肖像



メソメソ…… メソメソ……

冬の終わり。マグマ団は密かに、プチ解散の危機に陥ってた。
マツブサが自室に閉じ籠もり、もう一週間、出てこないのだ。
室の扉の前では、数名の団員達が説得と励ましを続けていた。




【マツブサ対策本部】


ホムラ「ワケが分からん」


ホムラは“マグマ団リーダーのスケジュール表”を、テーブルへ投げ捨てた。
これは、組織の機密書類である。


いつも明るさと笑顔だけが取り柄だったマツブサの身に、前代未聞の何かがふりかかったのは確かだが、一体それが何であるのかが不明なのだ。

この組織きっての上層部が集まり、ずっと事実究明の会議をしているのだが、未だかつて団員の誰しもがこんなにもマツブサの事を考えた事など無く。考えた事を無いからこそ、心当たりも解決の糸口も見つからないのだった……。


ホムラ「この一週間、様々な手段で奴をおびき出そうと試みたが全てにおいて失敗」


・マツブサ応援団結成、パフォーマンス
・スピーカーからヒーリング音楽を流す
・今日からの夕食メニューはマツブサ大好物
・新しい温泉宿がオープンしました
・ミナモ組織の侵略風
・マツブサの生き別れの弟という人物が訪ねてきた風
・ブレーカーを落として無駄に停電させてみた
・フエン畑にミステリーサークル出現
・マツブサさん、お風呂ご一緒しませんか(byバンナイ)
・マツブサ、小遣いおくれよ(byホカゲ)


ホムラ「ライフラインは心配無い、部屋備え付けのものを使っている」

ホカゲ「この間、出前頼んでたぜ…金持ちはいいよな」

バンナイ「ねぇ! 俺の個人作戦の時、ちょっと鍵が開きそうだったんですよ」

ホカゲ「まじでか。個人作戦オレん時はピクリともしなかったぜ」

ホムラ「情けない幹部どもめ」


どうしたものか……。
幹部も団員も、一斉にため息をついた……。


ホムラ「こうなったら…最終手段だ」


突然だ、ホムラは側にいた団員の肩を、ガシッと掴んだ。


団員「ヒ、ヒィ…!」


団員は恐怖のあまり、そのまま失神した。


ホムラ「お前ら…書くものを用意しろ…今すぐ、全員だ」


ホムラは眉を吊り上げ、団員を睨んだ。
哀れなの団員たちの心臓は一斉に縮みあがった。
ガクガク震えながらも、何かを悟ったようだ。


団員『長い間、お世話になりました…』

団員『普通の男の子に戻ります…』


そう言って、団員達はみんな床にウォォと泣き崩れた。
さすがの幹部もうろたえた。


バンナイ「ま、まさか辞表を書かせるってんじゃ…ホムラさん」

ホカゲ「ま、まさかマグマ団このまま解散なのか…ホムラよ」


ホムラ「マツブサの心を満たす、手紙を書け」


幹部も団員達も、みんな幻をみた。
まさかのホムラの背景に、遠き春の花畑が見えた。


ホムラ「感謝、尊敬の念、感動、等なんでも構わん」


ホムラはしれっとした顔で、机に向かうと軽く筆を滑らせた。


バンナイ「ホカゲさん、大変だ。マグマ団まじで解散しちまうよ」

ホカゲ「マツブサよ、ありがとう。オレはフエンに永住する」

バンナイ「え、え!書くの手紙、辞めちゃうのホカゲさん?」

ホカゲ「最後の給料は、手取りでOK…」

バンナイ「ホカゲさん…字が汚ねぇなぁー」


さらさら、さらさらら……




【小一時間経過】


ホムラ「よし、各自完成させた文章を持ってリーダーの部屋前へ集合」


そんな頃には、建物内のスピーカーから卒業を促すような音楽が流れていた。


団員「うぅ…俺辞めたくねぇよぉ。マグマ団がイイよぉ」

団員「グスッ…何でこんな急に解散なんだよォ…嫌だよォ」

団員「マツブサさん…大地増やすって約束したじゃないかァ」


団員達はグスグス泣きながらマツブサの部屋の前に集まった。


ホムラ「ドアの隙間から投函しろ、終わった奴から順に戻って待機しろ」


団員達は震える手で、無理やり手紙を扉の隙間にすべり込ませた。
団員の涙がこぼれ落ちて、インクがにじんだりした。

しかし、しばらくすると。シュッ、シュッ……!

扉の向こう側の方から、入ってきた手紙を回収してる事が分かった。そして、ガザガサガサッと、それを読み漁るような音も聞こえた。
しだいに、「うぅ……」と涙声をもらしてるのも聞こえてきた。


団員「マツブサさーんマツブサさーん…!」


堪えきれなくなった団員が、リーダーの名を呼んだ、その時!

ガチャ

ついに、マツブサの扉のロックが解かれた。
ゆっくりと、扉が開きその中から1週間ぶりのマツブサの姿が現れた。


マツブサ「み、み、みんなァ悪かったよォごめんねぇー!!!!!」


マツブサは、ゆっくりと一歩・二歩と外へ出てきた。

団員たちは、涙を拭って鼻をすすり拍手でリーダーの帰還を喜んだ。
マツブサは、視界の右端から左端…うんうんと頷きながら見渡した。

下っ端ボロ泣き、心配かけたね。
エライ下っ端万歳ポーズ、ありがとう。
作り笑いを浮かべるバンナイ君、目の下にクマが……迷惑かけたね。
チョコレートをかじったままポカンとしているホカゲ君、ごめんねぇ。

しかし、その中に、彼の姿は無かった。

だが圧倒的な気配は、感じる。

マツブサは嫌な予感がした……。

と、その瞬間。目前に並ぶ団員達の顔から、血の気が引いた。
団員たちは更に、小刻みにブルブルと震え始めた…


パサッ


突然、マツブサの頭上から捕獲用の網が降ってきた。

マツブサ「こ、これはまさか…去年の予算で購入した対ミナモ用の防犯ネット!」

マツブサは叫びながらバランスを崩してコケた。



ホムラ「よォ…一週間ぶりだなァ、マツブサ」



下っ端をかきわけて、ホムラが姿を現した。ニヤリと笑っていた。
瞬間移動したい、マツブサは記録的な冷や汗を流した。




【マツブサ取り調べ本部】


幹部とリーダーの真剣会談が始まった。


ホムラ「まず、誤解を招いたようなので言っておく。マグマ団は解散しない」


ホカゲ「まじでか、よかったな。外に払われた下っ端どもにも知らせてやれよ」

バンナイ「あんな大勢の心優しい団員をダシに使うなんてマネ俺には出来ません」

マツブサ「え。 解散てなんですか」


その場の全員の冷ややかな視線が、マツブサに注がれた。


マツブサ「ぜんぶすみません」


ホムラ「マツブサを部屋から引きずり出すための手段として、感涙文章を試したが」

バンナイ「手段…って、手段って、鬼か」

ホムラ「実際、こんなにも簡単に成功するとは思わなかった」

ホカゲ「オレたち日本人ですから。こういうのすこぶる弱いと思う」

ホムラ「そうか。しかし俺には、無理だ」

バンナイ「何言ってんだ。真っ先に机に向かってスラスラ書いてたじゃねぇか!」


バンナイが席からブーイングを飛ばした。


ホムラ「書く、ふりをした」

マツブサ「そ…そういえば、一枚だけ白紙のシャイなお手紙がありました!」

ホムラ「それ、俺だ」

ホカゲ「まじでかホムラ」

バンナイ「白紙のくせに投函すんな、図々しいぞ」


ホムラ「では、本題へ。リーダーは、前へ」

ホカゲ「納得できねーぞ」

バンナイ「この極悪人!そうやって出世してきたんだな!!」


マツブサ「実は、ね…」


一週間。固く閉ざしていたマツブサの口から、ついに真相が語られる。まずマツブサは、じしんのリーダー服にある“胸元のマーク”を指差さした。


マツブサ「マグマ団設立当初から、我が組織のシンボルはこの、M。マツブサのMに、煙突山を一こ足して、藍色の珠を埋め込んだ。ちなみに地理的に固めるなら、デコボコ参道の洞窟の丸穴アジト。…まあ、諸説ありますがこんな感じでうちの組織のマークの出来上がりね」


ホカゲ「すげー適当だけど、そこがマグマ団っぽい」

バンナイ「あんた考えたんじゃ、ないんですか」

ホムラ「大昔の事だから忘れたんだろ」


マツブサ「組織のシンボルはキマッたけど、別に何かこうリーダーとして、他の権力の象徴がほしかったんです。一応…悪の組織だし。そこで思いついたのが、リーダーマツブサの“肖像画”☆ ルネの高貴な画家さんに依頼して、作ってもらいました。それはそれは見事な出来栄えで、僕は三日三晩眺めていたものです。
そんな素晴らしい肖像画…誰もが、いつだって見れるようにと、この建物の入口正面玄関にずっと飾っておく事にしたのです!」


バンナイ「Σルネの高貴な画家だってェ!?幾らだ、幾ら…ナマで見たい」

真っ先にバンナイが食いついた。

ホムラ「肖像画?」

ホカゲ「ほうほう、肖像画ねぇ…?」


マツブサ「毎朝の散歩の際、その絵を眺めてから出かけるのが日課でした…」


だんだん、マツブサの顔が曇ってきた。
一息ついて、更に続けた。


マツブサ「数年前…もう、だいぶ前のよう。あれはいつの間にか消えていたんだ」

バンナイ「Σ盗まれた?誉れ高いルネ芸術の絵画だし、盗まれたんでしょう!」

何故かバンナイが興奮して、身を乗り出してきた。

バンナイ「マグマ団は世紀の間抜け集団だよ…ルネ芸術なめてるよォ!」

何故かバンナイが頭を抱えて嘆き悲しんだ。


マツブサ「でも、この話にはまだ続きがあって…」


ホムラ「肖像画…とな」

ホカゲ「おい…ホムラやめろ」


マツブサ「つい一週間程前だったなぁ。何気なく廊下を歩いていたら…、開けっぱなしの窓から、風と共に木の葉が1枚、舞い込んできたんだ。その葉はヒラヒラと目の前を通り過ぎて、古い資料室の中に迷い込んだ。僕もなんとなくそれを追って、入った。しずかに床へ落ちていった木の葉を拾い上げてみると、何て事はない、カラカラに枯れたただの茶色の葉っぱだった…」


バンナイ「何か楽しいんですか、それ」

ホムラ「むなしくは無いのか」

ホカゲ「すげーくだらねぇけど、マツブサっぽい!」


マツブサ「まぁ、組織の資料室なんて、僕自身は中々来る機会もないので、しばらく室中を見て回る事にしました。そしたら、設立当初のメンバーの写真や、ホコリかぶった本など次々見つけて懐かしい。バトラー君が残していった何かのビン詰…とか。まあいいや、その一番奥に…不自然に積み重ねられた段ボールの山があった。凄く気になったもので、一枚一枚どけていく事にした…埃がまって大変だったけれど、底に白い布に包まれた何かを見つけた」


バンナイ「まさか、ついにルネ芸術の肖像画を発掘したんですか!!」

ホムラ「資料室にビン詰だと…あの野郎」

ホカゲ「ホ、ホムラァ…ヤベェぞ」


マツブサ「…っ」

突然マツブサが、辛そうな顔をしてうつむいた。


バンナイ「見せて!後生だから見せて、見るだけだから触りませんから!」


バンナイはマツブサに近寄ってきて、その肩をブンブン揺すぶった。


マツブサ「そにあったのは 顔に穴があいた肖像画のなれの果てだった…


バンナイ「は… 」


マツブサは両手で顔を覆って、ドンヨリ落ち込んだ。
何故かとても興奮していたバンナイも、力が抜けたようにションボリ落ち込んだ。


バンナイ「それがショックで、1ウィーク・ヒッキーになられたんですか…同情するよ」

マツブサ「心の傷が癒えるまで、独りになりたかったんだ…」


何故だかバンナイとマツブサが意気投合して、お互いの手を取り合った。


ホムラ「肖像画、とな。そういえば、記憶にある」

ホムラ「げっ、ホムラ…やめとけ」


ホカゲの制止も聞かず、ホムラは記憶をたどり始めた。


ホムラ「入団当初、やたらデカイ肖像画の前で組織に忠誠を誓わされた…」

ホムラは思い出を、鼻で笑った。

ホムラ「“肖像画=リーダー”との事で、前を通る時は一礼するだとか…」

ホムラは更に思い出して、ハンッと嘲笑った。


ホムラ「ある日。その肖像画の近くで、羽根突きをしているグループに出くわした」

ホカゲ「Σいねーし」


マツブサ「……」

バンナイ「…何の話?」


ホムラ「その中の一人が羽根突きの羽を…、誤って肖像画に突き刺した」

ホカゲ「Σべ、別にバドミントンしてスマッシュが顔面ヒットとかねーし」

ホムラ「仲間に逃げられ、絵に刺さった羽をポカンと見上げて途方に暮れる奴」

ホカゲ「Σ頭ン中、真っ白になってたとかねーし」

ホムラ「俺が、証拠の隠滅を手伝ってやって…資料室に放り込んで…」

ホカゲ「まじ心臓爆発したかと思った…」


ホムラ「忘れてた、資料室にやった犯人は俺だ」


マツブサ「ええー…!? ただただ、驚く事しかできません!」

バンナイ「そんな大罪犯した奴がケロリと忘れて、何食わぬ顔で幹部の座に!?」


ホムラ「そういえば、あの時の羽突きの奴。その後どうなったのか俺は知らん」

ホカゲ「Σオレだしーーーーー!!!」

ホムラ「なに、お前か…」

ホカゲ「え、ガチで忘れてたんかホムラ!確かにあの頃は他人同士だったけど…」

ホムラ「お前だったか!?」

ホカゲ「おめー !!何で暴露すんだよ、闇に沈めろよ!!」

ホムラ「不思議な縁だな…ホカゲ」

ホカゲ「Σ…運命?みたいなカオで見んなバカヤロー!」


バンナイ「弁償しな弁償。マツブサさんも何かガツンと言ってやんな!」

バンナイは、勢い良くマツブサの腕をバシッと叩いた。

マツブサ「Σえ、ええー。でも犯人も見つかったワケだし…」

マツブサはオロオロしながら、ホムラ・ホカゲと目を泳がせた。

ホカゲ「そ、そうだ!当時は安月給だったが、今なら少し弁償できる、かも。幾ら?」

マツブサ「え、ええー…えーと」

マツブサが凄く申し訳なさそうな顔をした。


チャリーン


むりむりむりむり……ホカゲ拒否反応。


ホカゲ「オレ死ぬまでタダ働き、だって美形薄命。ホムラ、一緒に返してこ〜!」

ホムラ「何の事だ?」

ホカゲ「Σ記憶を消したー!!!」

バンナイ「勿体無ぇ。作り手は完璧でも、所有者とその部下がこれじゃあね」


マツブサ「うん。いいですよ、もういいから。しっかり働いてくれればいいんだよ」


ホカゲ「マツブサ太っ腹な。代わりにオレ、マツブサの肖像画を復元するわ」

マツブサ「え?」

ホカゲは真っ白な紙を取り出し、何かを描き始めた。


バンナイ「宇宙人? 美しくねぇよ、俺も描いてやるよ」

ホカゲの絵を見て、思わず吹き出したバンナイは、自らも細めのペンを取り出し、何かを描き始めた。


ホムラ「四天王でいた気が… お前ら見たままを再現しろよ…」

ホムラもつられて何か描き始めた。


マツブサ「おばけ…」




一斉に描き上げると、3人ともマツブサに押しつけた。








マツブサ「うん。ありがとう機会があったら飾るね…」



マツブサはなんだか、ふっきれた。





おわり