怪奇現象・山漢



秋の夜長、温泉地フエン。

ここ最近、奇妙なUMA(未確認生物)の話題で持ちきりだった。



団員1「一日お疲れさまで〜す」

団員2「じんわり湯が沁みる〜」

団員3「スピー… Σはっ 寝てた」


フエンタウンでもちょっと穴場の露天温泉。

今日は早上がりした下っ端3人組が、ぽか〜っと浸かって癒されていた。


団員1「だからマグマ団は辞められないんだよな〜」

団員2「そうな。サブちゃんいい加減にしないと風邪引くよ」

団員3「スピー… Σはっ やっぱり寝てた」


温泉の湯煙が白く、モワモワと上がっていく。

日没した空は少し曇っていた。その墨色の雲の流れが、やや速い。


団員1「最近ウワサの…"煙突山の獣人"…知ってるか?」

ひとりの団員が、ポツリとつぶやいた。

団員2「うん、フエン一帯に伝わる都市伝説だろ…」

団員3「フエンは都市じゃねーよ」

団員1「獣人は、古くからこの"煙突山"にひっそりと棲んでるらしい…」

団員2「たーまに山から下りてきて畑を荒らしたり、温泉に浸かりにくるって…」

団員3「例えば。人里から少し離れた、ちょうど…ここみたいな温泉の…」


ザワッ…


団員『!』

突然、強い風が吹き・・露天温泉の周りを囲んだ垣根の葉がゆれ動いた。

なんだか妙な寒気を覚えた団員達は、湯船に肩まで浸かり込んだ。

団員1「う〜…"煙突山の獣人"、ここ最近…頻繁に目撃されてるらしいって本当?」

団員2「イエティ説。全身が毛むくじゃらで、凶暴…長い腕が何本もあるらしい」

団員3「いや、ビッグフット説。人間より足が長くて、足跡もデカイ」


チャポン。

湯船に・・しずくの落ちる音が響いた。


団員1「なあ…」

団員2「な、なに…」

団員3「わかる、さ…さっきから俺も気になってた…」

団員達はゆっくりと・・気まずそうに、同じ方へ視線をむけた。

湯気の白い視界の中、…ぼやけていたが、…微かに動いている。

団員1「こ、この露天温泉…最初っから僕ら3人だったよな?」

団員2「は、入った時は3人だった…湯気もこんなモワモワ上がってなかったし」

団員3「さっきから、あの向こうの影…岩かなって思ってたんだが…」

3人から少し離れた所。

目を凝らして見ると、霞む視界のそこに、

大きめの岩・・のような物体がある事がわかってきた。

団員1「入った時は、あんなのなかったよな…」

団員2「だ、誰か近く行って見てきてよ…」

団員3「Σあ! やっぱり動いたぞ!!」


ピチャ… ピチャ…

水滴の垂れる音が響いている。

ピチャ…

湯煙の中にある、岩のような大きな影は…モゾモゾっとゆっくり動いた。

それはどうやら広い背中で、首がゆっくりと…こちらを振り返ったような…

団員『Σヒィ!』

煙突山の獣人は、毛むくじゃらで…

もさもさ…


団員達『そら逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ!』


身の危険を感じた、持ってきたタオルを掴んで、団員3人は慌てて逃げ出した。





【マグマ団本部】


団員一同『ホムラ幹部、行ってらっしゃいませ!』


玄関先で敬礼した団員にお見送りされ、ホムラが出てきた。

小脇に、温泉入浴セットを抱えている。

ホムラ「テメェら」

ホムラが、ふと立ち止まって振り返った。

…団員達は、地面に直立し続けるよう気力で踏ん張った。

ホムラ「…抜かるなよ」

一言やると、ホムラは歩きだした。

幹部の、特に機嫌が悪いわけでも何でもなく、単なるマグマ団の日常。

これからホムラはほぼ外灯のない夜の道を歩き、

温泉へ出向いて、一日の疲れをリセットするのである。

やや違うといえば、今日は同じ幹部のホカゲがくっついていないという事。

団員達はこのまま、ホムラの姿が見えなくなるまでピクリとも動かず、

美しい敬礼をし続ける…というのがいつも馴染みの光景だった。


 団員123『うぎゃあああああ出たあああああ!!!!』


だが 一転して、非・日常となった。

ホムラの進行方向の道先から、素っ裸に…タオルを巻きつけただけの…

まさかのマグマ団員が必死の形相で突っ走って帰還してきたのだ。

ホムラの足が、ピタリと止まった。

お見送り団員達はこの緊急事態に対応せねばならなかった。


 団員123「助けて、出た、出た出… Σギャー!ホムラさんお疲れ様ですッ!!」


先ほどの露天温泉から逃げてきた団員3名で、

立ちはだかるホムラの姿を確認すると、

ピタッと走る事をやめ、ビシッと美しく敬礼して、

…土下座した。

ホムラの舌打ちが響いた。

ホムラ「裏へ回れ…、見っとも無ぇだろ」

この幹部に頭上から見下ろされ(睨まれて)、

タオル一丁の団員達は、絶望的な表情で地べたを見つめた。

いま、目の前に立つホムラが小脇に抱えているのは、デイリーお風呂セット。

温泉へ向かう所を邪魔してしまったらしい、これは一番まずい。

一番最悪のケースだ。

ホムラ「…。」

無言だが、ホムラが歩き出す気配を感じとり、

団員3人はソソっと地面をすり動いて幹部のための道を開けた。


ワタル「事情 きいてやれよ !!」


後方から、大きな声が響いた。

ホムラ「あ…?」

ビクっと跳ねた団員と一緒に、ホムラも怪訝な顔で振り返った。

本部の入口玄関に、ムーッとふくれたワタルが立っていた。

騒ぎを聞きつけ、やって来たようだ。

ホムラ「…チッ」

ワタル「おい、そこの下っ端。どうかしたのか?」

ワタルがズンズン歩いて近寄ってきた。

ワタル「Σていうか、服着ろよって言えよ!」

ワタルが、スパンとホムラの左胸にツッコミを入れた。

ホムラ「Σお、俺が?」

思わずホムラもノッてしまった。

ワタル「そこは"俺がかよ"って、オレにツッコミ返すんだ」

ホムラ「…。」

お漫才を、フシギそうに団員達に見つめられ、

ホムラは何事も無かったように冷静さを取り戻した。

ホムラ「断る」

ワタル「Σ断るな!」


ホムラとワタルは改めて、タオル一丁で正座する団員3人に視線を向けた。

団員達は、耳をポッと赤く染めた。


ホムラ「…。」

ワタル「で?お前ら 何かあったのか!?」

ホムラ「…。(服を…着させないのか)」

 団員1「そ、そ、もさもさ出ました

ワタル「ハア!?」

 団員2「みんなで露天温泉入っていたら岩男いました

ホムラ「…。」

 団員3「お、落ち着け… た、大変ですっ 巷で噂の"煙突山の獣人"は実在してました!

腰に巻いたタオルを握りしめながら、団員達は目撃した恐怖を必死に訴えた。


ホムラ「煙突山の…獣人だと?」

ワタル「エントツヤマノジュ〜ジン?」


だが、直訴されたホムラとワタルの表情がイラァ…と不服そうに歪み始めたので、

団員3名は、訂正をしたいのでちょっとだけ時間が、

まき戻ってくれたらいいなァ…と、現実逃避にマバタキした。


マツブサ「…煙突山の獣人というのは!

古来から伝承で、煙突山のどこかに棲んでいるという。

夜の秘湯に出没したり、農作物を荒らしたり・・と、フエン町民を脅かすという。

また山道を迷う旅人の前に姿を現すと、人里までそれとなく導いてくれたりと。

凶暴さと、穏やかさの二面性をもつフエン渾身の伝説上の生物ってモノです」


その場の誰もが、気づかなかった。

いつの間にやら、玄関入口にマツブサがシャキン☆と立っていて、

一同に話しかけるタイミングを伺っていたようだ。

話題は、フエンUMA伝。

さて、ここぞ、いよいよ出番がキタ!とばかりに、会話に入り込もうとしたが、

その場の団員、幹部(ホムラ)、居候(ワタル)たちは、

マツブサの声でやっとその存在に気づくと、一瞬だけフイと顔を向けたが、

それだけだった。


マツブサ「Σま、まあ!現代風にいうと、都市伝説ってやつですかね」


ホムラ「マツブサ」

ワタル「フエンは都市じゃねーよ」

 マツブサ「田舎ですいません」

なんとか輪に入りこめたマツブサは、つかつか寄っていった。

マツブサ「宜しくお願いします」

ホムラ「なぜ、お前がここにいる」

ワタル「組織のリーダーっつうのは、あんり顔出しちまうと威厳が欠けるんだぜ」

マツブサ「ワタル氏、うちはね〜…そういうの、乏しいんですよ」

ホムラ「…用が無いなら上へ、戻れ」

マツブサ「Σいやあの!獣人伝説ですけど、君たちどう思うの?」

ホムラ「んなもん、無い」

ワタル「見間違いの早とちりだろ、アホだなフエン村民

マツブサ「Σフエンは町です、タウンですよ!?」

ワタル「うそつけェ」

ホムラ「 事実だ」


団員1「ほんとです出たんです!町はずれ西の露天温泉です…!!」

団員2「ここ最近、やたら目撃情報あったじゃないですか、やっぱいるんですよ」

団員3「獣人、繁殖期かもしれません」

団員12『Σそれは ねえよ』


ホムラ「全く確証が無い事だ」

ワタル「オレも同感だな、例えば人型ポケモンの見間違えじゃねぇのか?」

マツブサ「きみたちロマンがないですね。ホカゲ君が聞いたらご立腹ですよ!」

ホムラ「…ア?」

マツブサ「Σマツブサ、口にチャック」

ワタル「そういや、今日はホカちゃん一緒じゃねぇな…留守か?」

ホムラ「知らん」

ワタル「そういや、バンナイも見な… Σまあ、別に興味ねぇがな!


マツブサ「あれ…ご存じない?バンナイ君 大風邪 ですよ」


ホムラ「…。」

ワタル「えっ、風邪だったのか大丈… Σまあ興味ねぇけどな、無事なのか?」

マツブサ「それだと結論、心配してますよワタル氏」

ワタル「Σ人命第一だろッ!?」

ワタルの顔がブワッと、真っ赤に染まった。

ホムラ「…やかましい」

ワタル「それでホカちゃんの方は、どうしたんだ!?」


マツブサ「今朝に遡りましょう。

バンナイ君はいつも通り、このマツブサの執務室へ顔を出してくれました。

その時は…、あの子って顔色がよく解からないし、

別段不自然なところも無かったので、気づいてあげられませんでした。

そして、お昼頃ですね。

バンナイ君に所用を頼もうと思いまして、再び彼を呼びました。

容態悪化していて、そこで初めて体調不良と分かりました。

もう、なんだか足元がおぼつかない感じで…フラフラ。

そこに丁度タイミング良く、出勤したホカゲ君が現れたんです…

すると、マツブサの目の前で…スロー・モーションのごとく!

限界のバンナイ君が傾いて…床に崩れていくところを、

後ろからホカゲ君が、たくましく腕を伸ばして抱え、間一髪、危機一髪でした!」


喋り切ったマツブサは、フゥと胸を撫で下ろした。

ホムラ「ホカゲの野郎、昼の出勤だァ…?」

ワタル「もう晩やがな。今は、どうしてんだ?」

マツブサ「医務室に運ぼうとしましたが、バンナイ君それを断り自室療養です」

ホムラ「それで、ホカゲは」

ワタル「…お前さ、ホカゲばっかだな」

マツブサ「ホカゲ君は…バンナイ君の付きっ切り看病です、優しいコですね!」

ホムラ・ワタル『ずっとか?』

マツブサ「Σはいずっとですよ」

ホムラ「ホカゲに関しては、ただのサボりだ」

ワタル「それに関しては俺も、同感だ」


マツブサ「そこで君たち、ちょっと頼まれてくれませんか」


ホムラ「何故、そうなる」

ワタル「いいぜ!」

ホムラ「…なに」

ワタル「マツブサさん、頼まれたぜ。だがオレとホムラで、何すりゃいいんだ」

ホムラ「待て、俺を巻き込むな」


マツブサ「風邪で苦しむ仲間のために、漢方薬屋さんへお遣いをお願いします」


ワタル「カンポー?」

ワタルが小首を傾げた。

ワタル「医者診せろよ」

マツブサ「だめなんですよ、嫌がっちゃって」

ホムラはやれやれと首を横に振り、立ち去ろうとしたのだが…

背後から、まさかの、ロックされた。

その場に居合わせた団員達は、プツっと視界をシャットダウンした。

マグマ団史上、比類なき暴挙だった。

ホムラ「お・・い…」

ワタル「フフン!…逃がさねェからなホムラァ」

ホムラの背後で、ワタルが意地悪くニヤついた。

ワタル「たまには仲良くしようぜェ?」

ため息をつくと、ホムラは切り替えた。

ホムラ「ところでお前ら3人…

 ワタル「行くぞ、ホムラついてコイ!」

ホムラ「服、着ろよ…馬鹿か」


団員123『Σ獣人に、お気をつけて行ってらっしゃいませー!!』





【下層、バンナイの私室】


バンナイ「気分が悪い」

バンナイ「ほんっと、気分が悪い」

バンナイ「もういい加減、治るものも治らなくなるんで…帰れ」


寝っ転がるホカゲ「なんで?」


バンナイ「俺、はの今…ワケぁ言いましたよね邪魔くさいんだよ」

先ほどのマツブサの証言通り。

バンナイは自室に担ぎ込まれ、自から常備する薬を飲み横になっていた。

物凄く、不快なのは。

ホカゲが居座って、全く出て行く気配が無いという事だ。


ホカゲ「バンナイ君、安静にせな治らんぜ」

バンナイ「放っておいてよ〜…ゼェゼェ…こっちキツイんだからさ」

ホカゲ「ひとりにして、何かあったら大変だろ」

バンナイ「はいはい、何かなくてもあんたいたら大変なんです」

ホカゲ「なにかオレにできることはあるのか!」

バンナイ「ごの部屋から直ちに出て行く事だよ」

一瞬だけ、ホカゲが間を置いた。

ホカゲ「氷嚢、変えてやるよ」

バンナイ「あ、じゃあ…そこは甘えまーす」

ホカゲ「あとな…」

バンナイ「え?」

ホカゲ「後日オレが風邪なったら、バンナイ君が優しく看病してくれよ」

バンナイ「こっちおいでよ、ぎゅーっとしてあんたに全部移し込んでやりてぇ」

ホカゲ「目の焦点あってねェぞ、大変だな〜」

バンナイ「悔しい…おバカにも移る風邪でありますようにー…ううう」

うめき声を上げるバンナイのその横で、

ホカゲが手に持った細長い何かをブンブン上下に振った。

ホカゲ「体温計るか?前、開けろよ」

バンナイ「あのー…ちょ、勝手にやめて下さいー…何したいんですか」

ホカゲ「バンナイ君を、構いたい」

バンナイ「Σ俺、身動きとれない病人なんですけど、容赦ないね」

ホカゲ「ほんとはすぐ帰ろうと思いましたが、苦しんでるバンナイ君にキュンとした」

バンナイ「Σもうわかったよ、どうぞ好きに観察してってね!」

ホカゲ「お言葉に甘える」

バンナイ「覚えてなよ」

ホカゲ「おお!」

バンナイ「なに…」

ホカゲ「ミックスオレ、飲むか?」

バンナイ「Σう゛ぐ…いまは考えただけで昇天しそー…」


バンナイの返答が、あまりにもグルグル回った声だったので、

ホカゲは続けざまに、「オートミール、食べる?」と聞くのはやめてあげた。





【下層、エレベーター前】


エレベータ番「しつこいんだよお前」

ゴンザレス「どうかお願ぇします、青い髪の幹部さんにコレを…!」

両者、睨み合っていた。

エレベータ番「たとえ上層への通行許可が取れたとしても、無理だな」

ゴンザレス「なにが無理なんですか…!!」

エレベータ番「バンナイが、お前の差し入れなんか受け取るワケないんだよ」

ゴンザレス「そんなの献上してみな分からんじゃないですかー!!!!!」

エレベータ番「Σお、お、押すな、新入り下っ端のくせにィ…!」


マグマ団本部の下層階から、上層部へ上がるエレベータの手前。

いま、この場所でも押し問答が展開されていた。

何かとトラブル・メーカーのゴツい新人(あだ名:ゴンザレス/ワタル命名)と、

このフロアの要・エレベータの見張り番を任されている団員だ。

すでに数十分ほど、こんな喋りのバトルが続いていて、

辺りの団員達が、野次馬に集まりグルっと囲って見物していた。

本日のゴンザレスは、新聞紙に包んだ"何かの物体"を、

両手 めいっぱいに抱えていた。


エレベータ番「お前、あんまり聞き分けがないと、警備を呼ぶぞ」

ゴンザレス「幹部さんが風邪で倒れたってのに先輩は心配でないんですか!」

エレベータ番「でもバンナイだからなぁ…」

エレベータ番がボヤくと、回りを囲んだ団員達がコクっとみな頷いた。

ゴンザレス「Σ見損なったァんだ、先輩さんら、見かけ倒しだ 薄情たい!」

エレベータ番「なにぃぃ!!」


この団員達の騒ぎを、後方からポツーンとマツブサが見つめていた。

やはりこの場所でも…マツブサの存在に気をとめてくれる団員は、

サホド存在しなかった。マツブサは深くため息をついた。

マツブサ「上の階に戻りたくても…騒ぎが収拾するまで戻れないですよね」

ホムラなら、直進する。

ホカゲなら、様子見る。

バンナイなら、はいはい。とすり抜ける。

ちなみにワタルなら…仲裁しようと突撃か。

マツブサ「僕に出来るのは、見守る事くらいでしょうかね」

ホカゲのパターンをチョイスした。

マツブサは、適当に座れる場所を探してチョコンと腰をおろした。

やれやれ…。


バトラー「失礼、…君たち、問題が?」


マツブサが外野から見つめる渦中に、珍しい人物が近づいてきた。

なかなか公の場に姿を現さない、バトラーだった。

マツブサ「わー…どうなるんでしょう」

やたら暗い廊下の奥から、真っ白な白衣を揺らして歩いてきたバトラーは、

ふと、フロアの端のほうでポツンと座るマツブサに気づいたようで、

チラッと一瞬、視線をよこしたが…

それだけった。


バトラー「上の階へ、昇る必要があるのですが…箱を呼んで頂けますか?」


バトラーはニコッと微笑みを加えた。

そして自分の容姿をポカンと眺める団員達に見せつけるかのごとく、

歩いたため乱れた、しなやかな絹のような髪をサラっとかき上げてみせた。

このあふれんばかりの優雅さに感激した団員達は、吐息をもらした。

野次馬団員「ハ、ハカセ〜…!」

野次馬団員「落ち着け、ハカセはマンだ。メンズだ。ドクターでミスターだ」

エレベータ番「ゴホン。ではバトラー博士のためにエレベータを呼び寄せます」

バトラー「ええ、ありがとう」


ゴンザレス「 え」


明らかに背丈と頭身配分の違うゴンザレス団員に、衝撃が落ちた。

ゴンザレスとバトラーは、いま 立ち並んでいる。

ちなみに、二人は同じヒト科であるはずである。

バトラー「I beg your pardon...」

ゴンザレス「オーサンキュー!おたくが届けてくれるんですか!」

バトラー「はい?何を言っているのです、彼」

野次馬団員「Σギャー!ハカセ、逃げて下さい!!」

野次馬団員「Σお前、ハカセから離れろ10メートル離れろ!!」

エレベータ番「バトラー博士。こちらは格下ですので、構わないで下さい」

バトラー「そう?健康な下っ端君ですね、どうか頑張って」

ゴンザレス「あ、あの…新人研修に参加してたんですが、自分を覚えてますか…!」

バトラー「いいえ、全く記憶にありません」

周りの野次馬団員達が、一斉にガッツ・ポーズした。


エレベータ番「エレベータが参りました、ご搭乗下さい」

バトラー「では、ありがとう」

バトラーは ふふっと笑い、エレベーターに乗り込んだ。

そのドアが閉まる直前、ゴンザレスが…動いた!

一瞬のタイミングで、ずっと両手に持っていた、

新聞紙に包んだ"何か"の物体を、バトラーめがけて押しつけた。


バトラー「ΣOh...!?」


とっさで出てしまった発音とともに、

エレベータの扉は閉まり、上昇していった。


ゴンザレス「うちの畑で採れた野菜です…どうか幹部さんにー!!」


新聞紙に包んだ野菜(地元)をバトラーに託した。

ついにゴンザレスは、間接的ではあるが上層への侵入を果たしたのだった。

エレベータ番が、無言で寄ってきてポカっとゲンコツを喰らわせた。

ゴンザレス「Σあいたッ!」

ちなみにこのエレベータ番は、バンナイと同期である。


ここで、一連の流れを傍観した外野のマツブサはハッとした。

マツブサ「マツブサも、さっきのエレベータ同乗すべきでした!」


そんな時。フロア一帯にチン!というベルの音が響いた。

今 昇ったはずのエレベータが、再びこの下層階に降りてきた。

エレベータの扉が、静かに開いた。


バトラー「あの…バンナイ君の部屋は、どこですか」


エレベータ番は首を傾げた。

野次馬団員も首を横に振った。

ゴンザレス「 え」

バトラーの視線は…ようやく、フロアの隅のマツブサへ辿りついた。

マツブサ「…えー、このマツブサが案内しましょうか」





【お散歩:商店街】


その頃。

お遣い組のふたりは、商店街へ向けて かろうじて整備されてるが、

所々にボキッと亀裂の入った古い石畳の道を歩いていた。


ワタル「まず、フエン煎餅屋いこうぜ!」

ホムラ「…フエン漢方屋」


いま、ワタルからの提案をホムラがキッパリ拒否した所だ。


ワタル「おいおい、目的地まっしぐらなのかよ!?」

ホムラ「…。」

ワタル「なんだよ真面目だな。ホムラ、遣いは寄り道・鉄則だろ?」

ホムラ「それは、出来ない」

ホムラはワザとらしく、小脇に抱えたままの入浴セットを、

グィっと前へ押し出してみせた。

温泉!

しかしワタルは気にも留めなかった。

ホムラ「…。」

ワタル「なんか、ツレねぇよなホムラって…」

ホムラ「俺の予定に無かった事だからな」

ワタル「風邪で倒れてんのは、一応にもお前の仲間だろ!」

ホムラ「…さあ?」

ワタル「うお…ホムラってそんな顔すんのか…」

ホムラ「管理できてねぇ奴の世話だろ、俺はごめんだ」

ワタル「それは良くない!人間、明日は我が身だぜ」

ホムラ「…ッ」

ワタル「うお…ホムラって笑うのか…」

ホムラ「俺に説教か?道ならとっくに、外れてるんだぜ」

ワタル「お前って、何でかそう・・人を拒絶するようなフシがねぇか?」

ホムラ「…そうか?」

ワタル「Σでも、サシだと結構喋るんだな!」

ホムラ「おい、立ち止まるな。フエンの店は、閉店が早い」

ワタル「ンな事は知って………、お?

ホムラ「…。」

ワタル「ははん!だ〜から漢方屋から行くってのか。素直じゃねぇな〜ァ」

ホムラ「そんな事は、無い」

ワタル「なるほど〜?まあ道中楽しく行こうや!」

ホムラ「離れろ」





漢方屋夫婦「大変ご好評頂きまして本日そーるど・あうと、しました」


ホムラ「まじでか」

ワタル「Σ売り切れか、漢方薬が!嘘だろォ!?」


閉店ギリギリのフエン漢方屋。

人間の風邪に効くものを…と、カウンター内のジジババに尋ねた返答がこれだった。

ホムラ「何も無いか、本当だな…?」

ワタル「せっかく来てやったのに無駄足かよ、店の中くせぇし最悪だ!

漢方屋の店内には、苦いというか辛いというか・・粉っぽいというかキツイというか。

独特の薬の香りが漂っていた。

漢方屋ジジ「お客さん、言葉の暴力と営業妨害じゃ」

漢方屋ババ「もう遅いし暗がりじゃから気をつけてお帰りなさい」

ホムラ「そうするとしよう」

ワタル「なあ、これじゃダメなのかこの化石のようなやつ」

漢方屋ジジ「ところでお客さん、マツブサ君のとこの坊やじゃろ?」

漢方屋ババ「そりゃ滋養強壮するもんの、れぷりか じゃ」

ホムラ「そうだ」

ワタル「見本品か。あー…これやな、育て屋がウラで餌に混ぜてるやつ」

漢方屋ジジ「マツブサ君は、ガールフレンドできたのかぇ?」

漢方屋ババ「そりゃ企業秘密じゃわ ひわいじゃのー」

ホムラ「…出来るわけが、無い」

ワタル「あ〜!会話がクロスしてめんどくせぇ、お前ら喋るな!!」


漢方屋ジジ「さっきイエティちゃんがやって来てな、店内商品買占めてたんじゃ」

漢方屋ババ「イエティちゃん、たいそう気前が良くてなぁえらい男前じゃった」


ホムラ「…イエティだと?」

ワタル「イエティちゃんってなんだよ」

それはまたしても唐突な、UMA情報だった。


漢方屋ジジ「つい先ほどまでおったんじゃぞ、お客さんらと入れ違いじゃ…」

漢方屋ババ「フエン煎餅屋もに行くと言っておったから、あちらも完売じゃろうな…」


ホムラ「なに…フエン煎餅屋へ向かったのか」

ワタル「イエティてめぇ、買占め上等だァ!」

ホムラ「イエティは確か、雪男だ。まさか・・漢方屋、煙突山の獣人か?」

ワタル「Σえ、イエティ獣人!?ここに獣人が居たのか!?」

漢方屋ジジ「そうじゃ。噂のイエティちゃんじゃよ〜…サインもらた!」

漢方屋ババ「わーるど・わいど・わいるど じゃ!」

老夫婦は、とくに怯えた様子もなくノホホンとUMA自慢した。

ホムラ「訳がわからん…」

ワタル「サインか!おい、もっと特別本物のサインやろうか!?」

漢方屋ジジ「なんじゃお前さん、サインくれんのかぃ?」

ワタル「おう!」

漢方屋ババ「こりゃ爺さん、知らん人のサインなんか勝手に貰っちゃだめじゃ」

ワタル「オ、オレは…」

漢方屋ジジ「そうかのぅ、いけめんさんなのに残念じゃのう…」

ワタル「あ、あのな…」

漢方屋ババ「ほれ、坊っちゃんたち…はよ帰らんせマツブサ君が心配しとるよ」

ワタル「帰ります…」

ホムラ「ああ。邪魔したな、漢方屋」

ガラガラ

ホムラは、即、店出口のガラス戸を引いた。

その素早い撤収ぷりを、店の奥からワタルがジーっと恨めしそうに見つめて、

拗ねた声を上げた。


ワタル「…お前だけは、オレのファンだよな」

ホムラ「知らん」





少し歩いて、フエン煎餅屋本店 前。

時すでに遅し。表の照明が落ちていた。

のれんは外され、入口もピタリと閉めきられていた。

そして、こんな張り紙が…


[完売御礼、ビッグフット様御来店感謝]


名称変われど やはり、"煙突山の獣人"らしきモノが立ち寄った痕跡だ。

辺りにはまだ、焼いた醤油が仄かに香ってる。


ホムラ「ここはビッグフットか…、先のやつと同一の獣人か?」

ワタル「同じ奴だろ。煎餅屋もたった今、閉店したみたいだしな…」

ホムラ「またしてもタイミングの差か」

ワタル「ここでも品物を買い占めたのか…獣人め、銭もってやがるぜ」

ホムラ「…ここで別れるぞ」

ワタル「あ、何でだよ?」

ホムラ「漢方は品切れ、フエン煎餅もな。つまり、ここで終わりだ」

ワタル「お前、帰るって事かよ!?」

ホムラ「そう聞こえなかったか?」

ワタル「Σしかし…こうなると、突き止めてみたくならいか、獣人を!!」

ホムラ「いや、別に。放っておいても構わなそうだ」

ワタル「スッキリしねぇだろ、手が届きそうな距離にいるんだぞ!!」

ホムラ「ならば、Gメン・・たるあんたがやるべきだ、町民の生活を守ってくれ」

ワタル「Σそうだオレ、ポケモンGメンだった!!」





【マグマ団本部、バンナイ私室】


ホカゲ「ヘラクロスとカイロスだったら、断然…カイロスだよな!」

バンナイ「どうぞお引きとり下さい…」


いまだホカゲが居座るバンナイの私室。

服用した薬の効果が現れず、バンナイの顔はウンザリ歪んでいた。


コン、コン


部屋の入口の方から、微かな物音がした。

ノックするような音、しかしそれは扉の下の方から聞こえた。

ホカゲはオヨ?と顔を上げた。足で軽く、扉を蹴ったのか。


バトラー「ピンポーン」


扉の向こう側から、今度は人の声でチャイムの音がした。

ホカゲ「バンナイ君、信じられるか。見舞い客かも」

バンナイ「うそ…、そりゃ驚きだ。てかこれ以上面倒が増えませんように…」

ホカゲ「じゃあ居留守でいいか?」

バンナイ「はい、そうしましょ」


バトラー「アナタハだんだん開けたくなる… 1・2・3のあとの爆発の前に…」


バンナイ「Σい、一応出てもらえますか…何か重要かもしれないんで」

ホカゲはコクリと頷いて扉を開こうと立ちあがった。

バンナイ「どうか外立ってる人がワタルさんだけじゃ、ありませんように」

ホカゲ「ワタルさんだったら、ノックの音コンコンじゃ済まねーだろ」

バンナイ「…確かに」


バトラー「ええと…もしかして、鍵が開いているのかな。

しかし両手が塞がっていて、確かめる事ができません。

どうか、早く…これはミトンごしでも熱い、手を…火傷してしまいそう!」


扉の向こう側から、今度は切羽詰まったような叫びが聞こえてきた。

バンナイ「Σなんか外やばそうなんだけど」

ホカゲ「Σ開けていいんか、今の流れだと熱々の爆発物を持ってんぞ!?」

ホカゲは、恐る恐る・・ロックを外し扉を開けてやった。

ホカゲ「病人いるので、危険物持ち込みはいけませー… Σん」

バトラー「おや…なんだ君か」

扉を開けた所に、やたら大きく底の深い鍋を両手で持ったバトラーが立っていた。

ホカゲ「(あやしい) 見舞いすか?あいつ、中いますんで…どうぞ」

バトラー「何故、君がいるのです。幹部なんでしょう、お役目は?」

じっ。

バトラーの冷めた目が、ホカゲを見つめた。

ホカゲ「Σううう寒い、風邪をオレもひいたようだ…

バトラー「いけない子ですね」


バトラーが部屋へ通されると、バンナイがゆっくりと身体を起こした。

バンナイ「参ったな、こんな姿で会いたくない人だ…」

バトラー「そのままで結構です」

バトラーは持ち込んできた大鍋を床の上へ ドン と置いた。

ホカゲ「Σ床、焦げるすよ…」

バトラー「いいえ、大丈夫。もう熱くないですから」

ホカゲ「え いや、さっき火傷するって…」

バトラー「さっきはさっきです、冷めました」

バトラーは、わざとらしく付けてきたミトンを外した。


バンナイ「よく、俺の部屋の場所が分かりましたね。どう探したの…?」


バトラー「ええ。一度、エレベータで上層まで昇ってしまって…君は幹部なので」

ホカゲ「実はオレも、バンナイ部屋、今日はじめて来ました」

バトラー「まさか下層の、一般団員用の部屋を使っていたとは…」

バンナイ「いや、本当はね!さすがに俺も上層階へ引っ越したいんですけど…」

ホカゲ「Σそうなんか!幹部少ねぇから良い部屋あまってるぞカモン」

バトラー「なぜ、留まっているのです?」

バンナイ「えーと…俺、荷物多すぎて、拠点を移せないんだよねー…」

ホカゲ「荷物?」

バトラー「荷物とは?」


ホカゲとバトラーは、このバンナイの部屋を見渡した。

下層でも、階数は高い。

団員が生活する部屋のパターンは様々だが、

ここはかなり好条件の三人部屋だ。

以前、ホムラの悪意で幹部見習い〜とポジションされていた時に、

(※ホムラの中では現在も幹部見習いポジション/E話参照)

バンナイは無理やり、先輩達から奪ったのだろう。

その広い造りの相部屋を好きなように独り占めして暮らしてるようだ。

"この"部屋には、生活に必要なもの"だけ"置かれている。


ホカゲ「オレ、気になってたんだが…下っ端相部屋ってこんな間取りだっけ?」

バトラー「部屋の外観からすると…そうですね、もっと広い部屋のはず」

バンナイ「詮索はやめましょうよ、まあ…勝手に改装させてもらってますよ」

ホカゲとバトラーは、バンナイの顔をのぞき込んだ。

ホカゲ「やはり今、オレらが見てるのは、部屋の一部にすぎんのか!?」

バトラー「君、何を隠しているのです?」

あからさまに迷惑、バンナイの顔が引きつった。

バンナイ「俺個人の商売道具いっぱいなんで、見せるものじゃないので…」

歯切れ悪くバンナイが濁していると、ホカゲがハッと思いだした。

ホカゲ「前にワタルさんが暴いてたような… Σクローゼットが入口だ!!」

バトラー「隠し部屋か…面白いね!興味があるので、拝見させて下さい」

ふたりは、スタっと立ち上がった。


バンナイ「Σちょちょちょダメだよ、ダメですよ…えっ、 ヤメな!?


僅かな気力を振り絞って、バンナイがウォォォと布団から這い出してきた。

そして、部屋の端に位置するクローゼットのドアに向かおうとする

ホカゲとバトラーの足首を、執念の力で掴み、抱え込んだ。

ふたりは アッ!とした顔で、バランスを崩して一緒にコケた。


バンナイ「Σあんたら、病床の俺になにさせてんで !!!」

ホカゲ「バンナイ君、ゾンビーか」

ホカゲは目を丸くして、バンナイを見た。

バトラー「私とした事が、子供のような事を…」

バトラーはテヘっとして、ベロっとしてバンナイを見た。

バンナイ「もう…だから…誰にも部屋教えたくなかったんだよ…」

バンナイはパタっと床に倒れた。


バトラー「ゾウスイを、作ってみまして」


ホカゲが、ヨイショとバンナイを担いで布団へ戻す一方…

バトラーは、自分が持ってきた大鍋の前に戻ってパカっとフタを開けた。

バンナイ「え…」

ホカゲ「うお…」

バトラーが美しい笑顔を浮かべるその下で、ドクダミ色の煙が立ちあがった。

実は。

先ほど貰った野菜と米と何かを、そのままシチュー鍋に落として、

…雑炊?を作ってくれたらしい。

バンナイ「いま、それ、たぶん俺にですか?」

ホカゲ「すげぇ、良かったなバンナイ君…あれは恐らく雑炊、薬膳料理な気が…」

バンナイ「薬膳て知ってんの、健康になるための食い物ですよ…」

ホカゲ「じゃあ、違うな…」

バトラー「沢山作ってしまって。いろんな野菜を頂いたので」

バンナイ「へ、へぇ…バトラーさんて意外と家庭的なんですね…!」

ホカゲ「あ、味見はしたんすか…」


バトラー「なぜ?」


即答だった。

バンナイ「Σなぜ!?」

ホカゲ「Σなぜ!?」

これは、事件だ。

バンナイとホカゲは、開いた口が塞がらなかった。

バトラー「そういえば、味見ですか…私はしませんね」

バトラーは、黒くて緑で紫の煙の上がる鍋を、上から優雅に覗き込んだ。

それが…バトラーが…ちょっと寂しそうな表情だったので、

思わずバンナイとホカゲの心がキュンと鳴いた。

バンナイ「ふ、普通に覗いてるから、大丈夫かもよ…?」

ホカゲ「いや、騙されてはいかん…いかん…だが案外いけるかも…?」

バンナイ「もしかしたら田舎にはない、貴族のための薬膳レシピかもしれない」

ホカゲ「つまり、ロイヤル薬膳か…あるかもしれない!」

ホカゲが警戒しつつ、息を止めてバトラーの鍋へ近づいていった。

バトラー「先ほど、マツブサ様にも食べて頂いたんです」

ニコッ!バトラーが笑った。

バンナイ「…ん!?マツブサさんどこ、姿見えないけど」

ホカゲ「…毒見する」

ホカゲはまず、毒煙を手で仰いで嗅いでみようと、少しだけ呼吸をした。


ホカゲはパタっと横へ倒れた。


バンナイ「Σなんだってェーーーー!?」

瞬殺か!バンナイが布団をはぎ取って驚愕した。

バトラー「凄い、死ぬほど美味しいらしいですね!」

バンナイ「怖いよー怖いよー!!」

バトラー「さ。食べさせてあげますね、開いて…口」

バンナイ「あ、はーい。 (生まれ変わったら、何なろうかな)」

バトラー「大丈夫、解…薬だから」

バンナイ「え、解…薬って!?でもホカゲさん死んだんだけど!?」





【お散歩:温泉街】


ふたりはフエン商店街を出て、温泉街を歩いていた。


ホムラ「何故、ついて来る」

ワタル「ホムラの行く手に獣人がいそうだ、これはGメンの勘だ」

ホムラ「そんな馬鹿な」

ワタル「ところでドコ行くんだよ!

ハア。ホムラが深いため息をついた。

ホムラ「…俺は。風呂へ行く途中だった」

ワタル「Σふ、風呂ォ!? そうだったのか、連れ回しちまって悪かった…」

ホムラ「全くだ」

ワタル「だからお前、ずっと脇にタオル盛った桶樽を抱えていたのか…」

ホムラ「見えていたのか…なら気付けよ」

ワタル「フエン人のデフォルトかと思ってた」

ホムラ「そんな装備、ある訳が無い」

ワタル「いいな温泉!お前のお勧め温泉連れてってくれよ!!」

ホムラ「…やっぱり来るのか」


温泉街の外れから、煙突山の山道になっていた。

地図にある一般道ではないので、やっとこさ人の通れる道だ。

暗い山道で、ホムラは携帯用のライトをつけた。


ホムラ「この道をのぼった先に、あまり知られていない野湯ある…」

ワタル「つまり、獣人が出没しそうな?」

ホムラ「別に何の根拠もないが、もしかしたら、出るかもな」

ワタル「おう、出るかもな!」


 ようこそ、挑戦者! 〜

 わたすはアス… 〜

 わたすって何だよ、ばかー!! 〜


暗がりのどこか遠くから、女の子の声がこだましてきた。

声出しのトレーニングのようだった。


ホムラ「近所にポケモンジムがあるんだが、毎度の事だ。気にする事は無い」

ワタル「アスナか…あいつ、進歩がねぇな!」


山道を登っていくと、源泉から上がる煙が見えてきた。

ワタル「結構、段差だな…」

ゴツゴツした岩場になってきたので、少し手をつかって進んだりとした所。

簡易な小屋作りの脱衣所があり、その先は白く、

湯煙がモワモワ上がった野湯の温泉が広がっていた。


ワタル「凄いじゃないか天然温泉、ここは初めてだ!」

ホムラ「人は滅多に来ないが良い湯だ、ポケモンと混浴できる」

ワタル「ぽ、ポケモン!?」

ホムラ「例えば、バネブーだ。ゆでブタのいいダシ効いてるぜ」

ワタル「いやオレ〜、ゆでブタより焼きブタ派やがな」

ホムラ「好みもうるせぇ…」

ワタル「Σてか、ホムラがジョークを言っている!!?」


ホムラ「…では、俺は街へ戻る。あんたはここで入浴して帰るといい」


ワタル「ん? なぜ方向転換して…俺を置いて…帰るのかよお前!?

ワタルは、来た道を引き返そうとするホムラの腕をガシッと掴んで止めた。

ホムラ「こんな所、日没後に来る温泉じゃねぇよ。野性の奴らくらいだろ」

ワタル「Σその野性の括りにオレを含んだな!」

ホムラ「タオルを一枚、分けてやる。…あばよ」

ワタル「とか言ってるが〜本心はお前もこの天然温泉、入りたいんだろ?」

ホムラ「そんな事は、無い」

ワタル「お前…ここでオレが遭難したら…ホムラのせいだ」

ホムラ「…ホカゲのような台詞を」

ワタル「いいか、オレが帰り迷ったら、山中ぶっ壊して、新たな道を作るからな!」

ホムラ「やればいい。一発でマグマ団出入り禁止にする、永久にな」

ワタル「Σえっ!?」

ホムラ「今日が最後のフエン温泉か、せいぜいのんびり浸かってくれ」


 ウゥゥゥゥゥ…


いま、暗がりに…獣の低い唸り声が響いた。

と、同時に風が吹き、野湯のまわりの木々を揺らした…。

ワタル「Σそんな事言うな!じゃあお前もフスベのオレん家、出禁だからな」

ホムラ「構わん。そもそも行く予定が、無い」

ワタル「Σえっ!?」

ホムラ「あんたとマグマ団の関わりも、本年度を持ってきっぱり終了だ」

ワタル「まずいオレ、自分で自分の首を絞めているのか…!」

ホムラ「気が済んだか、俺は戻るからな」

少し歩き出した所でホムラがチラッと振り返り、

フンと勝ち誇ったように笑ってみせた。

ワタル「!」

それを見たワタルの頭にグツっと血がのぼったが、そこは抑え込んだ。

ワタル「オレはもっと?こう、謙虚に行かねばな…」

イラついて口元がヒクついてるが、ワタルもフフンと笑い返した。

ワタル「つまり温泉流の礼儀…普段は接待される側のオレ自から、接待してやる」

ホムラ「? 何の話だ」

ワタル「お前の背中、流してやりますが!?」

ホムラ「断る、下らねぇ」

ワタル「ば、万事休した…」


 ハァァァァァ…


いま、暗がりで…獣がおぞましく息を吐きだした。

呼吸をしている、かなり至近になにか潜んでいるようだ。

ワタル「おいおいホムラ、そんなデカイため息吐くことねぇだろ!」

ホムラ「ため息?ついたのは、あんたの方だろ」

ワタル「それだ! ずっと気になってたんだがホムラ」

ホムラ「何だ」

ワタル「オレの事、何て呼んでる?」

ホムラ「…。」

ワタル「オレは、どうもお前に、名前で呼ばれた記憶がないんだ」

ホムラ「一々、覚えてねぇよ」

ワタル「待て待て、つまりお前ー…何て呼ぶのかな、オレの事を」

ホムラ「ハァ…?」

ワタル「呼んでみろ」

ホムラ「い…今か?」

ワタル「おっと、話をすり替えさせないぞ…ホムラはオレの事何て呼ぶのかな?」


 ウーッ ハーッ !!


いま、白煙につつまれた野湯の中から、奮い立つ雄叫びが上がった。

ホムラ「…!」

ワタル「おいおい"ウーッハーッ"ってお前、シバじゃねぇんだから…Σブ!


野湯の中から、ピョコピョコと野性のバネブーが跳ねて出てきた。

何匹も ゆだっていたようだが、こぶたはみな怯えて逃げていった。

…いま、何が起こったか。突然の事を説明しよう。

ワタルがホムラの背中を叩いて、"ウーッハーッ"を笑い飛ばした瞬間、

白い湯煙の中から、ビュン!と何か高速で、長いモノが伸びてきて、

ワタルの横っツラに、ストレートが…入った!

そのパンチの衝撃で、ワタルの体は2メートルくらい吹っ飛んだ。

あまりに速すぎる攻撃で、ホムラの目には見えなかった。


ホムラ「な、何だと…!」

ホムラは、野湯の方を警戒しながらワタルの元へ近寄り、その意識を確認した。

地面に打ちつけられたワタルは、それでもタフに半身を起こすと、

口内に出血した血を、ペッと土に吐き出した。

ワタル「痛てて、今完全に入ったわ…」

ホムラ「かなり速いな」

ワタル「わかったぜ、今のでわかったぜこのパンチに覚えがある…」

ホムラ「パンチ?まさか拳か…、しかし今のは敵意を感じた」

ワタル「大丈夫だ、お前には手出しさせない!」

ホムラ「…もっとマシな言い回しはねぇのか」

ワタル「…ッ来るぞ」


ジャバ…、ジャバ…。

野湯の中を歩いて、何者かがこちらに近づいて来た。

更に、その音の後ろからもジャバ…ジャバ…と続いて歩く、複数の気配が。

ホムラとワタルは、湯煙の中でうごめく影を睨んだ。


?「おい…タオル持ってるか」


湯煙の中で声がした。

この低い声に反応して、後方の複数の存在がバシャバシャ動き、何か探し始めた。


?「すまん…ワタル、タオル持ってるか?」


湯煙の中から、今度はこちらに向かって名指しで交信してきた。

ワタル「Σお…おう、あるぜ!」

ホムラ「…なんだ、知り合いか?」

ワタルが立ち上がり、先ほどホムラに貰ったタオルを湯煙の中へ放り投げた。

ワタル「いやあ、オレもまさかと思うんだが…」


しばらくすると、

野湯の湯煙の中から、ひとり…ズィっと大柄な男が出てきた。

長くてもさもさの髪、凛々しい顔立ちに、ガッシリ締まった体。

腰に白いタオルを巻いた格好で、堂々と挨拶した。


シバ「お待たせした…シバと申す」


セキエイ四天王のひとり、シバだ。

ワタル「やはりシバ!」

そのシバの後ろからは、シバの人型ポケモン達が顔をのぞかせた。

更に野湯の脇からは、シバの岩ポケモンが這ったり・転がったりしながら現れた。

ここにシバと、迫力ある剛の集団が勢ぞろいした。


ホムラ「何なんだ…一体」

圧倒されたホムラはポカンとつぶやいた。

とてもレアな人物を目撃した。

シバ「話せば長い…ワタルが世話をかけてるな、とりま一発殴っておいた」

…ちなみに、この野湯入口の脱衣所だが。

もし二人が到着してすぐ、中を確認していれば 時間を要さなかった。

なぜなら脱衣所めいっぱいに、漢方屋の箱・フエン煎餅屋の袋包などで、

一面 溢れ返っていたからだ。





【マグマ団本部】


マツブサ「なんで連れてきちゃったの、うち、悪の組織なんですけど」


ホムラとワタルが漢方屋に出発してから、しばらく経つ頃。

マグマ団本部に とある荷物が届いていた。

[ジョウト地方チョウジタウン 銘菓いかりまんじゅう]

荷物1つが、ダース(12箱)を、4つ詰めた1ケース。

本日、荷物は計20個、届いていた。

「チョウジの本店さんが腱鞘炎になっちゃって、個数作れなかったぽいです」

汗だくの配達員がボヤいてた。

メイドイン・チョウジ、ハンドメイド・怒り饅頭屋本店、主。

正真正銘、当代の本場もんです!

玄関先に来た下っ端団員たちがビックリして、

シバ直筆(サイン入り)の送り状の奪い合いや、

記念撮影なんかをやっていたのだが…、

"ホムラ幹部が帰ってくる"との無線連絡が入ったので、

お楽しみをサッと終了して、綺麗に並び待機した。


団員一同『お帰りなさいませ、ホムラさん!』

ホムラ「客がいる、手伝ってこい」


出迎える団員達に見向きもせずに、ホムラは通過した。

団員一同『はっ!』

団員達は、我先にと駆けだし表へ出た。

本部への一本道、まず先頭をワタルが歩いていた。その後ろに…

コワモテのポケモン集団が、フエン・ショッピングの大荷物を抱えて来ていた。

ムキムキばっかりなので、団員達はこれは…出る幕ナイなぁと思った。

最後尾を、シバが歩いていたが、出迎えの団員に気付くと足を止めてくれた。

シバ「怒り饅頭は、届いたか?」

凛々しい雰囲気に、団員達は・・もしや!と思うフシがあった。

いま、まさにタイムリーだ。

団員一同『あの…、セキエイ高原の怒り饅頭の人ですか!?』

シバ「…そうだ」

うわあああああ!と団員達のテンションが上がったが、

玄関入口から、ホムラが睨みを利かせていたのですぐに黙った。





客間。

広い和室に、シバがドンと胡坐をかいて座った。

その後ろに、シバの格闘ポケモンが一列に控えていて。

その後ろに、山積みされた"怒り饅頭"タワーがそびえ立ち。

その後ろに、山積みされた漢方屋・煎餅屋などの"フエン土産"が盛られていた。


マツブサが隣の部屋からソーッと ふすま障子を開け、

そのスキマから中の様子を伺おうとした…その瞬間ッ!

シバの、鷹のような目がギロッ!とほんの僅かな中のマツブサをとらえた。


マツブサ「みなさん、マツブサでは敵いません、到底無理です」


ホムラ「マツブサ」

ホカゲ「わかってたぞマツブサ」

バンナイ「当たり前ですよマツブサさん」

マツブサ「僕ねどうも大柄マッチョって、苦手なんですよ…頼んだよ!」

そそくさとマツブサが退場した。

ホムラ「ハナっから期待して無い」

ホカゲ「弱点だらけのマツブサの、意外な弱点な」

バンナイ「そんな情報要らないですよ!」


続いて。幹部達が集まったその場へ、

団員3名が 恐る恐る近づいてきて、ぱっと平伏した。

団員123『お呼びでございましょうか!』

先ほど、フエン穴場の温泉で"煙突山の獣人"に遭遇した三人組だった。


ホムラ「お前ら、隣の客間へ行け」

団員123『了解しました!』


団員3名は立ち上がり、勇ましく敬礼するとお辞儀した。

そして一度出て、廊下へ回り込み「失礼致します」と声をかけ、

客間の戸を引いたようだ…。


団員123『煙突山の獣人だーーーーーーーーッ!?!』


パタッパタッパタッと、3人くらい倒れた音が聞こえてきたので、

ホムラは一連の騒動を確信した。

ホムラ「わかった」

ホカゲ「Σわかりません、せめてもの状況説明おくれ」

バンナイ「あのマグマ団の3バカトリオ、また何かやらかしたんですか?」

ホムラ「ああ。ここ最近の噂で"煙突山の獣人"という、フエン都市伝説の…

ホカゲ・バンナイ『フエンは都市じゃねーよ』

ホムラ「説明を終わる」

ホカゲ「Σあっさり終わった、なんだそれUMAでたんか!?」

バンナイ「どうもすいませんね、うっかり口が出ちゃって」

ホムラ「ところで…テメェ、風邪はどうした」

バンナイ「Σあ…はい、治りました」

ホカゲ「ちなみにバト公のお手柄です」

ホムラ「…何だと?」


バンナイ「はい、俺が風邪で倒れたってすっかり広まっちまったようで。

さっきバトラーさんが、俺の部屋へ見舞い来てくれたんです。

手土産に、手料理を…ヘドロ爆弾みたいな液状物を喰わされたんですけど。

なんか…野菜だったかもしれない物が入った雑炊?みたいなの。

それを食って、瞬く間に…凄いでしょ、ここまで回復しました!」


ホムラ「あいつのメシか…」

ホカゲ「なんつー顔してんだホムラ」

ホムラ「死ぬだろ…」

ホカゲ「うん、死んだ」

バンナイ「Σホカゲさんマシだ!食う前にニオイだけで気絶したじゃん」

ホカゲ「マツブサもな、おすそわけ って貰って…気づいたら私室でノビとったらしい」

バンナイ「ちなみに俺、体調崩したの…昨日バトラーさんとこ呼ばれてからなんです」

ホムラ「そうか、ではその時…(何か盛られたな)」


ワタル「うおバンナイ、大風邪じゃねぇのかよ」


幹部達が声をひそめ、残念な被害者の会を催していると。

本部に戻ってから、ふっと姿を消したワタルが…

なぜか、下っ端団服を着こんで現れた。


ワタル「シバ待たせちまったな…ったく、突然来るんだからよ!」

幹部達は、ポカンとその姿を眺めた。

ワタル「なにボケっと突っ立ってるんだ、行くぞ!

ワタルは直進してきて、幹部の前をお構いなしに通り過ぎると、

そのまま隣の客間へ続く ふすまの戸を、スパンと両手で左右に開け放った。


ワタル「いよう!シバー!!」


シバ「黙れ、ワタル」


シバは真顔。

冷やかな口調で、ワタルを制した。

ワタル「ひ、久しぶりなのに…冷たくねぇか!?」

シバの目線が、上から下へ。ワタルの頭から足元まで眺めるように動いた。

シバ「その赤ずきんが、ここの制服か」

ワタル「マグマ団、下っ端の団服だ!」

シバ「…。」

ワタル「反応たったそれだけかよ」

そしてシバの目は、ワタルの後ろの3人…幹部の姿も完全にとらえた。

ホムラ「全く、順序ってもんがあるだろ…」

呆れ口調でボヤくと、ホムラは控えている団員へ合図した。

すると下っ端がソソッと入ってきて、上座に一列、座布団を並べた。

全員が着席したところで、ワタルが口を開いた。


ワタル「まず、オレの親友シバを紹介しねぇとな…」


シバ「シバだ」

シバは、静かに名乗った。

ワタル「セキエイリーグの四天王だぜ」

シバ「トレーナーだ」

ワタルが バッと、シバを振り返った。

ワタル「お前、謙虚すぎ!!!」

 ホカゲ「Σかかか、かっけー…!」

 バンナイ「Σね!なんか凄いクールでカッコいいね…!」

ワタル「やァ〜めろよ君たち、今更、照れるじゃねぇかハハハ…」

 ホカゲ「 し〜ん」

 バンナイ「 はいはい。ワタルさんも格好良いですね…はいはい」

シバ「すまんな、コレがこんな奴で。さぞかしガッカリしただろ」

ホムラ「ああ。迷惑被っている」

ホムラがキッパリ言った。

ワタル「Σシ、シバこそガッカリ人物だろ!プライベートでは服、着てるんだぜ!!」

 ホカゲ「いや、シバは素晴らしいです…!」

 バンナイ「知らなかった、プライベートでは、オシャレさんなんですね…!」

シバ「似合わんかな…」

 ホカゲ「Σいやそんなん、めっちゃかっけーです!!」

 バンナイ「Σ俺、凄い好きです、凄い好きセンスが!!」

注目を奪われたワタルが、咳払いした。

ワタル「ここのホムラがな、オレの フアン なんやで!」

グィっとホムラの肩を抱き寄せて、フフン!と笑ってみせた。

ホムラ「そんな事、一度も言った覚えがない」

ホムラが無表情で正した。

シバ「ワタル、ちゃんと紹介しろ」


ワタル「ホムラ、ホカゲ、あとアレ」


指差しながら、ワタルはぶっきら棒に紹介した。

シバ「ふむ。実はワタルから少々、事情を伺っている」

シバが声を落とした。

ホムラ「ああ…そちら言うの通り、堅気じゃねぇ」

シバ「リーダー格のホムラだな。承知している、去年に続き今年も世話になったな」

ホムラ「全くだ。早急に引きとっ… おい、何しやがる」

横からホカゲの手が伸びてきて、喋るホムラの頬をグイーっと押した。


ホカゲ「こっからは、ホカゲのターンです!!」


ホカゲが座ったままズリ動いて、前へ出た。

ホカゲ「どうやらオレら一般庶民は、シバの前情報に踊らされすぎてたようだ…」

ホカゲは大変、興奮していた。

ホカゲ「いいかバンナイ君、寝込んでる場合じゃねーぞ!」

バンナイ「はいはい、もう治ってますからお構いなくどうぞ」

ホカゲ「これまで四天王シバのイメージといえば、たくましくて癒し系」

シバ「…?」


ホカゲ「公式試合でみせる荒々しい戦いぷりとは裏腹に…

その素顔は、"いかりまんじゅう"をこよなく愛する甘党。

ワタルさんと何故か仲が良い。そして、

バレンタイン・デーはムロジムを埋め立てしちまうくらいトウキさんが好き」


シバ「…あってる」

ワタル「否定できねぇくらい、あってるなシバ」


ホカゲ「だが、そんなオレらのイメージは、今日一夜にして塗り替えられた!

声を上げていいます、四天王シバはめちゃくちゃかっけーサムライだ!!」


シバ「そ、そんなことは…ないぞ」

ワタル「そーだそーだ。シバなんか担いでもな、饅頭くらいしか出ねぇよ」

シバ「Σそ!そうだ土産だ、怒り饅頭を…納めてくれ」

シバがカクカクした動きで、後ろに控えるポケモンに指示を出した。

バンナイ「うわカワイイ〜!しかもシャイなんだな♪」

バンナイが微笑ましくそれを見つめた。

シバ「店のオヤジが、不調でな。フエン土産で申し訳ないがこっちも納めてくれ」

シバがフエン滞在中に買い漁った、フエン土産も追加された。

ホカゲ「おお!いつ見てもご立派な大量ですな」

バンナイ「フエン経済にも貢献して頂いちゃって、すみませんね!」


ワタルが物っ凄く、不服そうに顔を引きつらせた。

ワタル「ホムラだけは、オレのファ…

ホムラ「いい加減にしろ、俺に振るな」


シバ「エビワラーにサワムラーあとカイリキーだ」

屈強な人型ポケモン3匹が、山積みの土産を運んできて一礼した。

ホカゲ「スゲェー…」

バンナイ「なんというか、デキが違いますねー…」

シバ「まだ、手持ちが居るんだが…屋敷に向かんので紹介できず、すまんな」


ワタル「なあ、お前…わざわざホウエン地方に、何しに来たんだよ」


シバ「それはワタル、お前を迎えに…」

ワタル「まだ帰らねぇぞ」

シバ「…来た、というのはついでだ」

ワタル「Σえっ!?」

ホムラ「いや、そこは連れ帰って頂きたい」

ワタル「Σえっ!?」

ワタルが板挟みにされて、シバとホムラをキョロキョロ見比べた。


シバ「温泉フリーク…という連載を、不定期だが抱えている。

もちろん、オフ・シーズン中の趣味が高じたものだが…

カントー・ジョウトを回りつくしたので、ホウエン地方へ取材しに来た。

そろそろポケモンリーグのシーズン開幕なので、

ついでにワタルを回収する予定の場所が、

偶然にも、温泉地として名高いフエンタウンだったのでな」


ホカゲ「オレ…知ってます。週刊誌サンデーで連載してますな、好きです」

シバ「Σ読ま!? いや、あんなつたない文章なので…お恥ずかし」

バンナイ「ああカワイイなあ〜、照れてるよ照れてるよ〜♪」


ワタル「何だ連載って、そんな小遣い稼ぎしてたのか…」


ホカゲ「フエンの民にとっては純文学です」

シバ「Σそ、そんな申し訳がないぞ…!!」

バンナイ「うわそんな両手使って否定しちまって〜♪」


ワタル「わかるか、ホムラ?」

ホムラ「いや、わからん…俺に振るな」

シバ「お前が荒稼ぎした戦術本シリーズに比べりゃ、小さい事だ」

ワタル「ああ、ありゃボロ儲けしたわ…全部、実家に使い込まれたがな」

ホムラ「…。」


ホカゲ「シバはな、秘湯の温泉や過疎ってる温泉地マニアなんです。

あまりにも山奥とか密林の中に入浴しに現れるので、

現地の人々に目撃され、和製イエティとか和製ビッグフットと勘違いされるのが、

シバだけに、Σしばしば なんです!!」


シバ「はあ…よく、よく俺を調べたものだ…」

バンナイ「どうせそれ、週刊誌の受け売りだろ」


ワタル「イエティ」

ホムラ「ビッグフット」

煙突山の獣人…

ワタル「ってお前のことかよ、オイ」

ホムラ「なるほど、温泉関係で有名だったか。フエンの住民が歓迎した訳だ」

ワタル「シバに負けたか…オレの知名度、そろそろマジでやばくねぇか…

ワタルはドンヨリ落ち込み、ドサッとホムラの肩にもたれかかった。

ホムラ「おい、席替えしねぇか…」





 ビィィィィッ ドォォォン


ホムラ「何事だ」

ホカゲ「ん!?これは…ワタルさんの妹専用、"破壊光線"の着メロだろ」

バンナイ「あれ、ワタルさんって・・この間、ポケギア壊しちゃったよね?」


 ビィィィィッ ドォォォン ビィィィィッ ドォォォン


ホムラ「やかましい、誰のだ」

ホカゲ「破壊光線、連発してんぜ。おっかねぇ!」

バンナイ「はいはい。ポケギア鳴ってる人は、手を上げてくださーい」

ワタル「シバ…」

シバが、手を上げた。

シバ「俺だ、出よう」

シバは、荷物からエビワラーが ぱふっと摘まんできたポケギアを受け取った。

慣れた手つきで通話音量を極小まで下げると、そのまま腕を限界まで伸ばし、

耳からとても遠ざけた所でポケギアを構えた。


ホムラ「それは…危険物なのか」

ホカゲ「あの妹の大音声を直接 耳で聞けるのは、同じフスベ人だけか」

バンナイ「妹さんって…まわりの皆から、破壊光線の音で設定されてんの?」


シバ「待たせた、シバだ」

電話の声『シバ〒ΔΩΩΩ――――――――!!(*´▽`*)』

シバ「俺の名前はシバタじゃない、シバだ」

電話の声『‰、‰p£Ψ×…(・__・、)』

シバ「いや、怒ってない…。いま、ワタルと合流したぞ」

電話の声『βΔκΩ§±ЖΓ…?(V皿V)』

シバ「こらこら。 ああ、また髪を 桃色に染めてる」

 ワタル「Σおい、今バカワタルって聞こえたぞ…!!」

電話の声『βΔκΩ§±ЖΓ…!(V皿V)』

 ワタル「Σまた言いやがったなバカイブキ!!」

シバ「お前たち、俺越しに兄妹喧嘩を始めるようなら、切るぞ」

電話の声『Ё〜 ё〜…!!(≧д≦)』

シバ「じゃあな、イブキ」

電話の声『ΣЁ〜!シバ〒ΔΩ…


プツ (切った)


ホムラ「まじでか」

ホカゲ「す、すげぇ…フスベを流すこのスキル…!」

バンナイ「冷たくしてんのに、だいぶ懐かれた感じだったよ…!」


ワタル「おい、シバ!」


ムッと、ふくれっ面してシバを眺めていたワタルが、突然 身を乗りだした。

ワタル「お前の、そのポケギアに貼ってるのって何だ!?」

とある一瞬・・シバのポケギアに、不自然なモノが見えたからだ。

ワタルの視線に気づき、シバがギクッとした。

シバ「いや、これは…!」

ワタル「ちょっと貸せよ!!」

ワタルはポケギアを、シバの手から強引に奪い取った。

シバ「やめろっ!」

ワタル「Σうお、なんだこれアホかッ!?」

確認するや否や、ワタルが仰天してポケギアを床に叩きつけた。


グシャ


ホムラ「…。」

ホカゲ「お馴染みの光景ですな、ワタルさんもうポケギア持たないで下さい」

バンナイ「てか、畳にキズつけないで下さーい」

シバのポケギアは、壊滅された。

シバ「ワタル、俺のポケギアは何台目だと思う?」

ワタル「ハ?」

シバ「お、お前ら兄妹に壊されたこれは何台目のポケギ…

ワタル「そんな事より、お前ら!見ろよシバのポケギア」

全く悪びれる様子もなく、ワタルはむしろ笑いを必死に堪えてるようだ。

クラッシュしたシバのポケギアを指した。


ピンクの背景に、キラキラ・ハートのスタンプが沢山ブチ込まれている。

シバとイブキの、ツーショットのプリクラシール。

それが、ポケギアの目立つ位置に貼られていた。


シバ「分かるか…強引にあの小部屋に連れ込まれ、勝手に貼られた俺の気持ち」

愕然とした顔、絶望の目で床を見つめ、シバが唸った。

ワタル「お前な…プフ、イブキと結婚したら…オレが兄貴だぞ…」

シバ「い…言っておくが、それだけは絶対に無い」


 ホムラ「これが妹か?」

 ホカゲ「んだ。めんこいだろ…」

 バンナイ「ほんと美人だよ…静止画だけならね」


ワタル「あ゛ー!?お前ら、目玉腐ってんじゃねぇかー!?」

シバ「直接言ってやると良い、喜ぶ………か?」

ワタル「分からん…そもそも最近オレはあいつが女だったかどうかも、忘れた…」


ホカゲ「シバ、ぶっちゃけモテるだろ」


シバ「Σな…///」

バンナイ「ね。クールなのに優しいし、面倒見いいし…かわいいし」

シバ「俺は今も昔もトウキ一筋だ。しかしワタルは、取っかえ引っかえだ」

ワタル「Σ語弊が!?」

 ホムラ「そうなのか」

 ホカゲ「ホムラが食いついた」

 バンナイ「ワタルさんサイテーサイテー」

ワタル「やめろ、また好感度がドツボに落ちるだろ…」

シバ「ワタルはな、慣れるとコレだが・・バトルは本当に強いし、カッコいいんだぞ」

ワタル「Σシ、シバ〜!もっと言ってやってくれ!!」

シバ「あ …うん。」

ワタル「Σえ 他、ないのかよ!?本気で困ったツラだよなそれ!?」

ホカゲ「都会のオシャレさんなぁ、そのウォレット・チェーンなんすか」

シバ「ヤマブキ格闘ジム…い、今は道場だが…物販のサワムラ・コインケースだ」

ホカゲ「く、ください…サインつきで」

シバ「こ、これで良いのか…もう汚れてるぞ?」

バンナイ「Σそれが、良いんです!!」


シバのモテモテっぷりに、ワタルは えー…と固まった。

ワタル「…ホムラ、オレの何かやるよ」

ホムラ「…いらん」


マツブサ「皆さん!大変盛り上がってますね。シバ君、ご飯は食べましたか」


ホムラ「マツブサ」

ホカゲ「出たな、マツブサ」

バンナイ「どこら辺から様子見てたんですか。マツブサさん」


シバ「はっ…だいぶ長居をしてしまった、そろそろ俺は いとまする」


突然、シバは身支度をはじめた。

マツブサ「Σあれ、もう帰っちゃうんですか…?」

ワタル「シバ、泊まってけよ!」

ホムラ「…勝手な事を」

シバ「いや、フエンに宿をとってある。また明日、ワタルを引きとりに来る」

シバは遠慮がちに、旅館のパンフレットを提示した。

マツブサ「ナナナ何なんですか、この謙虚な青年は…」

ホムラ「ああ、まさかだろ」

ホカゲ「ワタルさんの家族ぐるみのご友人とは、信じがたいです!」

バンナイ「マグマ団で良ければ、いつだって来て下さいね!」

ワタル「このオレとの温度差は一体」


ホカゲ「お引き留めするようだが、ラスト質問していいすか!」


シバ「ん、なんだ?」

ホカゲ「トウキさんの、ホウエン地方のムロタウンへは行きましたか?」

シバ「いや、行っていない」

ホカゲ「Σえ、行かないんすか?もう、セキエイ帰っちまうんだろ…」

シバ「ああ。行かずとも我々の心は常にひとつだ」

ホカゲ「会わなくても、トウキさんと心が繋がってる…それ格言にします!」

シバ「お前が格言にしてどうする」

バンナイ「えっと!マグマ団は、トウキさんを応援してるんです。ね、ホカゲさん」

ホカゲ「おお!めっちゃ応援してる!!」

シバ「Σそうだったのか、トウキを宜しく頼む…」

ホカゲ「がんばります」

バンナイ「あ…なんか、切ない。心が痛い…」


ホムラ「フエンに戻るなら、こちらで案内をつけよう…」


ホムラが呟いた瞬間に、スッとふすま戸が開いた。

すぐ後ろに控えていた団員数人がペコリとお辞儀した。

ホムラ「…。」

全員がチラッ チラッっと輝く瞳でシバを盗み見ている。

ホムラ「テメェら抜かるなよ、そして…客人にねだりもなしだ」

団員達『Σりょ、了解しました…!(心を見透かされてるゥ)』





シバの見送りで、外へ出ると真っ暗闇だった。

マグマ団本部の建物だけが煌々としていて、道の先は闇。

さすが田舎で、何も見えない。

道案内の団員は灯りを持って、ソワソワ待機していた。


シバ「ではな、迷惑だろうがもう一晩だけ、ワタルを頼む」

ホカゲ「名残惜しいですが、お気をつけてな!」

バンナイ「目から鱗だよ、トップトレーナーも性格ピンキリだってね」

ワタル「温泉寄らずに、まっすぐ帰れよ獣人、迷惑だからな!!」

シバ「わかったわかった、旅館のを浸かる」

ワタル「Σまだ温泉入り足りねぇのか!!」


シバ「おやすみ」

シバが町へ去っていくと、幹部達はいま、やっと思い出したようにワタルを見た。

ホムラ「そうか…帰るのか」

ホカゲ「あ…ワタルさん、もう帰るシーズンか」

バンナイ「今年はかなり長くいましたね、ついに…寂しいです」

ワタル「Σい、今さら何だよ…気持ち悪ィな」

ホムラ「晩飯、少しイロつけてやる」

ホカゲ「今晩、オレ…ワタルさん寝かせねーからな!」

バンナイ「うわみんな優しいな〜!」

ワタル「ば、ば、ばかやろー!嬉しくなんかねぇからな!!」

ワタルは3人を すくっとハグしようとした…

が!

ホムラ「さて、戻るぞ」

ホカゲ「メシ〜メシ〜」

バンナイ「今夜はシバさんの話で盛り上がりましょう!」

3人は、それをヒョイとかわすと、さっさと中へ戻っていってしまった。


ワタル「お…お前ら、 オレを もっと構え!!!!

ついにブチッと切れたワタルが、3人めがけて突進した。

ワタル「もう 今日は、お前ら 覚悟しろ !!」





次の朝は、早かった。

夜が明ける前に発ったらしいが、団員は誰も姿を見なかった。

置き手紙を残し、ワタルは静かに、フエンを去った。


- 全く、たまにはオレも応援しろよ - ワタル





おわり