別れ路



静かな私室。

ホムラは、机の上に広げた一枚の手紙を見つめていた。

先日、自分宛てに送られてきた 差出人不明の手紙。
一見、脅迫状のような文面だが要求は、無い。
たった一通の手紙。

ホムラ「今更… なんだよ」

視線を落としたまま、ホムラは顔を歪めた。




ワタル「もうすぐセキエイリーグ再開か…」


すっかり涼しくなったフエンタウン。
リーグ・シーズンオフの休暇も残すところわずか、ポケモンリーグが全国一斉に開幕する、秋。

早朝から、ワタルの日課のトレーニングに付き合わされて、ホカゲとバンナイはヘトヘトになって、座り込んでいた。――レベルが違いすぎる。

バンナイ「ワタルさん、セキエイ帰っちゃうんですか…フン、せいせいするぜ」

バンナイは顔を背けてつぶやいた。

ワタル「まあな。お前ら相手じゃ、弱過ぎて練習相手にもならねぇからよ」

ワタルもそっぽを向いたまま、返した。

ホカゲ「そうか…はあ… 寂しいなぁワタルさん居なくなると…」

ワタル「さ…」

ワタルが声を詰まらせた。

ワタル「寂いしいぞ〜!!!! お前ら連れて帰りてぇ!!!」


突然ワタルがふり返って、チカラいっぱいホカゲとバンナイを抱き寄せた。


バンナイ「Σなんだよ!最初は盗っ人盗っ人って、散々言ってきたくせにさ!!」

ホカゲ「Σワタルさん〜、フエンに永住しちまえよ!!」

ワタル「お前らァ、元気でな… お前らァ、風邪とか引くなよ…」

バンナイ「ワタルさん…ずっと勝ってよ…」

ホカゲ「ずっとカッケェ チャンピオンでいるって約束してくれよ…ワタルさん」

ワタル「約束する、オレは 勝つッ…!!」


 ぎゅぅぅぅぅ


バンナイ「せ、背骨折れちまう…」

ホカゲ「ワタルさん、強引なのやめろよポケモンが見てるぜ」

ワタル「見せつけてんだぜ」

バンナイ「ところで四天王が挑戦者を全員潰すとチャンピオン戦は無いんでしょ?」

ホカゲ「ワタルさん、そういう場合の王者はどうすんだ?」

ワタル「王者の間で、カッコよく立ってるだけ」


 ぎゅぅぅぅぅ


バンナイ「Σだから痛いってッ!!」

ホカゲ「ワタルさん、いい加減にしような」

ワタル「……」


 ぎゅっ


ホカゲ「Σちょっと遠慮した…」

バンナイ「たまに中継で、試合を見守る強そうなチャンピオンの映像流れるよね」

ホカゲ「おお!あれな、出番無さ過ぎの、ぶっちゃけ待機してるだけのな」

ワタル「最後に台詞を言うんだ、“オレに達する強者はいなかったか…”って」


ワタルはようやく二人を解放すると、不敵な笑みを作り、腕を組んで言い放った。――セキエイリーグの本物だ。


ホカゲ「Σおおカッコイイなあ!オレも人生違ってたら、ソレ言えたかなあ!」

バンナイ「ワタルさん、普段からそういうキャラを心がけてればいいのに…」

ワタル「お前ら〜そんなこと言っていいのかな…!?」


ワタルは何かを含ませ、ニヤリと笑った。
それを見たホカゲとバンナイは、はてな。と小首を傾げた。


ワタル「この後ポケセンに、オレの フルメンバー 受け取りに行くんだが〜」


フルメンバー……?

フルメンバー……って!


ホカゲ「Σつ、ついにワタルさんのフルメン6匹が集結するんか!!」

バンナイ「じゃあ、可愛いミニリュウとお別れですねサヨナラ」

ホカゲ「ミニリュウ、またオレと遊んでくれ…ていうか、リーグ中はオレに預けろ!」

ワタル「ホカちゃんに預けたら、遊んでばっかでレベル落ちるだろ」

ホカゲ「大丈夫だ、ミニリュウカモン」

バンナイ「レベルゼロ確実…」

ワタル「だめだ! “神速”覚えた貴重な奴だから、立派に育てるって決めてるんだ」

ホカゲ「しんそくー?」

バンナイ「ホカゲさんには後で、幼児でも解るポケモン図鑑送っときますね」

ホカゲ「おお! すまねぇな」

ワタル「だがな、気がかりが…ひとつ」

ふいにワタルの表情が曇った。


ワタル「まだホムラとだけは、打ち解けられてないんだ…」


ホカゲ「ホムラかー…ホムラ最近、元気ないよな」

バンナイ「ホムラさんは…そりゃ難易度高いですよ」

ワタル「何か、必勝攻略法みたいなモンないか?」

ホカゲ「Σチャンピオンが攻略アドバイスを乞わんで下さい」

バンナイ「そんなのあったら、全団員が知りたいとこですよ」

ワタル「そうか。おっと! 9時だ。ポケセン行くぜー!!

ホカゲ「Σ切り替えた」

バンナイ「走って行っちゃった、追いかけましょうか…」




【フエンタウン・ポケモンセンター】


シルバーナース「おつかれしゃまです、ぽけもんしぇんたーです」


ワタル「!!!!」

ワタルは、ポケセンのカウンター前で崩れ落ちた。

ワタル「おい、なんでだッ 交代時間の9時に来たのに何故だバーサン!!」

シルバーナース「日勤のジョーイは、風邪こじらせてお休み頂いておりましゅえ」

ワタル「か…ぜ…だとォ…」

ワタルは愕然としながら、ポケセンの床を見つめた。

シルバーナース「ご用件は?」

ワタル「ありません…」

ホカゲ「Σいや、大事な用事があるだろう!」

バンナイ「ジョーイさん、このお兄さんに"ポケモン転送"お願いします」

絶望し続けるワタルに代わって、バンナイがニッコリ笑って用件を伝えた。


シルバーナース「ほえ、転送ぅ…シュバッ!!」


シルバーナースは、うっかり飛び出た入れ歯をハメ直すと、

シルバーナース「ではトレーナーカードを用意して、どうぞご利用下しゃれ…」

何事も無かったように、カウンター右奥のパソコンを指さした。

ホカゲ「いま、真っ青な衝撃がオレの心臓を貫いた…」

バンナイ「度肝を抜かれたよ…さすがベテランさんだよ」

ワタル「(キクコちゃん…)」

ジョーイの視線を感じつつも、三人は逃げるようにパソコン前へ移動した。


ワタル「ブラウン管だァァァァァ!?」


ワタルは設置されたパソコンの姿を見るや否や、指さしながら大笑いした。

ホカゲ「Σハイパーボイス出さんで下さい、恥ずかしいだろ。スイッチは、ここ」

ホカゲがスイッチを押してやると、カチャッとレトロな音がした。

ワタル「何か違う」

バンナイ「…どうせまだフエンは薄型導入されてませんよ!」

ホカゲ「Σバンナイ君が、地元人ぽい発言してプンスカ怒っとる…!」

ワタル「ジョウトは〜…もう全店舗、薄型液晶導入完了したぜぇ〜!

ホカゲ「Σ本州金持ちだぁ!!」

バンナイ「でもさ。さすがにポケセンだから、バージョン自体は新しいやつが…」

バンナイは、カウンター内からこちらを見つめるベテランジョーイに視線を送った。

バンナイ「…え? 入って無い? バージョンはあの時の“第三世代”のままなの?」


カウンター内のベテランさんは、首を横にフルフルすると、ふるえる指を3本伸ばしてサインを送ってきた…。


バンナイ「ド田舎ー 圏外ー !!」

バンナイは笑顔で言葉を吐き捨てた。

ワタル「お前たちは、リーグから忘れ去られている」

ホカゲ「Σべ、別段不便はしてねーよ!?」


ホカゲ渾身のフォローを無視して、ワタルはパソコンの操作を始めた。

【トレーナーカードを▲の向きでお入れ下さい】

ワタルは指示にそって、財布から"黒いカード"を取り出すと、プッと一瞬笑ってから、カードリーダーへ挿入した。


ホカゲ「Σいまの笑いはナンですか!」

ワタル「いや、旧式やなあって…」

バンナイ「てかワタルさんの子供の頃は、トレーナーカードすら無かったでしょ」

ワタル「Σお前らだって、そうだろうが!幾つだお前ら!」

ホカゲ「あ。 実はオレ、トレーナーカード持ってねぇのかも…」

バンナイ「実は、オレも…偽造のしか…」

ホカゲ「この悪党め…」

バンナイ「えへへ〜★」

ホカゲ「Σ可愛いポーズして誤魔化すな!!」

ワタル「お前らな…」

さすがに聞き流せなかったワタルが、振り返ってきた。

ホカゲ「Σて、てかワタルさん、財布ペランペランだな。それでも王者か」

バンナイ「ワタルさん、札が見えないよ。それでも王者ですか」

ワタル「トレーナーは、金なんて持たねぇ! 着の身着のまま風向きのまま !!」

ホカゲ「Σかかかか、かっけーーーーーーぇ!!」

バンナイ「……」

ワタル「ていうか、現金を持ってねぇんだよ…」

ホカゲ「なんで…?」

バンナイ「うわっ、いやらしいですねぇ」


 ピーィ(機械音)


突然パソコンが、太い音で鳴った。

【お取り扱いできません、カードをご確認下さい】

カードリーダーの差し込み口から、先程入れた"黒いカード"が戻ってきた。


ワタル「ん?」

ワタルはムッとして、パソコンを睨んだ。

ホカゲ「なんだ? ワタルさん、カード折り曲げ破損でもしちまったか?」

ワタル「しねぇよ!」

バンナイ「多分それは、 クレジットカードじゃないかな…シルフ社の」

バンナイが、差し込み口から4分の1程見えるカードの銘柄を見抜いた。

ワタル「なーに言ってんだお前、そんな初歩的ミスをこのオレが… わァオ!?

カードを引っこ抜いて、表面を確認したワタルは、そのままコケた。

ホカゲ「めんどくせぇーーー!! そういうの地元帰ってやってくれよワタルさん!!」

バンナイ「冗談悪質だよ! 後ろに利用者待ってるんだから、早くしてよワタルさん!」

ワタルは、ホカゲとバンナイに責められて後ずさりした。

ワタル「Σうるせぇー!! 似てるから間違えちまったんだよ!!」


 バァァァン!


真っ赤になったワタルは、寄ってくるホカゲとバンナイを、豪快に払いのけた……が! 勢い余って 後方のパソコン画面まで払いのけチョップを入れてしまった。

そんなワタルの背後で、シュゥゥンと悲しいシャットダウンの音がして、細い煙が一本たち上がった。

ホカゲとバンナイは、目の前の状況を理解出来ずに、まばたきした。
ワタルの片腕が、パソコン画面の中へ突っ込まれている。


ワタル「みんな、オレは大丈夫だ」

ホカゲ「Σ大丈夫じゃ、ねぇぇぇ!! 画面が腕型にメリ込んじまったぞ!!」

バンナイ「ブラウン管に何してるんですか、最低ですよあんた!!」


ホカゲは頭を抱え、うな垂れた。
バンナイは、手のひらで視界を覆い隠した。


ホカゲ「どうすんだパソコン…フエン唯一のポケセンなんだぞ…」

バンナイ「セキエイリーグで弁償して下さいよ。ちなみに最新バージョン」

ワタル「セキエイ関係ねーだろ!!」

ホカゲ「ワタルさん、弁償代はいったんマツブサが立て替えておくからな…!」

バンナイ「心配無いよ。ワタルさんには、そのご立派なブラックカードがあるから」

ホカゲ「ブラックカードって、あれか?」

バンナイ「そうそう、あれですよあれ」

バンナイがホカゲになにやら耳打ちした…

  (チャリーン)

ホカゲ「Σセレブリティめ! 貧民を馬鹿にすんなチクショー」

たまげたホカゲが、バンナイの腕をペチンと叩いた。

バンナイ「Σ痛いよ!」

ワタルは肩を落とすと、深いため息を吐いた。

ワタル「しょうがねぇな…」


そしてワタルはパソコン(ご臨終)から自分の腕(無傷)を引っこ抜くと、またもや財布の中から、今度はメモのようなモノを取り出した。赤いペンで、そこに何やらサササと書くと、半分に折り曲げてホカゲに渡した。


ホカゲ「なんだこれ」

ワタル「カウンターのババアに渡してくれ、足りるだろうから」

ホカゲ「おう?」

ホカゲはよくわからなかったが、言われた通りにしてみた。

バンナイ「そういうの、すぐ書いちゃうのどうかと思いますよ…」

ホカゲ「今の紙切れ、なんだったんだ?」

ホカゲがおそるおそる尋ねると、二人は声を揃えた。

ワタル・バンナイ『小切手』

ホカゲ「Σおおお!?」

一切の、お咎め無し。




3人は、ポケモンセンターを出た所で緊急会議を始めた。


ホカゲ「他のポケセン、ここから一番近くて、キンセツシティだぞ」

バンナイ「でもキンセツ、ロープウェイの乗車を含めて数時間はかかるよ…」

ホカゲ「ワタルさん、ドラゴン乗って飛んでけよ!」

ワタル「いやだ! ダセェ!!」

ホカゲ「てぇ なるよな… マツブサに頼んで、ヘリ出してもらうか?」

バンナイ「はいはい。ヘリの私用は厳禁ですよ」

ホカゲ「バンナイ君、厳しいな」

バンナイ「ホカゲさんを甘やかさないように言われてるんです」

ホカゲ「Σオレは幹部だぞ!!」

ワタル「まあ待て。ポケセンが駄目なら…

バンナイ「駄目にしたのは、ワタルさんでしょ」

ワタル「裏技で、ポケモンジムの借りる・・って手があるぜ!」

ホカゲ「Σまじでか! ジムにも同じ機能のがあるのか!!」

ワタル「ジムリーダーが専用に借り置いてるんだ。フエンにジムはあるか?」

ホカゲ「Σフエンジムか、あることは…ああある」

バンナイ「そういえば、あるらしいですねフエンジム…」

ワタル「お? なんだ、やたら反応が薄いな。この街のジムだろ?」

バンナイ「それが、あまり会話に聞かなくて…ホカゲさん、詳しく分かる?」

ホカゲ「フエンジムか…フエンジムな…」

バンナイ「ホカゲさん?」

ホカゲはあからさまに動揺していた。

ワタル「この街、全然トレーナーいないだろ。ジム、しっかり運営してるのか?」

バンナイ「通りざまにチラっと見た事はあるけど、静かで…あまり繁盛してなそう」

ワタル「そうか行くしかねぇ! 閑古鳥のフエンジム、案内しろ!!」

ホカゲ「案内すんのは構わねーんだが…ドキドキしますな」

ホカゲは頬をポッと赤く染めた。

バンナイ「?」

ワタル「?」

ホカゲ「最初に言っておく。フエンジムは、この街の聖域だ…っ!」




【フエンタウンジム】


フエンジムが見えてくると、先導のホカゲは"全体止まれ"の合図をした。

ジムはとても静かだ。
周囲には、ひとっこひとり歩いていない。
あまりの閑散ぶりにワタルは呆れ、ジムの立て看板を蹴飛ばした。


ワタル「なにが情熱だ、リーグのブラックリストに入れてやる」

ホカゲ「Σうおぃ…!?」

すると今度はバンナイが、蹴られて倒れた看板の上にひょいと乗り、ニヤニヤしながらジムを覗き込んだ。


バンナイ「立地は悪くないのに、何か問題あるんですかね。このジム」

ホカゲ「Σやめろー! なんてことを…!」

公式ポケモンジムを前にした二人の態度の悪さに、ホカゲは慌てた。

ホカゲ「おめーら、ガラ悪いぞ…衣服の乱れを正せ、爽やかに微笑め、練習!」

ホカゲは二人の前に立ちふさがると、ジムを守るように両手を広げた。

ワタル「はあ? なんだホカちゃん、お前が一番ダラシナイ格好してるぜ、直せよ」

ホカゲ「Σオレか!?」

バンナイ「ちゃんとズボンを履きな、ジムリーダーの前でズリ落ちるかも…」

ホカゲ「Σなに、それは一番いかんですな!!」

ホカゲはハッとしてほんの少し、ズボンを上げた。

ワタル「(…変わらん)」

バンナイ「(…あんまり変わってない)」

ホカゲ「ヨシ! ではな、おめーら。ジムの中ではお行儀良くするんだぞ!」

バンナイ「はーい… ところで、表から行っていいの?」

ホカゲ「Σ裏から行く必要あるんか!?」

バンナイ「はいはい。冗談ですよ」

ワタル「オレは正面以外の道は、通らない!!」

バンナイ「ですよねー。ではワタルさん、ご挨拶をどうぞ」

ワタル「フエン タウン ジム たのもーーーーーーう!!!」


ジムに向かって、ワタルは大きく叫んだ。
そのあまりの爆音に、ホカゲとバンナイは耳を押さえて、地面にガクッと両膝をつき、恨めしそうにワタルを見上げた。


ホカゲ「Σ今日は戦いに行くんじゃねーぞ!もっと優しくできねぇのか!」

バンナイ「み、耳栓の準備をしておくんだった…」

ワタル「オースマン。ジムリーダーまで、ビビらせちまったかな!」


立ち上がろうとするホカゲとバンナイに、ワタルが手を貸してやっていると、前方の、フエンジムの扉がソー・・と、少しだけ開いた。


ワタル「お? 開いたのか」


3人が注目すると、その少しだけ開いた扉の隙間から、ジイー‥っとこちらを見つめる視線があった。


バンナイ「なんか見てますね…」

ホカゲ「見られてますな隙間から」

ワタル「そこから見てるお前、ジムリーダーか!?」


ワタルが鋭く(大きく)言い放つと、扉の中からガタッと、何かひっくり返ったような大きな音がした。


ホカゲ「Σだ、だいじょうぶだあオレらはきみの敵ではなーい!!」

ホカゲが大手を振って、必死で何かを訴え始めた。

バンナイ「は?」

その隣でバンナイが、小馬鹿にしたような顔でホカゲを見た。

ワタル「おい!お前がジムリーダーなら、俺に挨拶をしやがれ!!」

ワタルがじれったそうに近づいて行き、少し開いた扉に手をかけ、一気にコジ開けてやろうと、力を込めた。
すると……、


?「Σま、待って下さい…ちょ、ちょっとだけ心の準備をさせてください…」


扉の内側から、慌てふためいた声が返ってきた。

ワタル「えっ…」

その声に気を取られ、ワタルは思わず扉から手を放してしまった。
その隙に、ジムの扉はガランッ!と勢いよく閉じられた。
内側から、スーハーと深呼吸が聞こえる……


?「ちょ…挑戦者さんですか…?」


ガチガチに緊張した声。

ワタル「あ…いや…」


珍しく、ワタルが戸惑っている。――見かねたバンナイが寄ってきた。


バンナイ「何してんですかワタルさん」

ワタル「いや…だって…」

バンナイ「だって?」

口ごもるワタルに、バンナイが詰め寄った。

ホカゲ「こわくないぞーこわくないぞオレらは味方だぞー」

ホカゲは少し離れた所から、扉の内側と交信を試みてる。

バンナイ「ホカゲさんはさっきから何してんの」

ホカゲ「我々は敵意の無い、フエン町民だってことを教えてあげてるんだ」

バンナイ「何ですかそれ」

 ?「よ…ようこそフエンジムへ…」

バンナイ「ワタルさん、さっきまでの勢いどうしちゃったんですか」

ワタル「あれは予想外で…」

ホカゲ「おお! 予想外だったか!予想外だったろ!」

ワタル「予想外だったぜ!」

ワタルとホカゲは駆け寄って握手を交わし、予想外の何かを分かち合った。

バンナイ「どういった事ですか」


?「あ、あの…!」


会話に区切りついたところで、三人がジムの扉を向き直ると、いつの間にか開いた扉の前に、フエン絶対的希少種(ヒト科)の、うら若き“女子”がポツンと立っていた。

?「私…」

そのまま何か言いかけたところで、彼女はハッとし、姿勢を正した。肩幅程に両足を開き、手は腰に。大きく息を吸い込むと…


アスナ「私がフエンタウンじィムリーダーをつとめさせていただタく、アスナです」


ワタル「?」

バンナイ「?」

ホカゲ「おお!」

ところどころ、声が裏返っていた。

アスナ「Σくぅ…!」


台詞のトチりに気づくと、アスナは真っ赤になって顔を背けた。
彼女の全身から、大変な緊張感がヒシヒシと伝わってくる。


ホカゲ「が、がんばれ…!」

ワタル「お前ジムリーダー?」

アスナ「はい、私がフエンタウンジムリーダーをつとめさせてい…

ワタル「お前新米だろ」

アスナ「Σギクッ!」

ワタルの大きな一言に、アスナのリアクションは図星だった。

バンナイ「へぇ。ジムリーダーさんなんだ…」

バンナイが嘘くさく微笑んだ。

バンナイ「あんなガチガチで。住民もオドかさないようにジムを避けるワケだ」

ホカゲ「どうだ可愛かろう、実は我が街の隠れアイドルなんです!」

アスナ「Σ!! ゆ、油断してると痛い目をみま、みま…みるぞ!」

ワタル「オイオイ」

アスナ「さ、さあ! 誰からジム戦するの、ドピンク頭のあなたかな!?」

ワタル「それオレのことか」

アスナ「Σギャ 調子乗ってごめんなさい!」

バンナイ「待って。残念だけど、俺達はジム戦しに来たワケでは無いんです」

アスナ「え、違うの?」

バンナイ「はい。実は俺達、ジムリーダーさんにお願いが」

バンナイが早々に本題に入ろうとすると、ワタルが割り込んできた。

ワタル「フエンタウンジムリーダー、アスナとやら」

アスナ「は、はい!」

ワタル「ジムリーダーってんならまずはオレに挨拶し…しよう!」

バンナイ「あ! いつもより若干、優しい!」

ホカゲ「ワタルさん。これから頼みごとするんだから、穏便にな!」

アスナ「挨拶…!」

突然、ワタルに挨拶を振られたアスナは大きく息を吸った。

アスナ「こ、こんにちは…えーと、はじめまして…私がフエンタウンジムリー…

ワタル「それはもういい」

アスナ「Σえ、これじゃダメですか! どうしよう他のは考えてなかった…」

ワタル「そうじゃなくて」

アスナ「じゃあ… わ、私はジムリーダーを任されたアスナだ!」

ワタル「お! ソレはオレ、好きだぜ」

アスナ「コ、コレですかね…!」

ワタル「ソレだな、今のソレをもっと不敵に!」

アスナ「私はフエンのジムリーダーを任されたアスナだ!」

ワタル「弱いッ! もっと、 オレはアスナだ!」

アスナ「Σオレはアスナだ、よく来たな!!!!」

ワタル「ソレが良い!!!!! よく来たなワレコラ…


 ポカッ


ホカゲ「Σ良くねェー!!!! 何させてんだおめーは!!」

ワタル「Σ今、殴ったか、オレのこと殴ったかホカちゃん!?」


バンナイ「ところでジムのパソコン貸して下さい」


ホカゲ「Σさらりと脱線を直した」

アスナ「パソコンを? …何しにきたんですか、お兄さん達は」

アスナからの"兄"というワードに、数秒静かだったワタルがピクリと反応した。

ワタル「いま、“お兄さん”って言った…!」

バンナイ「はい。ポケモンセンターのが故障中なので、貸して欲しいんです」

さらりとジムの内部事情に触れたバンナイを、アスナは怪しそうに見た。

アスナ「…ジムのパソコンの事、どうして知ってるんですか」

バンナイ「え? みんな知ってるよ♪(笑顔)」

アスナ「そうなんですか!?」

 ホカゲ「Σ嘘つけー!!」

アスナ「でもあれは…ポケモンリーグからジムで借りてる大切な物だから…」

バンナイ「大丈夫です。ここに居るドピンク頭のお兄さんは、実は…

ワタル「オレ、お前みたいに素直な妹が欲しかった…」

交渉をはじめたバンナイの身体を、ワタルがグイッと押して割り込んできた。

 バンナイ「えー…」

ワタル「アスナとやら、うちの妹にならねーか? フスベだけど」

ホカゲ「Σちょっと待てーーーーェ」

 アスナ「なりません…」

ワタル「フスベ娘に」

ホカゲ「Σならねぇよ、なってたまるかよ!!」

ワタル「Σホカゲにゃ聞いてねぇよ!!」


バンナイ「…俺さ、先に中入ってますから、切りがついたら探しに来てよ」

さすがに付き合いきれなくなったバンナイは、そう言い残し、勝手にフエンジムの中へと入っていった。


ホカゲ「ほら見ろ、バンナイ君が呆れて先行っちまったぜ」

ワタル「Σなに! 奴を追え、ひとりにしては絶対にいかん!!」

ワタルはハッとすると、急いでジムの中へ駆け込んで行った。

ホカゲ「お、お邪魔します…」

呆気にとられてボーゼンとジムを見つめるアスナを、ホカゲはチラっと横目で見た。

アスナ「あの…お兄さん達は地元の人ですよね」

ホカゲの視線に気づいたアスナは、困惑した顔で見つめ返してきた。

ホカゲ「オレ、ホカゲ」

ホカゲが小さく答えると、アスナはホカゲの顔をジッと見つめ、小首を傾げた。

アスナ「ずっと気になってたんだけど…兄さん、お湯屋街にいませんか…?」

ホカゲ「へ?」

アスナ「うん、そうだよ金髪のお兄さん! いつもお湯屋街でカラコロ歩いてる…」

ホカゲ「どゆこと?」

アスナ「金髪のお兄さん、よくお友達のお兄さんと一緒にお湯屋行ってるでしょ」

ホカゲ「お、温泉街なら毎日通ってるぜ、まあだいたい連れのホムラとな」

アスナ「風呂桶に黄色いアヒルちゃん乗せてるでしょ」

ホカゲ「うん。それは絶対オレだな、ヤベェ」

アスナ「やっぱり、いつも見かける金髪の派手なお兄さんだった!」

ホカゲ「Σ見られてた」

アスナ「うん、お兄さんとっても目立つから!」

アスナは嬉しそうに、ホカゲのキラキラ光る金色の髪を見つめた。

ホカゲ「金髪すきなん?オレ、金髪だけでなく、全身含めてホカゲだからな」

頭部しか見てくれないアスナに、ホカゲは両手を動かして全身アピールをした。


アスナ「染めてるの?」


ホカゲ「Σはえ」

ホカゲに対する禁句だった。(M団では暗黙の了解)

ホカゲ「じじじじじじ、地毛地毛地毛地毛」

アスナ「じじじじ、地毛地毛地毛でしたか」

もし、この失言者がM団の下っ端だったら、問答無用でお仕置き部屋逝きだ。

アスナ「ホカゲさん有名だよね、マツブサさんのところの人なんだっけ」

ホカゲ「お! そうです、マツブサがいつもお世話になってます」

アスナ「ええ! とんでもない、こちらこそマツブサさんにはお世話になってます」

ホカゲ「フエン流のご挨拶だよな、やっぱフエンだよな」

アスナ「はい!フエンっ子です!!」

ホカゲ「Σフ、フスベ娘にはならないでくれよな」

アスナ「Σフ、フスベ娘はイヤです!!!!!」




【フエンジム】


ワタル「パソコン」

アスナ「はい! これがフエンジムで公式に借りているパソコンなんです…けど」


ジムの奥(一般非公開)へ、強引に通してもらった3人は、各自、思い思いの行動をとった。
一番先に辿り着いたバンナイが、ジムの現状についてアスナに尋ねた。


バンナイ「ガランガランだね、このジム。毎日こうなの?」

アスナ「Σそのうち大盛況になりますから!」


目を泳がせながら、アスナは答えた。

バンナイを追い、南の入口から東へ出て西を回って北へ到着したワタルは、

ワタル「よし!早速、借りるぜ〜」

アスナが引っ張り出してくれた、ホコリの積もったパソコンに電源を入れると、

ワタル「リーグで借りた大切な物なら、もっと扱いってモンがあるだろ」

ついでに先輩として、一言加えた。

そして今度こそ本物のトレーナーカードを、スライド・スキャンさせた。

ホカゲ「黒い…」

バンナイ「さすが黒い…」

ワタルは慣れた手つきで“通信システム”を起動させている。

アスナ「Σくぅ! す、すいません…機械にウトくてつい、その」

ワタル「常にパソコンつけとかないと、リーグから連絡取れないだろ!」

アスナ「ホウエンは一応お、お電話で来るので…」

なんとか誤魔化そうとするアスナの横で、ホカゲは、ふと思い出した。


ホカゲ「そういや…このドピンクのお兄さん、誰だか判ってる…?」


アスナ「えーと、フスベからフエンに移住されたドピンクお兄さんです!」

バンナイ「それはそれで正解だよね」

ホカゲ「でも、先輩の雷落ちるぜ…」


ワタル「フスベ出身のトレーナーで真っ先に出てこないか」


アスナ「え… と。まずフスベって…カントー…あ、違った!?」

ワタル「リーグが内輪で毎年発行してる、所属者名簿持ってるか」

アスナ「Σ持ってます け‥ど‥どうして?」

ワタル「名簿帳で一番ページの割合多いのは、どの地方のどのリーグだ」

アスナ「えーと…カントーの…あ、カントーとジョウトのセキエイリーグです」

ワタル「セキエイリーグで、一番最初に記載されてるのは」

アスナ「どの地方もチャンピオンです」

ワタル「セキエイリーグのチャンピオンは」

アスナ「ドラゴン使いのワタルさんです」

ワタル「ワタルさんは、どこ出身だ」

アスナ「はい、ワタルさんの出身は、フスベでギャーーーーーーァ!!!」


アスナは渾身の土下座をした。


ワタル「じゃあまず、チャンピオンに挨拶しよう」


アスナ「すいませーん…フエンジムリーダーのアスナですごめんなさい…」

バンナイ「ワタルさん、意地が悪いよ。悪趣味、悪趣味」

ホカゲ「リーグ先輩なら、新米ジムリを優しく指導したれー」

ワタル「Σえっ オレ、だいぶ優しいぞ!?」

アスナ「うん、私が勉強不足なんです…こんな偉大な人を気づけないなんて」

ワタル「アスナは素直だ、大丈夫だ…頑張れよ」

ワタルが意味深に頷きながら、フォローを始めた。

ワタル「これがフスベのジムリーダーだと、ホントふてぶてしく反論してくるからな」

バンナイ「あ、ワタルさんの地元の」

ホカゲ「どんなジムリだ…怖いモン知らずだな」


ワタル「妹だけどよ…」


ホカゲ「Σでたーーー 妹!!」

バンナイ「もうフスベネタは十分ですから…」

アスナ「わ、私も頑張ります」

ホカゲ「頑張らんで下さい!フエンはフスベと違って、平和と癒しの街だからな!」

バンナイ「そうだよ。フスベは破壊と滅亡の街ですから」

ワタル「Σお前らフスベの何を知ってんだよ!」

ホカゲ「ワタルさん見てりゃ、なんとなく想像つくぜフスベ」

バンナイ「ワタルさんみたいなのが、いっぱい居るんでしょフスベ」

ワタル「Σ居てたまるかよ…フスベってのはなァ!」

ワタルが故郷について語ってやろうと身を乗り出した所で、


 ピコーン


“通信待機中”であったパソコンが、操作可能に切り替わった。

バンナイ「ほら。パソコンもフスベトークは十二分だってさ」

ホカゲ「やっぱり最新式は違うよな!ハナシの空気も読めるのな!!」

アスナ「Σてことは、チャンピオンのポケモンが…送られて来るんですか!」

ワタル「まずは手持ちを預ける」


ワタルは腰につけていたボールを数個、パソコン備え付けの台座の上に乗せた。ワタルがホウエンに連れてきたメンバーで、育成中のポケモン。

ホカゲはその中のひとつのボールを愛おしげに見つめた。


ホカゲ「ミニリュウ…オレたちまた会えるよな…」

バンナイ「そんな切なそうにしちゃって…」

ワタル「 送信 」


――ポチッとな。


ホカゲ「Σ早 っ」

台座に置かれたボールは、パソコンでスキャン認識されると、一瞬だけ光り、消えた。

ホカゲ「オ、オレの気持ち…!」

バンナイ「こんな寂しがってるのに、何の躊躇も無く送りやがった!!」

バンナイは、唖然とするホカゲを見て噴き出しつつも、ワタルを非難した。

ワタル「なにか駄目だったのか?」

送った後で、ワタルはアレッ? と、ホカゲらを見た。

ホカゲ「Σおめーはいつでも会えるから良いよな!オレなんかなぁ、オレは」

バンナイ「ホカゲさん、ワタルさんに立ち向かっても勝てないよ」

ワタル「また、会えるだろ!」

ホカゲ「Σおめーの気持ち次第でな、鬼か!!」

アスナ「でも、転送システムって不思議ですよね」

ワタル「詳しくはマサキの奴にヨロシクな!!」

バンナイ「あ。強いの、送られてきましたよ」


先程こちらからボールを送り、空になった台座の上に、今度は"預かりシステム"から、選ばれたボールが送られて来た。

長旅で傷がつき、激しいバトルで変形した、王者のボールは、そこらのトレーナーの物と違い、台座の上で圧倒的な存在感を放っていた。


アスナ「す、凄い…」

バンナイ「本物が…」

ホカゲ「ミニリュウ…」

ボールを見ただけで感動してしまった二人と、打ちひしがれるホカゲだったが、

ワタル「今度は、カイリュー!」

機嫌良くそう言いながら、久々のボールを開けようとするワタル。
一同、とっさに止めに入った。




【小一時間経過】


バンナイ「すっかり長居しちゃって、すみませんね」

ホカゲ「茶と菓子まで、すいませんな」

ワタル「しっかし、暇なジムだ…」

アスナ「Σこれから忙しくなるんですよ!!」


縁側で、出された茶をすすりながら、3人はすっかりくつろいでいた。

ポケモン受け取りの目的は果たしたが、そのまま居ついてしまい、挑戦者の無いアスナも暇な手前、何も言えずにズルズルと、茶請けのフエン煎餅まで出してしまった。

 シャララーン


ホカゲ「Σなんか鳴ったぞ!」

バンナイ「さっきのパソコンから鳴りました。ワタルさん壊した?」

ワタル「壊すか! あれは発信元がリーグの新着音!!」

ワタルが即答した。

ホカゲ「おお! さすが業界人!!」

バンナイ「つまりポケモンリーグから…連絡が入ったって事ですね?」

3人は、揃ってアスナへ視線を送った。

アスナ「Σどうしよう!」


先程のワタルの教えの通り、常にオンにしておいたパソコンに、どこかの地方の、どこかの街から連絡が入っていた。


アスナ「確認してみます…」

ワタル「まったく、手とり足とりじゃねぇかよ」

バンナイ「…と言いつつもワタルさん、結構面倒見の良い」

ホカゲ「おお! やっぱそこは妹いる兄貴だからな!」

バンナイ「アニキ」

ホカゲ「アニキ!」

ワタル「い、今更褒めてもナンも出ねぇぞ!!」

ホカゲ「フエン煎餅でたぞ」

バンナイ「そうだよ、もう出たの食べましたよワタルさん」

ワタル「Σ黙れ外野は!!」

ホカゲ「おお! リーグの事情だし、外野のオレらは遠くで見守っていよう」

バンナイ「そんな気を使う程の情報ですかね…」

ホカゲは、バンナイの背中を押しながら、縁側に戻った。

アスナ「じゃあ、連絡開いて確認してみますね…」

ワタル「おう。これは、テレビ電話で来てるからな…」

アスナ「Σえ! テレビででで、電話ですか!?」

ワタル「早よ出ろ」

アスナは緊張で顔を強張らせながら、パソコンの画面下に表示された電話マークを選択した。


 セ キ エ イ セ キ エ イ


数秒、発信源の地名が表示された。


ワタル「セキエイ?」


 アスナ「?」

 ホカゲ「?」

 バンナイ「?」


間もなく、テレビ電話の中継が始まった。


男『繋がったぞ』

男『繋がったでござる』

男『繋がった、ワタルさんだ』


ワタル「お〜お前ら、何してんだ?」


男『ワタル、無事だったか。ずっと探していたんだぞ』

男『ご無事のようでものすごく残念でござる』

男『ずっと連絡取れなくて、本当に心配したんですよ…』

男『そうだぞ』

男『そうでござる』

男『そうだよ、せーの…』

一同『あわやセキエイリーグ開幕不可、と』


ワタル「それオレの心配じゃねぇだろ!!」


男『ポケギアの電波がホウエンの山岳地帯で途絶えたようだが…』

男『ついに遭難してあわよくばご無念かと思ったでござる』

男『ワタルさんのトレーナーIDのログインを待ってたんだよ』


ワタル「IDのログイン履歴か…居場所の特定されちまうとはな」


男『ワタル、カリンが怒っている』

男『ものすごく怒ってるでござる』

男『ワタルさん、責任とって下さい…』


ワタル「Σカリンも居るのか?」


男『ワタル、セキエイリーグ開幕日を忘れたか』

男『チャンピオン慢心でござる』

男『カリンさん、ワタルさん見つかったよ』


ワタル「Σ待て! す、すぐセキエイ帰るから一旦、切るぞ!」


カリン『――ワタルちゃん』


ワタル「Σカ!」

カリン『一旦、切るってなによ』

ワタル「よう、カリン。元気か?」

カリン『ワタルちゃんが居なくて元気がないの』

ワタル「そうかそうか」

カリン『ワタルちゃん居なくてカリンのお財布、元気がないの…』

ワタル「Σまたそれかよ!!」

カリン『シルフの限定クォーツ買ってね。ダイヤの』

ワタル「Σ買わねぇよ絶対!?」

カリン『もう今季のセキエイリーグ、スチル撮影終わったわ』

ワタル「Σオレ抜きで? あの全国版でリーグのガイドブックになるやつを?」

カリン『カリンがイイって言ったの』

ワタル「オレの写真はどうすんだよ…個別撮影か?」

カリン『そう。四天王集合写真の右上にちっちゃく載せてあげるわ』

ワタル「そりゃウマイな! …ってアホかチャンピオンを欠席枠に載せるな!!」

カリン『ワタルちゃん』

ワタル「なんだよ、もう切るぞ!!」

カリン『また迷子になったの』

ワタル「Σなってねぇよ!!」

カリン『早く帰ってきてね。カリンの お・財・布 ‥のためにも』

ワタル「Σ切るったるわー!!」

カリン『あ。そういえば、セキエイリーグの開幕日変えたわ』

ワタル「えっ… 開幕日を変えた?それまさかオレのために…」

カリン『開幕日、はやめたわ。いっしょうけんめい帰ってきてね』


ワタル「Σはよ言わんかボケーーーーーェ!!」


ワタルは右手に全力を込めて、パソコン画面に強烈ツッコミを入れた。

 ボキ

ワタルにハタキ落されたフエンジムの大切なパソコンは、かなりの重量にも関わらず床にぶつかり落ちると、
そのまま潰れた。


アスナ「死んだ…」

アスナの魂が抜けた。

ホカゲ「何やってんだよ」

バンナイ「本日2度目だよ」


ワタル「オレはセキエイへ帰る」


ホカゲ「そうだな」

バンナイ「是非そうして下さい」

ワタル「Σあっさりだな、惜しまねぇのか!」


二人が驚くだろう、きっと引き留められるだろうと思っていたワタルは、拍子抜けして聞き返した。


ホカゲ「帰る前に、フエンジムのケアだけは頼むぜ」

バンナイ「ワタルさん、どうも身近な所の女運が…酷いですね!」

そう言うと、二人はアスナへ視線を送り、発言権をパスした。

アスナ「私なら大丈夫です、パソコンとか元から無かったと思えば…」

ワタル「パソコンの件はすぐ対処してやる」

アスナ「Σや、むしろ全然後回しで構わないので…」

ワタル「必要だろ」

アスナ「Σひ、必要です!!」

逆にパソコンから逃げられなくなってしまった。




【フエンジム前】


ワタル「では事情でスマン、慌ただしいがオレはこのまま帰る!」


ホカゲ「来た時もイキナリだったが、帰る時もイキナリだなワタルさん」

バンナイ「もう二度とフエンの平穏を脅かさないで下さいね」

アスナ「私、フエンジムリーダーとして、日々精進します…!」

ホカゲ「おお! ジムリーダー健気だぁ…」

バンナイ「どうもご迷惑お掛けしました…ついでにジムバッジ下さい」

ホカゲ「Σドサクサに紛れてバッジを強請るな!」

バンナイ「今日のおみやに」

ホカゲ「Σ土産を貰える立場かオレらは!」

ワタル「アスナ、見送りはもう大丈夫だ。頑張れよ」

アスナ「Σは、はい! パソコンがんばります!!」

ワタル「パソコンだけかよお前」

ワタルのツッコミに、アスナはギャッと跳ねた。

ホカゲ「ワタルさんの説教はじまる前に、フエンジムに避難するんだ」


アスナ「おっ、お疲れ様ですー!」

アスナは精一杯の声を振り絞ると、フエンジムへ逃げ込んでいった。


ワタル「先々不安だろ」

呆れ顔でフエンジムを見つめていたワタルだったが、

ホカゲとバンナイを振り返ると、フッと笑いかけてきた。

ワタル「お前らも、見送りいいぜ。付き合わせちまって悪かったな」

ワタルの言葉が、ホカゲとバンナイに衝撃を与えた。

ホカゲ「いま実感した…ワタルさんマジで帰っちまうんだな」

バンナイ「いや、また道間違えてフエン戻ってきたらどうするんです」

ワタル「戻らない」

ホカゲバンナイ『!』

ホカゲがォォォ…と切なそうな小声をもらした。

ワタル「オレ、一度通った道は間違わないからだ」

ホカゲ「ワ、ワ、ワタルさん…セキエイで勝ってくれよ…」

バンナイ「早く出なよ…日が沈んでしまいますよ…」

ワタル「まあ、元気でな。元気だろうがな」

ワタルは二人に背を向けると、ゆっくりと歩き始めた。

ホカゲ「ワタルさん、すげぇ面倒くさかったよな」

バンナイ「声デカイし迷惑だし」

ワタル「お前らなんて、スットボケにコソ泥野郎だったろ」

ワタルは背中越しに投げ返すと、その場で足を止めた。


ワタル「あ なんだ あれ UFO だッ!!!」


ホカゲ「うおお!?」

バンナイ「おおお?」


シンミリした空気のなか突然、ワタルが左手の空をさして声を上げた。
ホカゲと、バンナイまでつられて左手側の空を見上げてしまった。


ワタル「…フエン来れて、良かったぜ」

そんなワタルの声が聞こえた直後、なにか高速で羽ばたく音が聞こえた。

ホカゲ「おい、ワタルさん…は…?」

バンナイ「ワタルさん、あれ」

我に返って二人が振り返ると、ワタルの姿はどこにも無かった。

ホカゲ「Σワタルさんが消えた!!」

バンナイ「Σまさか、空飛んだのか…あんな嫌がってたのに」

ホカゲ「一瞬だよな、一瞬…見えたぜ灰色の鳥っぽいのが…」

バンナイ「ドラゴン?」

ホカゲ「おお! ドラゴン?」

二人は向かい合って、同じ向きに小首を傾げるとようやく理解した。

ホカゲ「なにが空飛ぶダセェだ…か、か、か、かっけーーーーー!!!」

バンナイ「いやらしいですよ!!」

日の沈みかけた空に向かって、二人は声を上げた。


ホカゲ「でもよワタルさんて、そもそも何しにホウエン来たんだっけか」

バンナイ「…さあ?それホカゲさんのが詳しいんじゃない」

ホカゲ「そだっけ」

バンナイ「ホカゲさん、帰ったらホムラさんにうまくご説明して下さいね」

ホカゲ「Σホムラな! あーいつガッカリしちまうな!!」

バンナイ「突然の事だからマツブサさんも深く悲しみますね」

ホカゲ「しかし台風のように接近してきて、台風のように荒して帰ったな」

バンナイ「大嵐」

ホカゲ「しかし。明日からは静かですな…」

バンナイ「はい。物凄く静かだろうね…」


「やべえポケギアねぇからセキエイの場所が分からねェ!」


凄く遠くの空から、大きな困った声がこだましてきた。


ホカゲ「ダメだあれ」

バンナイ「ホカゲさんに言われたらお終い」





おわり