黒歴史



いち…まい に…まい

さんま…い よん…まい

ふふ…はははは

ペタ ペタ ペタ。

はは…あははは


【贖罪】 【贖罪】 【贖罪】 【贖罪】



月の光の下、不審な働きをする影があった。

その頃、付近の見まわり番をしていた団員は、

かすかな人間の気配を感じとり、施設の外へと向かった。

団員「そこで何をしている!」

外周の壁伝いの先に、不自然に白っぽい服を着た人物を見つけた。

こんな時刻に一体何者か。

団員は、手に持ったサーチライトで強く照らしつけた。

謎の人物は、眩しさに一瞬顔をそむけたが、

すぐ向き直ると、不気味に笑って口を開いた。



「見タ…ナア!!!」





翌朝、マグマ団に戦慄が走った。


見まわり番がひとり、交代の時間に足りなかった。

無線連絡など何度か試みたが繋がらない。

到着をしばらく待ったが、いっこうに姿を現わさないため、

数名の団員が彼の持ち場だった場所を探しに出た。

珍しい事だった。

彼については多くの団員達が知っていた。

見まわり番だけには勿体無いと中々評判の団員で、

深夜だろうが、自分の仕事を放り出すとは考えられなかった。

探す団員達の表情に、いやな予感が現れ始めたとき、

「来てくれ、見つけたぞ!」という声が上がった。


「意識が無い、運ぶのを手伝ってくれ!」


駆けつけた団員達が目にしたのは、非常な光景だった。

外周を囲む長い壁に、二文字 "贖罪"と打たれた紙が張り巡らされていた。

どれも寒い風に吹かれて、辺りの枯れ草木とともに硬い音を立てている。

哀れな団員がひとり、その下に。

ガクッと首を垂らし、壁にもたれて気を失っていた。

かろうじて呼吸はあるが、弱い。

団員達は急いで担架を手配すると、

医務室へと慎重に運んだ。





団員「凍りつく寸前だったって…」

団員「ウソだろ…」

団員の詰め所では、あっという間に情報が飛び交った。

まだ、上から正式な伝達が無い。

団員「なんでアイツ、あんな目にあったんだろう」

団員「外傷とかは無いらしいよ、本当に気絶してただけみたい」

団員「でも誰かがやったんだ、それでこの寒空の下、置き去りにしたんだ」

団員「酷いな、うちの組織のことわかってたのかな」

団員「"しょく罪"ってさ…」

団員「さっぱり意味がわからない」


バンナイ「本当、朝から気持ちが悪いよな」


団員「バンナイ!」

詰め所に、バンナイが入ってきた。

団員「お前、幹部で集まって会議とかしないのか?」

バンナイ「さあな」

バンナイはフイっとそっぽを向いた。

バンナイ「なんだよ」

詰め所の団員達が皆、バンナイに注目した。

バンナイ「話合いは、まだってさ。それまで俺はお前らの監視」

団員「なんだよそれ!」

バンナイ「はいはい。嘘々…実はまだ幹部が揃わないんだよ」

団員「揃わないって、たった3人だろ」

団員「ばか、お前言葉に気をつけろよ!」

バンナイ「みんなバラバラなんで。ホカゲさんは検証立ち会い」

団員「リーダーは?」

バンナイ「祈ってる」

団員「?」

バンナイ「で、あとはホム…

バンナイは、名前を止めた。

詰め所に居る団員の誰もが、一瞬ビクッと震えた。

バンナイ「…情けねぇな」





ホカゲ「贖罪」


団員「ショクザイ!」

団員「そう読むんだ…」

ホカゲ「なんだお前ら、最近のM団は"贖罪"の文字も読めんのか」

団員「申し訳ありません」

団員「ホカゲさんリスペクト!」

ホカゲ「てことは、意味もわからん?」

団員「なんすか」

団員「食べ物ですか」

ホカゲ「今度マツブサに教えてもらえ」


バンナイ「ホカゲさーん」


ホカゲと数人の金髪頭の団員達が、詰め所の前を通りかかった。

扉は設けてないため、中に居たバンナイが手を上げて呼び込んだ。

ホカゲとの会話を邪魔された金髪団員達は、ムッとした顔で睨んだ。

ホカゲ「おお!バンナイ君、おはような」

ホカゲの手には一枚、例の"贖罪"の紙が握られていた。

バンナイ「それ…」

ホカゲ「表のは全部はずした。これ一枚だけ会議用に…ホムラ、来たか?」

バンナイ「いえ、今日はまだ見てませんよ」

ホカゲ「そっか。何かしてんだろう」

バンナイ「上あがるんなら、俺も一緒に行くよ」

ホカゲ「やー…ちょっと疲れたんで休憩な」

 団員「ホカゲさん何もしてないじゃん!」

 団員「ホカゲさん見てただけじゃん!」

ホカゲ「Σおめーら、ピーチクパーチクうっせぇぞ!!」

バンナイ「上司がこれだと可哀想だね」

 団員「俺ら好きでホカゲさんにくっついてんの!」

 団員「お前なんか部下いねーだろ!」

バンナイ「俺は単独犯だからいいんだよ」

 団員「Σていうか、俺のがマグマ団先輩!」

 団員「Σ本当にむかつく野郎だ!」

ホカゲ「バンナイ君て、下っ端どもから嫌われてるよな」

バンナイ「そう改めて言われると頭きますね」


ホカゲ派の団員は、ここぞとばかりピィピィ鳴いてバンナイをつっついた。

ホカゲは特に構わず、詰め所の隅の お菓子置き場 を見つけて接近した。

団員達が見守る中、ホカゲはゴソゴソと自分の団服ポケットを探った。

そこからラムネキャンディを数個ばかり取り出すと、手を広げて、

すでに山盛りの菓子置き場の上にボトボトっと落下させた。

ホカゲ「食っていいよ?」

ホカゲは、近くでボケっと見ていた下っ端に、コクリと頷きながら教えてあげた。

団員「なに味ですかぁ」

ホカゲ「オレいまハマってるメロンパン味」

その場の皆に、ホカゲのことはよくわからない。





何か薄く湿ったものが顔に当たる感覚がして、ホムラは目を開いた。

一番小さなポチエナが、珍しく起きないホムラの頬を舐めていた。


ホムラ「んあ… やべ。いま何時だ」


ホムラはゆっくりと身体を起こした。

時計の針を確認すると、無言で数秒、手で額をさすった。

こんな時間まで眠っていたとは。

誰も様子見に来ない理由を、ホムラはよく分かっていた。

マグマ団員はこう想像する、たとえ姿を見せずとも、

どこかで必ず、ホムラは優先すべき仕事をしていると。

まったく都合よく支配されたものである。

…そういえば大昔の夢をみていた。

忘れた頃になると、みるのだ。

扉を開いた瞬間、爆発の炎があがるのだ。…

ホムラは布団から出て、着替えようとシャツに手をかけたが、

グラエナとポチエナたちの視線に気づいた。

ホムラ「…。」

エサ入れのボウルを前に置き、行儀良く並んでいた。

ホムラ「お前ら…俺なんかより、しっかりしてるな」

ホムラは着替えの手を止めて、棚からエサ箱を取り出した。





一方、ホカゲとバンナイは詰め所を後にしていた。

立派なエレベータに乗り込み、上層へ向かっていた。


ホカゲ「調べさせたが、施設内部の異常は無いぜ」

バンナイ「ホカゲさんやる時はやる男だね」

ホカゲ「とりあえず、今回は表の張り紙だけと考えてよいと思う」

バンナイ「何のつもりなんでしょうね、犯人」

ホカゲ「まあ、嫌がらせだろうな」

バンナイ「そりゃそうだ」

ホカゲ「そろそろマツブサも、心の準備ができたと思うし」

バンナイ「ホムラさんのところ伺ってから、行きましょうか」


二人は建物の上層に到着すると、見張りの立つ通路は進まず、

曲がって、ホムラの部屋を目指した。

遠目からでも、ワタルカラーの赤いドアノブがよく目立つ。(21話参照)

ホカゲ「あいつ結局、ドアノブ交換してねぇよな」

バンナイ「ね。」

二人は扉の前で止まり、ノックした。

ホカゲ「ホムラいるかー」

バンナイ「お迎えきましたよ」

ついでに呼び出しブザーも、二人でビービー鳴らした。

少しの間の後。扉が開いて、片手に牛乳ビンを抱えたホムラが現れた。


ホムラ「何だ、テメェら」


ホカゲとバンナイは、あれっ?と小首を傾げた。

ホムラは、団服すら着ていない。いや、それよりも…

ホカゲ「ホムラデコ」

バンナイ「あの、おデコめずらしいですね」

ホムラの前髪が、上に向かってユニークにハネ上がっていた。

ホムラは表情を崩さなかった。


ホムラ「いま、起床した」


ホカゲ「おめー…そりゃねぇだろ」

ホカゲが信じられなそうに肩を落とした。

バンナイ「ホカゲさんにだけは、言われたくないでしょ」

ホカゲ「だってよ、ホムラが…」

バンナイ「どうしたのホムラさん、体調悪いの?」

ホムラ「そんな事は、無い」

ホカゲ「ホムラは風邪なんか引かねーよ」

バンナイ「とにかく、準備して来て下さいよ」

ホムラ「何かあったか」

ホカゲ「超事件」

バンナイ「何でこういう日って、重なるかな…」

ホムラの足元には、ミルクをねだるポチエナがひっついていた。


ホムラ「10分後」


ホムラはポチエナを拾い上げると、部屋の中へ戻っていった。





マツブサの執務室。

ホカゲとバンナイが到着すると、扉番の団員がすぐ中へ繋ぎを取った。

扉が開くと、マツブサが手前に立っていて二人を迎え入れた。

マツブサ「バンナイ君、今朝は驚いたでしょ」

バンナイ「まあ、少しは」

ホカゲ「マツブサこれ、張ってあった紙な」

ホカゲが手に持ってた、問題の紙を渡した。

マツブサ「うわ。これ〜…」

印刷用紙のA3サイズ。これに黒いインクで大きく二文字打たれてる。

ホカゲ「こんなんどこでも作れるわな…しかし想像を絶した枚数」

マツブサ「どんな感じで?」

ホカゲ「現場撮影させたが、怒涛の"贖罪"」

ホカゲはコンデジを取り出して、画像を再生した。

マツブサ「ブレてますね」

ホカゲ「テイク2」

マツブサはボタンを押して次の画像へ進めた。

現場となった外周の壁を離れた場所から撮ったもので、

壁のいたるところに不規則バラバラな向きで、気味悪い紙が貼られている。

画像を拡大すると同じ紙でも、勢いあまって貼られ窪んだ紙、

グシャグシャに皺をつけられて貼られた紙、

縦に5本、線が入った紙もある、これは爪を引きずった跡に見える。

ただ単に貼っていっただけの悪戯でないのは確かだった。

異常な精神や感情が込められた、嫌みな犯行だ。


一同が写真に見入ってる時、再び執務室の扉が開いた。

ホムラが、なんとも平常に入ってきた。


ホカゲ「ホムラ、事件です」

ホカゲが真っ先に振り返って、ホムラに声をかけた。

バンナイもマツブサも、ホムラに期待を込めた視線を送った。


ホムラ「場所を移す、会議室だ」


ホムラはそのまま出て行った。

バンナイ「いつも思うんですけど、もっと説明欲しいよね」

マツブサ「今日は自分から呼びに来てくれたから優しい方ですよ」

ホカゲ「せめてもの罪滅ぼしだろ、贖罪だ贖罪」

バンナイ「足りないけどな」





会議室には、幹部付きの団員など含めて中核数十名が集まっていた。

その他に、上層部なんか初めて踏み入ったような本当の下っ端が、

数人ほどオドオドしながら待機していた。

彼らは、幹部達が入室すると一斉に立ちあがって敬礼した。

奥に巨大スクリーンが設置されていて、

本日は全席その方向にむかって配置されていた。

ホカゲ「これ10分でやらせた?」

ホムラ「出来た、問題あるまい」

ホカゲ「かわいそー…」

裏方の団員達は、急な指示を受けて死に物狂いでセッティングしたに違いない。


幹部が最前列の席につくと、照明が落とされた。

進行役の団員がスクリーン脇に立ったところで、検証会議が始まった。


進行役「未だ情報が少ないですが、ご了承下さい」

今朝の見まわり番交代の時刻から、説明が始まった。

渦中の団員のプロフィールが紹介され、際立った勤勉さが取り上げられた。

続いて、見まわり番の同僚達が彼を探しに出た時刻が伝えられた。

同時に、スクリーンに施設下層部の図面が一部だけ映し出されると、

探しに立ち寄ったルートが示された。

そして同僚達は、ついに外周の場所にたどり着く。

発見した時の状況として、先ほどホカゲが見せたのと同じ現場の画像が、

大きなスクリーンに映された。

団員達から、どよめきが起きた。

被害にあった団員が居たとされる場所には、

赤のチョークで人型が囲ってあった。


進行役「これを発見した団員達を呼んでいます。…君たち、詳しく話して」


進行役は突然、最後列に座っていた下っ端団員達に目配せの合図をした。

進行役「彼らは、下層の見まわり番たちです」

幹部に説明を入れた。

下っ端達はよしと立ちあがると、緊張いっぱいに証言した。

下っ端「発見した時、周りに人はいませんでした」

下っ端「彼を揺さぶって起こそうとしたんですけど、凄く冷たくて」

進行役「そんな事はいいから、他に」

下っ端「いや、もう状況とか全部喋っちゃいましたし…」

進行役の目つきが厳しい事に気づき、下っ端は口をつぐんだ。

ホカゲ「なあ、あんまり苛めてやんなよ」

ホカゲが、追及したげな進行役の団員を止めた。

下っ端「あ…そうだ!」

下っ端の内のひとりが、思い出したように何か取り出した。

下っ端「出しそびれちゃって、大事なものを」

その場の団員達が皆、下っ端の方へ向いた。

すぐさま進行役が近寄っていき、非力な下っ端からそれを回収した。

幹部のホカゲは、下っ端ほど庇いたがる傾向があるので、

その時 進行役の団員がみせた態度にはガッカリだった。

進行役「発見された団員が、手に握っていたとの事です」

進行役は取った物を、まず幹部たちの元へ提出した。


グシャグシャに皺のついた白い紙に、

黒いペンで数字が 14 と書かれている。


みな、はてなと首を傾げた。

マツブサ「これだけじゃ、犯人に関する物か分からないね」

握っていた当の団員が目を覚まさない限りは…。

ホムラだけはピンときたようで、ほんの僅かばかり眉をひそめた。

もちろん誰にも悟られない程度にやったつもりだったのだが、

横にいたバンナイは、その一瞬を見逃さなかった。

ホムラは、数字の書かれた謎の紙を眺め終えると、

進行役へは返さず、何も言わずに自分の前へ置いた。

ホムラにこうされると、誰も取る事はできない。

しばらくの間、全員がホムラの言葉を待ったが、何も話す気は無いようだ。

進行役は、暗黙の了解で次へと進めるしかなかった。


進行役「監視カメラですが…」


進行役の額から汗が流れた。

今度はスクリーンに、現場付近の監視カメラの映像が複数同時に映された。

進行役「深夜2時過ぎなんですが、映像が乱れました」

そこでホカゲが立ち上がった。

ホカゲ「最初に言っておくが、ちょっと怖い映像だからな」

暗い室内でスクリーンに照らされた金髪は、メタリックな色に光った。

ホカゲが忠告したところで、ジッ ジーッと突然ノイズ音が響いた。

監視カメラ4機の映像を、画面四分割で映していたのだが、

現場に遠い所のものから、画像が上下に割れて揺れだした。

1機、完全にノイズ画面になり何も映らなくなった。

かと思うと、2機目の画像が激しく乱れた。それも映らなくなると3機目も。

残る4機目の、最も、現場に近い場所に設置されてた監視カメラは、

他と同じように画像が揺れ始め酷いノイズ音を発したのだが、

そこに今までは聞こえなかった、低い声がすべり込んでいた。

"いち…まい に…まい"

これが、犯人の声だった。

入っていたのはほんの数秒で、不調の画像からは何も判別できない。

進行役「以上が、現時点で共有できる情報になります」

進行役はそう言って括ったが、実際それ以上の情報は何も無かった。

そして終わった。照明が戻るはずだった、

スクリーンは消されるはずだった、

その場の団員達は立ち上がり席を離れ、

下の階で待つ部下達に警戒せよ、と伝えるはずだった。


幹部ホムラが、誰よりも早くその場に立ち上がるまでは。

しんと静まりかえった。

暗いままの室内で、つけっぱなしのスクリーンの光を浴びている。

立ち上がったホムラの背中に、座ったままの団員達の視線が注がれた。


ホムラ「俺が、やらせた」


その一言に、いくつか息をのみ込む音がした。

ホムラはゆっくりと、団員達へ向き直った。

スクリーンからの青白い逆光が強く、ホムラの顔は分からない。

しかし光は、背後からホムラのシルエットをくっきりと照らし映していた。

団員達は、権威というものを目の裏にまで焼き付けされてる感じだった。

ホムラ「これが全てだ」

表情は見えないのだが、団員達はホムラは怒りと推測した。

ホムラ「解散しろ」


みな、下を向いたまま足早に退場した。

ホカゲ「どうすんの、おまえ」

声がした。

ホムラはわかってた。

横のホカゲの目つきが、快くない懐かしさをみせていた。





ホムラ「気がついたか」


天井の白色が見えた。横になって寝ている。身体は動かない。

見まわり番の団員は、医務室のベッドの中でようやく目を覚ました。

意識はボンヤリだったが、誰かに声をかけられたのは分かった。

団員はゆっくりと、顔だけ横へ向いた。

自分の寝ているベッド脇の椅子に、ホムラが腰かけていた。

団員は一瞬、まさかと疑ったが、これは現実と正気に返り、

ホムラのために何としてでも身体を起こそうと力んだ。

しかし無理だった。腕には点滴が打ち込まれている。


ホムラ「そのままでいい、お前に話がある」


マグマ団に前例はなかったようだが、

下っ端の分際が、寝そべったままホムラの話を聞いて良いとの事だ。

いったい自分に何用だろうか…緊張のしすぎで息苦しくなった時、

団員は直前の記憶…暗く寒い外壁での怪しい出来事を思い出した。

いま、時計が壁の丁度良い位置に掛けてある。夕方だ。

ホムラは、団員の目線の先を察した。

ホムラ「日付は変わっていない」

団員「も、申し訳ありませんでした」

もっとホムラから情報が欲しかった。

しくじった自分の身に、このあと何が起こるか不安にかられた。

夜に遭遇した、誰ともわからぬ謎の人物の事も。

またその事を、ホムラや組織がどこまで把握しているのか。

団員は、恐る恐るホムラを盗み見た。ホムラの表情は険しかった。


ホムラ「お前が見たものは、誰にも言うな」


団員「り、了解しました」

団員はとにかく即答した。

ホムラ「何があってもだ」

ホムラの目が、団員の目をとらえた。

念を押された団員は、思わず無言で頷いた。

するとホムラは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

それを見た団員は、ヒィ!とかすれた悲鳴を上げた。


ホムラ「外傷はないそうだ、あとは医者の判断に従え」


今日が世紀末か。

ホムラの言葉に不意をつかれ、団員は体中の血液が逆流したかと思った。

団員が横たわったまま茫然としていると、ホムラはふと振り返った。

ホムラ「そうだな」

2歩ほど、足を戻してきた。

団員はこれ以上 心音血圧を上げないようにするので精一杯だった。

上から、顔をのぞき込まれている。

ホムラ「お前の名前だけ、聞いておくか」





ホムラが医務室を出ると、姿は見えぬが複数の団員の気配がした。

きっと仲間内で、こっそり見舞いに来てみたものの、この想定外の先客がいたのだ。

何としてでもホムラに見つからないよう通路の奥などに隠れているようだ。

数秒。ホムラには潜んでいる人数がわかったが、

そんなものは、気にすら留めずに通り過ぎる事にした。

ただしかし。舌打の音を、その場に軽く響かせるのは忘れなかった。

バタンと、何人かショックで倒れる音がした。

ホムラが通路の角で曲がり、姿が見えなくなった途端、

団員「た、太郎ちゃんー うわー!!」

団員「太郎生きてるかー!」

泣きながら医務室に駆け込む団員達の声がした。

しかし見舞いの連中とは別に、ホムラさえ気づかない者がまだひとり潜んでいた。

そして足音もなく、ホムラのあとを追っていった。





暫くのち。

ホムラの姿は、今度はフエンのポケモンセンターにあった。

日暮れなので、客もまばらで空いていた。

手の中に、小さな鍵を握っている。

ホムラは、順番を待つことなくジョーイの元へ向かった。


ホムラ「私書箱を開けたい、番号は…」


ホムラは、カウンターの上に鍵を置いた。

持ち手の部分に、"14"と彫られていた。

ジョーイは承諾すると奥へ入っていき、

やがて戻ると、ホムラに一枚のチラシ紙を手渡した。

ホムラ「これだけなのか」

ジョーイは頷いて返事をした。


【Great Buttler's Magic Show】


レトロなデザインに、ミスマッチなスターダスト・ホログラムが輝いている。

ホムラはチラシの文字を一通り目で追うと、紙を裏返した。

そこにインクペンで、皮肉な一文が記されてあった。

<笑っていますか?>

間違いない筆跡だ。

ホムラは迷惑極まりないといった顔で、チラシを握り潰した。

しかし握った手は…しばらく開かなかった。


バンナイ「そういうこと」


声がした。

少し距離をとった場所に、いつから居たのかバンナイがポツンと立っていた。

その一瞬だけ二人の目が合ったのだが、

すぐにホムラが視線を外して、通り過ぎようとした。

バンナイ「秘密主義」

ホムラ「…。」

バンナイの目はホムラの背中を追いかけたが、

振り返ることはなかった。

バンナイが、ふた言ほど投げかけた。

ホムラ「そうだ。」

ホムラは出ていった。

外が暗くなった。


日没した。





おわり