックすると、クルッと振り返った。


イツキ「☆ハッピーニューイヤーです☆」


ジャーン!と手を広げてみせた。

そこまで待たされた一同はまばらに乾いた拍手を送ってやった。

ワタル「誰だ、コイツを呼んだんは」

ワタルが訝しげに言うと、他のジョウトメンバーも続いた。

ハヤト「さほど飛べへん鳥が、よう頑張りましたわ」

マツバ「……。」

イブキ「アンタ、ひとりで来たの?」

あんまり歓迎されてないようだ。

ジムリーダー達の表情が硬い。


イツキ「ジョウトのジムリーダーって排他的で大っ嫌い」


ワタル「新年早々、何なんだお前は!!」

イブキ「あら、今日はお面してないの?」

マツバ「……うん。 可愛い」

ハヤト「いつもの仮面はどうされたんです」


イツキ「プライベートだから、してないよ!持ってるけどね!!」

愛想よかったのなんか、最初だけだった。

イツキはフン!とそっぽ向いた。

よく揶揄して呼ばれる、"セキエイ・リーグの毒吐きちゃん"である。

そもそも何故この四天王・イツキがフスベにやってきたのか皆、理解できてない。

ジョウトが地元故郷のワタルやジムリーダー達と違い、

イツキは他地方からセキエイにやってきた いわば他人で、

ポケモンリーグを介してない場所では、ジムリーダー達との繋がりは無く、

このジョウト地方の内輪面々の揃う場所では、全くの部外者なのである。


ワタル「…やっぱりジムリと四天王ってギクシャクしてんな」

そう言ってワタルが顔をしかめると、なんとジムリーダー達がジッと睨んできた。

ワタル「Σえっ 」

イブキ「セキエイの大人はね…この子の言動、ちゃんと注意しなさいよ」

マツバ「……。」

ハヤト「セキエイでうちらの事、ぼろかすに発言しとりますよ」


イツキ「だって。君たち、ちゃんと選んでバッジあげてないでしょ」


正月早々、ジムリーダーの地雷を踏んだ。

イツキのポケモンリーグでの発言だ。

その年の挑戦者の印象をコメントし批評するわけだが、

毒舌…つまり とことん素直である。

陽の目をみることの無いだろうトレーナーが長い年月かけて、

必死の思いでバッジをかき集めてやってきても、四天王を突破できない…

イツキが出した最初の1匹で、挑戦者のパーティが全滅したりする、

「"思い出作りとかでポケモンリーグに挑戦するのやめてもらえます?"」

各地のバッジ集め、過酷なチャンピオンロード、熾烈な予選トーナメント、

…やっと四天王に辿りついたのだ。しかしイツキの容赦無い発言である。

これに心をポッキリ折られた挑戦者は二度と戻らない。

「"こんな弱い挑戦者を選出したジムリーダー、君たちの責任だよ。"」

たまにそんな挑戦者を世話してやったジムリーダーを名指しで批判したりする。

何が気に喰わないのか、よくキキョウのハヤトが標的にされてる。

イツキの場合、挑戦者がなにかと嫌がるエスパータイプ専門なので、

ノーマルだったり弱点明白だったりのタイプを見下した発言がある。

ちなみに、そんなイツキ。ワタルと一緒でもれなく、

"だいすきクラブが だいっきらいクラブ"会員だ。(17話参照)

…と、イツキはこういう人物である。

どこの地方リーグも四天王とジムリーダーは互いに相容れない傾向があるのだが、

2地方から挑戦者の集まるセキエイ・リーグは、これまた一段と厳しい。

大げさでなく、四天王も人生とプライドをかけた大舞台なのである。


イブキ「Σあげてるわよ、半端ちゃんでもトレーナーとして見所良ければね!」

マツバ「……うん。 特に、イブキさんは厳し

ハヤト「人とポケモンの心技体どこかに惹かれればバッジは上げます」


イツキ「そういう生温いの、困るよ。基準は強さでしょ」


イブキ「うわ」

マツバ「……でた。」

ハヤト「セキエイ基準」


これがジムリーダーと四天王の決定的な違いである。


ジムリーダーがバッジを渡すには、勝ち負け以上に重要な事がある。

トレーナーとポケモンたちの腕試しをして能力を認めるだ。

ジム戦前、あらかじめ挑戦者に対して調節する。

例えば、レベルを合わせたりハンデをあげたりもしてやる。

それでいいのだ、豊富なジムポケモンの中から挑戦者にあったやつを出す。

ジムリーダー達は本来の手持ちポケモンをジム戦に出す事はまず、無い。

十中八九、挑戦者に勝ち目が無いからだ。

ジムリーダー、ポケモンバトルのエキスパートである。

ジムではひとつのタイプを専門に扱うので、中々披露される機会が無いが、

ポケモンリーグの認定試験の際…これは四天王も同じだが、

全てのタイプの知識と扱いを持ってして挑み、それを認められて初めて、

もっとも得意な、専門のタイプをひとつに絞るのである。

子供たちの憧れ"ポケモンマスター"という言葉があるが、本来こういう事である。

なにも、リーグを突き進んで優勝してチャンピオンになる事だけではない。

(稀に、専門のタイプを絞りきれてないジムがあったりするのだが、

大抵、新任したばかりでまだ方向性が決まらないジムリーダーの所である。)

だからジムバッジをあげるのに、挑戦者自身が勝つ事は最低条件なのだが、

ジムリーダー達のお眼鏡にかなう必要もでてくる。

気まぐれなジムリーダーだと、たまに例外もあって、

まだまだ実力が伴わなくても、お情けというか期待を込めてバッジを贈ったりする。

逆に、ジムリーダーを打ち負して勝ったトレーナーでも、

気に喰わないとされるとバッジを貰えない事だってある。

あまりにも理不尽にバッジが貰えないケースが続くとポケモンリーグが介入する。

ペナルティが課せられていき、一定ラインを越すとそのジムは停止処分となる。


一方、ポケモンリーグの四天王は勝ち抜きの実力主義である。

挑戦者に対してお情けとか、甘えとか、一切無い。

負けたら全て終わり、そこで道が断たれる。

かろうじて残れる希望は、翌年を待てば再挑戦できるくらいか。

しかしその1年は、辛い。

負けた挑戦者達は、圧倒的な実力差を思い知り、殆ど戻らない。

イツキが言ってるのは…、ジムリーダーが厳しく選定すべきだという事。

そういう精神的にすぐ参っちゃう弱者の出入りは、

ハナっからお断りしたいという訳だ。


ワタル「Σやめろよ正月に仕事の話はナシだナシ」

ワタルのようにチャンピオンというものになってくると、

また事情は変わってくるのだが。

イツキ「ワタルさんだって、散々文句つけてるでしょ、クソ雑魚どもっ!って」

ワタル「うん。 Σはっ、バカ余計な事を…」


イブキ「強ければ正しいのね? なら、アタシの方が正しいわ」

マツバ「……うん。 イツキ君なら僕も勝てそう」

ハヤト「Σふ、ふたりとも彼はリーグ中ですよ。駄目ですって…!」

正月休みだが、一応…いまポケモンリーグの開催期間中だ。

四天王やチャンピオンは、コンディションに気を使い、

些細なアクシデント…特に負傷など避けなくてはいけない。

だがイツキの顔は余裕であっけらかんとしてる。

こんな強い人たちと巡り合う機会は無い、

本来ならリーグを通して公式試合を申し込まないとならないレベルだ。

相手はトップトレーナー…ならば行くだろう!


イツキ「ワタルさんとタッグにしようか」

ワタル「お! やるのか!?バトル!!」

実はワタルもソワソワしてたので、願ったり叶ったりで食いついた。


イブキ「Σえ、お兄ちゃん審判してよ!!」


いま、誰よりも早く、むしろ反射的にイブキが言った…

だがその言葉にジョウト一同、全身総毛立った。


お、お兄ちゃん…!?


ワタル「 !!! 」

マツバ「 !!! 」

ハヤト「 !!! 」


イツキ「2対3かな、でもいいですよ」


ワタル「 !!! 」

マツバ「 !!! 」

ハヤト「 !!! 」


これが、アクシデント…!!


イツキ「Σど、どうしたんですか…みんな真っ白に」


ジョウト組の顔面蒼白っぷり。

その異常さに気づいたイツキは、思わずビクッと肩を上げた。

くるぞくるぞくるぞー…!!

ジョウト組は心と体を持ち直し、両耳の準備した。


イブキ「Σぅぉぉお、お じ い ちゃーん審 判して よー !!」

真っ赤になったイブキが実家に向かって吠えた。


キィィイィィン (耳鳴り)


その、近くで戦車が爆砲撃ったような声量に、

一同は震えながら耳を押さえつけた。

イツキ「Σ …!!!!」

ひとり対応し遅れたイツキは、振動が全身伝って骨の髄までガクガクきしんだ。

イツキ「し…信じらんないフスベ…ワタルさんが二人いる…」

セキエイでワタルの爆声に慣れてるものの、まさかその妹までもか!

動揺して焦点が合わない眼球がおよいでる。

イツキの頭に、トラウマがフラッシュバックした。

四天王になって初めて、皆の憧れ・ドラゴン使いのワタルに会った日。

怒鳴られた! 第一声「"オレを待たせんじゃねェよガキッ!!"」

う、うう・・恐くて1週間くらい顔を合わせられなくて避けまくった。

そう、イツキは毒舌だけど責められると弱いのだ。

例えば挑戦者が自分のフロアを突破しちゃった時…心がズタボロになる。

イツキは、向上心が強く 物凄い努力家で、

実は…、実は…、かなり敏感で、臆病で、

とてつもなく…繊細なのである。


ワタル「心臓止まったかと思たわ」

マツバ「……い、言い換えたよね?」

ハヤト「なあ。鳥肌…マツバまでも動揺するとは」


イブキ「アンタたち…素手にしますか ?」


ワタル「素手はあかん素手は、全員イブキにボコされるわ」

着物の袖をたくし上げた妹を、ワタルが慌てて取り押さえた。

ハヤト「ワタルさんどうもです、今日が俺らの命日なるところでした」

マツバ「……ハヤト。 君と死ねるなら本望だよ」

ハヤト「お前、やっぱりお酒が抜けてないやろ」

ワタル「おう、大丈夫かイツキ…」

イツキ「…負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける」

ワタル「Σメンタル崩壊した…ッ!?」


 ヤナギ「劣勢やな。」


冷たい声がした。

庭先で輪になり、ギャアギャアやってた一同は、振り返った。

門のところに、色白の綺麗な男の人が立っていた。

いや…、実際は老齢なのだが陽の下で皺が無く、

すっと背筋が伸びてほっそりしてるので、

一見、若い人と見間違えてしまう。ただ、髪は白銀だ。

ワタル達ジョウトの一同は、ドッと一列に並ぶと低く深くお辞儀した。

イツキだけ取り残されてポカンとしてたのだが、

そうだ!と思いだして皆を真似た。

…喧嘩やってる場合じゃない!

ジョウトの親分、ヤナギさんである。

一同『あけましておめでとうございます!!』

全員、腹の底から声を張って新年の挨拶した。

ヤナギ「おめでとう」

全員そのままの姿勢で、ヤナギは上からみんなの頭のてっぺんを見ていった。

ヤナギ「おい、ワタル」

ワタル「Σげぇ!オレ…!?」

ヤナギ「また何やその頭は、桃色か」

ワタル「もういいよ、桃色で」

ヤナギ「気ィ利かんな、ワレ」

ワタル「なんか文句ありましたか」

ヤナギ「お前んとこ客呼んどいて、全員外おるやないか」

ワタル「すんません (うるせぇ、ジジイ)」

ヤナギ「誰がジジイや」

ワタル「Σ聞こえたんか!?」

ヤナギ「顔に出とる」

 マツバ「……クス」

ヤナギ「いま笑ったんはマツバか」

マツバ「Σえ、えっと………あの…」

ヤナギ「酒くさ、お前ええ加減にせえよ」

マツバ「はい……」

ヤナギ「ハヤト」

ハヤト「はい!」

ヤナギ「お前は去年一年ええ子やった、頑張ったな」

ハヤト「拙いながら。本年も精進して参りますのでご指導賜ります様何卒お願…

ヤナギ「つぎイブキ」

イブキ「Σお、お手柔らかに…」

ヤナギ「可愛い」

イブキ「えっ 、やだ本当?」

ワタル「ジジイ、目ェ、大丈夫か!?」

ヤナギ「おう、健康や。 ん、あんた…四天王の子か?」

ヤナギが、イツキの前で止まった。

イツキ「ハイ」

ヤナギ「可愛い」

イツキ「知ってます」

ワタル「Σジジイ、男や男」

ヤナギ「知っとる。 顔上げてや? はあ、すげぇな…」

イツキ「じ、実は対面が苦手で…まじまじと見られるのがダメなんです」

イツキは視線をそらしてモジッとした。

その横に並んでたワタルが、ハァ?と顔を歪めた。

ワタル「嘘だろ、そんな初々しい台詞、初めて聞いたぞ…」

イツキ「あ、ワタルさんには何も感じないですからね」

ワタル「えっ 」

ヤナギ「なんやセキエイ…意外と仲ええな」

ワタルとイツキの軽いやり取りに、ヤナギはちょっと驚いたようだ。

なぜかここ最近、本州随一の問題児・ワタルは丸くなってきてるし、

四天王のイツキは噂ほど生意気じゃない。

そしてヤナギは顎を摩りながら、

ヤナギ「…なあ。」

横目でイツキを不快そうに睨んでる・・ハヤトに振った。

ハヤト「はあ。俺もセキエイの人らってもっとピリピリしとると思ってました」

ハヤトはしれっと答えた。

実はハヤト、面の皮がもの凄く厚い。口先だけなんてお手の物だ。

マツバ「……うん。 あのシ

続いてマツバが手をあげて発言しようとしたが 爆声にかき消された。

イブキ「ていうかセキエイ 潰し合い しまくってると 思ってたわよ」

ヤナギ「極端や。」

散々慣れてるので、ヤナギは耳を押さえてる。

ワタル「いや、どっちかってとオレとイツキは仲悪いねん」

イツキ「ハイ。でも僕は大いにリスペクトしてますよ、ワタルさん」


…ん?


ワタル「コ、コイツは四天王に入りたての頃から生意気でな…」

イツキ「ハイ。試合外でのワタルさんの態度が酷過ぎてガッカリしたので」


ジョウト一同『 解かる 』


ワタル「Σ声揃えんなや身内!!」

イツキ「でも!トレーナーとしてのワタルさんの魅力は、語りつくせません」


…なんと!突然、しおらしくなりやがって!!


ワタル「イ、イツキ君!!!」

ワタルがズッと近づく気配を察知し、イツキがストップと手の平をみせた。

イツキ「待って、それ以上近づかないで!」

ワタル「Σえっ 」

イツキ「ハグとかやめて下さい、ワタルさんと仲が良いと勘違いされてしまう!」

ワタル「いいじゃねぇかよ!」

イツキ「よくない、暑苦しいです!」


 ハヤト「チッ…帰ればええのに」

 マツバ「Σ……。 こわ(き、聞こえてしまった)」


ヤナギ「そんで?儂らいつまで外立たせとく気や、ワタル」

ワタル「あ? どうぞ勝手に入りゃいいじゃねぇか」

ヤナギ「お前は…、その言葉遣い何とかならんのかええ歳こいて」

ワタル「Σ強けりゃいいんだ、強けりゃ文句ありますか?」

 イブキ「うっわ」

 マツバ「……でた。」

 ハヤト「それではお邪魔しましょうか、ワタルさんお先歩いて下さい」

イツキ「そこは"セキエイ基準"って言って貰わないと」

ハヤト「…。」

イツキ「 無視! 」

イブキ「アタシまだ外いるから、どうぞ上がってね」

ワタル「イブキさっきっから、なんでや?風邪引くぜ」

ハヤト「おや、心配ですかワタルさん珍し…」

ワタル「してねぇしてねぇ」

マツバ「……雪。 降るね」

ワタル「降らん降らん」

ヤナギ「アっホやなお前ら、…わからんか」

呆れたヤナギが鼻を鳴らした。

…なにを。 男子一同は、頭上に「?」マークを浮かべた。

ワタル「おう!わかった!! バカは風邪引かねぇ!!!

ハヤト「あの、ご兄妹くらべたら幾分かな…ワタルさんのが」

マツバ「……。」

ヤナギ「馬鹿や」

ワタル「Σえっ おれカントーのガッコ、主席で出たねんけど…」

イツキ「え゛ っ。なにそのキワどい情報」

ヤナギ「おめぇ、裏口でゼニ渡したんとちゃうやろな」

ハヤト「なにせ昔は黒い噂たっくさんありましたから」

マツバ「……今も。 温泉、黒い交際が」

ワタル「Σお前らオレに対して失礼すぎねぇか!?マツバは何視てんだコラ!」

イツキ「"黒い交際"に否定は無いんですか?」

マツバ「……。 でも、赤い」

ワタル「Σやめろやめろ!」

ヤナギ「ちゃうわマツバ、こいつ桃色や桃色」

ワタル「Σジジイがちゃうわ、髪色のことじゃねェよ!?」


イブキ「はやく 行け」


イブキに物っ凄く睨まれたので、そそくさと庭を出発した。





-移動中-


ワタル「おう、ヤナギのジジイが来たら 一気に冷え込んだな!」

ヤナギ「そや、雪雲 連れてきたで」

…ゆきぐも?

ワタル「まさか〜、今日めっちゃ快晴だぜェ 冬のヤナギさんよ」

ハヤト「俺も空飛んで来ましたが、見事な日本晴れでしたよ」

マツバ「……。 大雪」

ワタル「Σな、なんだお前?」

ハヤト「Σみ、視えたんですかマツバ?」

マツバ「……。 降る」

ヤナギ「ほんまか」

マツバ「……。 帰れない」

イツキ「それは噂の、奇跡の眼ですか?」

ヤナギ「千里眼やからな、きっと雪雲みえたんや」

ワタル「胡散臭ぇな…予報みてきたんとちゃうかお前」

マツバ「……。 うん」


一同『Σうん!?』





つづく