初夏



初夏。

蒸してる。 ここ最近、ホカゲは無気力だった。
今日なんか、朝からずっと会議室に閉じ込められていた。
とても良く晴れた青い空の、わたあめフワフワした白い雲が、ホカゲを誘ってきた。


正直、飽き飽きしていたところで、窓の外を見つめるホカゲの目は、決めていた。休憩時間、少し早めに抜け出して、そのまま帰ってくることはしない。


組織上層部の面々が揃う、シリアスな会議中。


そっぽを向き、ひとりニンマリしているホカゲに、向かいの席に座るホムラが、なにやら勘付いたようで、声には出さず ウマ シカ と、口パクした。

そのホムラの横を陣取るバンナイは、なにやら気配を感じたようで、書類に落としていた目線を上げ、苛立つホムラの横顔にギョッとし、向かいのホカゲの様子を確認して、やれやれ……と、呆れた表情で頬杖をついた。

マツブサは会議進行役を務めるエリート団員の懸命な説明を聞いていのだが、ホカゲのおサボリモードを皮切りに、緊張の糸が一気にゆるんだ幹部たちの雰囲気に気付いてしまい……ホカゲホムラバンナイ他団員と目を泳がせ、ひやひやしながら時を過ごした。


しばらくして、昼の休憩時間を知らせるベルが響いた。
ホカゲはいち早く立ち上がると、大きく伸びをした。


――よし、オレ、決行。


直後、異様にスピーディなホカゲの行動に、誰もが目を疑った。

下っ端が、これから配ろうとしていた昼食弁当の山。ホカゲは、そこへ足早に近づいて行き、弁当ひとつを滑らかな動作で取り上げた。驚きつも、何か伝えんとする下っ端。しかしホカゲは止まることなく、するると室を後にした。


団員「Σホカゲさんー それは我々下っ端のご飯です…!!!」


広い会議室に、下っ端(弁当担当)の声が響いた。




昼休憩の時間帯は、大体の団員は食堂に群がっている。
なるべく人に遭わない最短コースを進みながら、ホカゲの顔は生き生きしていた。


ホカゲ「本当はこんなことではいけねぇ…それはわかる。だが、性分だ」


ホカゲは弁当の中身を想像しながら、てくてく歩き進み、建物の無駄に大きな正面玄関とは違う、古い裏出口の前にたどり着いた。


――幹部たるもの、堂々としてねばならぬまい。
そもそもオレがマグマ団に入団した時の幹部は、まじで人数も多くて、おっかなかった。でもまあ今じゃあ、幹部のホムラが、ひとりでハイパー恐ェーから、同じ下っ端にしてみれば、どっちもどっちだな。


ホカゲは、裏出口の扉をすこーしズラして外の様子をうかがった。
幸い、日中の警備は手薄で、団員数名が扉の前に広がる裏庭で……なんと! “ツイスターゲーム”して遊んでいた。


ホカゲ「まじでか…いや、なんて奴らだ! おもに幹部のどいつの部下グループだ?」

ホカゲはキリリとした表情で、サボる下っ端メンツを確認した。
……が! 答えは明白であった。


ホカゲ「やべぇ… オレんとこの下っ端…」

ちらほら金髪頭が混じってる。

ちなみに、そうだ、思い出した。


ホカゲ「あのツイスター…オレの下っ端時代の払い下げ な」

ゲームのシートの端っこに、≪火の丸≫の印が書いてるから。

元気にサボる下っ端達に、過去の自分の姿が重ねて見えたホカゲだったが、おのれの目的のために、とある残酷で即効的な手段を行使することに……男同士でワイワイ楽しそうにしとるところを、ヒジョーにカワイソではあるが、ホカゲは、ゆっくりと目をつむり、自分の鼻をギュと摘まんだ。
「マー、マー」――小声の、ヴォイスチェック。


ホカゲ「ホーイ ホマエラ ホッムラサン ガ、キタゾー」


ピタッ…

元気に遊んでいた、下っ端たちの動きが一斉に停止した。


“ホッムラサン ガ、キタゾー”

――つまり !

ホムラさん が、来たぞー !?


笑顔だった下っ端の表情は凍りつき、血の気が引いて真っ青に。
サボってた――こんな状況を目撃されたら、問答無用でしばかれる。
一同の身体が、ガクガクブルブルと震えてきたと思ったら、彼らは皆揃って、パタリと地面に倒れ、気絶した。


ホカゲ「Σなんと哀れな下っ端ども。M団・オールシーズン名物のホムラ症候群…」


ホカゲはソロソロと裏庭に出て行くと、彼らの傍に屈み込み「うぉ〜…」と首を傾げた。地面に倒れたまま、ピクリとも動かない下っ端達の顔を、まじまじと覗いてみる。


ホカゲ「Σおまえら…つよくなれー!」


限りなく不可能に近い先輩の一言を彼らに残して、その場を後にした。




【会議室】


マツブサ「ホカゲ君がよく脱走に使う裏庭口、会議室の窓から丸見えなんだけどね」

ホムラ「あの野郎。今日という今日は見逃せねぇ」

マツブサ「Σホ、ホムラ君。顔、顔、凶悪な血管浮き出てますよ…!」

ホムラ「そうかよ。それより明日からは…」

マツブサ「ホムラ君が直々に出向いて、指揮をとるなら任務に問題ないでしょう」

ホムラ「問題なのは俺の方ではなく、ここ だ」

マツブサ「大丈夫だよ、昔から田舎が組織のカモフラージュになっているからね」

ホムラ「……」

マツブサ「心配かね。だから以前に幹部を増やそうって、言ったんだけど」

ホムラ「そのやたら多い、数だけの幹部に、がんじがらめにされていただろう」

マツブサ「そうでしたっけ」

ホムラ「団員は増やす、幹部は慎重に選べ」

マツブサ「はい。Σてあ、あの… マグマ団のリーダーは…」

ホムラ「? マツブサ」




【その頃ホカゲ】


ホカゲ「おお…夏も近くて、雑草たくましく育ってやがる…」


マグマ団の土地から上手く抜け出たホカゲはその後、フエンの温泉街へ行こうか少し迷い……結局それとは逆の道、マグマ団裏手の雑木林へとお散歩した。

フエンの町外れに聳え立つマグマ団本部。
その先一帯の、雑木林。ここいらにはフエンの住民は近づかず、マグマ団員ですら立ち入らない。


ホカゲ「さすがに暑いぜ…あんま奥進むと迷うさね…」


ホカゲは足を止めて、ふぅ と一息つくと、そばの樹木の太い幹に手をおいた。

むかし、誰かが任務でヘマをやらかすと、性悪先輩団員どもに、ここらの高木に新米全員がグルグル縛られて、放置されたっけ。
夜なるとド田舎だから……本当に真っ暗で、「出るぞ、出るぞ」とビビッたもんだ。

しかし――実は! 空には星が超たくさん、キラキラしてて……なんだ、真っ暗も悪くねェ!と思ったっけな〜…。


バンナイ「へぇ〜 懐かしいね〜」

ホカゲ「おぅ なつかしともー」


ん……、


ホカゲ「Σおお! バンナイ君!! 心臓飛び出たぜ」


振り返ると、背後にバンナイ。
ホカゲは、驚きの口を開けたまま固まった。


バンナイ「よ。ホカゲさんよ、何してんですかあんた」

バンナイはそう言うと、とてもしらけた顔でホカゲをジッと見つめてきた。

ホカゲ「Σ何してるって、それはオレのセリフだ!」

バンナイ「いや俺の台詞で合ってんの、何してんですかアンタ」

ホカゲ「Σいやいや やっぱりそれ、オレの…

バンナイ「会議を サボって 何を してるってんで あんたホカゲ!!」


バンナイは近づいてきて、ホカゲの額に軽いデコピンをくらわせた。


ホカゲ「! なんだよバンナイ君、ホムラに言われて後つけて来たのか?」

バンナイ「俺の親切心でさ。今日の会議くらいは把握しとかないとマズイでしょ」

ホカゲ「なんで?」

バンナイ「なんで!? 朝から説明してたでしょ、来週からホムラさんがちょこちょこ…

ホカゲ「Σホムラがちょこちょこ…? みちょこちょこ…」

バンナイ「は?」

ホカゲ「あわせてちょこちょこ… ほい、」

バンナイ「む…? むちょこ…ちょ… !!

ホカゲ「おいおいバンナイ君、ホムラがちょこちょこ6匹も居たらやべぇだろ…」

バンナイ「……」

ホカゲ「あ、悪ィ… 怒った?」

バンナイ「はいはい、呆れてるよ」

ホカゲ「でも、オレのことが心配で追ってきてくれたんだろバンナイ君!」

バンナイ「心配さ。あんたじゃなくて、マグマ団の組織の行く末ってやつが!」

ホカゲ「Σおお! バンナイ君…そんな真面目なマグマ団員だったっけ…」

バンナイ「そりゃあ、あんたよりゃ真面目なマグマ団い…、Σ幹部だよ!」


幹部! と、身を乗り出したところで、バンナイはハッと我に返った。
ホカゲのこんな会話ペースに巻き込まれていては、らちがあかない。
バンナイはホカゲの腕をグイッと掴んでひっぱりだした。


バンナイ「とにかく、会議に戻れよホカゲさん」

ホカゲ「おおバンナイ君、強引な。お前の熱意伝わったぜ、昼休憩終わったら戻るから…」

バンナイ「えぇ?信用ならねぇから、俺もここで昼休憩するよ」

ホカゲ「まじでか。やぶ蚊、飛びまくってるところですが、ゆっくりしてってな」


バンナイはあたりを見渡して、ガサゴソ・・と何かを取り出した。


バンナイ「 虫よけスプレー」

ホカゲ「 リッチなゴールド!!」


シュ〜 (スプレー音)


ホカゲ「劇的にくせぇ…オレまで参りそうなゴールド効果」

バンナイ「やっぱりシルフは偉大だよ。雑魚も虫も絶対近づかないから」

ホカゲ「お、シルフの正規品?ダメだぜバンナイ君、ホウエン企業に経済貢献してやれよな」

バンナイ「俺は、物の価値にこだわるんだよ」

ホカゲ「Σデ、デボンよがんばれ…!いつかモノホンに勝っちまえ…!!」

バンナイ「企業名出しちゃった」


ホカゲは、足でサッサッと落ち葉を集め寄せた。
地べたに、二人分のクッションができた。


ホカゲ「さてメシを、食うぞ」

バンナイ「……」


その落ち葉だまりスペースを、バンナイは無言で見つめた。


ホカゲ「なんだ? ケムッソキャタピラコンパスビートルズ大群でもいたのか?」


ホカゲはニヤリと、イジワルそうな顔をしてみせた。


バンナイ「いやだ…」

ホカゲ「はあ?」

バンナイ「俺の団服に、土泥ついちまうだろ。ホカゲさん、団服マントを貸せよ」

ホカゲ「な、なぜだ…」


バンナイは自分がとっさに、とてもナイスアイディアを出したことで笑顔になった。


バンナイ「てめぇの無駄に長ぇマントを、レジャーシートっての代わりに…


ホカゲ「Σヤメローーーーーーーーー!!!!!」




【時が流れる】


あれ。バンナイ君の昼弁当、オレのと何か違くねぇ?

ああそうそう、ホカゲさん。あんたの早合点で、それ下っ端のですよ。

なんだと! オレは幹部だから、バンナイ君のおくれ。

無理。てか、俺が幹部。あんたは、かろうじて幹部。

なんか違うの?

え…… ええと……




【さらに時が流れる】


捜索団員「はわわ…」

発見団員「あわわわ…」


ホムラ「テメェら こんなところで昼寝たァ、良いご身分だな」


ホカゲ「ZZZ... はぇ?」

バンナイ「zzz... ふあ?」


夕刻。

ホムラの押し殺したような……低い声。
そして、怯えて震える……下っ端団員。


ホカゲとバンナイが、うっすら目を開けると、オレンジ色の夕日を背に浴び、逆光輝くホムラが仁王立ちで居た。
団員達も引き連れていて……彼らは遥か後方、木々の影から覗いている。


ホカゲ「おはようなホムラ」

バンナイ「あれ、俺がまさか眠って…」


ホムラ「お前ら。見てみろ。太陽は今、どの位置にある」


そう言うと、視界まっ正面に立っていたホムラは少し横へ移動し、二人に綺麗な夕焼け空を見せた。
互いに もたれかかってボケっとしていた寝起きのホカゲとバンナイは、まぶしい夕日を浴びて、すべてを悟り、気まずい表情を浮かべた。


ホカゲ「おお〜…綺麗だなぁフエンは」

バンナイ「ち、違うんです。そもそも俺はホカゲさんを連れ戻しに――」

バンナイは慌てて立ちあがってホムラに弁明をはじめた。


ホムラ「どうやら、まだお目覚めでないようだ」


ホムラは眉を釣り上げて居眠り二人組を睨むと、ニヤリ、と笑った。


ホムラ「下っ端どもォ! 用意したやつを、ブッかけろ!」


ホムラが怒鳴ると、後方でビクビク見守っていた団員達が駆け足で寄って来た。二人一組に組んだ団員達は、何故か大きなタライを重そうに運んでる。


ホムラ「幹部だろうが、腑抜けた野郎どもには処罰だ」

団員達『ははー!申し訳ありませんホカゲさん、命令ですので』


ホカゲ「や、やめろまさかお前ら…タライ落としの刑か?」

バンナイ「おい下っ端ども、こっちにも申し訳なさそうにしろよ!」


ホムラ「……やれ」


了解でありますっ せーの…

@パッシャ

Aバシャアァァァ バッシャアァ ドバッシャアァ


ホカゲ「目覚めたぞ!」

バンナイ「Σちょっと待てよ水量! 俺だけ悲惨じゃねぇか!?」


何故だか、水遊び程度のホカゲと、あまりにも水量と水圧ダメージが違い、無残にひっくり返ってビショビショになったバンナイは、いかって抗議した。


ホムラ「うるせぇ」

ゲシッ (ホムラの足蹴り)


バンナイ「あ…また俺に冷たい蹴りを…」

バンナイの心がしゅんと折れた。


ホカゲ「バンナイ君、顔の化粧が…」

バンナイ「うん…落ちた?」

ホカゲ「うん、ロックンロールパンダ…」

バンナイ「もういいよ、元がいい顔だから…」

ホカゲ「家では素顔でいろって、あんだけ言っただろ」

バンナイ「日常が仕事なんだよ…」

ホムラ「おい、戻るぞ」


ホムラの合図で、団員達は素早く撤収の準備をした。


ホカゲ「ここまで重たいタライを運ばされてきた下っ端なぁ、健気だなぁ」


ぼやきつつも頃合いと、ホカゲは立ち上がり、団服の水気を絞った。
そして、横のバンナイが落ち込んだままなので、ポンポンと肩を叩いて、髪の毛の水分をギューと絞ってやったりしてみた。


バンナイ「やめろ、無神経に触るんじゃねぇよ、痛む」


バンナイは手で払いのけたが、ホカゲは止めず、バンナイの長い髪を頭上にひと束、真横にひと束、まとめあげた。


ホカゲ「見ろ、おめーら!なつかしき鉄腕少年 バンナイ」

団員「うわ!ざまみろバンナイめ〜」

バンナイ「…もうどうにでもなれよ」

バンナイは、顔をそむけてふてくされた。


ホムラ「いい加減にしろよ」


ホムラは眉間にバリっと縦ジワをよせて睨むと、ズカズカ歩いてきて、二人の間に割って入り、二人の団服の襟元を後ろからグィッと掴み上げた。

ホムラは、そのまま力任せに帰り道を歩き始めた。


ホカゲ「うお! す、すまえねぇ早く帰って晩メシにしようなホムラ」

バンナイ「……」


ホムラ「晩メシだ? 馬鹿か、これから会議の再開だ」

ホムラは、目先にそびえたつマグマ団の建物を睨んで言った。


ホカゲ「何だと!」

バンナイ「ホカゲさんは、自業自得だよ…」

ホムラは、二人の顔を見ようともせずに、そのまま続けた。


ホムラ「お前らのせいで、午後の会議が時間通りに再開できなかった。 翌週から、俺はしばらく外へ、現地任務に出る。この俺が、不在になるわけだ。 その間の、マグマ団本部の対応策の会議のため、明日以降の延期は出来ない。…しない。つまり、お前らが居ねぇと、意味がねぇんだよ。寝ずの会議だ、しっかり頭へ叩きこめ!」


ホカゲ「ね、寝ずの会議って…マツブサ参加なら体に堪えるんじゃ――」

ホムラ「んなもん、知るか」

バンナイ「わかったわかった。戻ってシャワー浴びて会議室行くから放して下さい」

ホムラ「解放はしねぇ、このまま直行だ」

ホカゲ「くっそー、いやだ放せ! オレは自由な幹部なんだ!!」

バンナイ「ホカゲさんのせいで、俺の信用ガタ崩れ! 責任とれよ、無理だろうけど」

ホカゲ「たすけろ〜!!」


ホムラ、完全無視。


水滴をポタポタ・ダラダラ落としながら嘆く幹部二人は、左右に分かれ整列し道を開ける団員達へ、見せしめの如く連行された。





おわり