昇進会議



ピン ポン パン ポーン

マグマ団のみなさん おはようございます

清清しい朝です 只今の時刻 午前5時50分

午前6時より朝礼を行います お庭に集合して下さい

マツブサ


ピンポンパンポン♪




薄っすらと朝靄のかかった静かな早朝。

マグマ団本部に、目覚めの放送が響いた。


布団の中でスヤスヤ眠っていたとある下っ端団員は、パチッと目を開いた。寝起きの良い彼は、ムクリと起き上がり、伸びをして狭い部屋の中を見渡す。彼の両脇の布団で眠る団員達は、まだ布団の中でモゾモゾ動いてる。まず、右隣でうるさそうに寝返りを打った団員の背中を軽くポンポン叩いた。


団員1「次郎ちゃん起きろ。10分後に何かやるみたいだよ」

団員2「いやだ。太郎ちゃん、マツブサさんてば何でこんな早起きなんだよ」

右隣は少々グズったが、起き上った。

団員1「おい、三郎ちゃんも起きろ。10分後に集合だ」

団員3「zzz」


左隣の布団の団員は、無反応。
恐らく、2度寝していた。先に起きた団員二人は、顔を見合わせて、ゆっくり立ち上がると、スースー寝息を立て2度寝をしている、団員の布団の上にダイブをした。


団員1「三郎ちゃん、起きろー」

団員2「サブちゃん…あったかい」

団員3「zzz」

団員1「狽カ、次郎ちゃん。意識の無い三郎ちゃんに擦り寄るな」

団員2「狽ヘっ 俺、朝っぱらから何やってんだ」

団員1「三郎ちゃん起きてくれないな」

団員2「サブちゃん可哀想だ。昨夜も遅番で帰ってきて寝たのさっきだぜ」

団員3「zzz」

団員1「しょうがない、最後の手段だ」

団員2「ま、まさかタロちゃん。何の罪も無いサブちゃんに あれ を」

団員1「三郎ちゃん、堪忍な。起きろ あ! ホムラさんだ!! 」


団員3「狽ャいゃぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ」


他の部屋の団員「ぎいゃぁあぁあぁあぁあぁあ」





マツブサ「マツブサ、マイクからは50センチメートル離れるべし」


午前6時ジャスト。

朝礼台のマイクチェックが終ったマツブサは、ニッコリ笑った。

だるそうに整列した団員達を見渡し、うんうんとひとりで頷いた。朝日の下で見る寝起きの団員達は、なんともまぬけそのものであった。 起きたままの薄着で出てきた団員達はプルプル身震いしていた。 秋になり、ぐんと気温が下がった山中の町フエンの朝は寒かった。

マツブサは口を開いた。


マツブサ「おはようございます。気持ちの良い朝ですね」


マイクの音が響いた。
団員達は、おはようございます と白い息を吐きながら挨拶を返した。

マツブサ「朝礼をするのは、久しぶりだから。みんな驚いたでしょう」

朝礼はだいぶ長い間行われていなかった。
今の幹部の代になってからは、初めてだった。廃止になった理由としては、幹部Hのめんどくさい発言が原因である。

トラウマだ。
かつて、朝の放送で起きてこない団員が2人いた。


Hカゲ「マツブサさま! おれ、耳栓して寝てるんだぜ」

Hムラ「スピーカー? 昨日つまずいて引きちぎったあれは何のコードだったかな」


よもや幹部になろうとは。
あれ以来、マツブサ的にとてもやる気が無くなった。
しかしこの度、朝礼を行うに至った経緯だが。


マツブサ「幹部を、増やそうと思ってね」


マツブサは笑顔でさらっと重大発表をした。
一瞬静まり返ったが、すぐに団員達はざわめき出した。
幹部を増やすということは、幹部が増えるということ。幹部が増えるということは、幹部になれる可能性があるということ。
団員達はっと気づいて、マツブサの横、前、後ろ、を見渡した。部達の姿を探していたのだが、どうやら出席はしていないようだ。幹部達はこの話を知っているのだろうか。
団員達はマツブサの笑顔を見つめながら冷や汗を垂らした。


マツブサ「昔はたくさん幹部がいたんだよ」


旧幹部。

噂でのみ伝わる組織発足当時の幹部達だ。

まあまあ、それは置いておいて。団員達は切り替えた。もしも自分達が幹部になったら、暮らしぶりはどう変わるのだろう。
団員達は頭の中で想像した。

朝、起きる。幹部は1人1部屋。
窓を開ける、本部の上層階。フエンが一望できる。
お隣の部屋はあの幹部かもしれない。
いや、お隣はあっちの幹部かも。
下っ端から信頼されるかもしれない。
下っ端から崇拝されるかもしれない。
下っ端には優しくしてあげたい。
下っ端の心を忘れずにいたい。
わがままを聞いてもらえる。

お給金。

好きな時に、好きな銭湯へ行ける。
幹部と同じ湯に浸かれる。
幹部にいじめられない。
幹部と仲良くなれる。
幹部の証、団服のマントが長くなる!
幹部の証、白いボーダーラインも入る!!

団員達の瞳がいっせいに輝き始めた。


マツブサ「幹部に興味がある子は、玄関にある用紙に記入して目安箱へINしてね」


団員達はやる気がみなぎってきた。

マツブサ「みんなの沢山のご応募お待ちしてます」

マグマ団一同、礼したところで朝礼が終了した。
解散の直後、玄関に団員が殺到した。瞬く間に記入用紙の争奪戦が始まった――あの男が現れるまでは。
団員達はピタッと争いを止め、床に額をくっつけた。


団員『ホムラさん、おはようございます!』

ホムラ「てめぇら、朝っぱらからうるせぇんだよ」


 ゲシッ


ホムラの足元にひれ伏していた団員が踏まれた。

踏まれた団員「あ、ありがたき幸せ…」

団員達「ぶるぶるぶるぶる」

ホムラ「おい、その手に握った紙っぺら寄こせ」


団員達は真っ青になった。
踏まれた団員は、ぶるぶる震えながら立候補用紙を差し出した。


『マグマ団幹部自己推薦記入用紙.

 顔写真、

 氏名、団員番号、

 任務番号、その実績、備考

 上記欄、全て記入の上提出する事』


ホムラ「…」

沈黙。空気が重い。




【マツブサの執務室】


マツブサ「何故、今 新たな幹部が必要なのか」

執務室に集まった幹部を見渡し、マツブサはにやり、と笑った。

ホムラ「…」

ホカゲ「…ごくり」


そんな中ホカゲは固唾をのみ真剣な面持ちで一点を見据えていた。マツブサは机の上に広げた立候補者達の記入済み用紙を手に取った。


マツブサ「忙しくなりそうなのだ。報告があってね、デボンコーポレ…

ホカゲ「おぉ!当たりっ」

5円チョコをペロッとめくって開封したホカゲは歓声を上げた。

ホカゲ「本日オレのラッキーディ!」

マツブサ「ちょ、ホカゲ君。今お兄さんが喋ってる最中だからね」

ホムラ「朝から菓子食うな。朝飯を食え」

ホカゲ「見ろ! あの駄菓子屋、ついにオレに当たりを売りやがった!」


ホカゲは拳を握り締め、勝利を噛み締めた。
その横で、マツブサがワナワナと震えた。


マツブサ「ま、まさかあの駄菓子屋さんから当たりを買うなんて!」

マツブサは自身の少年時代を思い出して悔しがった。

ホムラ「まあ、幹部を増やすってのは構わねぇ――だがな」

ホムラの言葉に続きがある、マツブサは身構えた。

ホムラ「まずいきなりに下っ端から幹部ってのは団員どもにしめしがつかねぇ」

ホムラは笑った。

ホムラ「見習い だ。面白そうだろ、あァ?」

マツブサは冷や汗が流れ出るのを感じた。

マツブサ「ま、守らなければ…団員くんを守らなければ」

その横ではホカゲが頭を捻っていた。

ホカゲ「なぁー、幹部見習いって幹部じゃねぇよな。まだ下っ端か?」

マツブサ「そ、そんな中途半端は可哀想だよ」

マツブサのオロオロした態度に、ホムラの眼光が鋭く光った。

ホムラ「おい」

マツブサ「狽ヘい」

ホムラ「本当はもう、決まってるんだろ」


マツブサは滝の如く冷や汗が流れるのを感じた。
キョトンとした顔で二人を見ていたホカゲだが、そこでようやく衝撃が走った。


ホカゲ「何ィ。団員達をその気にさせといた裏ではもう本命がいるってのか!」

ホムラ「茶番だな」

ホカゲ「幹部詐欺か。金払った団員がいるんじゃねぇのか。それとも商品券か。」

ホムラ「ホカ、うるせぇから」

ホカゲ「うん。」

指をモジモジさせながら、マツブサは白状した。

マツブサ「実はね…最近入団した有能な“バンナイ君”を、いずれ幹部にどうかなぁと思って」

二人は真顔で首を傾げた。

ホムラ「…」

ホカゲ「…」

ホムラ「誰だ?」

ホカゲ「さあ?」

マツブサ「秤ってるー! 会ってる君たち。オウムみたいな頭の優秀なあの子に!」

二人は真顔で互いの顔を見合わせた。

なんとなく、ピンときた。

ホムラ「却下」

ホカゲ「うんうん、あいつ信用ならねぇ」

マツブサ「君たちと対等にやって行けそうなのは彼くらいしかいないと思うんだ」

ホムラ「どういった意味だ」

ホカゲ「オレら歴代幹部よりだいぶスーパー幹部すぎるって意味だろ」

ホムラ「俺 だけな」

ホカゲ「おめーこの前、自動制御のパネルぶっ壊して大迷惑かけただろ」

ホムラ「記憶にない」

ホカゲ「おめー、施設とメカを破壊しすぎ。野生へ還れ、オレがスーパー幹部」

ホムラ「お前なんか勤務時間、9割睡眠1割ティータイムだろ」

ホカゲ「おめー、オレのストーカーか」

マツブサ「あ、あの…それで、彼ね…もしもしー」


しかし、君たちは知らない。バンナイ君、彼はまだ…爪を隠しているのだ。マツブサは腹の底でにやりと笑った――つもりが、顔でもにやりと笑っていた。
それを見逃さなかったホムラは、イラッとした。


ホムラ「好きにすればいい」

ホカゲ「マツブサがそこまでプッシュするなんて妬けてきますな」

マツブサ「え。バンナイ君の幹部昇進、もうご理解いただけた?」

目を丸くして驚くマツブサに、今度はホムラがにやりと笑って答えた。

ホムラ「幹部ではない」

マツブサ「は、はあ?」

ホムラ「見習いなので、白ボーダーは1本までだ」

マツブサ「Σ白ボーダーって、団服のズボンの…?」

ホムラ「さしずめ下っ端の上ってところだな」

ホカゲ「オレ的に、あのバン何とか君とはダチ公としてやってけるか不安です」

ホムラ「さて。決めたところで、俺は任務の時間だ」

ホカゲ「じゃ、オレもこれで。ていうか憧れの白ボーダー、たった1本て晒し者だよな」

マツブサ「(白いボーダーのラインって憧れだったんだ…)あ! ありがとね!」


ホムラとホカゲは団長の執務室を出ると、黙って歩いた。
廊下の窓ガラスに水滴がついていた。雨粒だ。窓から陽の光が差し込んでいるのに、小雨がぱらぱら降っている。


ホカゲ「珍しい、天気雨じゃん」

ホムラ「日照り雨か。晴れなのか雨なのか、気味悪ぃ天気だな」

ホカゲ「お前嫌いそうだな、どっちつかずのハッキリしねーモン」

ホムラ「そうだな」

ホカゲ「幹部ってああやって決めるんだったんだ」

ホムラ「ずっと、二人だったもんな…」

ホカゲ「キュン」

ホムラ「!? …どこの音だ?」

ホカゲ「お前っていやだ、ちょう恥ずかしい…」

ホムラ「??」




「……」




マツブサ「あ! バンナイ君、良い報告だよ!」


幹部が去ってしばらくのち。
執務室から、マツブサが顔を出した。廊下の影でじっと腕組をしているバンナイへ、こそこそ手招きした。


バンナイ「ああ、マツブサさん。今お伺いしに行こうと思ってて」

マツブサ「話はまとまったよ。まさかのボーダー1本だけども…」

バンナイ「ああ、構いませんよ。大体の事は聞いてましたから」

マツブサ「あ。雨降ってる? お洗濯物しまわなきゃ」

バンナイ「狐の嫁入りっても言いますよね」

マツブサ「うん。あ、バンナイ君て狐にすごく似てるよね」

バンナイ「似てねぇよ。猿の次はオウムで、今度は狐かよ」




その頃、団員達は朝礼台の前に再び集合していた。焚き火をおこし、その周りを世にも奇妙な舞を踊りながら囲んでいた。
天気雨など気づく余裕もない。


団員「フエンの土地神様よ、我らにお力を!」

団員「幹部昇進!」

団員「1人1部屋!」

団員たちは願掛けの儀式をしていたのだった。

と、そこに放送が流れてきた。

今朝方聞いたものと同じあの放送が。

団員達は動きを止め、ドキドキしながら放送に耳をかたむけた。


ピン ポン パン ポーン♪


まさかその放送が、彼等の儚い夢と憧れを打ち砕く内容だとは知るよしもなく。





おわり