勉強会



ホムラの待つ会議室。


新人『失礼致します!』

新人団員が、入口で敬礼し次々と入ってきた。


特別に運び込まれた教壇の前、そこでホムラが背を向け立っていた。

室の四隅には、幹部付きの上層団員が配置されている。

真新しい団服姿の新人20余名、ソワソワと全員が着席したところで、

わざとらしく扉が締め切られ、その前に上層団員が立ち塞がった。

そこでようやくホムラが向き直り、教壇の上に手を置いた。


上層団員「起立ッ!」

新人団員は慌てて立ち上がり、「礼ッ!」で一斉にお辞儀した。


上層団員「其のままッ!」


Σそのまま!?

まくしたてられ、新人達は"礼"の姿勢のまま止まった。

上層部の洗礼だろうか…?新人達は冷や汗を流した。

仮にも悪の組織なのである。

…入団早々、教育担当の先輩団員と衝突した。

本来の新人研修をすっぽかした。

マグマ団の入門書(マツブサ著)も相部屋に放り投げてある。

別の教育担当に変わると、話がつまらんと中庭でストライキした。

大地を増やすスローガンに興味を持った少数派、

楽しそうだったから、職探し、さまざまな新人がいたが、

任務に呼ばれる事もなく、組み分けされる事もなく、

腐りかけてたところを、上層部に呼び出された。

どうやら泳がされていたらしい。

今日は丸1日、特別研修というので何かと悪評の新人達も緊張していた。

そして予定の時刻を迎え、会議室の入口が開かれた途端、

新人達はマグマ団の、ここ数ヶ月過ごした普段との"違い"を感じた。

目の前にいたのは…滅多に見る事のない組織上層部、幹部付きの団員。

更には…噂に聞く、悪意の塊・幹部。

いま、誰もが垂れ下げた頭上に意地の悪い視線を感じた、

じっくりと観察されてるらしい。


ホムラ「そうか」


ホムラが口を開いた。

ホムラ「楽にして構わん」

新人達はおずおずと顔を上げると、互いに目配せしながら静かに着席した。

その中には、先日マグマ団の正面玄関で小騒動を起こし、

特例での参加が認められた男のゴツめの顔もまじっていた。(29話参照)

ホムラは新人一同の顔を見渡すと、片側の唇をつり上げ笑った。

ホムラ「おい…ど真ん中に座るんだな」

ちょうど教壇と向かい合う、まん前の席に座る新人をホムラは見下した。

ホムラ「…センコーが好きなのか?」

ホムラが鼻でせせら笑うと、つられた新人達もハハと笑いをもらした。

ホムラ「熱心だな、俺が分かるか?」

からかわれた新人は、口を横に開き答えた。

新人「分かります、マグマ団幹部ホムラさんです」

少しムッとした声だった。

新人「ちなみに、先公は嫌いです」

このP.Sに、後ろの席の方からピュっと口笛がおこった。

上層団員が、その方をチラッと見たが特に注意は無かった。

…注意は無いのか?

様子を伺っていた多くの新人は、緊張しつつも戸惑った。


ホムラ「ここから新人研修だ、研修っても大それたモンじゃねぇ。

大方が訳も分からずうちに入団しちまったようだから、

マグマ団とはどういう組織なのかという事を、教えてやる」

ホムラは室を見渡した。

ホムラ「お前達の座った席に、番号がついている。

お前らを管理する番号だ。こちらから見えるようにしておけ。

前後左右の奴の番号と間違われたくなければ…、分かるか?」

新人達は無言で頷いた。


ホムラ「では、始める」





【壱時限目:教官ホムラ】


ホムラ「俺が担当するのは、マグマ団の掟(ルール)だ」


ホムラが、教壇の側面を指でコツコツ叩くとそれを合図にして、

会議室の天井からスクリーンが降りてきた。


ホムラ「…だが、その前に復習だ。うちの組織について」

室内の照明が落ちていき暗くなったところで、光るスクリーンに、

式典などで用いられる複雑なマグマ団のロゴ・マークが浮かんた。

ホムラ「うちの紋だ。これが正式な模様だが、大抵は黒一色で簡略されている」

ホムラは自分の団服の胸元を指してみせた。

続いて、スクリーンが切り替わり、見事な毛筆で書かれたスローガンが浮かんだ。


マグマ団は大地を増やす byマツブサ


ホムラ「…だそうだ。うちで働くなら、頭にたたき込んでおけ」

続いて、その偉大なるリーダー・マツブサの写真が映し出された。

ホムラ「胸くそ悪ィから、こいつの顔は覚える必要は無い」

監視役の上層団員が一瞬ウッ!?と身を乗り出したが、すぐに平静に戻った。

続いてホムラの写真が映された。

ホムラ「俺だ」

悪そうな顔だ。

続いて、正式な幹部の服を着込んだ金髪の男の写真が写された。

ホムラ「こいつも幹部だ、名前を…」

ホムラが顎をクィッと上げてみせ、後方に座った新人を指名した。

新人「Σおお!幹部のホカゲさんです!!」

不敵にもウトウトしかけてた新人は、勢いよく立ちあがった。

ホムラ「チッ…」

舌打ちの後、ホムラはしばらく無言でその新人を睨んだ。

何かマズったのか…新人達の頭上に気まずい空気がのしかかった。

そこでパッとスクリーンの写真が変わった、

青色と髪をしっかり立ち上げて、キメた顔を作った男の写真。

ホムラ「こいつは辛うじて幹部だ」

突然、ホムラの真正面に座っていた新人が立ちあがった。

新人「Σいやいや、幹部のバンナイさんです!」

先程ホムラにからかわれた新人だ。

ホムラ「…座れ」

ホムラは無表情で一喝した。

ホムラ「幹部について、お前らは最低限以外、知る必要は無い」

ホムラは新人を見渡した。

ホムラ「今後昇進していき、上層部に務めるようなれば改めて学べばいい事だ」

ちょろいモンだ新人はみな野心を燃やした。

しかし、直後に愕然とした。

"させねェがな"…分かりやすくホムラの口が動いたために。


気を取り直して、スクリーンには次の画像が映された。

ホムラ「団服について」


団服(一般) 通常の団服を着込んだ団員の写真。

ホムラ「通常の団服だ」


団服(悪い例) 通常の団服を着崩した団服の写真。

ホムラ「団服を着崩して着用した例だ」

上着のフードを被らない、ウォレット・チェーン、ブーツの変更、

指定のインナーを着ないなど。

 新人「やべっ!」

真ん中の方の席から うっかり声が上がった。

ホムラ「なお、頭髪に関しては自由化してある」


団服(酷い例) 通常の団服を改造した団服の写真。

ホムラ「下っ端ごときが勝手に、団服を改造した例だ」

改造はグローブの指抜き、ズボン丈の調節、ワッペン、スタッズ。

ダメージ加工、ベルト・バックルのすげ替えなど。

ホムラ「判断は配属された各部署に寄りけりだが…注意もしくは罰則とする」

基準はあいまいなようで、実際に着崩しや改造した団員は沢山歩いている。

ホムラ「ひと際だらしが無い集団がいたら、ホカゲ付きの部下だ。関わらないように」

側近らしい。金髪で固まった派手な集団なら、新人達も目撃した事があった。


団服(駄目な例) 地味すぎる団員の写真。

ホムラ「ポリシーが無い」

新人達は首を傾げた。


団服(幹部) 通常の幹部服を着た団員(万遍の笑顔)の写真。

ホムラ「これが幹部服だ」

しれっとした表情でホムラがスクリーンを指した。

もちろん、現在ホムラも着てるのだが、

全く生でその実際の構造を見せてやろうとしなかった。

ホムラ「特徴は、上着は長めのマント、ズボンには白い二本の印」

まだ入団歴の浅い新人でも、全団員共通の幹部服への憧れの情はあるらしく、

食い入るようにスクリーンを見つめていた。

ホムラ「どこが良いんだか」

ホムラが鼻で笑った。

ホムラ「そういえば…この着用写真のため使ったコイツは、たかが下っ端だったが」

ホムラは何気なく思い出した。

ホムラ「これを撮った翌日、一服盛られてダウンした。いま医務室で寝ている」

新人達に衝撃が落ちた。

ホムラ「団服改造は特に注意するように。幹部服は真似んじゃねぇぞ」

新人達は高速で頷いた。

ホムラ「まあ、そんな見かけ倒しが存在したらこちらも見つけ次第、捕獲・厳罰する」

たった一瞬だったが、チラッと禍々しいお仕置き部屋の様子が映された。

…いろいろ、置いてあった。

新人達『Σ…!?』

ホムラ「そうだ、あとひとつ幹部に特徴があった…フードの部分、角が長い」

…ツノ?

新人達の疑惑の眼差しに、ホムラは気づいた。

ホムラ「上着のフードの尖った 角 の部分だが、幹部の方が長い」

…ミミ*

新人達の表情がやんわりしたところで、ホムラが勢いよく教壇を叩いた。

ホムラ「角だつってんだろ」

凶悪な顔で脅された新人達は、みなコクコク高速で頷いた。

そもそも団服に関しては、幹部の連中が一番勝手をしていて、

ホムラが忘れて説明を飛ばすほどなので、

フードなんかをしっかり被ってる姿など一度たりとも見ていない。


団長服(マツブサ) 照れながら写るリーダーの写真。

ホムラ「専用だ、特に説明も要らんだろう」

新人は頷いた。

ホムラ「特に着たくも無いだろう」

新人は頷いた。





ホムラ「次は各部署だ。マグマ団は主にふたつ、外か内で分けられる」


【組織図】

 [外・任務] 担当ホムラ

 行動部:短期任務。
 潜入部:長期任務。


 [内・管理] 担当ホカゲ(実質ホムラ)

 管理部:施設・団員の管理。
 警備部:見回り、見張り番。
 (機密事項):-

 [他]

 研究所:研究・開発など


ホムラ「お前達はいずれかの部署へ配属されるが… ん、なんだ?」

新人達がザワついている。

新人「あ、あの…機密事項って…普通に載っちゃってますけど…」

ホムラ「ああ、内務調査部だ。だがそこにお前らが配属される事は、まず無い」

新人「Σ機密表記の意味はどこに!?」

ホムラ「ところで…今日ざっと見た感じで、俺が決める」

ホムラは腰に手を当てて、ポツリと言った。

新人達『何をですか?』

ホムラ「お前らの配属先だ、下っ端ってのはまず、管理か警備で下積みだ」

新人達『Σええー!?』

新人はうな垂れた、今日いま、この場所で査定されてたらしい。

ホムラ「黙れ」

私語が多くなってきた新人達に、ホムラは低い声で注意した。

それに合わせ監視役の上層団員達が、ザッと一歩前へ踏み出した。

新人達は慌てて口をつぐんだ。

ホムラ「…何にせよ、励め」

ホムラは手を掲げて上層団員を制止すると、口の端をつり上げて笑った。

ホムラ「…俺が求めるのは、ノーと言えない人間だ」

新人達『(Σ最悪だーッ!!)』

完全にホムラのペースとなった。


ホムラ「ところで俺の時間は、全体責任・・だったな」


新人達『Σ!?』

新人一同、本日初めて耳にする言葉だった。

このホムラの発言には、相当嫌な予感がした。

ホムラ「誰一人として、幹部に挨拶しねぇ…これは仕置きだな」

ホムラは体勢を低くすると、教壇の上に肘をつき、腕を組んだ。

ホムラ「おい、もういいぜ」

ホムラがそう言い放つと、前列の席からひとり、中列からひとり、後列からひとり、

計3名が勢いよく立ちあがった。

まさか・・と、新人達は唖然とした顔で見上げた。

ホムラ「新人どもに、教えてやれ」

3人はコクリと頷くと、被っていた団服のフードをガバッとかっぱらってみせた。

前列、ホムラの正面に居てからかわれていたのが…

バンナイ「幹部のバンナイ!」

中列は飛ばして後列、一度はホムラに指されたものの、

ほぼ机に伏せてスヤスヤ眠っていたのが…

ホカゲ「幹部のホカゲ… すまねぇホムラ」

そして中列の男が… 堂々と胸を張って自分の番を待っている。

ホムラ「おい、あんたは幹部じゃねぇだろ…」

ホムラが面倒くさそうな目で見てやった。

ワタル「オレは下っ端のワタルだ!!!!」

新人一同、これはどっかで見たような顔だなー…と首を傾げた。

ホムラ「…ワケ有りの下っ端だ、いいか、詮索はしない事だ」

考えさせる暇なく、ホムラが加えた。


ホムラ「それで、ペナルティだったな。全員、立ち上がれ」

新人達はおっかなびっくり立ちあがった。

ホムラ「礼…、の時に。いや、先程のな」

ホムラの引っかけに、新人一同が"礼"しかけた。

ホムラ「適当にやってやがったな…足腰は鍛えねぇとな、…椅子を取っ払え」

ホムラが低い声を出すと、配置されてた上層団員が「はッ!」と反応し、

素早い行動で新人達を払いのけて、全ての椅子を重ね合わせて撤去した。


ホムラ「すっきりしたじゃねぇか、…座れ」


新人達はチラッと確認した、何もない宙。

ホムラ「せいぜい根性見せろよ」

いつの間にか上層団員が金属バッドを握っている。

新人一同、聞きわけが良く。

美しい姿勢で透明色の椅子に着席した。

空気椅子のち血バット、これが全体責任か!

わざとらしい座席番号など、はじめから意味など無かったのである。

ホムラ「今日はだいぶ優しくしてやったつもりだぜ、嬉しいだろ?」

新人一同『あああありがたき幸せ!!』

モノッソ・キツイ!新人達の足腰、そして声がプルプル震え始めた。


ホムラ「さて、以上をふまえマグマ団の掟(ルール)について。一度しか言わん」

新人達は、全神経を耳とハートに集中させた。


ホムラ「 俺に従え 」


新人達『Σ了解しましたーッ!』

室の四隅で、上層団員達も必死に頷いた。


ホムラ「以上、1時限目を終了する」


上層団員「其のままッ!」

新人一同「Σはいいいいいッ!」





【弐時限目:師範バンナイ】


新人達は空気椅子の試練にプルプル耐えていた。

自分の団服に着替えてきたバンナイが、ようやく教壇に立った。

有難いホムラの講習の次の時限に、バリバリの改造団服の教官である。

新人達は、バンナイの原型の消えた団服を不思議そうに眺めた。


バンナイ「あ、仕事さえ出来りゃ誰も文句言わないんで…


上層団員「新人!立て、おじぎ、座れ、 休めー…」

バンナイの話しの途中に、上層団員が気の抜けた号礼を入れた。

バンナイ「Σおい最後、休めって何だこの野郎!」

上層団員「静粛にー」

会議室の後方で見学していたホムラが、やれやれと首を横に振った。

最高幹部の不機嫌を感じた上層団員は即、ホムラに謝った。

上層団員「申し訳ございませんでした!」

バンナイ「よし、後でな。あんたら覚えてろって… あ、ちょっと!」

後方に固まっていた幹部達が…なにかゴソゴソ喋っている。

会議室の扉を開けさせると、ホムラとワタルが勝手に出て行ってしまった。

バンナイ「は…」

あっけにとられたバンナイは、ポツンとひとりだけ残ったホカゲを見つめた。

ホカゲ「メシだってさ…」

バンナイ「メ シ… Σって、おい!このタイミングで!?」

バンナイは手を上げると空中にツッコミした。

ホカゲ「でもな!オレはバンナイ君が可哀想だから残ったぞ!」

バンナイ「あ〜…そうですか、そうなんですか。やる気失すわ」

バンナイは深くため息をつくと、教壇の上にヒョイっと飛び乗り足を組んだ。


バンナイ「はい。2時限目、終わり」


上層団員「よっ、さすがバンナイ、待ってました!新人、直立、礼!」

バンナイ「バイバーイ」


新人達は、自主的に空気椅子に着席しつつ、

この流れが、嘘かホントか戸惑った様子で辺りを見渡した。

迷った視線は、もう一人の幹部・ホカゲに辿り着いた。

ホカゲはヨシキタと胸を叩くと、ツカツカ寄っていって、

そっぽを向いたバンナイの肩にポンと手を乗せた。

ホカゲ「残り時間、あとは自習せよ!」

事態はなにも変わらなかった。


バンナイ「…とは言ったものの」


ホカゲ「ん?」

バンナイ「俺もそろそろ可愛い部下が欲しいんだよね」

ぼそっとつぶやいた…、なにか思うところがあるようだ。

バンナイは向き直って、物色するように新人達の顔を見渡した。

バンナイ「面白い事してやるよ、ちょっとだけな…」

そしてニッと笑ってみせると、肩に置かれていたホカゲの手を払いのけ、

バンナイは教壇の上からタンと飛び降りた。

着地した際の一瞬に、羽織っていた自分のマントに手をかけ、

バッと豪快に脱ぎ捨ててみせた。


ホカゲ「Σぶ!!」

飛ばされたマントが降ってきて、ちょうど近くのホカゲの顔面にかぶさった。

ホカゲ「Σいきなり何するんですか… Σおお!?」

ホカゲがマントを払いのけると、今さっきまで、バンナイが居た場所に、

ホカゲを見上げた…なんとも可愛い女子、が立っていた。

クスッと唇に手を当てて笑ってみせるその子に、ホカゲの胸がキュンと鳴った。

ホカゲ「Σおおおお怪我はありませんか ?」

ホカゲの声かけミスに、微笑む女の子はコテっと小首を傾げてみせた。

ホカゲ「お元気です。ところで…うちのバンナイ君はテレポートか」

何故だかバンナイと ほぼ同じサイズの女の子は、

不思議そうにホカゲを見つめながらコクっと頷いてみせた。

ホカゲ「ごゆっくりどうぞ」

しかし女の子はしゅんとした表情を浮かべると、静かに首を横にふった。

そして、か細い身体をなんとも可憐に・・儚げに丸めていき、

どうしてだか教壇の下の囲いの中へと・・潜っていった。

ホカゲ「Σなに、おうちに帰ってしまうん!?」

ホカゲもつられて屈んでいき、教壇の下を覗こうとした瞬間、

教壇の下からスッとバンナイが現れた。

バンナイ「何してんのホカゲさん」

ホカゲ「Σおお、バンナイ君!その下、地球の裏側と繋がってんのか?」

バンナイ「そんなバカな」

ホカゲ「今めっちゃ可愛い子が吸い込まれてって…」

バンナイ「俺の顔見てなに言ってんの?」

ホカゲ「だよな…バンナイ君だよな。オレ寝てたんだな」

バンナイ「フーン。良い夢みたな」

ホカゲ「おお… Σおお!?」

ホカゲが、やっと存在を思い出したように新人達の方を見やると、

新人一同、誰もが顎が外れそうなくらいに口を開けた驚きの顔で、

バンナイを見つめ止まっていた。

ついでに、上層団員までもが頬をポッ染めて棒立ちしていた。

バンナイ「…ラしくねぇ事しちまった。まあ、特技があれば活かせばってさ」

新人達は口を大きく開けたまま、ゆっくり頷いた。

桃色のふわふわ効果で、空気椅子の苦痛なんて忘れたらしい。


バンナイ「あとはせいぜい自習しな、…ところで」


バンナイが目配せすると、新人の席の中からひとりがスッと立ち上がった。

それがとても綺麗な顔立ちの新人だったので、監視役の上層団員も首を傾げた。

足音もなく、そいつは床に落ちてたバンナイのマントを拾い上げて、

どことなく不自然な、滑らかなしぐさでバンナイへと手渡した。

バンナイ「はいはい、ありがとう」

返事はない。

新人達は、まさかこいつも幹部だったか・・?と怪訝な顔で見つめたが、

新人「えっ!?」

突然、そいつの身体が溶けだして、着ていた団服の隙間から床へと、

ボトボトッと・・何かの溶けた固まりが落ちていった。

中身を失った団服が、宙でフワフワ型崩れしてく様には、新人だけでなく、

さすがに上層団員までもが悲鳴を上げてしまい、会議室は騒然となった。

理解できない状況、つい先ほどまでの甘ったるい空気は一変した。


バンナイ「教えてやる、目に見えるモノだけが真実とは限らない」


バンナイがワケありげに、床へ視線を落とした。

先程のドロドロに溶け落ちた物体がひとつに集合していて、固まりを作っていった。

その体積はどんどん縮んでいったが、ギュっと密度が濃くなってるようで、

中身が消えヘナヘナと床に落ちてる団服の中で、

生物のように細やかに動く盛り上がりとなった。

そいつが団服の中をソワソワ移動し始め、ついに裾の間からモゾッと出てきた。


ホカゲ「おお!スライムだったし!!」

ホカゲがなんの躊躇もせず、そいつをモニュっと掴みあげた。

メタモン。

ホカゲの行動を見た一同は、ようやくホッと一息いれた。

顔は真っ青だった。


バンナイ「大事なのは、俺が幹部のバンナイって事」

ちなみにメタモンが化けていたのは、飼い主の素顔。





【参時限目:マスターワタル】


ワタル「実戦、あるのみ」


教壇前に立ったワタルは、腕を組み、不敵に言い放った。

空気椅子・約3時間、よく頑張ってる。…が、

もうすでに精神と腿がヘトヘトな新人達は、またしても、

いや、一段と厄介そうなこの男の講義に耐え抜ける自信は無かった。


ワタル「外へ行くぞ! ポケモン持ってこい!!」


上層団員「そ、外…?」

上層団員が、会議室の後方から見守る幹部達を振り返って確認した。

やはりそこに幹部達が固まって見守っており、

その中で、先ほど昼食から戻ったホムラが無言で頷いた。

野外・可。上層団員は、了解し伝令した。

上層団員「新人、全員ポケモンを所持し、すみやかに中庭に集合する事!」

ここにきて新人達は、悪魔の空気椅子から解放された。


- 移動中 -


ホカゲ「ホムラ、昼メシなに食ったん?」

ホムラ「定食」

ワタル「オレ、チャーシューメン大盛り。ホカちゃんも来れば良かったのによ!」

ホカゲ「そんな事ねーぞ!お前らこそ残ればよかったのな」

ホムラ「…何故だ?」

ホカゲ「このバンナイ君、見事に新人どもビビらせたぜ…」

バンナイ「まあね。ちょっとやりすぎ、柄にないことしちまいました〜」

ホムラ「そうか」

ワタル「確かに。オレらが居ない間に、教室の空気変わってたよな!」

バンナイ「どうぞ、もっと褒めてもらって構わないですよ!」

ホムラ「…おい」

バンナイ「わっ、ホムラさん!」

ホムラ「…調子乗るんじゃねぇぞ」

バンナイ「あ、…はーい」

ホカゲ「同情するぜバンナイ君」

ワタル「いや正解だ。バンナイな、褒められない方が伸びるタイプなんだよ」

ホカゲ「え、そうなん?」

バンナイ「Σうるさいよ、そんな事ねぇよ!」

ホカゲ「そんな事よりオレ、さっきの約3分…恋だったぜ」

バンナイ「はいはい。そうでしょ、ホカゲさん好みに作ったんだ〜」

ホカゲ「え、なにを?」

バンナイ「え、まじで?」


…え?


ホムラ「なにしてんだ、テメェらは…」

ワタル「あ〜・・そうかバンナイ女やったのか」

ホカゲ「よく分からんから、次進もう、そして現実逃避しよう」

ワタル「…それだけは認める、お前の女はめちゃくちゃ可愛い」

バンナイ「フン。ワタルさん、手ぇ出すなよ」

ワタル「Σオレがお前に?! まじ、ねェ〜わ」

 ホムラ「おい、そこ段差だぜ」

3人『エッ…!?』


コケっ。





一方、中庭。…飛び入り参加者アリ。


【乱入参時限目:先生バトラー】


新人団員達は、地面に体育座りしてバトラーを見上げていた。

よくわからないが、上層団員に引率されて中庭まで降りて待機していた所、

白衣を纏った怪しい外国人が、フラフラ〜っと視界に現れた。

一同が、首を傾げて見つめたところ、ニッコリ微笑んで接近してきた。

バトラー「マグマ団、元科学者のバトラーです」

…元?

先程のスマイルに新人はイチコロだった…が、

彼の第一声を聞いた途端に、新人達の目は覚めた。

バトラー「君たちが言いたいことはわかります、大丈夫、日本語は喋れます」

上層団員「あの…バトラー博士、違います、声です、低い声…」

上層団員がひとり、大変言いづらそうに訂正した。

バトラー「え、SoWhat?…ちょっとその日本語はlistening難しですね」

上層団員「Σすごい今さら感がーッ」


バトラー「この中に、マグマ団の科学に興味を持ち入団した子はいますか?」


バトラーの問いに、一同は反応しなかった。

バトラー「これは悲しい…ところで手品、好きですか?」

新人達は、この切り替えにポカンとした。

バトラー「マグマ団旧棟で、手品倶楽部を主催してます、そうですね…」

マグマ団本部施設の裏手にヒッソリとそびえ立つ旧棟を指し示すと、

バトラーは改めて新人を見渡した。

バトラー「私は旧体制の頃からのマグマ団メンバーです、君たちと交流したい」

 上層団員「Σそうだったんですか…!?」

バトラー「研究チームと接触を希望する子には、扉を開きます…誰か」

ひとりの新人が頷いたので、すかさずバトラーが寄っていって握手を求めた。

差し出したのは白の手袋をした右手だ。

その新人は、ドキっと反応して恐る恐る彼の手に触れた。

バトラー「OK,接触…しかし君は私に触れることをどこかで恐れたね」

バトラーと新人の手の間から、青い煙が上がり、ドクロマークを作った。

新人はびっくりして手を放した。

バトラー「驚かせてすみません、でも君を気に入った」

バトラーは微笑んでみせて、新人の肩に手を置いた。

バトラーが手を放すと、新人の肩から赤い煙が上がりハートマークを作った。

バトラー「マグマ団を支えるのは科学の力、ぜひ、遊びにいらして下さい」

新人「て、手品倶楽部…ですね」

バトラー「そう、被験しゃ・・ おっと、部員は常に募集しています」

 上層団員「…危険人物だ、ホントいろんな意味で」

バトラー「残念。ホムラ君達が到着したようですね…」


幹部がやってきた。


去ろうとするバトラーに、すれ違い様にホムラが声をかけた。

ホムラ「勝手は困る…」

バトラー「それを君が言います…?」

チッ・・とホムラが舌打ちした所で、ズンズンとワタルが接近してきた。

ワタル「喧嘩はいかん、友達」

ガシッ

ホムラとバトラーは、ワタルにガッチリ肩を掴み寄せられた。

ワタル「仲良くしろ」

ホムラ「な…」

バトラー「ふふ、大丈夫、もう消えるよ…」

ワタル「Σつれない事いうな、博士も見学してけ!」

ホムラ「おい!」

バトラー「しかし…」


ワタル「授業再開するぞ、バトルだ全員ポケモン出せッ!」


新人一同『はッ!』

新人達がサッと立ち上がって、モンスターボールを投げつけた。

全員が、ワタルに向かって…

ワタル「え?」

ぱちくりとマバタキするワタルのほんの手前で、

新人達の投げたボールがパカッと開き、中から一斉にポチエナが現れた。

新人に贈られた、生まれたばかりの小さな小さなポチエナで、

高い声でキャン・キャン鳴きながら…ゾロッとワタルを包囲した。


ワタル「Σしまえアホー!! なぜオレに向けて投げた!!」


 遠くで見守るホカゲ「おわー…犬嫌いなのに、ワタル包囲網な」

 遠くで見守るバンナイ「あちゃー…大変。ホカゲさん、フエン煎餅食べる?」

 遠くで見守るホカゲ「うん、食べる」

 遠くで見守るバンナイ「はい、あげます」

 遠くで見守るホカゲ「お、見ろバンナイ君。ホムラが必死で平然を装ってら」

 遠くで見守るバンナイ「バトラーさんなんかトロけきってら。赤ちゃんだもんね」


新人達は、先ほど投げたボールが混ざり合って誰が誰のか判らずに、

オロオロと地面に這いつくばって必死で自分のボールを探していた。

ワタルはポチエナに吠えられながら、「ハア」とため息をついた。

ワタル「ミニリュウ」

ワタルは故郷の特注ボールを取り出し、ポンと宙に投げた。

青い光が走っって、中から…ミニリュウが!

その様子を、遠くから見守っていたホカゲが、

かじりかけのフエン煎餅を地面に落とした。

ホカゲ「ミニ…リュウだと?」

声を震わせてつぶやくと、慌てて駆け寄っていった。

ホカゲ「ミ〜ニリュウ、オレだ〜会いたかったぜ!!」

目をキラキラ輝かせて向かってくるホカゲに、ワタルが気づいた。

ワタル「おう、ホカちゃん懐かしいだろ、あれからだいぶ鍛えたんだぜ!」

ミニリュウ「観尼離愉羽」

…なんだか野太い鳴き声がした。

ホカゲ「お?」

ワタル「フッフッフ。ミニリュウ、修業の成果をみせてやれ破壊光線


ピカッ スパァァァァァアアアアン!!!!!!


3秒程、辺り一帯が 白くまばゆく光った。

直後、ものすごい風圧にマグマ団本部が揺れた。

とっさの事で、地面に倒れたり・伏したりしていた団員達は、

第二波がこない事を確認すると ひとり、またひとりと顔を上げた。

ポッカリ、穴があいていた。

中庭から外周の壁を越して、裏山にトンネルができて、…。

ワタルの周りを囲っていたポチエナたちは、破壊光線という大爆砲に

みなポテッと転がって気絶していた。


ワタル「な! ひとまわり強くなったろ、ミニリュウ」


ワタルがこぼれんばかりのデレデレ笑顔で一同を振り返った。

ひっくり返っていたホカゲは、体勢を直すと唖然として見上げた。

ホカゲ「ミ…ミニリュウ…なのか?」

ワタルの肩の上に、ミニリュウの顔がドスっと乗っかっている。

なんだが、とてもたくまし…いや、筋肉質でムッキムキに肉体改造されている。

ワタル「強いんだ〜こいつ、こんな可愛いのにそろそろ進化しちまいそうで…」

フシュゥゥという、荒い息遣いが聞こえる。

ホカゲは唖然として言葉が出なかった。

もはや昨年の愛らしい、プルプル潤んだ瞳は失せていた。

ミニリュウ「観尼離愉羽ゥゥゥ」

…ホカゲを懐かしむように、野太い声でミニ(?)リュウが唸った。

ホカゲはそのまま横へ倒れていって、静かに気を失った。

ワタル「Σなにーッ どうしたんだホカちゃん!?」

倒れたホカゲを掴み上げて、ワタルがブンブン揺さぶった。

そこへバンナイが大爆笑しながら寄って来た。

バンナイ「なにホカゲさん、生きてる?」

ホカゲ「生きてない」

ワタル「Σ生きてない!?」


ホムラ「おい、無事か…」

バトラー「ええ、しかし予期せぬ事で…」

ホムラ「新人どもにバトル指南は過ぎたな…この時限は打ち切きろう」

バトラー「そもそも、ワタル君は何を指南するつもりだったんです?」


ワタル「決まってんだろ博士、フスベ戦術…強さだぜ、強さ!」


ホカゲ「…このッ、強さに囚われ、おめーは大切なものを捨てさせた!」

ワタル「Σえ、なぜオレは責められるんだ!?」

ホカゲ「フスベ人はメロメロって攻撃知ってるか、メロメロメロメロ」

ワタル「真っ向勝負しない奴の、カス技な」

ホカゲ「ナヌー」

バンナイ「やめなホカゲさん、見た目が違っても、あれは確かにミニリュウさ」

ホカゲ「で、でもよ…」

バンナイ「言ったでしょ、目に見えるものだけが真実とは限らな… プッ!」

ホカゲ「Σそこで噴くのかよッ!?」


ホムラ「いいか新人ども、育成と戦術の講義については日を改める」


幹部周辺の井戸端会議を背景にして、ホムラがしれっと言い放った。

やっとこさ自分のポチエナを発見して膝にかかえた新人達は、

黙ってホムラを見上げ、これ以上状況が悪化しない事を心から願った。

ホムラ「尚、講師は変更する、戦術は俺が受け持つ」

あ…。新人達の顔に絶望が宿った。

ホムラ「育成に関しては、バトラー博士が最適だ」

新人達は、すがるような目で横のバトラーを見た。

ホムラ「博士はトレーナーであり、調教師…コーディネーターでもある」

バトラー「躾けくらいしかお役に立てなそうですが…」

ホムラ「ああ、頼めるか」

バトラー「そうですね、ではまず玉乗りから仕込みましょう!」

ホムラ「…はあ?」

バトラー「ホムラ君、立派なアシスタントに育ててあげます」

ホムラ「…いや、パートナーとして」

バトラー「Σやはり君たち新人は、手品倶楽部に入る運命でしたね!」

ホムラ「おい、お前ら撤回する、育成担当も俺が…

ワタル「Σなに博士が玉乗り仕込む?ならばオレが破壊光線を」

ホムラ「…破壊光線も俺が担当してやるから、お前ら一旦引っ込め」

バンナイ「Σあ、じゃあ俺やっぱ変装しっかりレクチャーしてやるよ!」

ホムラ「…テメェ嘘くせぇ便乗はやめろ」

ホカゲ「Σじゃあ内部調査部、新人とろうか!?」

ホムラ「…ホカゲ(そいつァ機密事項だろ)」


一斉に喋り始めた幹部達に、圧倒された新人達はソソソソ・・と後ずさりした。


バトラー「危険はほぼないから大丈夫ですよ、たまに帰ってこれなくなるくらい」

ワタル「破壊光線はレベルアップすると死ね死ね光線・超しねしね光線に進化する」

バンナイ「いくら変装っても、やっぱ元の顔が重要なワケで…」

ホカゲ「お前らマグマ団は入団簡単だったろ、でも退団困難だからな」

バトラー「ところでホムラ君、マグマ団で部費落として良いですか?」

ワタル「ギガントしねしね光線、それも超えると、デス・スター光臨!」

バンナイ「ついにフスベシティは暗黒移動要塞ですか」

ホカゲ「まじでかフスベシティの侵略計画なのか」

ワタル「おい、この中に"大好きクラブ"会員はいるか?いたらオレは許さねえ」


ホムラ「参時限目を終了する…新人、すみやかに会議室へ戻れ」


新人団員も、付き添いの上層団員も這いつくばって"お辞儀"をすると、

一目散に逃げ出した。





【四時限目:コーチホカゲ】


- 幹部不在につき、空気椅子で自習 -





【五時限目:創設者マツブサ】


マツブサ「ミンナ!お待ちかね☆ついにマツブサの出番ですよ!!」


これぞ本日のお勉強クライマックス。

マグマ団創設者による組織体精神について伝授…のはずだったが、

マツブサ「あれ?」

グッタリ…

心身ともに極疲労。新人達は精根尽きて机に伏していた。


マツブサ「解散」

いや。マツブサは思い直して首を横に振った。

マツブサ「じゃあ。最後に団服アンケートだけ書いて帰ってね…トホホ」





翌日から。

試練の末、新人達は生まれ変わった。

人間味のある先輩(下っ端)団員につき従い、

人間味のある研修(和気あいあい)を受け、

…時たま、

幹部の姿を目撃すると震え、拝み上げる生活を送り始めたという。





おわり