怪奇現象・光玉



ホムラ『ホムラだ。いまカイナシティへ向かっている』


バンナイ「こちらバンナイです。マグマ団本部、アジトともに異常ありません」

ホムラ『なぜ、お前が通信に出る』

バンナイ「マツブサさん、いま自治会の会合に出てまして」

ホムラ『では、ムロ島説はガセだった…と伝えておけ』

バンナイ「了解しましたよ」

ホムラ『ところで… その後、襲撃犯の様子はどうだ』

バンナイ「はいはい。ワタルさんなら、すっかりマグマ団の居候となりました」

ホムラ『そうか… 逃がすなよ』

バンナイ「ホムラさん、連絡の度にどんどん…フエンに近づいて来てますね」

ホムラ『フエン帰還はもう少々先だ』

バンナイ「最終日のオチって、“イマ、オ前ノ後ロニ居ル…”でしょ?」

ホムラ『何故だ』

バンナイ「いや、何故って…冗談だよ、メリーさん♪」

ホムラ『ひつじ』

バンナイ「はい?」

ホムラ『……』

プツ (通信切断)

バンナイ「え 今のなに…? わからない」




真夏のフエンタウン……。

ここ最近、不可解な現象が起きていた……。

蒸し暑い夜の事だった。デコボコ山道を、歩く者がいた。
登りの、とある地点に差し掛かった。するとそこで、足元のほうから「うぅ…」と、低い呻き声が聞こえた。

この山道、下は崖である。

まさか、誰か居るのかと思い、地面に手をつき、崖の下の方を覗いてみた。
すると真っ暗闇の中、光の玉がひとつ……ぼんやり、ユラリユラユラ輝き、なんとも不思議に、揺れていたのだと云う……。

怪奇現象・光玉。この噂は、瞬く間に広まった。



【恐怖! フエンタウン心霊現象 謎の飛行物体 深夜二時】



翌朝、地元紙が一面で報じた。
噂が噂を呼び、話に尾ひれがついて流れ、フエンでは『温泉街vs商店街』で意見が真っ二つに割れた。

静かな温泉地として早期解決を願う温泉街側と、ここは光の玉効果にあやかりたい商店街側とで対立している。

そして本日、住民総出の自治会合。
町として、今後の方針を決めようと話し合いが行わた。

その席にて、フエンの顔役(ご意見番)マツブサが、
マツブサ「双方互いに納得するまで、デコボコ山道ルートは封鎖しましょう」
と言い放ち、その場を収めた。

商店街側としては、封鎖によって話題性が薄れてしまうのではと不満だったが、ここは、マツブサの顔を立て、渋々承知をした。

一同、解散。

デコボコ山道ルートは、封鎖され、塩を2山盛られてしまった。
作業を見守り、ようやく帰ってきたマツブサを玄関先で待ち構えていたのは……


ホカゲ「マツブサ、なーんて事をしてくれたんだ!オレは本気で怒ってるぜ!!」

もちろん、大層ご立腹なホカゲだった。
ホカゲは、地元紙をマツブサの顔面にくっつけると、怒りの眼差しで睨んできた。

ホカゲ「オレは、封鎖なんて結果のために行儀良く留守番してたワケじゃねーぞ!」

連日のホムラ不在と、マツブサ急用のために仕事を頑張りすぎたホカゲは、体内時計が狂ってしまったらしくヒートアップしていた。

ホカゲ「オレに癒しとロマンをよこせェ マツブサ!!」

ホカゲはマツブサから離れると、天に向かい拳を突き上げ、叫んだ。
ホカゲがガッツポーズで停止したところで、マツブサは口を開いた。

マツブサ「光る玉の調査をですね、我が組織で引き受けることになりました」

ホカゲ「Σなんだと!」

ホカゲの顔が瞬時に動いた。

マツブサ「温泉街さんにも商店街さんにも納得して頂くためには、第三者の調査結果が必要でしょ?」

マツブサは、ホカゲの肩にポンと手を置いた。


マツブサ「ホカゲ君を、"光る玉調査委員会・委員長"に任命します マツブサ。」


マツブサは、"光る玉調査委員会・委員長"と書かれたタスキをサッと取り出し、ホカゲに掛けてやった。

マツブサ「ご老人方の期待がかかってますので、宜しくねホカゲ君」

そして更に、新品の箱に入った何かを手渡した。

ホカゲの目が、一瞬にして輝く。

ホカゲ「Σうおおおおおおお、デボンスコープ!!!」

※デボン製。

疲労なんかふっ飛んだホカゲは、すぐさま準備を始めることにした。




――マグマ団本部、4階北端…通称・あかずの間。


一年に、たった一度。
限られた時間しか解放されない、不気味で呪われた部屋である。(K話参照)

ここへやって来たホカゲは、禁断の扉の前に到着すると、立ち止まった。幾重にも巻かれた鎖の上に、何枚もの清めのお札がビッシリ張り巡らされている。

ホカゲはそれらを取り除いていき、何個もついた南京錠のロックを外した。ようやく扉のドアノブが現れると、古い鍵を差し込んだ。カチリ……と音がして、扉はひとりでに、ギィィと開いた。


ホカゲ「Σこ、こえぇぇぇぇ〜…これがバト公の呪いか」


ホカゲは団服の胸元から、胡散臭い十字架のネックレスを取り出した。

ホカゲ「ア〜メン…」

目を閉じると南蛮渡来の十字をきって、その後 扉をムニャムニャ拝んだ。よく解らない祈とうが済むと、ホカゲは扉の上に大きな張り紙をした。


ドーン 【光る玉火の玉調査委員会】


ここへ来るまでに、未確認調査委員会・宣伝チラシも沢山貼ってきた。

ホカゲ「オレがマグマ団に入団したのは天命であったようだぜ…」

火の玉とあかずの間につられた同志達が、やってくるに違いない。
そう信じるホカゲは、おっかなびっくり部屋の中へと入っていった。




日没。

調査委員会の扉の前に、2人の有志が現れた。


バンナイ「まーったく、ホカゲさんはしょうもないな…」

ワタル「火の玉調査委員会、よし、ここだな!」

バンナイ「光る玉だってのを、勝手に火の玉にしちゃってるし…」

ワタル「どっちにしろ、暴くのみだな」

バンナイ「俺はマツブサさんに頼まれちゃったから仕方無いけど、ワタルさんは…」

ワタル「オレ、ホカゲに呼ばれた気がするんだ!」

バンナイ「はいはい、勝手にしてよ。じゃあ、ノックしてみようか」

ワタル「オレに指図するな」


ゴン ゴン


ワタルは、あかずの間の扉を縦にパンチした。

バンナイ「それ殴ってるんですか?」

ワタル「フスベの伝統ノック方式」

バンナイ「うわー 俺みたいなか弱い一般人には敷居が高いですね」

ワタル「冗談だぞ」

バンナイ「俺は本気でとりましたけど」


騒々しいノックを繰り返し、反応を待った。が、扉はいっこうに開かない。バンナイとワタルは、互いの顔を見合わせた。


バンナイ「ホカゲさん居ないのかな? それとも疲れて眠ってるのか…?」

ワタル「入ってみるか?」

バンナイはそれを制止し、扉へ耳を当てて音を探った。が、やはり何も感じない。
ワタルも首を傾げた。どうしても扉の向こう、人の居る気配がないのだ。
しかし扉のドアノブには、“先へ来た人間”の指型に、ホコリの擦れた跡がある。

バンナイ「まあ、ホカゲさんが居ないにしても、中で待ってましょう」

バンナイはドアノブを回して、ギィィと重い扉を開けてみた。


ホカゲ「開いたァァァァァーーーーーー!!!!」


扉が開いたと同時に、内側からホカゲが、勢いよく飛び出してきた。

バンナイとワタルは、出て来たホカゲに激突され、巻き込まれ、そのまま床へ倒れてしまった。――で。その上にホカゲが倒れてきて、二人をムギュっと押し潰した。


バンナイ「Σ痛ぇ、何事さ! バカっ、突然飛び出してくるなんて」

ワタル「スッゲェ、ナイスタックルだ…」

ホカゲ「おめ〜らぁ、オレを助けてくれてありがとな…!」

バンナイ「ワケが分からないけど、どうかしたの?」

ホカゲ「バンナイ君が懐かしいぜ… あぁバンナイ君いい匂いするなぁ」

バンナイ「Σ擦り寄るな! 分かった分かった、無事でよかったね」

ホカゲ「おお! ワタルさんは…」

ワタル「Σオ、オレは…?」

ホカゲ「ワタルさん、なんでココにいんの?」

ワタル「Σ特になにもねぇのかよ!!」

ホカゲ「いやあ、マジでビビッたぜ…オレ、あかずの間に閉じ込められてたんだ」

床から体を起こすと、ホカゲは妙なことを言った。

バンナイ「えぇ〜…この扉、劣化かな?」

ワタル「少し重たそうだったが別に問題は無かった!」

ホカゲ「入る時は良かった… でも出ようとしたら、どんな力を入れてもダメだった」


ホカゲは、扉の奥の薄暗い室内を見て、思い出した。

あかずの間は、一年に一度は、人の出入りがあるものの、他は締め切り。どこから入ったから、至る所に大きなクモの巣が張り巡らされていた。

入り口には古い柱時計があるが、ガラスは割れ、振り子が抜け落ちている。文字盤は歪み、ネジとバネが気味悪く飛び出ていた。

窓辺の棚には、研究資料がギッシリ積まれていて、日に焼けた紙の匂い。書籍にも、やはりホコリが積りクモの糸が引いている。

さらに横へと目をやると、生々しい生物標本が無造作に置いてある……机の上には、中身の入ったまま、変色した試験管。ガラス張りの箱に入った、生物の骨と化石……。

そして、それらと分けて置かれているのは、小さな小さな写真立て。その中から微笑みかけてくる“金髪の少女の写真”……しかし、表面のガラスは無残に砕けてた。

――よく、ホムラがボヤいてた。
あの部屋は、昨年まで無かったはずの物が、次の年に増えている……と。捨てても捨てても、静かに静かに増えて行き、いつの間にか“元通り”に復元されていくのだ……と。


ホカゲ「行きはヨイヨイ、帰りはコワイ…ってな!
オレ、ホムラがこの部屋のことボロクソに言うのは、ただただ“元の住人”を毛嫌いしてるから…だけと思ってたんだ。が――いま、マジでわかった。この部屋には、絶対なんかイる! つまり…、
この部屋には“バトラーの怨念”が、渦巻いているーんだ!!」


バンナイ「それマジだったら、この建物やばいですね」

ワタル「ホカちゃん。良けりゃ、“イタコと坊主に囲まれて育ったヤツ”を紹介するぜ」

ホカゲ「閉じ込められてから、絶え間なくSOSを送ったが…誰も来てくれんかった」

バンナイ「いやこっち側からだと、部屋の中は不気味なくらい静かなモンでしたよ」

ワタル「オレたち、ホカちゃんは居ないか寝てるかどっちかだと思ってたぜ」

ホカゲ「Σなんだと!? まさかこの部屋の中は異空間なんか!?」

バンナイ「そうだ ホカゲさん、マツブサさんから“メガネ”預かったでしょ?」

ホカゲ「メガネエ? いや、マツブサの老眼鏡なんぞ知りません」

ワタル「Σもう老眼入ってるのか!?」

バンナイ「スコープ」

ホカゲ「おお! デボンスコープな、あるぜあるぜ」

ホカゲは、首から下げていたデボンスコープを持ち上げた。

ホカゲ「Σま、まさかバンナイ君、コレで異空間を覗けっていうのか!?」

ホカゲが慌てて振り返ると、バンナイとワタルの雰囲気が、ちょっと変わっていた。

ホカゲ「Σお、おめーら…。いったい、なにを装着してるんだ?」

バンナイ「正規品のシルフスコープ」

ワタル「オレ限定版のシルフスコープ」

ホカゲ「Σじゃ、オレ類似品のデボンスコープ…」


ホカゲは悔しそうにスコープを装着すると、部屋の近くへ寄り、そっと中を覗き込んだ。――だがスコープの視界は、右も左も暗いままで何が何だかよく分からない。

ホカゲ「おーい、どっちかスコープ貸してくれねぇか…」

ホカゲはスコープを外して、隣で同じように部屋を覗き込む二人に声をかけた。

バンナイ「……」

ワタル「……」

二人は覗きこんだまま固まっていた。
ホカゲが二人の肩をポンポン叩き、「お〜い?」と声をかけると、二人はようやくスコープを外した。そして互いを見つめ、静かに頷き合った。

バンナイ「ホカゲさんはデボンに感謝しな…」

ワタル「シルフの科学はイキ過ぎたな…」

バンナイとワタルは、無言でその場から去って行った。

ホカゲ「Σおい!?なにがあったんだ、なにを見ちまったんだよ!!」

ホカゲは“あかずの間”の扉を閉め、慌てて二人を追っかけた。

急いでいたので……鍵をかけるのは、忘れてしまった……。



バンナイ「マツブサさんが保管してる鍵を、勝手に持ち出すなんてさ」

ホカゲ「あそこで火の玉会議したら、雰囲気でると思ったんだが…浅はかだった」

ワタル「あの部屋は、あれだな…本当に閉めとくべき部屋だな」

バンナイ「マツブサさんが気づいて、俺を様子見に寄こさなかったら、ホカゲさん…あんたはまだ、あの部屋の中だよ」

ワタル「俺も途中でバンナイと会わなかったら、たどり着けなかったしな」

ホカゲ「感謝感謝。委員会案内チラシは物騒だから外さねーとな…」

バンナイ「ところで、任されていた“光る玉”の調査はどうするの?」

ホカゲ「あ、明日にしよう…」

ワタル「明日やろう!?馬鹿やろう!!!」

突然ワタルが怒鳴った。

ワタル「フエンの治安のために、せっかく俺が協力するんだ今日やれ!

バンナイ「ワタルさん、フスベの人間て耳に鼓膜ついてんですかね?」

ワタル「今 やれ!!」

ホカゲ「わ、分かった分かった…!!」

ホカゲは、にじり寄ってくるワタルの前に、地元紙を広げた。

ホカゲ「でもとりあえず、ウシミツドキを待とうぜ…!」




【デコボコ山道】


ホカゲ「調査委員会、ただいま、デコボコ山道ポイントへ向かっております」


――そして時刻は、深夜二時。

ホカゲバンナイワタルの3人は再集結した。
フエンタウンを通り抜け、夜の山道へ向かう途中、眠気覚ましにバンナイが、自身の地元に伝わる怖い話を披露した。


バンナイ「…数年前の、カントー地方。
一代で財を築き上げたのに、たったひとりの子供のせいで全てを失った男がいた…。男は、たいそうな役職についていたんだけど、それは表の顔。実は、裏社会を牛耳る悪の組織の親玉だった。
拠点はカントーの繁華街。かなり悪どい、汚い商売をしていた。その過程で、ひとの恨みを買うような酷な事も沢山してきた。目的のためには手段を選ばない。そして男は、とても用心深かった…些細な事でも発覚すると、すぐさまトカゲの尻尾切り。下っ端の雑魚に罪を被せて、男はずっと捜査を欺き続けた。なにせその男、表の職業ってのが…絶対的に信頼される“ジムリーダー”だったから。

ある日。男の前に、ひとりの子供が現れた。

男の店で…、つまり、その子は“巻き上げられちまった”。
ゲームコーナーの商品に釣られ入店してみたら、親御さんから貰った旅の資金から、自分でためた貯金まで、全部スッちまって…大損。もちろん、店の物は細工されていたんだけどね…『たったコイン999枚でポリゴンと交換できるよ!』のはずが、フタ開けてみたら、『9999枚』も必要。こどもじゃ、無理だね。『図鑑を完成させたいから、どうしてもポリゴンがほしい!』――なんとその子、組織のアジトにまで乗り込んできて、必死に訴えたんだ。でも男は、軽くあしらって、マトモに取り合おうとはしなかった。

それからというもの…、

男の顔を覚えたその子が、執念深くつけ回してきた。困った男は、カントー地方をグルッと一周まわって逃げたんだけど、

その子はどこでも、どんな街でも現れる。

結局。疲れ果てた男は、自分のトキワジムに戻って身を隠すことに。

そしたら最後に、そのジムにまで、子供は現れた。
驚くことに、その子は男を追って各地をまわるついでに、ポケモンジムに挑戦していたんだ。メキメキと腕を上げた子供に、己を過信してた男は、すんなり負けてしまった…。賞金とバッジを渡し、"ポリゴン贈与"を約束すると、その子供はニッコリ勝ち誇ったように笑って、――サカキさんの事はもう追いまわしません――って、念書を置いて、満足気に去っていった。
そ し て! そのまま、ポケモンリーグに挑戦すると、ストレート勝ちで、あーっという間にチャンピオンになってしまいました とさ!」


ホカゲ「とっても良い話じゃねーかぁ」

バンナイ「いや、ガキを侮るなかれという悪の組織の最初の教訓なんだけど…」

ホカゲ「おお…! 確かに、そう取るとコワイハナシだな!」

ワタル「ロケット団事件だろ」

バンナイ「そう。そして後日談があります、ワタルさんの恐怖の残党狩り」

ホカゲ「Σなに また破壊光線か!?」

バンナイ「ではワタルさん、悪夢のジョウト編をどうぞ」

ワタル「オレに振るな!」

ホカゲ「オレ、聞きたいなぁ。教えてほしいぜワタルさん!」

ワタル「シバと怒り饅頭を食いに行ったついでにブッ潰した」

バンナイ「 短っ」

ホカゲ「 もっと長く細かくしてくれよ」


ワタル「しょうがねぇな…、聞きたいか?
シバがよくバラ撒いてる、チョウジ名菓の“怒り饅頭”――あいつ、怒り饅頭の宣伝塔なんだよ。ジョウトのローカル・チャンネルで、紹介してるんだぜ。まあ、ンなこたァどうでもいいな!


ホカゲ「Σよかない すげーだろ」

ワタル「別に普通だろ? 好きだ好きだアピールしてりゃCMになる」

バンナイ「ホカゲさん。ワタルさんの基準はワタルさん、だからね」

ホカゲ「オ、オレもフエン煎餅365日ラブ! とか言っとくとCM化するんかな…」

ワタル「でもよ、契約したらフエン煎餅以外は食えなくなるぜ」

ホカゲ「なんで?」

ワタル「契約だから。オレもシルフ以外の製品使えねぇしな」

バンナイ「ていうか、わざわざシルフ印以外の使う必要ないでしょう」

ワタル「まあ、それもそうだが」

ホカゲ「?」

バンナイ「あっ ごめんねホカゲさん。都会(こっち)の話!」

ホカゲ「Σなっ 田舎(フエン)で悪かったな!」

ワタル「お前ら、ひとの話の腰を折るなよ! …お?」

ふざけ合う2人に向かって怒鳴ったワタルだったが、突然なにか違和感を感じた。

ホカゲ「お? おお?どした」

バンナイ「どうしたんですか」

ワタルは口を"お"の字に開けたまま、進行方向先を見つめて立ち止まっている。

ワタル「火の玉――じゃねぇかアレ」

ワタルはビシッと前方を指さした。

ホカゲ「お?」

バンナイ「おお?」

ホカゲとバンナイも前方を確認すると、口を開けた。



暗い夜道を、ユラリ。
月明かりに照らされて、なにか、赤の物体が……
宙に浮いて、ぼんやり、ユラリ、ユラユラと……
遠くのほうからこちらへ向かい、ゆっくりと近づいてくる。


ホカゲ「あああああ、あんれはホンモノ…!?」

ホカゲは後ずさりして、思わずバンナイの後ろへ隠れてのぞいた。

バンナイ「おお俺はですね、ぜんぜん信じてなかったからついてきただけで…」


バンナイは、ホカゲを置いてソーっと、ワタルの後ろへ移動した。
ホカゲもハッとして、バンナイを追い、自分もワタルの後ろへ避難した
先頭のワタルは、腰に手を当てて、火の玉をジーッと睨んで立っていた。
ホカゲとバンナイはワタルの後ろから顔を出して、火の玉をのぞいた。

ワタル「あの火の玉歩いてねぇか?」

なぜか火の玉が近づいてくるにつれて、ノッソ ノッソ・・と、足音のようなものが聞こえてくる。

バンナイ「と、とりあえずここは一旦、退避だね…!」

バンナイは冷や汗をたらしながら言った。

ホカゲ「おめーら、スコープスコープ!!」

バンナイ「いやムリムリ、絶対見たくないよ!」

バンナイは、先程の"あかずの間"の光景をフラッシュバックで引きずっていた。

ホカゲとバンナイは、ワタルの服を引っ張っりながら「ワタルさんワタルさん なんとかしてくれ!」とすがった。

ワタルは「うるせぇ!」と、二人を一喝すると、自分のシルフスコープを取り出し、漢らしく装着した。

ワタル「何も反応がねぇな…どうも怪しい」

ワタルは顔をしかめると、自身のシルフスコープを外して、

ホカゲが持つデボンスコープを奪い取った。

ホカゲ「Σいや、どうせパチモンデボンだから効果は…

ワタル「お 人間の形が見えるぞ!」

ホカゲ「Σまじでか! 火の玉は、人間の怨念だったか!!」

バンナイ「Σシルフで見えずに、デボンで見えるってナゼ!?」

ワタル「要するに、あれは幽霊の類じゃなくてただの生きた人間だ」

ワタルはデボンスコープを地面へ放り投げると、シレッとした顔で言った。

ホカゲ「Σオレのデボンスコープをまるでゴミのように…!」

ホカゲが慌ててスコープを拾った。

バンナイ「どうするのさ…このままだと、遭遇しちまうよ?」

ホカゲ「ご対面か、ドキドキしますな…」

ワタル「お前ら、バトルの準備しておけ」

ワタルは唇を吊り上げてニッと笑うと、自分の腰元へ手を回そうとした。
しかし、ホカゲとバンナイが背後にくっついたままで腕が動かない。

ワタル「おい! どけよ!!」

ワタルが怒鳴ると、二人はエヘヘーと笑って、言った。

ホカゲ「いや、怖ェーから。てかポケモンわすれた」

バンナイ「ワタルさんがいるのに、俺らが出る幕もないでしょ…」

ワタル「お前ら…」

ワタルは、笑ったまま額に青筋を浮かべた。


火の玉は、ユラユラ揺れながら三人の5メートル程のところまで近づくと、突然その場に止まった。

3人は目を細め、まじまじと、上(火の玉)から下(地面)まで観察してみた。

なんだか…どうも確実に人の形をしていた。

頭に、火の玉型の何かをくっつけた人間のようである。
だが全身、ひどく土で汚れて真っ黒だ。丸いアタマ、光る目、鼻、唇、顎から首。身の丈や体つきは、男性のようだ。すべて土泥がついて、遠くでは黒くて判別できなかった。擦り切れた衣服も、真っ黒に汚れている。片方しかないが、恐らく上等な靴だ、これも汚れている。
唯一、奇跡的に汚れていなかったのが、ちょこんとした髪の毛。
カッチカチに固められた『火の玉型の前髪』だった。


ホカゲ「んーと… どっかで見たなぁ」

ホカゲが、目をしばしばさせながら言った。

バンナイ「すごーく… どっかで見ましたねぇ」

バンナイも冷めた声で言った。
だがワタルだけは、すでに戦闘態勢だった。

ワタル「お前、よくもフエンタウンの秩序を乱しやがったな」

ワタルはボールを構えた。

ワタル「とっちめてやる!!」

すると、ワタルと目を合わせた相手側も、サッと腰元へ手を回しボールを構えた。

ホカゲ「奴もトレーナーだったか、でも。えーとちょっと待ってな…」

バンナイ「あ。ちょっと待って、待って…」

ホカゲとバンナイは、なにか思い立って、ワタルと謎の人物の間に入った。そして、「何だ何だ」とウザッたがるワタルの手の中のボールの刻印を調べた。

ホカゲ「ミニリュウだとよ、可愛いあいつ」

バンナイ「うわー… おい、そっちのあんたナメられてるよ」

ホカゲ「ワタルさん、トボけたフリしてこの場を和ませてくれようとしたのか…」

ワタル「Σオ、オレの持ちネタが…!」

ワタルはボールを構えたままガッカリした。
相手側は、手に構えた泥だらけのボールから、なんと、グラエナを出してきた!

ホカゲ「Σおお!?」

バンナイ「Σあれ、グラエナだ?」

――の、だが。出てきたグラエナは、数歩フラフラ歩いてそのまま地面にパタリと倒れた。ピクピクしている。

ホカゲ「Σすでに瀕死だー!?」

バンナイ「Σ弱っ!?」

ワタル「かなり弱ってるな…、しょうがない回復させてやる」

ワタルはボールを戻して、グラエナへ近づいていき、“かいふくのくすり”を与えた。

ホカゲ「Σ値段の高いやつだ…」

バンナイ「でもグラエナ、ヘバったままで効いてないよ…デボン製?」

ホカゲ「Σなんでもかんでもデボンのせいにすんな!!」

ワタル「そうだな、原因は別にある」

ワタルは、弱々しく息をするグラエナを触診して調べてみた。

ワタル「こいつ… これは、腹が減ってるんだ!

一流トレーナーの長年の勘で、ワタルは断定した。

ホカゲとバンナイは「おお〜!」と口を揃え、パチパチ拍手をすると、何もアクションがない相手トレーナーへ、ジッと視線を向けた。
気づかなかったが、トレーナーの方もだいぶ息が上がっていて、弱々しいグラエナと目を合わせると、突然その場に、ガタっと崩れ落ちた。


ホカゲ「Σ火の玉男の方も、瀕死だったんか…」

バンナイ「どうしたんだろうね、ワタルさん火の玉男を触診してやってよ」

ワタル「しょうがねぇな…。アホ言ってないで、ポケモンセンターへ運ぶぞ」

そう言い終わるや否や、ワタルはグラエナを背負うと、さっさとフエンへ向かって走って行ってしまった。

ホカゲ「はやいな」

バンナイ「はやいですね」

ホカゲとバンナイは、倒れこんだ謎の火の玉男と共に、その場にポツンと取り残されてしまった。

ホカゲ「バンナイ君、そっち持ってくれ」

バンナイ「いやあ、俺の手先が狂っちまうので、重たい作業はちょっと…」

ホカゲ「Σマグマ団とあろうモノが困ってる人間を見捨てていいのか!」

バンナイ「ホカゲさん、ワタルさんに感化されちまったね」

ホカゲ「いや冗談だし、でも放っておいたらワタルさんが大爆発…」

バンナイ「は…」

ホカゲとバンナイは、怒涛に燃えたぎるワタルの姿を思い浮かべた。


ワタル「――お前ら、なにグズグズしてるんだ!!」


もはや姿の見えないワタルの、大きな怒鳴り声が山道に響いた。

ホカゲ「Σおおー! バンナイ君、行くぞ」

バンナイ「じゃ、俺が足を持つからホカゲさんは」

ホカゲ「Σじゃ、オレはこの火の玉つかんで…」

バンナイ「火の玉もげちゃうでしょ」

ホカゲ「すげぇ、この火の玉カチカチに固められてるぜ…」

バンナイ「ほんとだ、この人の火の玉こうなってたんだ…」

そこで、突然ホカゲは真面目な表情で聞いてきた。

ホカゲ「バンナイ君、ところで“きんのたまおじさん”…って知ってる?」

バンナイ「今なんでそんな事? …って、まさかホウエンにもいるの?」

ホカゲ「Σ知ってんのか?オレ、都市伝説だと思ってた!」


ワタル「まだこんなところにいたのかっ 遅い!!」


待てないワタルが戻ってきた。

ホカゲ「Σワ、ワタルさん、きんのたまおじさんて知ってるか?」

ワタル「おう!むかしブッ飛ばしたな。もういいからオレについてこい!

ワタルはずっと背負っていたグラエナを、一度降ろして小脇に抱え直すと、ぐったりしている謎の男を背負い込み、ポケセン目指して歩きだした。

ワタル「重いっ!!」

ホカゲ「Σさすがワタルさん、めちゃくちゃだな」

バンナイ「ね。ところでドコらへん、ブッ飛ばしたんだろうね」

ホカゲ「おお! そりゃ、やっぱり…」


ワタル「――はやく来いっ!!」




【フエンタウン・ポケモンセンター】


深夜の、常識破りの一行が到着すると、ポケセンにいた客は悲鳴を上げて逃げ出した。そんな事はお構いなしのワタルは、カウンターの上へ、グラエナと謎の火の玉男を、ドンと乗せた。


ワタル「ブドウ糖、点滴してやれよ!」

カウンター内の可愛いナースに向かって言ったはずだが、ふり返った彼女を見て、ワタルはギョッとした。

ワタル「Σジョーイが居ねぇ…!!!!」

ピンクのワンピに、真っ白エプロン、可憐な笑顔。
全国当たり前の光景は、そこ(フエン)には、無かった……。


シルバーナース「静かにおまちくだしゃれ」


ワタルは無言でコクリと頷くと、静かに歩いて待合室の長椅子に座った。

横で寝そべるホカゲが、ベテラン風を吹かせて言った。

ホカゲ「時間帯ずらしちまうと、バーチャンなんだぜ。まあ、慣れですな」

隣でバンナイが思わず噴き出した。

バンナイ「そうそう、時間帯あえばラッキーなんです」

ワタル「だな…」

ワタルは、元気無く返事した。




1時間程経過したところで、処置室の扉が静かに開いた。

ホカゲとワタルは長椅子や壁にもたれかかって居眠りしていた。
バンナイだけは、睡魔が寄りつかなかった。

バンナイ「ワタルさん眠ってる時は静かなんだな〜…意外」

彼らの居座るほうへ向かって、誰か、近づいてきた。

バンナイ「あ…あんたは!」

その姿を見たバンナイは驚いて、うっかり隣で眠るホカゲの顔面に、ヒジテツを入れてしまった。

ホカゲ「Σ !!!!!」

ホカゲは声にならない叫びをあげて、飛び起きた。
飛び起きたついでに片足が、その隣のワタルの腹に直撃した。

ワタル「 zzz 」

だがワタルは無反応だった。

ホカゲ「起きない… ホッ」

ホカゲは胸をなでおろした……

ワタル「…っていうのは嘘だ、ホカゲテンメェ〜!!!」

ホカゲ「Σうおおおお!」

ワタルは飛び起きると、ホカゲを掴み寄せて羽交い絞めにした。

ホカゲ「ギブギブ、ギブミー」

ワタル「チヨコレイト!!」

バンナイ「はいはい。うるさいよ」


男「――助けてもらってすまない、、俺はカゲツ」


ここまで搬送してやった、あの謎の男だ。

男は自分から名乗り、右手を差し出してきた。
ポケセンの照明の光が、男の頭に反射してフラッシュ眩しい。
しかも治療ついでにシャワーを浴びて、純白のバスローブ姿になっていた。
それを見たマグマ団側の三人は、なんともしょっぱい顔をした。

バンナイ「あー…カゲツさん、カゲツさんてもしかして…」

カゲツ「まあ、ヤボはナシに…」

カゲツは、マブしい笑顔に口元から白い歯をのぞかせた。

ホカゲ「やっぱりな!その髪型は四天王のアニキ・カゲツさんしか居ねぇよな!」

ロックから解放されたホカゲが、マブしそうにカゲツを見つめて頷いた。

カゲツ「……」

ずっと差し出している手を、誰一人として握り返してこない。
カゲツは笑って誤魔化し、さりげなく引っ込めた。名乗ってもあんまり喜ばれず、こんな普通に流されるケースはほぼ無い。

ワタル「おうおう、四天王ってんならコッチに挨拶だろ」

ワタルが長椅子にふんぞり返って座り、カゲツを睨んでいた。

ホカゲ「ワタルさん、面倒くせー事になるからソレはやめとこうぜ」

バンナイ「ワタルさん、お願いだから時と場所を考えてよ」

カゲツの目が少し、鋭くなった。

カゲツ「おいおい、待ちなよ…」

ワタルの方に寄っていくと、屈んでワタルの顔を見上げた。

カゲツ「助けてもらってナンだが、おたく ちょいと態度が悪いな」

ホカゲ「Σ言わんこっちゃねぇ、不穏だ…」

ワタルは、カゲツの光る頭を見下ろすと、フッと笑った。

ワタル「今、ハゲの目の前に居るのは誰だか解るかハゲ」

カゲツ「ハゲェ? どこにハゲがいるんだ??お前かハゲ あ??」

ワタル「Σどっから見てもハゲだろお前」

ホカゲ「Σえ ワタルさんハゲたのか!?」

ワタル「Σえ オレがハゲ?オレはハゲてねぇ、ハゲはお前だ!

ビシッ

バンナイ「なんでー俺を指すんだよ」

ホカゲ「よしよし、ハゲはマツブサだ! ぜんぶ解決な、仲良くしよう」

ホカゲは自分の額をペチペチ叩いてみせた。

バンナイ「ハゲハゲうるさいよ、あんたら将来的にどうせハゲだろっ!」

ワタル「Σハッ オレんち…じーさまツルッパゲなんだけど…家系かな」

ホカゲ「Σうちもマツブサ、デコぱち心配だ…」

カゲツ「ハゲハゲ大変だな、おたくら」

ワタル「うるせぇ ハゲの元凶」

カゲツ「俺のはスキンヘッド…って 」

口を尖らせ、ツルツルポリシーを説こうとしたカゲツだが、

ワタルの顔とツンツンした髪型に、やっとこさ気がついた。

カゲツ「え――もしや、ワタルさんか?」

ワタル「ハゲ」

ホカゲ「Σハゲ語で返事した」

バンナイ「やっぱり、有名人同士でしょ。知り合いでした?」

カゲツ「いや、面識は無いね。しかし大物だよこりゃ」

ワタル「超大物だ、参ったか!」

カゲツ「で? こんな場所で何をして… 観光?」

ワタル「え゛… !?」

カゲツ「ああと、…修行かい? 中央のチャンピオンさんよォ」

カゲツの質問に、ワタルはギクッとした。

ホカゲ「ワタルさん、フエンに迷い込んじまって、オレらがお世話焼いてんです」

バンナイ「すごい迷惑してるので、ホウエンリーグで引き取って下さいよ」

ワタルが慌てて二人の前に割り込んできた。

ワタル「〜というのは冗談さ、いやだなキミたち!」

ワタルは、後ろの二人をふり返って眼で圧力をかけた。

ワタル「いま、マグマ団に協力して大地の平和を守ってるんだよ!

ホカゲ「Σそうだっけかマグマ団!?」

バンナイ「そうそうワタルさんのために、そういう事になりました」

ワタル「さしずめー…温泉戦隊マグマ団ってとこだな! な、黄色?」

黄色「Σえ、オレがイエロー? じゃ、バンナイ君ブルーか」

ブルー「はいはいどうも、クールなブルーです。ワタルさんレッドかな?」

ピンク「いやいやどうも、桃色です。って!オレ、一番オイシイ!」

カゲツ「そ、それなんだぃ!詳細希望、詳細希望!!」

黄色「えーとな、詳しくはマツブサまでお問い合わせください…」

カゲツ「シュあッチ」

ホカゲ「Σバルサン」

バンナイ「それ、煙な」


ワタル「それでだが、どうしてお前はデコボコ山道に?」


戦隊ごっこに、さっさと飽きたワタルが切り出した。

ホカゲ「そうだぜ、正体こそカゲッさんでしたが、フエンは恐怖に脅えてたんだぜ」

バンナイ「地元紙なんかじゃ怪奇現象で、光る玉なんて言われて…」

バンナイが言ったところで、全員ハッとした。
一同の視線が、ある一点・一部分・一部位に集中した。


カゲツ「お…おいおい。アタマ?」


ホカゲ「月明かりを反射してユラリユラユラ…」

バンナイ「カゲツさん、数日前くらいに…山道の崖の下にいませんでした?」

カゲツ「記憶は曖昧だけど、何日か前に…事故っちまってよ…崖の下にドスン」

ホカゲ「Σ崖の下のドスン、それって事故か!」

バンナイ「や、かなりの事故じゃないですか?」

ワタル「スパっと話せやスパっと、何があったんだ?」


カゲツ「――まあ、運が悪かったのさ。
一方通行のデコボコ山道、自転車で逆走すると勇者…って、悪ガキの間で流行ってただろ。それで昔、俺のいたチームでも馬鹿なマネをしていたのさ。エンジンついてるアイツで、デコボコ山道逆走…爆走。上まで登って、フエンで温泉入って帰ってくるってのが、お決まりだった」


ホカゲ「そんなの流行ってたっけ?」

バンナイ「さあ。俺、新参者だから…」


カゲツ「――数日前、休みで久しぶりに近く通りかかったもんで、大人げもなく、ついつい…ウズいてきて一人でやっちまったのさ。
フエンの近くまで上ったところで、突然 野生のバネブーがハネ出て来たから、慌ててブレーキ引いて、左に倒したらそのまま崖の下へ真っ逆さま。

…死ぬかと思った!

けど、別に大した段差じゃなかった。あと数メートルもズレてたらヤバかったがね。衝撃の時に、ちょっとばかし気絶をしちまって…、目が覚めたら俺の上に、乗ってきたはずのバイクが乗っかってた。
奇跡的に大した外傷はなかったが…、地面との隙間の部分に、俺がスッポリ収まってたみたいで、無事ではあったものの、そのまま身動きがとれなくなっちまってたのさ…」


ワタル「あっりえねェ」

バンナイ「山道はバネブー飛び出てきますよね!ハネブタ注意の看板たまらなく可愛いよな〜!はぁ、真珠奪っちまいたい…」

ホカゲ「毎月のように、バネブにピョンピョコ驚かされて引っくり返ったご老人が、ギックリ腰で入院するのがフエンの抱える健康問題なんだぜ…!」

ワタル「一方通行逆走したお前が悪い!」

ホカゲ「ワタルさんは100%、ポケモンの味方だな!」


カゲツ「――まあ、この数日に雨だ風だ、火山灰だで最悪さ。
俺の事を心配して、野生のポケモンが木の実とか…、持ってきて、食わせてくれて…ウッ。
畜生、あいつら自然界で自分らが食べるのだって大変なのによ…、こんな俺がくたばらないようによ…木の実をよ…ウッ。
身動きとれない数日間のうちに、通行人は通ったんだ。助けて貰おうと、声を振り絞って出してみたんだが…、コッチに気づくどころか、どいつもこいつも悲鳴上げて逃げちまって…。必死で少しずつ土掘って、隙間を作ってたんだ。
それで何とか這いずり出て、人の通り道へ出て、フラフラ歩いていたところを、おたくらと遭遇したってわけさ」


ホカゲ「想像してみると…恐らく通行人は、こう…上から覗くだろ? カゲツさんのちょこっと出たアタマだけ見て発光玉と勘違いしたって事か?」

カゲツ「そ、そうかな…」

バンナイ「では、まとめますと。フエンの人が見た“光る玉の正体”はカゲツさんの頭で、さっき俺たちが見た“火の玉の正体”はカゲツさんの髪…って、ことで皆さん宜しいですかね」

ホカゲ「すげーな!ひとりで妖怪二役もしちまったな!!」

ワタル「フエンに大迷惑じゃねぇか」

カゲツ「わるい、まさか妖怪騒ぎになってたとは…」

バンナイ「カゲツさん大丈夫、ワタルさんの襲撃騒動に比べりゃ可愛いもんさ」

カゲツ「襲撃騒動ってなんさ?」

ホカゲ「Σまじで怖かった、デストロイヤー・ワタル」

ワタル「お! なんかカッコいいなそれ!!」

バンナイ「日本語で訳しますとね、破壊神・怪獣てとこだね!」

ワタル「俺の名前どこいった」

ホカゲ「ワタルさん大丈夫、ワタルさんの名前しっかり訳されてたぜ!」

ワタル「なるほど、破壊神か」

ホカゲバンナイ『確実に怪獣のほうだろ』

ワタル「Σ声を揃えるな!!」

ホカゲ「妖怪に怪獣…強くなるとトレーナーも、もはやヒトではないな!」

バンナイ「オカルトリーグまだまだ沢山いそうだね。あぁ、一般人でよかった」

カゲツ「てことはうちのチャンピオン、おそらく悪魔だ」

ワタル「ツワブキかよ じゃあヤナギのジジィは鬼だな」

バンナイ「濃いなぁー…ポケモンリーグ」

ホカゲ「ところで、オレずっとカゲツンで気になってた事があるんだ」

カゲツの頭部をマブしそうに見つめて、ホカゲが言った。

カゲツ「なんだよ。その視線の先は、俺の髪型の事かぃ?」

カゲツは頭を撫で上げてみせた。

ワタル「ハゲ」

カゲツ「Σハゲでねぇ! ワタルさんって、実物ガッカリだよ!!」

ホカゲ「カゲツン、以前はホウエン・ヘアスタイル番長だったじゃんか!」


ホカゲは悔しそうにカゲツの毛の先へ視線を持っていった。

バンナイ「なんで!?そうなの…いや、時代先取りしすぎちまったのか?」

バンナイは笑いを堪えながら言った。

ワタル「ホウエン地方って絶対ヘンだ!」

ワタルなんか、ギャハハと笑い転げていた。

ホカゲ「おめーら知らねーくせに! カゲツンはな、ほんとカッコ良かったんだぞ昔!」

カゲツ「Σおいおい、過去形にされちまったよ。まあ、以前はこの俺…ヘアスタイルをチェンジするたび誌面に取り上げられて、その髪型が流行るってんだったけどォ?」

バンナイ「まじなの?」

ワタル「まてよ昔、お前どんなだったっけ…あ〜結構在籍長いのに思い出せねえ!!」

ホカゲ「想像つかぬまい、想像つかぬまぃ…くううオレ、悔しいぞ!」


カゲツ「ある日。鏡の前で、このスタイルを練り上げてみて、自分的に、そりゃもうサイコーだって思ったワケよ。だけどよ、そーれが、まーったく流行らないので、こうなったら意地でも流行らせるまで続けてやるって決めたのさ」


ホカゲ「なぜだァァア、目を覚ますんだカゲツン! 髪を生やしてくれェ!!」

ワタル「いや、絶対マネたくねぇなアレは」

ホカゲ「ああ、そりゃマネできねぇ!」

バンナイ「ああ、あんた生きてるうちはずっとその髪型だね…」

ワタル「テェコでもマネたくねぇなアレは」

ホカゲ「おう! テコでもな!! …あ、すまねぇカゲツン」

バンナイ「はいはい、テコでもね!!」

三人ともテコテコ言いながら、カゲツの前でザッと髪をかき上げてみせた。

ホカゲ「髪の感触が、懐かしかろう。ぜひまた伸ばして下さい」

カゲツ「面と向かって言われると、落ち込むだろ」

カゲツは、苦く笑った。

カゲツ「まぁ… 考えておくぜ」

大人の流し方をした。

そこへ、先程のシルバーナースがカゲツの服を持ってやってきた。
すっかりボロボロになってしまったが、愛を込めて…洗いたて、乾燥したてで柔軟剤が優しく香った。

カゲツ「そろそろ行きますか」




【デコボコ山道】


カゲツ「じゃ、仲間が待ってるんで、帰るわ。バイク引き上げたら送ってくれ!」

カゲツは、ニヒルに笑ってみせ、頭を撫で上げた。
もう少し休んでいけばいいのだが、迷惑はこれまで…と、聞かなかった。

カゲツ「何か困った事あったらいつでもサイユウ尋ねて来いや」

ホカゲ「いや、今けっこー現在進行形で困り果ててるんだけどな」

バンナイ「あの、そちらのリーグで、ワタルさん引き取ってもらえないですかね」

バンナイは、後方から思いっきりワタルにドツかれた。

ワタル「――あばよ」

カゲツ「Σば、ばっきゃろー!!!元気でな!!!」


そう言い残すと、夜明けとともにカゲツは山道を降りていった。
カゲツが見えなくなってところで、ホカゲは思い出したように言った。


ホカゲ「もうちょっと待てば、ロープウェイ便あったな」


三人は黙ってカゲツの道に背を向けた。

のんびり帰り道を歩き始めると、今度はバンナイが思い出したようにつぶやいた。

バンナイ「じゃあホカゲさん、報告まとめてマツブサさんに提出してな」

ホカゲ「あ、明日にしよう…!」

それを聞いたワタルが、何か大きな声を出そうとしたが、
ホカゲが遮り、再び叫んだ。

ホカゲ「寝て、起きて今日の昼間にやろう…!!」


フエンに、ようやく朝日が昇ってきた。





おわり