梅雨



マツブサ「今夜から、一週間ほど雨が降り続けるようなので、団員の皆さん、洗濯物はあまり出さないようにしましょう」



ある日、午後。
マグマ団本部の全スピーカーから、リーダーの声が響いた。

マグマ団の放送設備とは、マツブサのオモチャである。マグマ団とは日々何もない。危険もない。ただド田舎フエンに建ってるだけ。非常時の対策訓練なんかも滅多にないので、このような使われ方しか、しなくなったのである。


ホカゲ「マツブサ」
ホムラ「マツブサ」


建物の屋上に通じる階段に座って休憩をしていた幹部は、高い天井にこだまするリーダーの声に反応した。


ホカゲ「まじでか。今日の夜はホムラと花火るつもりだったのに、雨とは残念だ」

ホムラ「花火なんかやらねぇよ、馬ー鹿」

ホカゲ「じゃあいいぜ、バンナイ君とやるから」

ホムラ「何だと」

ホカゲ「オレ、最近バンナイ君と仲良いんだぜ! フ。」

ホムラ「――風呂上がったら少し暇だから付き合ってやらん事も無い」

ホカゲ「じゃあ3人で仲良くやろうな」

ホムラ「やらねぇよ、今夜から雨だった」

ホカゲ「そうだ、雨だった。マツブサめ」

ホムラ「ここのところだいぶ暑かったから、少しは涼しくなるだろう」

ホカゲ「暑いよな。オレ、アイス食いてぇ…」

ホムラ「アイスだと?」

ホカゲ「アイスだぜ、ホムラも食えよ」

ホムラ「そうだな。では、すぐに買ってこさせよう」

ホカゲ「せーの…


 ガンッ


ホムラとホカゲは片足を上げると、同時に、階段の床と壁を蹴った。その衝撃と音により、すぐに下の階から団員二名が すっ飛んできた。


ホカゲ「オレ、バニラがいいな」

ホムラ「俺は、チョコレート」

団員『りょ…了解しましたっ!我々は直ちにご近所でアイスクリーム買ってきます!!』

ホムラ「領収書は?」

団員『マ、マツブサさんに!!』

ホムラ「よし、行け」

ホカゲ「最優先任務だからな」


団員達は、ダッシュした。


ホカゲ「オレ、アイスが楽しみすぎて待つのツライ」

ホムラ「安上がりな楽しみだな」



バンナイ「おーい、そこの不良幹部。どうも探しましたよ、あんたらの事」


だらけた二人の会話に区切りがついた所で、階下から、バンナイがひょっこり顔を出した。



ホカゲ「おお!バンナイ君、神出鬼没だな」

ホムラ「てめぇ、何しに来やがった」

バンナイ「いやいや。マツブサさんから言付かって来まして」

ホカゲ「何か用か?」

ホムラ「なら、とっとと話しやがれ」


バンナイ「はいはい。マツブサひとつめ、“しばらく雨ですので、例年通りの洗濯物の件を、宜しくお願いします。”だそうです――ホカゲさんへ」


ホカゲ「買I、オレに!? 洗濯物音頭かよ…超面倒くせぇ」


バンナイ「はい。マツブサふたつめ、“4階北端の空き部屋、例年通りの換気と掃除をお願いします。”だそうです――これはホムラさんね」


ホムラ「……チッ」

バンナイ「あのさぁ。4階北端、って…通称 『あかずの間』 の、あの部屋でしょ?」

ホカゲ「そうだぜ、あの怪しい部屋な」

バンナイ「扉に、悪霊退散の札が貼ってあって、鎖でガチガチに閉鎖してある…あの?」

ホムラ「そうだ、文句あるか」

バンナイ「この平和ボケ組織唯一のいわくつきと噂される、『あかずの間』…って、開けてしまっていいんですか?」

ホカゲ「うんOK。別に、化け物が出るとか物騒な事件とかが起きたワケじゃねぇし」

ホムラ「おい、ホカゲ…」

バンナイ「はあ? 良く分からないんで、もっと詳しく教えてよ」

ホカゲ「あの部屋な、もともとは使ってた奴がいたんだけど、今は空き部屋なだけ」

バンナイ「それだけ?」

ホカゲ「それだけ」

バンナイ「それだけであの扉の始末。相当嫌われていたんでしょうね、まさかホムラさんの昔の部屋だったとか?」

ホムラ「あ?」

ホカゲ「違ぇ違ぇ、別の奴。あの部屋の外観、実は積年の恨みの積もったホムラの仕業なんだぜ」

ホムラ「本当はドアノブごと切り落としてやろうかと思ったが、マツブサに泣き付かれた」

バンナイ「凄いね、ホムラさん並に性格悪かった人なんでしょうね、良く分かるや」

ホムラ「何だと。虫唾が走るのでこれ以上喋りやがったら」

ホカゲ「げ」

バンナイ「げ」

ホムラ「お前等の部屋も同じ仕様にしてやる」

ホカゲ「ホムラの額に、青筋立ったのでやめるべ」

バンナイ「俺も、さほどの興味も無いのでやめるわ」


二人が口を閉じたのを確認すると、ホムラは立ち上がった。


ホムラ「では。分かれるか、お互い下らん仕事だがな」

ホカゲ「おう! 夕方には花火で大集合な」

バンナイ「は? 今日、雨だよ」


二人が立ち去り、しばらくすると。
買い物袋を引っさげて、先ほどの団員達が階段を駆け上がってきた。が、幹部の姿は既に無し……団員達は顔を見合わせた。ご所望だったはずのアイスクリームは、容赦なく溶け出してく。


団員「どうする?」

団員「食べちゃう?」

団員「いやいやいや! とんでもねぇ…ブルブルブル!!」




【大広間】


マグマ団の、雨季恒例行事(作業)が始まった。
ホカゲはメガホンを片手に、自分のもとへ集まった団員達を見渡した。


ホカゲ「特別洗濯物対策員に選ばれた、暇そ…光栄なお前らー! これから三班に分かれて、仕事をしてもらうー! まず、右の列のお前らは、洗濯係が外に干した全団員の洗濯物を取り込んでこーい! 左の列に並んでるのは、外の蔵まで行って洗濯物用の太い縄を取ってこーい! 最後に中央の列のお前らは…倉庫から脚立を沢山運んでこーい! そら、行った行った。雨が降ってくる前に終わらせっぞ!」


団員達は、いたって真面目に行動を開始した。


バンナイ「洗濯物って大げさな…全団員、部屋干しすれば良いだけの話じゃん」

ホカゲ「バンナイ君、分かっちゃねぇな…」

バンナイ「どういう事?」


ホカゲ「オレら団員、ホウエン男児! 各自で洗濯物なんかするワケねぇだろ。交代制の洗濯物係という名目の仕事として初めて成り立つんだぜ。清潔好きはともかく、みんなほったらかしで溜め込んで…ついに切れたマツブサが、昔取り決めたんだ」


バンナイ「そういえば晴れた日はマツブサさん、庭でよくタライで洗濯物してたね」

ホカゲ「田舎だからクリーニング屋もねぇんだよ…って、どうして離れるんだ」

バンナイ「俺は清潔好きな、部屋干し派の男だから」

ホカゲ「Σオレ毎日洗濯出してるし!!」


そこへ大量の洗濯物を抱えた団員班と、長い縄を沢山抱えた団員班、やたら高い脚立を持った団員班が戻ってきた。


団員「ホカゲさん! これより、設置を開始します!」

ホカゲ「おう! 頑張れ、怪我すんなよ。てかオレも手伝う」

バンナイ「この大広間の天井に洗濯物干すの? やだダセェ…」

団員「ホカゲさん言ってやって下さい、共同生活!」

ホカゲ「なぁ。マツブサよく日に当たってる場所の上、パンツ溜まりにしたろーぜ」

団員「それは…」

バンナイ「むしろ喜ぶんじゃない?」




【4階北端、空き部屋前】


集まった一同の表情は、暗かった。


ホムラ「さて。これが、この部屋の鍵だ。開ける事を許可する」

団員「ホ…ホムラさん、どうして毎年この部屋の掃除を我々にさせるんですか」

ホムラ「決まった人選だからだ。以前、新入りにやらせたら泡吹いて倒れたからな」

団員「我々も、出来る事なら泡吹いて倒れたいです…」

ホムラ「何故だ」

団員「毎年毎年、この部屋の掃除をした後必ず 3日3晩 夢に出るんです…」

ホムラ「なに。 実は俺も…

団員達『へ?』

ホムラ「な、何でも無い。何見てやがる、さっさと終わらせろ」

団員「り、了解…」


がんじがらめの鎖の錠に、鍵を差し、扉を開けた。

団員達は円陣を組み、哀れな程に気合を入れ、室の中へと入ってった。
辺りに人の気配が消えた事を確認すると、ホムラは密かにグッと目を閉じた。聞き取れないほどの小声で、「畜生、畜生」 と唱え、自らも意を決した面持ちで、室へと入っていった。


埃が舞った。

しばらくして、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。


団員達『ホムラさぁぁぁぁん!!!』


団員「今年こそ、この気色悪ィ生物の標本捨てていいですか!!」

団員「今年こそ、この気味悪ィホルマリン漬けの何か捨てていいですか!!」

団員「今年こそ、この表紙からキモイ生物図鑑捨てていいですか!!」

ホムラ「毎年捨てろって言ってんだろォ!!!!」

団員「毎年捨てたいんですが、この気色悪ィ生物の標本ヤバくて触れません!!」

団員「毎年捨てたいんですが、この気味悪ィホルマリン漬けの何か近寄れない!!」

団員「毎年捨てたいんですが、この表紙からキモイ生物図鑑変な滲みが!!」

ホムラ「お前らそれでもマグマ団か!!」

団員「この気色悪ィ生物の標本、今動きましたァァァ!!」

団員「この気味悪ィホルマリン漬けの何か、今こっち見たよォォォ!!」

団員「この表紙からキモイ生物図鑑、去年より冊数増えてるゥゥゥ!!」

ホムラ「全員、撤収!!!」

団員「うぉぉぉぉ!!!!」


全員必死で脱出したところで、力任せに扉を閉じて、ホムラも一緒になって、がんじがらめに鎖を巻き、フエン神社のアリガタイお札(今年分)を貼りまくって手を合わせた。


ホムラ「こ…今年も、このくらいで勘弁してやるぜ」

団員「ら、来年こそ処分してやるから覚えてやがれ…」




【大広間】


バンナイ「今、なんか…遠くの方から悲鳴が聞こえた気がするけど」

ホカゲ「ああ、あれな。あれを聞くと夏が来たなぁって思うぜ」

バンナイ「はい? 良く分からないんで、もっと詳しく教えてよ」

ホカゲ「エヘヘー…これはダメだぜ、マグマ団口外無用の重要機密だから。なぁ」

団員「はい、暗黙の了解です!」

ホカゲ「またの名を、マグマ団夏の風物詩ともいう。うちの、七不思議のひとつ」

バンナイ「何だそれ」

ホカゲ「まあ、バンナイ君。来年は、ホムラ・ルートに着いてってみな」

バンナイ「へぇ。俺にも何か、分かりますかね」

ホカゲ「分かるかもな…マグマ団の黒歴史?」

バンナイ「まあ、それはいいけれど… あんたの脚立傾いてるよ?」

ホカゲ「へ?」


全て順調であった。

和気藹々と順調に作業を進めていた洗濯物班は、脚立に跨って天井へ縄を括り付けていたのだが、バンナイが指差すホカゲの脚立が、不安定にグラグラと揺れていた。


ホカゲ「や、やべぇ…全員援護しろ!!」

団員達『わあ!』


ホカゲの声にびっくりして全団員が振り返った。
他の脚立を補助していた団員たちは一斉に、幹部ホカゲの脚立へ向かって走り出した。

 ガシャーン

補助を失い、慌ててバランスを崩した団員の脚立が次々と倒れていった。


バンナイ「すっげぇ」

ホカゲ「やべぇ〜! ホムラにぶっ殺される!!」


やがてホカゲの脚立も見事に倒れた。

 バサ

コケた一同のその上に、大量の洗濯物の山が、覆いかぶさった。


ホカゲ「ぶぶぶ無事かお前ら…」

団員達『生きてま〜す…』


バンナイ「脚立使用のお約束な…」


一台だけポツンと立った脚立の上から、バンナイが床を眺めてつぶやいた。




夕暮れ……。

日中は何かと騒がしかったが、ようやく静かになってきたため“頃合”と見たマツブサがやって来た。


マツブサ「皆さんお疲れ様です、立派に洗濯物干し設置してくれましたね」


ホカゲ「お、おうよ…」

マツブサ「擦りむいちゃったの、ホカゲ君?」


ホカゲの頬の絆創膏や、床に伸びてる団員達を見て、マツブサは察した。


ホカゲ「オレら、今年もしっかり洗濯物干し設置したぜ!!」

バンナイ「マツブサさん…来年の梅雨までには乾燥機を入れてやって下さい」

マツブサ「うん、そうですね。でも、この光景もウチの組織ならではでしょ」

バンナイ「あんた、遠い日の青春を見つめ返すような顔をしてんじゃないよ!」

マツブサ「狽ヲ゛ す、すいません。早急に検討します」

ホカゲ「お〜い、マツブサ。ホムラの方はどうよ?」

マツブサ「うん、まあ、例年通りですかね。フラフラしてるかな」

バンナイ「どんなだよ!」


マツブサ「今日は君達が良く頑張ってくれたので、夕食を豪華にしてみました」


ホカゲ「おお! まじでか、マツブサ結構太っ腹」

バンナイ「そういえば、窓の外で下っ端が一生懸命に準備してるの見えますね」

ホカゲ「本当だ。コンロに食材ドカ盛り。あれはまさか」

マツブサ「そうです。今日はわが組織の広大な庭でバーベキューを…」

ホカゲ「狽キげぇな、オレマグマ団でヨカッタぜ! ついでに花火もやろうぜ…」

バンナイ「あんたら何言ってんの、悪いけどそろそろ…



【庭】


ホムラ「……しまった、雨だ」

団員「ホムラさん、お疲れ様です…」


すぐに土砂降りとなりました。





おわり