移動遊園地



夜、星空が輝く。


キンセツシティ近郊の野を、ひとり歩いていた。

どうしても自分だけで行く必要があった。

この辺り一帯は広い平地で、向かう先が見渡せる。

ホムラが目指す…

移動遊園地の灯りが。





しばらくホムラは、遠目から園の様子を眺めていた。

他にも、何となく中を覗く、そういう連中は まばらにいた。

移動遊園地というものだが、ご立派な規模だった。

クラシカルな鉄のフェンスで外周を囲んだ中に、

やや小ぶりに設計されたアトラクションが幾台も配置されている。

遊園地と聞いて連想できる乗り物は、全て揃っている。

アトラクションの各エリアを繋ぐ間は、フード屋台・土産売店が埋めている。

現在、日の沈んだレイト・タイムだが、やけに客入りが多い。

日中の客層は知らないが、この時間に人気があるのか。

少し離れた端のエリアは見世物屋だろう、看板を掲げたテントが並んでいる。

その裏は従業員口のようだ。いろんなテントの並びに隠されて、

大型のトラックやトレーラーが何台も駐車してる。見張りが立ってる。

…。

ホムラは、中にいる客の格好と、自分の姿を比べた。

癖のない、完全たる私服。

いや、実際はいくつかホカゲのファッション棚から無断で拝借してきた。

手ぶら。…最低限のものは隠してる。

あとはホムラの顔がどうしても気難しすぎる、表情を和らげる。


観察を終えると、良いタイミングで数名の客が入園しようとやってきてた。

便乗させてもらおう。

ホムラは少し後ろに続いて、そのあと手早く入園を済ませた。

目につく所に、連続して宣伝チラシが貼ってある。


【Great Buttler's Magic Show】


入口を通った付近に、一般客が固まっているのは予め知っていたので、

足早に、なるべく自然に通り過ぎる事を心がけたのだが、

地味に装っていてもホムラのルックスにはっとし、振り返る客はあった。

行く先々、殆どの客が同じチラシを手にしている。

若い世代〜年配までそういえば客は女が多い。

同じデザイン・ロゴのリストバンドなんかをつけてる客もいた。

そしてその大勢の客達はみな整列させられ、

エリアごとにグループで分けられ、しばし待機させられていた。

…面倒なタイミングで来てしまった可能性がある。

ホムラは歩きざまに、園内の案内図を見上げた。

どうやら先ほど目星をつけた通りの場所だ。

"魔術団のテント"か…。





アトラクションのエリアはいわば、お子様向けだったが、

こちらは少しダークよりの…ファンタジックな雰囲気のエリアだった。

外灯の灯りが薄暗く、客も疎らで静かだ…しかしチラホラと視線を感じる。

鏡の迷宮、色っぽい絵画が掲げられたお化け屋敷…いや、テント。

小さなシアターもある。でた、見世物小屋も…UMAか、ホカゲが喜ぶな。

そんな如何わしい、引き立て役の看板たちを通り過ぎて、一番奥。

明らかに存在感の違う…華やかな装飾の、大きなドーム型のメイン・テントがある。

それぞ、目的地。"魔術団のテント"…

マジシャングレートバトラーの城だった。


ホムラ「ほざけよ」


外灯にボンヤリ照らされているだけで、全くライトアップされてない。

足元に設置された照明はすべてOFF。

夜空に光のすじを流せるはずのスポットライトも放ったらかしだ。

カーテンで閉ざされた入口の前に、"close"…と札が立つのみ。

他、何の案内もない。


ホムラ「まあ、昔から奴は…」


ホムラは、さっと辺りを見渡し、

手前に設けられた憩いのベンチへ腰を下ろした。

ホムラはそこから、休憩がてら じっくり観察してやることにした。

見かけこそテントの形をしてるが、この巨大さなら裏口が複数あるに違いない。

裏、といえば…この大きなメイン・テントに寄り添うように、

ひとつ小さなテントが、ぴったりとくっついている。

倉庫だろうか。…怪しいもんだ。

先ほど入園前、外から眺めていた時に、

ちょうどこの大小ふたつのテントの後ろ側が、従業員口だったはずだ。

…。

ホムラはうっかりいつもの調子に戻っていた。

同業者の勘。怪訝そうな顔つきでテントを睨んでいたのだが…

突然、ふわっ…と、その横顔に軽い風が吹き当たった。

やわらかい風にのって、ほのかな甘い香りがした。

その瞬間、ホムラはハッとして固まった。

視界から一切のものが見えなくなった。

何も考えられない、真っ白な頭。ベンチに座っているだけ。

隣に、来ていた。


「久しぶり」


あの声だ。

たった一言。

ホムラ「久しぶりです」


沈黙の時間が長かった。

ホムラ「それで」


「せっかち、相変わらずですね」


ホムラ「そうですよ」

「でも、大人になった」

ホムラ「いま、俺のほう見てます?」

「見てる。雰囲気も、顔も」

ホムラ「変わった?」

「ううん、いいえ…」

ホムラ「じゃあ、あんたは?」

「こっちを見て」

ホムラ「できない…」

「弱気だね」

ホムラ「喋るな」

「じゃあ、黙ろう」


また沈黙した。


ホムラ「気まぐれだ、相変わらず。そうだろ」

「ええ、そう」

ホムラ「それで、きっと…」

「きっと?」

ホムラ「おそらく…」

「なにも変わらなかった」


ホムラはゆっくりと、隣を見た。

顔を斜めに傾け、微笑んでいる。

その容姿は、昔のままだ。


ホムラ「バトラー、また俺の負けだ」

バトラー「負け?ならば、こちらも負けっぱなしさ」

ホムラ「なんだ。寒そうだな、シャツだけか」

バトラー「そう、君がこんなに粘ると思わなかったので」

ホムラ「それは悪かった」

バトラー「君さえよければ、場所を移したいのですが」

ホムラ「テントの中へか、入っても?」

バトラー「ええ、どうぞもちろん」


メイン・テントの裏口のひとつへ案内された。

隣接する小テントとは逆側だった。

バトラーが裏口のカーテンをめくり上げた時に、

その左手の甲らへんが小さく光った。

ホムラの頭は、一瞬で理解した。

そして、なんとも やるせなくなり…

そして、これで良かったのだと思った。

だがやはり、じわじわとイラついてきた。


ホムラ「仕込んでるか?」

意地悪してやりたくなったので、冗談をきいた。

バトラー「罠が…あったら、最初から自由に入ってもらいます」

バトラーは静かに答えた。

ホムラ「いや。あんたが巧みに誘導するんだよ、俺を」

バトラー「君が、来るかも分からなかったのに…?」

ホムラ「分からなかった…?」

バトラー「…入って」





ホムラが入団した年。

バトラーは科学者として先にいて、すでに組織の中でぬき出た存在だった。

旧体制の、マグマ団は。

"科学の力"で古代に生きたグラードンを再生させる計画がもてはやされていた。

生物の復元、クローン・プロジェクトの名目の背後には、

生命解放の大義という危険で偏った思想が薄暗く存在していた。

学会機関の厳しい規制にうんざりした生物学者や工学者など探究者達が、

ある者は堂々と所属し、ある者は密かに出入りし、

湯水のように金を使い、競い合って様々な方法を試みた。

グラードン再生のヒントを発見したのがバトラーで、

グラードン再生研究の最先端にいたのもバトラーだった。

バトラーの技術こそ、最も輝き、期待されていた。

当時、リーダーは実現に向けて大そう熱心で、支える幹部も大勢いた。

各幹部たちの間には、団員を集めた派閥の対立関係があった。

成果を上げてる研究者にも目をつけ、グループへ抱き込む事がステータスだった。

それは、権威の幅に比例していた。

バトラーは幹部から狙われていたし、他の研究者たちからも狙われていた。

非常にまずい状態だった。


ホムラは、入団した時から才知ある団員だった。

ホムラは"行動部"と呼ばれる場所にいた。

組織の花形で、確実に単発任務をこなせる有能人材が選ばれる。

多くは他部署で経験を積んだベテランが抜擢されていたが、

ホムラは新人から特例配属された。

そつなく、完璧。

確実な判断力と、人を使う巧さを持っていたので、すぐ一隊長を任された。

気づいた頃には、研究者の秘密会合に入り混じって、

ホウエンの地質学や考古学までもかじっていた。

そのあたりから、派閥の影が近づいてきたのでホムラはしばらく爪を隠していた。

非常にやり方がうまかった。


ある日リーダーマツブサが、噂に上がるホムラを呼んでみて、頼み事をした。

それがバトラーの護衛のような内容だったので、ホムラは二つ返事しなかった。

ホムラは立場上、それは出来なかったのだ。

マツブサは面白がって、ホムラに破格の条件をつけてやった。

何よりマツブサにとって、バトラーとその技術が、

自分の元にある…という事が重要なのだった。

だがホムラは腹の底で、それに更に上乗せしてやろうと企んでいた。

その日からホムラは、表立てず、陰ながらバトラーを守る役目をおった。

バトラーを押さえておくことが、この組織にとってどのような意味をなすか、

このホムラはよく分かっていた。

しかしホムラが想定していなかったのが、

バトラーこそが相当たる曲者だったという事だ。

出だしは最悪だったが…

しばらくして、巡り合わせたふたりには信頼関係が生まれた。

…はずだった。亀裂が無残に走って、決別した。

やはりあの頃の、何もかも歪んだ時代だった。


現在、マグマ団は最盛期に比べ規模を縮小した。

オリジナルのグラードンが、地底深くで発見された。

揃えれる物を集め、現代に眠るグラードンを捕獲する計画となった。

ホムラは幹部だった。





バトラー「ようこそ、魔術団のテントへ」


通路の先を歩いていたバトラーが振り返った。

そして大舞台の下手側へ続く、両開きの扉をあけてみせた。

幕はない。しかし懐古的な深紅のカーテンがそでに巻き上げられている。

会場はホールになっていて、客席はかなりの人数を収容できる。

外から見た大きなテントの半分は、このホールだろう。

ここまで大きくするためには、並みならぬ努力が必要だったはずだ。

命をかけたに違いない。


バトラー「ここでショーをしてるんだ」

頼んでもないのにバトラーは、磨き上げられたステージ上へホムラを呼んだ。

バトラー「左右、上下、あとステージの後ろからも入れるようになってます」

ホムラ「広いな」

バトラー「そう、広い」

ホムラ「どことなく、うちの昔の会議ホールに似てるな」

バトラー「だって、似せて作ったんです」

ホムラ「だろうな」

バトラー「いまでは拍手喝采、みんな立ち上がって褒めてくれるんです」

ホムラ「手品師だったか?」

バトラー「もう、お客に笑われる仕事はまっぴらだと思ったんですが…」

バトラーが宙で指をパチンと鳴らすと、ステージの中央に、

不自然ながら直立する 輝くステッキが1本、現れた。

バトラー「やっぱり舞台上が好きみたいなんです」

バトラーは、愛しそうにステッキを拾い上げた。

ホムラ「なら、俺なんかを上げないほうがいい」

バトラー「君も、演じる側の人間だ。客にはならない」

ホムラ「俺は見世物にならない」

バトラー「しかしオーナーでもないね」

嫌な奴だ。ホムラは顔を歪めた。

バトラーは微かに笑うと、ステッキに はめ込まれた宝石を軽く押した。

上手側の舞台そで…それより奥で、カチッという機械音がした。

バトラー「さて、こちら。行きましょう」

ホムラ「だいぶ金を掛けてるな…」

バトラー「そう、たくさん掛けてますよ。維持費も大変」

ホムラ「出資をもらってるのか?」

バトラー「いえ、パトロンなんてついてません」

ホムラ「なるほど…」

バトラー「余計な詮索はやめて欲しいですが、もう…気づいてるんでしょう」

ホムラ「裏か」

バトラー「まったく、困りますね…君の鼻の良さときたら」

バトラーは数歩ほど離れると、ステッキを一回転させて一輪の花に変え、

それをシャツの胸ポケットへとさし込んだ。

ホムラ「やっと衣装がシャレたな」


上手側の舞台裏は、かなり広く機械的な造りになっていた。

そして場面転換の大道具や…煌びやかな鏡や箱、空の水槽…

大がかりなショーの用品が積まれている。

ホムラはそれを眺めながら、案内するバトラーの後ろへ続いた。

扉が現れたが、ロック解除され開いている。





バトラー「楽屋です、あと…奥が寝室」


バトラーのプライベート・ルームに通された。

楽屋。

猫足の大きな衣装ダンス。

隣に、ケースや帽子箱が積まれている。

アンティークなコートハンガーには、衣装がかけてあった。

白い絹製の燕尾服上下…、ホムラの顔が引きつった。

丸電球がいくつもついたヘアメイク台。

台の上には、大きなメイクボックスが2段乗っている。

奥に大鏡とベルベット・カーテンのフィッティング・ルーム。

寝室。(続き部屋)

絨毯を引いた上に、彫刻入りのラウンドテーブルと猫足チェア。

壁には、アンティーク・ヴィンテージなガラス食器棚があり、

ティーカップやソーサー類のコレクションが飾られていた。

さらに、奥には…天蓋つきのダブルベッドがあった…ゴールドの猫足。

ホムラ「あんたの趣味か」

バトラー「いいえ…でも故郷のものなので」

バトラーは、ホムラのために椅子を引いてやった。

バトラー「さすがにシャンデリアだけは、やめてもらいました」

バトラーが息を吹きかけると、目の前のキャンドルが灯った…

…ホムラはあえて、言及しなかった。

続いてバトラーは、部屋の奥へ目配せした。

すると、一匹の大きなグラエナが、黒のシルクハットを咥えて現れた。

バトラーのグラエナだ。

グラエナはバトラーにハットを渡し、ホムラの前へ静かに座った。

行儀の良いグラエナで、ホムラが手を差し出しても身じろぎひとつしなかった。

バトラーはハットをクルっと回転させて白色に変えてみせ、

先ほどのステッキから変化させた花を胸元から摘みとると、

ハットのリボンベルトへさし変えた。

そうしてから、やっと気づいたように言った。

バトラー「彼は君のこと、覚えてますよ。ね、」

グラエナの尻尾が小さく揺れた。

ホムラ「そうか…」

ホムラがバトラーを振り返った瞬間、さっきまでのシルクハットはすでに無く、

代わりに、ティー・セットを乗せたトレーを持っていた。


バトラー「どうぞ、話しましょう」


バトラーは、上質なアールグレイをふるまった。

ホムラには、一番お気に入りだろうティーカップとソーサーを渡した。

これはつい先程まで、食器棚の一番目立つ場所へ飾られていた。

そして自分のカップの中へは角砂糖を4つほど沈めた。…甘党め。

気を取り直し、ホムラは質問をはじめた。

ホムラ「ひとりなのか。所帯を持ったんだろう」

ホムラは、バトラーの左手へ視線をやった。

白く長い指先は整えられて、光るジェル・マニキュアが塗られてる。

4番目の指だけに、金のリングがはめられていた。

バトラー「ああ…これですか。まだ独身ですよ…ふふ、納得しない?」

ホムラ「カモフラージュでつけてるのか?」

バトラー「そういう事を知ってるのか…、半分正解。婚約したんだ」

ホムラ「婚約指輪を、男がはめるのか」

バトラー「知りたい? さっき凄い眼で見てたね、気づいてましたよ」

ホムラ「どうも違和感があるな」

バトラー「これはペアの結婚指輪の片割れです、もう片割れは捨てられました」

バトラーはさらっと言って、自分の左手を見つめた。

ホムラ「別れたのか…」

バトラー「かわいそうなダイアン…いつか私が悪い夢から覚めると信じてたんだ…」

バトラーは微笑んでいたが、悲しそうな目だった。

左の手を握りしめ、ゆっくりと、上からもう片方の手も重ねた。

その際ホムラの目に、爛れた傷跡が見えた。

ホムラ「右手を見せろ」

ホムラの命令口調に、バトラーは顔を上げた。

ホムラ「広げて、俺に見せろ」

バトラーは言われた通り、手のひらをホムラに向けて見せた。

ホムラはジッと眺めた、その古傷に思い当たる節があった。

バトラー「もう、いいですか」

バトラーは手を引き戻すと、ホムラのティーカップへ不満そうな視線をやった。

バトラー「冷めないうちにどうぞ」

ホムラ「ああ、もらう… あっ!」

さすがにホムラも平然を通せなかった。

湯気をたてた紅茶があったはずのカップの中に、

あふれんばかりのチョコレートが詰まっていた。

ホムラ「…いい加減にしてくれ、子供じゃないんですから」

バトラー「失礼、君がチョコレートばかり食べてたのを思い出したので」

ホムラ「なら早めに頂こう、次のシーンでは毒が盛られてそうだからな」

ホムラは一粒口へ入れた。

正真正銘の、とろけるようなチョコレートだった…しかも、

ホムラ「うまい…」

バトラーは笑いを堪えるのに苦労してるようだった。





バトラー「懐かしいですね、いつもこやって私の部屋に来たね」

ホムラ「昔の話だ」

バトラー「あの頃は楽しかった、君はそうでもなかったようですが」

ホムラ「いや、有意義に過ごさせてもらった」

バトラー「君はいま、おそらく幹部だね…そしてかなり強い立場ある」

ホムラ「ああ」

バトラー「絶対に組織に残っていると思っていました…君の執念だ」

ホムラ「だからあんたの、先の奇行に迷惑している、非常に」

バトラー「奇行。ええ、確かに」

ホムラ「ホウエンを出ろを言ったはずだ」

バトラー「忘れた?君の言うことを守らないのが、私の特技でしょう」

ホムラ「フン…。あんたも執念だったな、知っているぞ」

バトラー「私に関することですか、何でしょう」

ホムラ「しばらく前に、ファウンスで事件を起こしたな」

バトラー「おや、ファウンスの事は明るみには出なかったはずです」

ホムラ「そうだ、情報が俺の耳へ入るまで時間を要した」

バトラー「一度は。全てを捨て落ち着こうかと思ったんです…」

ホムラ「お前が壊したファウンスの森に?」

バトラー「そう…、短い時間でした。しかし結局去るはめになりました」

ホムラ「あの頃すでに、うちの組織も天体エネルギーの可能性に注目してた」

バトラー「それは良い勘です。私の残した研究から沢山盗ったんだね」

ホムラ「千年彗星は派手だがリスクが大きかったな。あんたは失敗した」

バトラー「そう、逆にエネルギーが大きすぎたんです」

ホムラ「七夕の夜に、随分と悲しい結末を迎えたようだな」

バトラー「君の言葉がロマンスを含むなんて、気遣いに背筋が凍ります」

ホムラ「それで絶対的なエネルギー量とやらは、はじき出せたか?」

バトラー「とっくに、皮肉な数値ですよ。しかし、問題…」

ホムラ「問題?」

バトラー「…というか不足してる物がふたつあります」

ホムラ「ふたつか、多いな」

バトラー「まず、ファウンズに隠した装置が盗まれてしまったんです」

ホムラ「ほう、あんな大きなものが?ひどい窃盗集団だな」

バトラー「そう、まあ…呆れるよ。安全な場所に保管されてるようですが」

ホムラ「そうだ、閉ざされて…いささか暑すぎる場所だがな」

バトラー「あのままでは、使い道はありませんよ」

ホムラ「のんびりやるさ」

バトラー「やれやれ、返すつもりはないんですね」

ホムラ「俺の特技を忘れたようだな、お前から奪い盗ることだったろ」

バトラー「ふう…、どうやら我々は」

バトラーはため息をつくと、片手を浮かし、肩より長い髪をなでつけた。

バトラー「離れていても、互い同士が気になって仕方無いようだ」

ホムラ「もうひとつの物も知ってるぞ」

バトラー「そうですか、」

ホムラ「ハジツゲの真新しい隕石は近い将来、俺達が頂く」

バトラー「そのため装置を奪ったんでしょう。組織には勝てない、諦めましょう」

ホムラ「賢明な判断だ、もっとも俺とあんたで使い方は違うがな」

バトラーとホムラは、しばらく睨みあった。





ホムラ「どうだ。お前は不利な立場だ、それでも俺に何か要求できるか」

バトラー「不利?いいえ、決してそうではない」

ホムラ「何をもってそう思う」

バトラー「君の持つ情報だけど、一枚岩でないという事」

ホムラ「それは、どういう事だ」

バトラー「君のマグマ団は最近、施設の修繕をした…夏頃だったかな?」

ホムラ「お前、未だうちの団員のどれかと繋がっていたのか?」

バトラー「いえ、間接的に伝わってきてね…内部でなく外部、第三者から」

ホムラ「がい…ぶ、だと」

バトラー「ちなみに、私がファウンスに身を潜めた話は誰が提供しました?」

ホムラ「…お前、それは…」

バトラー「それにね。それとまた別に、君たちのライバルがいるでしょう」

ホムラ「ライバル?」

バトラー「私の技術と研究をずっと欲しがっている、ライバル組の事です」

ホムラ「…アクア団か」

バトラー「私はホウエンから出たくても、出れないんだ」

ホムラ「…そういう事だったか」


バトラー「私のことを、もう少し話そう」


しかし、バトラーが切り出したところで、ベルの音がリンと鳴った。

バトラーはハッとした様子で、部屋の隅へ歩いていき電話をとった。

バトラー「もうそんな時間か…すまない」

懐中時計を取り出し、時間を見ている。

ホムラはふと思い出して服のポケットに忍ばせたチラシをひっぱり出した。

バトラーは電話を切ると、ホムラの元へ戻ってきた。

バトラー「時間を見ていませんでした、実はこの後…」

ホムラ「ショーがあるんだろ、チラシに載ってた」

バトラー「まったく!君がもっと早く来ればよかったんです」

ホムラ「な…

バトラー「さて。準備の邪魔なので、どっかへ消えて下さい、ほら!」

ホムラ「い、いま、話しの最中…

バトラー「では5秒以内に部屋の隅へ移動して下さい、怒りますよ…」

ホムラ「げ…」


バトラーはホムラの背をグイグイ押して、天蓋の下がるベッドの中へ押し込んだ。


ホムラ「何を…」

バトラーがその上に顔を落とした。

バトラー「こうしましょう…。ちょうど一時間後に目覚めるよ、おやすみ」

バトラーは、ホムラの目元を軽く押さえて、ワン ツー スリーと唱えた。

甘い味がする、なんてことしやがる…、ホムラは瞼が重くなっていくのを感じた。

バトラー「すぐ戻るよ…不在中に、勝手に荒らされたら困るだけなんだ」

バトラーは鼻で笑うと、ホムラの髪を優しくなでた。

そして楽屋へ歩き、柔らかいタオルを棚から取り出し、肩へのせた。

艶やかな髪をピンでブロックして、顔の状態をチェックした。

メイク台の鏡越しにホムラを見つめて時々クスリと笑いながら、

また時々はひどく落ち込んだ表情をみせ、念入りな舞台化粧を始めた。

やがてバトラーの中性的な容姿が、確実なものとなった。

陽気だ。白の衣装をつけ、手の中からシルクハットをひろげ、

更にハットのその中から、輝くステッキを取り出した。

辛抱強く待機してたグラエナを従えると、

互いに一度、頷いてから楽屋を出ていった。


ホムラは浅い眠りの中にいた。

まったく、何て無様なんだ。あれほど用心して来ただろう。

幸い自分の置かれた状態と、あたりの様子は理解できる。

しばらくして、観客の甲高い歓声とやかましい拍手が伝わってきた。

司会役とは別に、バトラーがマイクを通して何か話している。

またしばらくすると、振動が。そして歓声、拍手。

熱狂的だ。ひとつひとつの動作・演技に対し、過剰な反応が起こるようだ。

そうだ、行きに見かけた女の信者達は皆はしゃいで興奮してたものだ。

だが30分ほど経過した時だ。

突然、キャー・キャーと危機の迫る悲鳴があちこち上がりだした。

そしてしばらく…今度は、大きな爆発音が ドンッ!と炸裂した。

続いてガシャン・ガシャン、と重たい物が落下していく音がした。

ひどい振動が伝わってきたので、ホムラは浅い意識の中で理解していた。

爆発が…、大勢の人間が移動してる…足音の振動…悲鳴

マイクを通したバトラーの怒鳴り声がはっきり聞こえた。

「アハハ…!実に、愉快・・愉快っ!!」

焼けた物が崩れ落ちる舞台の上で、大笑いしてるようだ。

だが煙まで吸い込んでいるようで、ゼェゼェと苦しそうだ。

もはや通常のステージとは果てしなくかけ離れたものだった。

畜生、なんてめちゃくちゃな奴なんだ。





楽屋の扉は静かに開いた。

ふらふらの足取りで、バトラーは戻ってきた。

白の衣装は焼け焦げ、所々破けている。

バトラーはチェアにかけると、前のテーブルに顔をうずめた。

その足元にグラエナがすべり込んだ。

自由を取り戻したホムラは、起きあがった。

バトラー「ああ、ホムラ君」

ホムラの視線に気づいて、バトラーは顔を上げた。

髪は乱れ、白く塗った頬に2本の黒い筋が流れている。

バトラー「全部壊してきてしまいました、もう何もないよ」

ホムラ「あれは、あんたの命だったろ」

バトラー「そう、自分で造って自分で壊した。今日で最後と決めてたんです」

ホムラ「どうするつもりだ」

バトラー「今日中に君が来なければ、アクア団へいこうと思ってました」

ホムラ「それは残念な事をした」

バトラー「ええ、本当。邪魔ばっかり。どうして来たんですか」

ホムラ「さあ。フエンの私書箱を開けた、その足で来ちまった」

バトラー「なぜ、まだ鍵を持っていたんです」

ホムラ「同じ事を、お前に聞きたい。答えられるか?」

バトラー「…。」

ホムラ「ならば なぜ、わざと私書箱の番号を書いて団員に握らせたんだ」

バトラー「私書箱に残っていた…古い…私に宛てたものが…私を混乱させた」

ホムラ「入れた時から長い時間が経った、あれは俺が取り除いておくべきだった」

バトラー「そうだ、いまさら私は返事を入れねばならなくなった…」

ホムラ「だがもう大昔の手段は使えない。ひとり、団員に見られた」

バトラー「どうして君が、そんな失敗をする?」

ホムラ「うかつだったが、相手が悪かった」

バトラー「ずいぶん買ってるんですね、その団員の人を」

ホムラ「いや、あんたのことだよ…」

バトラー「アオギリさんが…気に入ってくれてるんです」

ホムラ「マツブサも気に入ってた、あんたの部屋残してある」

バトラー「いまさら何を、あんなに力を尽くした私を捨てたじゃないか!」

ホムラ「追放したんだ」

バトラー「君もそうだ、裏切った!約束を守らなかった!」

ホムラ「そんなのは、通用しない」

バトラー「よくも…」

ホムラ「俺を恨んでるのは分かる、だが、それを越しても何か訴えたかったんだろ」

バトラー「…。」

ホムラ「なんだ」

バトラー「…。」

ホムラ「言えよ、復讐のつもりならさっきグサッとやれただろ」

バトラー「もうすぐアオギリさんが来ることになってる」

ホムラ「いつだ」

バトラー「…。」

ホムラ「いつだ、言え」

バトラー「すぐに…私のマグマ団の記録がある。それを渡す手はずになってる」

ホムラ「なぜ俺を呼んだ」

バトラー「それは…」

ホムラ「なぜだ、答えろ」

バトラー「…。」

ホムラ「俺に、助けてほしいのか…」

バトラー「…そう」

ホムラ「どうしてだ」

バトラー「悔しいんだ。本当に酷い目にあった…なのにやっぱり、売れない…」

ホムラ「それで、いいんだな」

バトラー「…それで、いいんだ」

ホムラ「わかった」

ホムラはバトラーを立ち上がらせた。

ホムラ「必要なものだけまとめろ、今すぐに」

バトラー「え…」

ホムラは気づいていた、ドアの隙間を通って、焦げたにおいが入ってきていた。

恐らく舞台が燃えている。

ホムラ「お前がやってた事は、大体見当がつく。この際だから一緒に灰にしろ」

バトラー「灰だって…?」

ホムラ「嫌ならば別だ。俺は手を引く、お前が持ちかけてきた取り引きだ」


その時、激しく楽屋の扉を叩く音がしたので、バトラーは正気に戻った。

扉を開けると、舞台とは逆の裏口から入ってきた遊園地のオーナーと、

バトラーに仕える魔術団のスタッフ達が駆けこんできた。

みな、顔を真っ青にしていた。

ホムラは、この場のスタッフの顔にどれも見覚えがあった。

ホムラ「うちに居た研究員…、あんたが引き抜いてったのか…まあいい」

まくしたてるオーナーの胸へ、手早く書いた小切手を貼りつけた。

ホムラ「足りる、これで手を打ってくれ。あんたもどうせ、お仲間だろ」

ホムラの最後の一言に、オーナーは押し黙った。

バトラーの顔を名残惜しそうに ひと目見ると、身をひるがえして去っていった。

異常な目つきだった。

ホムラ「誰かトレーラーをまわせ、荷物を移動させる」





小テント側の裏口から外へ出ると、消防隊はまだ到着していないようだが、

遊園地の客達はみな誘導され、避難していた。

駐車場から乗り上げさせたトレーラーを、メイン・メインへつけると、

ステージで上がった火が、シャッターで遮られている限られた時間を利用し、

ホムラやスタッフ達は、バトラーの選んだ荷物をせっせと運んだ。

ホムラ「こんなもん必要か?」

スタッフ「何より先に、ティー・セットのコレクションですからね」

バトラー「マグマ団の資料」

バトラーが分厚いファイルを投げた。

グラエナの見つめる前で、ホムラが慌ててキャッチした。

バトラー「貸して、ガソリンを。裏を燃やしてきます」

ホムラ「ぬかるなよ」

バトラーは、トレーラーに積んであったガソリンタンクを受け取ると、

一度ガクッっと落としてから、再び持ち上げ、

メイン・テント横の例の小さなテントへ向かった。

ホムラ「おい、気をつけろ」

ホムラが追いかけた。


バトラー「完全廃業だ…困ったな」


まだ火の手がきてない小テントの鍵を開け、

中へグルグルとガソリンをまいた。

ホムラが追って入ると、中には段ボールやコンテナが高く積まれていた。

だいぶ危ない橋を渡ったようだ。

しかしこの内容なら、よく燃えてくれるだろう。

バトラーの目を盗み、ホムラは少し工作をした。

バトラー「ここは、"魔術団の一味"の倉庫でした」

ホムラ「おおかたの予想通りだ、闇商売だな」

バトラー「土地から土地へ。ずいぶん儲けさせてもらいました」

ホムラ「遊園地のオーナーはグルか?」

バトラー「そうだ。世話になったし、こちらからも甘い汁を吸わせてやった」

ホムラ「お前に執着してたようだが」

バトラー「ここ数年は、私が特別集客してたからね…」

ホムラ「…それだけであんな睨むか?」

バトラー「…。」

ホムラ「チッ。この移動遊園地自体、叩けばわんさか埃が出そうだ」

バトラー「私がもぐり込めるくらいだから、君が言った通り、みんなお仲間さ」

ホムラ「そうか」

バトラー「しかし彼は、途方にくれていた私を二度も拾ってくれた」

ホムラ「気にするか?お前は悪党だろ」

バトラー「とっくに自覚してますが、君にだけは言われたくありません」

ホムラ「…行くぞ、長く居残ると危険だ」

バトラー「では彼に火を吐かせよう、おいで」

バトラーがグラエナを呼ぶと、たちまちテントに炎が上がった。


やがてメイン・テントの屋根までも炎が焼き、黒の煙が充満し夜空を隠した。

ホムラ達を乗せたトレーラーは裏の従業員口を通って、遊園地を脱出した。

間一髪、警察と消防がサイレンの音を鳴らして到着する前だった。

辺りは騒然となり、遊園地は封鎖され、消火活動が行われた。

電気が切られ、半端な位置で止まったコースター…小さな観覧車…

カーチェイス、シーソー、ブランコ、まわる木馬。

そして、燃えるテント群…

バトラーは遠く離れながらも、小さな窓の外を静かに見守った。

ホムラは一息つくにあたって、バトラーに言った。


ホムラ「いい加減、顔を拭いたらどうだ」


これからの事を話し合うにしても、化粧が溶けて、ひどいからだ。

もう、見てられない程に。





燃える移動遊園地を見つめながら、アオギリは短い葉巻の煙を吐いた。

アオギリ「無駄足になったようだ」

黒いロングコートを返して、背を向け歩き出した。

ウシオ「なんだ、帰っちまうんですか」

ウシオのブーツも石も蹴った。

アオギリ「調べたところで何も出んよ、ホムラが来てたからな」

ウシオ「オヤジ、振られたな。せっかく迎えに来てやったってのに」

アオギリ「最後の好意で、メディアは抑えといてやれ。これで終わりだ」


零時をとっくにまわっていた。

長い一日の幕は降りた。





おわり