新春フスベ@



年の瀬に一報をくれてやった。



「正月、帰るからな!!」



それだけ!

勢いよく、電話を切った。





【ジョウト地方、フスベ】


新年、明けて二日目。

早朝。

故郷の山道を歩いていた。

森林の道をもう少し登った先に、実家がある。

一帯の山々は、私有地だ。

事情により地元での移動は大変だが、ここまで来れば人は居ない。


フスベとは、山岳地帯で岩山に囲まれた台地を開いた場所にある。

どことなく封鎖的な雰囲気が漂っていて、

それは街の造りのみならず、住民の様子からも伺える。

いわゆる田舎町である。


フスベシティの北の端にあるポケモンリーグ公認・フスベジム。

数ある中でも珍しい、ドラゴンタイプ専門のジムだ。

現代では"ドラゴン使い"と称されるフスベの古い一族がやっていて、

そこへ毎年、志願した多くの弟子たちが修業に集まってくる。

ドラゴンという希少なタイプに魅せられた者たち、

または"そこの出身トレーナー"に憧れた者たちなどである。

しかし伝統を重んじた修業は想像を絶する過酷そのものという噂で、

苦しい下積みばかりで ろくに学ばせて貰えず、

しまいには 逃げ出す者もでるという。

いまの厳冬を越えて春、きっと今年も残る弟子は極僅かだろう。

(…というのは、ひと昔前のフスベの話で、

現在は、入門してくれた人間をわざわざ返すこともなく、

入門費やら月謝やらの運営資金源を出してもらい、

意外とフランクにやっている。

巷では最近、トレーナーズ・スクールというのが流行っているらしいが、

所詮は街中の入門講座である。

そこのバックにポケモン・リーグがついてる場合もあるようだが、

そんなのもは、たかが知れている。

一方フスベは、本家本元である。

ドラゴンを専門的に学べる場所が少ないため、

山奥だろうが看板を掲げておけば手放しでも門下生が集中する。

また実は、所属リーグの方からもジムの運営経費がまわってくるようで、

ここだけの話、大層なあぶく銭である。)


そんなフスベジムの裏手には綺麗な湖が広がっており、

更にその先に、高い岩山の絶壁がみえる。

でも手前に少し岸があって、そこに小さな洞窟の入口が見える。

ここを"りゅうの穴"という。

フスベの一族の神聖な場所であり、一般人は立ち入れない。

ここの出入りはかなり厳しく管理されているようで、

ジムの門下生であっても許可を貰えているのは一握りらしい。

入口こそ 見落とす程に小さいのだが、

"りゅうの穴"の中は果てしなく深く、下へ下へ洞窟を降りていくと、

鍾乳洞になり、やがて一面の 地底湖が現れる。

底なしの湖水に囲まれた中心にひとつ、小さな島が浮いていて、

その島の上に やたら立派な祠が建っており、

なんと龍の御神体が祀られているという。

この場所が、"フスベのドラゴン使い"歴史の起源である事が分かる。


ジョウト地方には、古の神の信仰が現代においても盛んに続いている。

有名なのは、虹色の鳥のような姿をした美しい神、ホウオウである。

正しい心を持った人間の前に姿を現すという、再生を司る炎の神である。

古都のエンジュを中心に祀られており、伝承も多く残っているが、

もとは飛鳥でキキョウ。大昔の遷都の際、エンジュへ移された。

仕えた一族の末裔がキキョウに残っていて、

いまなお尊く鳥神を崇めてるという。


そしてもう一方、ジョウト各地に伝わる別の神がいる。

火の鳥の神・ホウオウに対して、こちらは水の神・龍神である。

土地に雨を降らせたり、水難から人を守ったりなどする繁栄の神だという。

ジョウトの内陸部に多く伝説を持つホウオウに対して、

龍神信仰は、当然のごとく海・川・湖などの水に面した地域に多い。


とある文献に、海から現れた龍神の生きる神体を目撃した記録がある。

白く、翼があり、鳥のような姿をしていたというのだが、

羽毛は無く、表面はヘビのようにつるりとしていて長い尾が生えていたという。


しかし、ここで肝心なのは翼…鳥型なのだ。

もし現代人ならその姿を西洋的な翼竜と認識したかもしれないが、

この土地の古の時代の人にそんな見解は無かった。

つまり翼があって飛ぶものは、鳥なのである。

しかもジョウトにおいて、特別神聖なのが鳥だ。

このため、この龍神とは全く別の性質を持つ"炎の神"、

つまり同じく鳥の姿の神・ホウオウの信仰と混同されて同格の神となり、

それが いつしか火・水で対をなす神と考えられる傾向となった。

またホウオウが炎で太陽・つまり陽とされ、

海から現れた龍神が潮の満ち引きと関係する月・これが陰となり、

少々強引な気もするがそれぞれ昼と夜を司る神ともされ、

古のエンジュなどではこの見解が流行ったという。

もともとジョウト内陸部を中心とするホウオウ信仰に対し、

龍神を信仰していた地域はほぼその外囲の場所にあたる。

もしかすると2つの神はやはり対で、内・外で揃って1つであり、

古からジョウト地方を守ってきたのかもしれない。

しかし龍神信仰の方は長い年月とともに廃れていったようだ。


ひとつだけ、ホウオウと龍神が同時に登場する有名な伝承がある。


内陸部のエンジュに、

ホウオウを祀った古い建物が、現存する。

木造ながら神仏習合の高層建築で、空に近い屋上が祭壇となっている。

そこに実際、ホウオウが降臨したという。

実はその建物の隣には昔…やはり対になるようにもう一つ、

"鳥の姿の龍神"という不思議な神が祀られていた建物があったという。

そしてこちらの祭壇には、海から現れた龍神を招いたとされている。

恐らく二つの建物は、同時代に建てられたと推測されるのだが、

しかし、いまはもう無い。

いまの世に完全な姿で現存するのは、ホウオウの建物の方だけである。

龍神の方の建物は幾年も昔に焼けてしまい、無いのだ。


龍神は水の神、本来火難を防ぐ…はずだという。

また この龍神の建物を焼いた火災の原因は、落雷だったらしい。

そもそも龍神とは、雨を降らせるため雨雲の雷神だともされる場合がある。

もし仮にそんな神が本当に居たとするならば、

自らを祀った場所が落雷により焼失など起こりえるのだろうか。

いや、起こったのだ。

しかもそれが神の、意図的な…人への戒めだったと伝わる。

これは当時の古い文献に残ってる。

人間側に、信仰と権力の長い動乱があったという。

これに怒った神がついに人間を見限った…というわけである。

雷を落としたため、火難を防ぐはずの龍神を祀った木造の建物が燃える、

龍神の建物は三日三晩燃え続ける大火事となり、全焼。

焦げて崩れた建物の中には、逃げ遅れたものが少なからず在ったという。

一方、横で全てをみていたのが、炎の神ホウオウである。

ここでホウオウも酷く心を痛め天へ帰るのだが、

その際炎で殺生した龍神を許さず決別する。

しかしホウオウの方は人を見捨てず、憐れみ、

その後も天空から人の世の様を見守ったという。

一方龍神は地の向こうへ飛び去って、海深く潜り、そのまま戻らなかった。

ここまでがエンジュに語り継がれる伝承である。

以降、龍神信仰は表だった記録もなく、知る者も減り、

時代の流れとともに衰退していった。

ホウオウに比べ、名前すら残ってない。


しかし、果たしてそうなのだろうか。


土地こそ内陸だが、ジョウトの端に位置するフスベシティには、

"龍"を祀った場所がある。

またその場所に生きる一族も龍を司る人々である。

ジョウト地方の地図を広げてみると、

フスベの傍らには雨の降り続く"怒りの湖"という場所があり、

やはり古来の龍神伝説がある。

地図上ではこの湖、チョウジタウン北となっているのだが、

この"怒りの湖"の源流こそが、フスベの山の湖水である。

また、正式に地質・潜水調査された訳ではないが、

"怒りの湖"とフスベの"りゅうの穴の地底湖"の2つの湖は、

地下の深いところで繋がっている可能性もあるという。

そして"怒りの湖"から流れ出る川は、ジョウトの各地の水道を巡り、

海へ至る。

ジョウトの龍神信仰…、

もしかするとまだ絶えてはおらず、その起源に、

フスベは何か只ならぬ関係があるのかもしれない…。


「なーんて。正月早々、重苦しいよな…」


古のジョウトの伝説はさておき。

こんにちのポケモントレーナーあふれる社会において、

フスベシティという場所は国内のみならず世界的にもかなり…、

いや…、とても かなり有名だ。

全世界にて展開される、ポケモンバトルの認定団体…

『ポケモンリーグ』

その発祥の地であり最難関、セキエイリーグ・チャンピオン…

ドラゴン使いのワタル出生の地なのである。


「あー斜面、疲れるわ。ったく、このド田舎フスベが…」


あれが実家だ。

見えてきた。

目的地である。





街の北端・フスベジムの裏の湖、

先ほどの"りゅうの穴"に繋がる湖畔を、

回り込むようにしてのびる山道をしばらく歩いて行くと、

そちらの行く手には壮大な和建築の屋敷がある。

城かと思うほどに圧倒されるが、個人宅である。

だがその前に、大昔の関所のような立派な門と塀があり、道は塞がれている。

この門の場所から奥の邸宅まで…

遠い。 果てしなく。


ここがフスベの実家だ。


いままさに、そこに到着した。

さすがに正月の二日目、しかも早朝で静かなものだ。

家には身内と、わずかな使用人が残ったくらいだろうか。

門下生たちは殆どが帰省してる。

なんと、フスベの宗家である。

元旦だったら親戚分家の連中がまとまって挨拶に来ただろうが、

他、一切お断り。

実家の正月三が日は完全休暇である。


…そう。

元旦に帰ると、居所が悪い。

このフスベの親戚連中が手をこまねいて待ち構えており、

一斉に大判の写真を叩きつけてくる。

『縁談』


全くその気は無いので、怒って暴れて新年会をぶち壊すのが恒例だった。

そんなのはどうでもいい、

自分はこの家の長男に生まれたが、

どうせ実家は妹が継ぐ、

そして自分は自由に生きるのだ。

しかし、

実は、一族で誰より一番、

実家の伝統に囚われているのが…


「オレ、なんだよなァー…」


ハア。

ワタルは、壮大な実家の分厚い鉄門の前で、心の底からタメ息を吐き出した。

正月早々、世界最強ランクの男がタメ息だ…。

ふと・・目をやると、

鉄門の脇には、これまたご立派な正月飾りの門松が ボン と置いてあった。

ハア。

またタメ息をついた。

躊躇してる。入りづらいのだ、ここから先に。

しかしそんな事思ってても始まらないので、

ワタルは、辺りをそれとなァーく・・確認してから、

地面を踏み切って、ピタっと閉まってる高い鉄門によじ登った。

鉄門の上部は平らで、そこからヒョコっと頭を出す。

とりあえず、中の様子を探っておこうとしたのだが、

ハタから見ると…セキエイ・チャンピオンの男が覗いてるという事になる。

大丈夫、こちら側に誰も居ないのは確認済だ。


ワタル「!」


驚いた、

実家の門の中、和庭園なのだが、少し離れた所に人が立ってる。

庭師に整えさせた見事な庭の中にとても映えている、

正月の晴れ着…つまり綺麗な振袖を着た…

あれは、妹だ。

妹は、門の所で見てるワタルには気づいてない様子だが、

ゆっくりと、ゆっくりとこちら側を振り向く、これはもしや…

か、

か、かわ…

かわ… !?



ワタル「オエーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



ワタルはうんざりした表情を作って、どデカイ声を捻りだした。


すぐに目が合った。

驚いた顔をしてる…せっかくの晴れ着姿の妹が、

この門によじ登って悪態つく兄の姿に気づいた。

ワタルにしてみれば何てことはない、妹をからかったのだ。

素直じゃない、捻くれている、天の邪鬼、兄本人は無意識だが、

もしかしたら着飾った妹への照れ・・隠しなのかもしれない。

しかし、


「何してんのよ、キモイ」


妹の口から出た、新年一発目の言葉だった。

ワタル「Σえっ!?」


「正月早々、何してんのよって聞いてんでしょ、馬鹿ね」


綺麗な振袖を着た妹が、なんと腕組して仁王立ちになって言った。

蔑むような顔で兄を見上げている。

ワタル「おめでとう!」

「おめでとうじゃないわよ、挙動不審者」

ワタル「Σえっ!?」

「もっと普通に帰ってこれないの、ブザー押せば門 開くわよ」

ワタル「Σし、知って…

「いつまでそこから覗いてるつもりよ」

ワタル「の、覗いてねぇよ…!!」

「アタシはね、アンタに見せるために着物着たんじゃないわよ」

ワタル「ちょっと待て、声がデカイんだよ、静かにしろ」

「静かにすんのはアンタよ、アンタを待ってたわけじゃないんだから」

ワタル「うるせぇ、いいか待て、家のモンにバレるだろ!」

「今さらアンタなんか帰ってきても、誰も寄って来やしないわよ」

ワタル「Σ何だとッ!!」


物っ凄く、睨まれてる。

…ああああ、もう嫌だ、帰りたい、そうだ、帰るぞ、

オレは帰るぞ、今すぐどこかへ!!!!!!!!!!

だが一言こいつに文句を言ってやろう。


ワタル「おい、兄貴に向かってその口の聞き方はなんだ!」

「アンタこそ、妹に向かってオエッて何よオエッて!!」

…ハッ、

…そうだった、

…それはどうも、

ワタル「す、すいませんでした…」

「分かればいいのよ、分かれば、馬鹿ねぇ」

ワタル「…。」

ショゲた顔をして、ワタルはそのまま門を乗り越えて庭へ入った。

ワタル「よう、イブキ。ただいま」

ちょっと脹れた感じで、妹の名前を呼んだ。

妹はフンと そっぽを向いたが、

イブキ「なんで元旦に帰ってこなかったのよ」

ちょっと口を尖らせてる、だが無意識のようだ。

これがワタルの妹であり、

フスベシティ・ポケモンジムのジムリーダー、

イブキである。


昨年末、ポケモンリーグの仕事納めの日にワタルは実家に連絡を入れた。

確か、電話に出たのはこのイブキだった。

一方的に話して、切ってしまったのだが、確かに正月帰ると伝えた。

そんな電話を受けたイブキは、てっきり元日の1日に帰ってくると思って待って…

待って…?

待ってたに違いない!


ワタル「オイオイ、お前〜…遅くなって悪かったな、オレの事待ってたんだろ」

ワタルがニヤーっと笑って、イブキの頭をガシガシ撫でた。

イブキ「だから、アンタじゃないわよ」

ワタル「まあまあイブキ、そう照れんなや、ガラでもねぇ」

イブキ「照れてないわよ」

ワタル「Σなんて冷たい眼で兄貴を睨むんだ、この冷徹女…いや、 男か?」

イブキ「ハァ?女よ、目ン玉腐ってんじゃないの ボケたの?

ワタル「Σボケてんだよ!」

イブキ「あらそう、残念だわ」

イブキは鼻で笑った。

ワタル「そのボケじゃなくて、ボケだボケ、わかるなボケのほう!」

イブキ「もう勘弁してよね、アンタみたいな兄貴もって本当に残念だわ」

ワタル「誰かー!!」

イブキ「っていうか、アンタが血を分けた兄だって事実が嘆かわしいのよ」

ワタル「お、お前な…」

さすがにワタルは言ってやった、

ワタル「それ全国民に一斉調査してみろ。贅沢な嘆きだと分かるはずだ」

だがこの妹には通じなかった。

イブキは手を浮かせ、ワタルへ向けてシッシと追い払うような仕草した。


イブキ「アタシ、まだ外にいるから、家入って消えて


ワタル「Σオレに命令するな!」

イブキ「何よ」

ワタル「別に見たくねぇから…お前の振袖なんかな、目ェド腐るわ!」

イブキ「!」

イブキが思わず カッ となって、片手を振り上げた。

平手打ちしようとしてるのか、ワタルの頬に向かって勢いよく振り下ろされた…

が!その平手の開いた形は、宙の移動のわずか秒数のうちに、

じょじょに握りしめられていき、

ワタル「Σグッ!」

ワタルの頬にブチ込まれた時には、グーだった。


イブキ「ぶつわよ!バカワタルッ!!」


ワタル「あー痛ぇ痛ぇ。そんじゃ、ぶたれる前に黙るか」

ワタルは頬をさすった。

…骨身にしみる…

昨秋だったか、

ワタルは地元を離れてて、ホウエン地方の・・やっぱり田舎に居た。

セキエイリーグのオフシーズン中で、フエンという場所を選び休暇を過ごしてた。

そして秋になり、そろそろリーグ開幕なので戻ろうとした矢先、

ひょんな事からセキエイ四天王のシバと会った。

こんな場所までワタルを迎えにきてやった…というのは、ただのついでで、

シバの本来の目的はフエンそのもの、そこの温泉巡りだった。

ワタルが訪れた山中の野湯で偶然ふたりは再会したのだが、

そこでワタルの身に・・いや顔に、理不尽な具合が生じた。

突然シバのポケモン・エビワラーの高速の腕が伸びてきて、

それに思いっきり この右頬をブン殴られたのだ。

…その晩、酷く腫れた。

…真夜中過ぎるとパンパンだった。

さすがに痛むし、自分で鏡を見てみて、この顔はマズイと思った。

シップを貼って隠してみたが、目にしみたので すぐ破り剥がした。

ホウエン地方のフエンタウンには、昨年春頃から長期滞在してた。

そもそものきっかけは更に遡った一昨年の夏で、

とある手違いでフエンを根城にする奇妙な集団のもとに、

ホウエンの土地勘がまるで無いこのワタルが迷い込んだ事からだった。

そのまま居ついて馴染んでしまい、夏・秋とそこで過ごした。(16話参照)

その後セキエイに戻ってチャンピオンとしての責務を果たしていたが、

どうもそのフエンのひと夏の滞在が忘れられずにいて、

結局 春にリーグが閉幕すると同時に再びそこへ出かけていって、

そのまま戻らず、また次のリーグが開幕する秋まで入り浸った。

シバが迎えに来なかったら、もう少しばかりフエンに居た事だろう。

と。いうわけで、ワタルがだいぶ贔屓にしてる所だったが、

シバ(のポケモン)に殴られてプクッと腫れた右頬…、

チャンピオンのそんなマヌケな姿を一般庶民どもに晒したくないという理由だけで、

ワタルはシバに合流した。

朝を待たず、その夜のうちに引き払ってきたのだ。(33話参照)


本州に戻ったら、一気に勘が戻る。

セキエイから召集がかかる、チャンピオンとしてそれに応じる。

ポケモンリーグは毎年秋に、全世界一斉に開幕する。

セキエイ高原のリーグ本部も準備で大忙しである。

ワタル達はまず所属トレーナーとしてPR活動に出される。

ミーティングがあり分刻みのスケジュールを組まれる。

別に強制というわけではないのだが、ワタルは立場を知っている。

この自分が出なきゃ、世界のリーグは始まらない。

なにせ、発祥の地・セキエイリーグのチャンピオンなのだから。

それからとにかく毎日が目まぐるしくなる。

不動のセキエイリーグ・チャンピオンは、どこよりも一番最初に紹介される。

このワタルの不敵な顔が、姿が、全国をかけ巡ると祭りが始まる。

全世界の、ポケモン・リーグが開幕する。


それはそれだが、これもこれ。

夏休みに旧友に殴られる、正月休みは妹に殴られる。

決して誰も想像しえないだろうが、これも全て"ワタル"である。


イブキ「手土産、無いの?ほんとやぁね…」


ワタル「Σ実家だが!?」

イブキ「アンタね、もう実家を出たんでしょ。お年賀とか持ってらっしゃいよ」

ワタル「そんな習慣オレにはねぇよ」

イブキ「やぁだ、ほんと」

ワタル「何か持ってきてもお前ら文句つけるだろ、だから持って来ない!!」

ワタルがつっぱねた。

イブキは矛先を変えた。


イブキ「だいたいアンタのその頭、何色よ」


ワタル「あ、頭ァ!?」

イブキ「帰ってくるたび変な色に染めちゃって、何よその桃色」

ワタル「Σピンクだ!!」

イブキ「年末の試合は赤だったじゃない、また染めたのー?」

ワタル「染めたんだ!アニメーションカラー」

イブキ「変な色ねぇ!!」


モギギギ…


ワタル「Σい、痛でででで…禿げる!!引っ張るな!!」

イブキがモギュっとワタルの前髪あたりの毛束を握って引っ張った。

イブキ「どうせそのうち禿げるわよ、うちの家系の男をみなさいよ」

ワタル「Σオレを一緒にすんなッ オレは絶対違う!!!」

イブキ「違わない!!」

ワタル「Σ違わな…Σ違う、いや絶対違うッ!!!」

イブキ「アンタもね、いつかはおじいちゃんみたいにツルっぱ…


 長老「なんでそんな事いうんじゃ…」


イブキ「Σはっ…!」

ワタル「Σげっ…!」


家の方から声がした。二人は口論してて気づかなかったが、

フスベ一族の長老、ワタルとイブキの祖父がポツンと立っていた。

おじいちゃんは庭先から聞こえる大声に気づいて、

心配してわざわざ様子を見に来たのだが、

まさか。呪われし一族の悲惨な遺伝問題が取り沙汰されてるとはつゆ知らず、

出てきた途端に、「ツルっぱげ」。

長老は悲壮ただよう表情で孫二人をみつめていた。


長老「全くお前達は、正月早々………」


イブキ「お、おじいちゃ…Σ長老!」

ワタル「おう、ジジイ!」


長老「ええかお前ら、花の摂理じゃ……」


イブキ「花の摂理?」

ワタル「しっ。 黙れ、イブキ」


長老「花いうんは、いつか抜けるんじゃ……」


二人『Σハア!?』


長老「いつか、抜けるんじゃ……驕るなや」


イブキ「何よ」

ワタル「ジジイ。花の一生を はしょり過ぎだ」

イブキ「摂理って"毛は、抜ける"って事? そんなの当たり前よ

長老「せやからワタルの大事な御髪を引っ張ったらあかん」

ワタル「そーだそーだ」

長老「有る、うちが、花なんじゃよ………ワタル」

ワタル「何でオレ見ていうんだよ、オレは一族中でも・奇跡の豊作だ」

イブキ「花…ねぇ。 おじいちゃ…長老みたいに、花びら枯れて抜け落ち…

長老「Σ !!!」

ワタル「やめろイブキ、それは禿げにむかって禿げっつってるようなもんだ!」

長老「Σ !!!」

イブキ「やだおじいちゃん!大丈夫!?」

ワタル「いやもう手遅れだろ」

長老「ふ、ふん!そんな事言ってられんのも、今のうちじゃぞワタル!」

ワタル「あー?」


長老「おじいちゃんな、育毛コース組んだのじゃ」


長老はエッヘンと胸を張った。

ワタル「い、育毛コースだァ?」

ワタルがズッコケた。

イブキ「そうよ、長老ついに再生計画」

イブキは勇ましくガッツ・ポーズした。


長老「都会のな、コガネの店まで出向いて説明聞いて来たんじゃ」


ワタル「あのなあジジイ、育毛つったっておたくのテッペン全部枯渇してんやろ」

長老「Σな、なんじゃて…?」

ワタル「そんなん、育毛する根がないねん。無理や」

イブキ「アンタねぇ、応援しなさいよフサフサの長老を見てみたくないの!?」

長老「そーじゃそーじゃ」

ワタル「ジジイ、毛が存在してた頃ってあったのか?」

イブキ「おじいちゃん、あったの?昔の写真…まだ白黒の時代から 無いじゃない」

ワタル「ていうか育毛コースってなんだ、育毛コースって」

長老「なんじゃ興味あるんかワタル」

ワタル「いいや個人的には全く、しかし後学のために」

イブキ「プハッ…!」

ワタル「なんだその乾いた笑いはこのバカイブキが」

長老「そや!契約書みせたろか、お守りとして肌身離さず常に持ち歩いてんじゃ」

バッ (発毛・育毛コースお申込書)

ワタル「Σお、おう。凄い意気込みだ、どれどれ…」


…。


ワタル「なぬ。」


長老「どや」


ワタル「ボッタクられとる」


長老「そんなアホな事あるか」


ワタル「いや、こんな法外な金額なるか?」


長老「なるんじゃ、育毛やからの〜」


ワタル「だめだこりゃ、解約しろ、解約」


長老「Σなんでじゃ、爺の夢を奪う気か!!そんなん爺の勝手じゃ!!」


ワタル「Σ勝手じゃねぇよ、どうせこの支払のツケ、全部オレにくるんだろ!?」

長老「ええじゃろ、ワタルもわしのフサフサ見たいじゃろ」

ワタル「別に今さら興味は…」

イブキ「いいじゃないのよ、払ってあげなさいよ」

ワタル「Σえっ」

長老「そーじゃそーじゃ!ワタル払っとくれ」

ワタル「Σえっ」

イブキ「ていうか保証人の欄、アンタの名前になってるわよ」

ワタル「Σえっ」

長老「その場でローン組んでの、分割じゃ分割。一括のがよかったか?」


ワタル「えっ …」


長老「おじいちゃん払えなかった時は、頼むぞワタル」

ワタル「Σちょっと待…

イブキ「良かったじゃない。孝行できて、不肖の孫」

長老「ワタル、おじいちゃん頑張るからの!」

ワタル「う…うん」

長老「ワタル、見せてやるからの!」

ワタル「お…おう」


イブキ「あ、それとこの晴れ着もね…」

イブキが唐突に、身につけてる振袖の裾をクイっと持ち上げてみせた。

イブキ「買ったから。それだけ」

ワタル「は」

イブキ「しっかり稼いでよ、大黒柱」

長老「やっぱり男は稼いでなんぼじゃの〜」

アハハハハハッ!!


これがフスベの正月だ。

ワタル「だめや…やっぱオレが一線で稼がな、この家潰れるわ…」

改めてワタルは、自分の両肩にズッシリと・・この実家の散財癖の重荷が、

ノシかかっているのだと解かった。

しかし世界トップランクのトレーナー・ワタルの莫大な収入を考えると、

こんなものを払ってやった所で痛くも痒くもカスリもし無いのだが、

この実家一族がセコセコため込んでいるのを知ってるので、

何だかやりきれないなと思うのであった。


長老「ところで二人、新年の挨拶は互いに交わしたか?」


イブキ「何よ、今さら」

ワタル「あ、挨拶…?」


長老「正月くらいは、ちゃんとしなさい二人とも…」


兄妹二人は睨み合い、長老挟んで対峙した。


イブキ「あ、明けまして…」

ワタル「あ、明けまして…」

二人『おめでとバーーーーーカ!!!!』


長老「(例年通りじゃのぅ)」





つづく